Chitty Bang Bang とZboroswki伯爵

チキチキバンバン-まほうのくるま-」の冒頭に、次のような短い献辞が記されている。(以下原作より転載)
「1920年カンタベリー近郊のズボロウスキー伯爵の邸内で製作された、チキチキバンバンの原型に、この物語をささげる。原型となった自動車は、第二次世界大戦前の1914年型のチェーンドライブ方式75馬力のメルセデスのシャーシに、ドイツの飛行船ツェッペリン号に使用されたものと同型のマイバッハ空冷式のシリンダーのエンジンを搭載したものである。シリンダーごとについている4つの垂直オーバーヘッドバルブは、クランクケースのカム軸につながる連結棒とハズミ車で作動し、ゼニスの気化器(カービュレーター)が2個、1本の長いインダクションパイプで接続されていた。この自動車は、みがきこまれた大きな8フィート(2.44m)の長さのボンネットのついた、グレーの鋼鉄の車体をもち、全重量は5トン以上もあった。1921年、ブルックランズの100マイル・ショートハンディキャップのレースで、時速101マイル(約163キロメートル)で優勝し、ふたたび、ブルックランズのライトニング・ショートハンディキャップのレースで優勝した。しかし同年、ある事故に関係し、そのため伯爵は、それ以後二度とこの自動車をレースに出場させなかった。」(渡辺茂男・訳)

このわずかな情報から、チキチキバンバンのモデルとズボロウスキー伯爵についてもう少し詳しく調べてみた。インターネットとはすごいもので、家にいながらにして世界中の情報が検索できる。「ズボロウスキー伯爵」なんて日本の図書館で調べてもなかなか見つかるような代物でもない。幸いにいくつかの英文情報や写真が見つかったので、私のつたない英語力(このIT時代、翻訳ソフトを使ってみたが、相変わらずお間抜けな訳にしか変換出来ず、何となく概略を掴むのに役立った程度。やはり己の英語力を鍛えるしかない。)を駆使して整理してみた。

Zboroswki伯爵(左から2番目)とClive Gallop大佐(右)
Zboroswki伯爵(左から2番目)とClive Gallop大佐(右)

イアン・フレミングより本書をささげられたズボロウスキー伯爵とはいかなる人物なのか。1895年、ポーランド人伯爵とアメリカ人の母との間に生まれたLouis Zboroswki伯爵は、英国のレーシングドライバーであり自動車の技術者でもあった。彼の父、William Eliot Morris Zborowski卿も同じレーシングドライバーで、レース中の事故で亡くなっている。彼はイングランド南東部ケント州東部に位置するカンタベリー(Canterbury)近郊の大きな別荘、Higham Placeに住んでいた。そこで彼の助手であった技術者Clive Gallop大佐と共に4台の自動車を製作する。航空機用エンジンを積んだ3台の車(それは全て“Chitty Bang Bang”と呼ばれていた)と、もう一台の怪物、後に“Babs”として知られた車、それは1927年、Pendine SandsでJohn Godfrey Parry Thomas(彼もまた英国で有名なレーサー兼エンジニア)が彼の最後の(欧州)大陸の速度記録達成を試みようとして死んだときに乗っていた車“Higham Special”である。

Chitty1 4 seater
Chitty1 4 seater

彼の伝説の車Chitty Bang Bang 1号車、“Chitty1”は23リットル、6気筒のMaybach製航空機用エンジンを、チェーン駆動方式でカスタム設計されたメルセデスのシャシー(車台)に搭載したものだった。それは1921年のBrooklandsで行われた復活祭の競技会イベントでデビューし、2つのレースで勝利した。同じイベントの短距離レースでも、別のZboroswkiの車に続いて2着となり大評判となった。 Chitty1は、レースの競技参加者と観衆を欺くために4シーター(4つの座席)と粗雑で特大のエギゾーストパイプを装着していた(見た目には速そうではなかったということ)。しかし、その日の最高速度は時速100.75マイル(時速162.14km)だった。

Chitty1 2 seater
Chitty1 2 seater

次の競技のために、Chitty1はラジエーターカバーが施され、排気管も適切に配置された2シーターの自動車として改装された。写真は後部がアヒルのおしりのような形をしたダックスバックボディの新装Chitty1である。その車は勝利を逃したものの、あるレースで約120mph(時速193km)の最高瞬間速度を達成したものだから、Chitty1は伝説的な車になった。しかし1922年の9月のレースで、原作の冒頭で述べられた「ある事故」が起こる。猛烈なスピードで計時小屋へ突っ込み、計時審判員から3本の指を引きちぎった後、その車はクラッシュした。

新Chitty1はその後修理されたものの、2度と伯爵に運転されることはなかった。伯爵の死後、(あのシャーロック・ホームズで有名な)アーサー・コナン・ドイルの息子兄弟に買い取られ、Brooklandsの博物館に展示された後、1930年代にタイムトライアルレースに出場するも、その後廃却、スクラップにされ他の車の部品として使われた。そうChitty 1の原型は現在どこにも残っていない。この悲しい廃車のイメージが、原作の第1巻に描写されていた、ポット一家が崩れかけた小さな自動車修理工場で、一台の古いぽんこつオープンスポーツカーを見つける場面に投影されているのかもしれない。この史実を知ってこの場面を読み返すと、Chitty1の淋しい晩年の姿を払拭し、現代(1964年当時)に新しく蘇らせようとしたイアン・フレミングの想いを感じる気がする。

