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キレる中高年  

司馬遼太郎「坂の上の雲」

今年もあとわずかとなったが、中年の私もキレることが多くなったなあと反省する一年。通勤時にはマナーの悪い車にキレ、ガソリン価格の高騰にキレ、血圧にはよくない毎日。一番キレたのは、夏の終わりに通販でCD収納チェストを購入したときのこと。CDがたくさん入ることと、ちょっと李朝薬箪笥っぽさを残しつつ、モダンなデザインが気にいって購入したものの、届いた品は寸法違いでCDが収まらない。問い合わせをしたところ在庫品も全て寸法違い。製造元の中国の会社の設計ミスだという。製造業に勤める私の感覚としては、あまりの初歩的なミスにあきれてしまったが(どういう検収の仕方をしているのか?)、作り直しで納入に数ヶ月かかるといわれ、その納期はその後さらに延期。管理の甘さを問いただすと、クレーム担当者も通り一遍の回答で、しまいには中国の会社のせいにする始末。電話をすれば担当者の階が違うとずいぶん電話を待たされ、最後はキレた。これが、有名な某TV局が運営する大手通販会社の商品管理と顧客対応の実態である。

昨年暮れにも同じようなことがあった。横浜の某所でクリスマスプレゼントを注文し、在庫がないのでクリスマスイブまでには自宅に届けてもらうよう予約をした。ところがイブ当日まで品物は届かず、不安になってお店に連絡したところ注文をすっかり忘れていたとのこと。私は「今日中に届けろ。」と指示したものの、どこにも在庫はなく、結局プレゼントは間に合わなかった。私は注文を取った担当者を自宅に呼び出し、イブの夜中に小一時間説教をした。今考えると大人気ない行動であったのだが、これら一連のことと、今年の社会の動向を振返り、ちょっと不安を覚えた。

キレる原因は、「80年代以降のパソコンの普及や、24時間営業のコンビニエンスストアなどが広まったことで、完ぺきに昼夜逆転できるようになった。昼夜逆転の生活を長く続けると、心身制御機能を持つ脳内のセロトニンが分泌されず、同神経が機能低下し、心と体を制御できなくなる」(有田秀穂・東邦大学医学部教授)とか「中高年は情報のスピードや人とのコミュニケーションの急激な変化に適応できないいらだちがある」(藤原智美「暴走老人!」)といった理由が説明されているが[1][2]、必ずしも生活スタイルの変化や環境不適合などの理由だけではないと思う。

主原因はやはり「人の行動」の問題であると私は考える。今年の世相を象徴する漢字が「偽」と決まったそうであるが、偽装食品の問題、防衛省元事務次官の収賄問題、厚生労働省の年金、C型肝炎薬害問題など、上記の私の経験した些細な事も含めて、世の中当たり前のことが当たり前にできなくなってきている。皆が約束を守れない、ごまかす、無責任な社会。世の中たるんでいるとしか思えない。特に防衛省、厚生省は国民を何と考えているのか。こんないいかげんな役人の仕事を聞くに及んで、キレない方がおかしい。

明石元二郎
明石元二郎

「吏道」という言葉をご存知であろうか。役人の古い言葉は官吏であるが、官吏として守るべき道徳である。家族の商業従事の禁止、浪費や分不相応の負債の禁止など、官僚は厳格な倫理規制を受け、清貧に甘んじて国家のために義務を遂行するという伝統があった。まあ、会社でいう社訓に相当するものだといってよい。小生の故郷、福岡出身の陸軍軍人に、明石元二郎という人物がいる。司馬遼太郎の「坂の上の雲」に登場する人物である[3]。彼は、日露戦争中(当時大佐)に、巨額(当時の金で100億)の工作資金を使ってロシア革命支援工作、いわゆる「明石工作」を画策。日露戦争の勝利を陰で支えた立役者として有名である。日露戦争後は憲兵指令官として韓国併合にも関わった、今でいうならスパイ、公安活動をしていた裏世界の人物である。しかし、彼は清廉の武官としても逸話を持つ。高級軍人でありながら、明石の自宅は雨漏りするような質素な家だったそうだ。家族から「雨とい」が壊れたので、修理して欲しいと言われていたが断り続けていた。その理由は不明だが、機密費をたくさん預かった人間が自宅の「雨とい」を修理したら、周りから機密費を流用したと思われるからだったのだろうと言われている。まさに吏道に徹した生き方である[4]。

守屋容疑者の正月は塀の中だそうだが、同じ国防に携わった人間として、「明石元二郎」の関連書籍でもじっくり読んでもらいたい。読書の時間は十分にあるだろうから。また全ての役人は、今一度「吏道」の精神に立ち戻って欲しい。でないと国民は本当にキレるよ。

本題に戻る。確かに暴力的にキレることは問題であるが、キレる=叱ることは必要だと思うのだ。「地震・雷・火事・親父」、怖いものの代名詞も既に死語となり、いつの頃からからか悪ガキに雷を落とす親父も消滅してしまった。この社会がおかしくなってきたのは、親身になって叱る人がいなくなったからではないのだろうか。レストランや電車内など公衆の面前で大騒ぎする子供を叱ろうとしない親たち。教室で授業を聞かない学生や生徒を叱ろうとしない教師たち。路上に煙草をポイ捨てする大人を叱ろうとしない市民たち。

守屋元防衛省事務次官
守屋元防衛省事務次官

あれほどの不祥事を起こしながら取締役に居座る船場吉兆の「女将」を叱る人がいない。創業者の長男、本家の社長は何をしているのか?防衛省、厚生省などの役人の不祥事を叱るのは、本来政治家が担うべき役割なのだが、その政治家も一蓮托生、その資質は推して知るべしだ。悪いことをしても叱られない、罰も与えられない。畏れの対象がないのだ。こんな不条理な世の中にいらだつ市民、それを見て育つ子供たち。怒りの矛先が定まらず、怖いもののない人々はキレる→他者への暴力→ストレス解消に走っていく。そういう構図なのではないだろうか。

このまま誰も叱らない世の中が続くと、この鬱積した暴力的な心理が集団化することが非常に危険だ。かつてのオウム真理教もこの類。世の中が悪いのだと、暴力を正当化する。また上記のような無責任な事件の数々が年々増加傾向にあるのも不吉な兆候だ。労働災害の専門用語に「ハインリッヒの法則」という有名な法則がある。この法則はアメリカの技師ハインリッヒが発表した法則で、労働災害の事例の統計を分析した結果、導き出されたものだ。数字の意味は、重大災害を1とすると、軽傷の事故が29、そして無傷災害は300になるというもので、これをもとに「1件の重大災害(死亡・重傷)が発生する背景に、29件の軽傷事故と300件の潜在的危険がある」というものだ。

今年の事件はいずれも軽微というものではないが、これだけ次々に事件が続くのは、世の中がひっくり返るほどの大きな事件・事故の前兆、その潜在的危険が沸々と表面化しつつあるのではないかと思ってしまう。私が今危惧しているのは、原子力や細菌、毒物を扱う仕事の安全性だ。もし、これらを扱う会社や組織が前述のような無責任体質に冒されているとしたら…。ひとたび大きな事故が起これば、数千、数万人単位の被害に及ぶ可能性がある。

このような懸念を杞憂に終わらせるには、世の親父たちがもっと怒らならなければならないのではと思いながら、平和な新年となることを祈るばかりである。酒ばかり飲んでる場合ではない。

(※)この4年後に不安が的中してしまったことは非常に残念である。原発事故は天災ではなく、明らかに人災。原子力の安全については、体制の見直しも含めていまだきちんと総括されていないことが、この国に誰も叱る人がいないという宿痾を物語っている。(2012年1月6日記)

[参考・引用]
[1]余録:キレる中高年、毎日新聞、2007年12月17日、
http://mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20071217k0000m070103000c.html
[2]特集ワイド:どうして?キレる中高年激増、2007年11月20日、
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20071120dde012040002000c.html
[3]明石元二郎、「坂の上の雲」人物・用語辞典、
http://www.z-flag.jp/dic/archives/2005/04/post_35.html
[4]世界をゆさぶった諜報活動家 明石元二郎、博多に強くなろう②、福岡シティ銀行編、p26-43、葦書房

坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)
(1999/01)
司馬 遼太郎

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Posted on 2007/12/31 Mon. 15:56 [edit]

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