Chitty2 at the National Motor Museum in Englang
Chitty2 at the National Motor Museum in Englang

1921年夏に完成したChitty2はさらにショートホイールベースで、ベンツBZ IVの18.8リットル航空機用エンジンを搭載。しかし、それは1922年にサハラ砂漠遠征を含むいくつかのロードレースに参加するものの、決してChitty1ほどの好成績を残せなかった。その後Chitty2は、アメリカのオハイオ州、クリーブランドにあるReserve Historical Societyの所有物となったが、現在はイギリスのNational Motor博物館に展示されている。

Chitty3は、メルセデスの6気筒シングル・オーバーヘッド・カムシャフト(SOHC)の航空機用エンジンを180馬力にチューンし直して、改良したメルセデス製シャシー(車台)に搭載した。この車は112.68mph(時速181.34km)のBrooklands記録を出した。Zborowski卿は後に彼の個人的な自家用車としてこの車を使用し、彼がメルセデスレーシングチームに参加する交渉をしたときにも、ドイツのシュツットガルトまでこの車を運転した。

Louis Zboroswki伯爵であるが、早くからアストン・マーチンのパトロンであった彼は、1923年にアストン・マーチンの車でBrooklandsのレースとフランスグランプリに出場する。さらにブガッティに乗ってインディ500にも出場。同年のイタリアグランプリではアメリカ人の設計した"American Miller 122"も運転している。そして1924年、メルセデスチームで挑んだイタリアグランプリで、木にぶつかってクラッシュ、余りにも短い29年の生涯を閉じた。彼が死んだとき、1903年に同じように事故で亡くなった彼の父のエリオットと同じカフスボタンを身に着けていたと言われている。

Romney, Hythe and Dymchurch鉄道
Romney, Hythe and Dymchurch鉄道

彼は鉄道マニアとしても有名で、ハイアム鉄道といわれる15インチ(380mm)ゲージの鉄道をケントにある彼の土地に敷いた。この線はZborowskiと彼のレース仲間J.E.P.Howey大佐による同じゲージで長距離の乗客を運ぶ鉄道建設構想の一部だった。この構想は結局、ケントにある総延長14マイル(22.5km)のRomney, Hythe and Dymchurch鉄道となった(この路線はポピュラーな観光名所となり、ローカルな交通手段として今でもそのまま残っている)。

このように様々なキャラクターや伝説を持つZboroswki卿と“Chitty Bang Bang”は、色々なイマジネーションを想起させてくれる。イアン・フレミングにとっては、原作の主人公、発明家であり冒険家のポット氏のモデルとして、チキチキバンバンことパラゴンパンサーのモデルとしてうってつけの題材であったのであろう。これらの史実を頭に入れて、再度読み返してみるとまた一興な一冊である。

[参考・引用]
[1]Louis Zboroswki、Wikipedia、
http://en.wikipedia.org/wiki/Louis_Zborowski
[2]Brooklands Stories Zborowski and the Chitty Chitty Bang Bangs.、The Brooklands Society、
http://www.brooklands.org.uk/stories/Stories%20archive/STORY5.HTM
[3]Chitty Chitty Bang Bang Article Information、
http://neohumanism.org/c/ch/chitty_chitty_bang_bang.html
[4]Chitty Bang Bang、Wikipedia、
http://wikicars.org/ja/Chitty_Bang_Bang
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コメント

  1. fziro | jxzSJpSE

    初めまして、「チキチキバンバン大研究」のサイト設置者のfziroです。
    あちらの方への書き込み、ありがとうございました。

    ズボロウスキー伯爵に関しては当方では手つかず状態だったので
    こちらを拝見させていただきまして、いろいろと発見がありました。
    特に、彼が鉄道マニアだったことは驚きと同時に納得です。

    というのも、映画本編でチキがかの地の鉄道と併走するシーンがありまして、
    予告編にも使われた程印象深いシーンなんですが、
    本編では特に何の進展もなく、その部分だけで終わっちゃうんですね。

    当方のサイトでもその機関車の造形を試みていて、
    http://www.geocities.jp/krytone1234/bluesl.htm

    その時は「なぜこの汽車と併走したのか?」は今一つ解らなかったんですが、
    ひょっとして、これ、鉄道マニアだった伯爵へのオマージュなんじゃないかと
    思えてきたんですよ…。

    日本では全然知名度の無いズボロウスキー伯爵ですが、
    イギリスではチキとの関係もそこそこ知られてるだろうから、
    彼が愛した2つの乗り物の末裔が併走してるだけで、
    英国の乗り物マニアにとってはヨダレものの光景だったんじゃないでしょうか?

    冒頭に繰り広げられる、これまたあまり本編に関係ない
    世界グランプリの執拗なまでの再現度といい、この汽車との併走といい、
    映画『チキチキバンバン』には、乗り物好きにアピールする深いウンチクが
    たくさん散りばめられているんだなぁと、改めて思いました。


    ( 20:11 [Edit] )

  2. papayoyo | -

    なるほど!

    fziroさん、当方への書き込みありがとうございます。ズボロウスキー伯爵が鉄道マニアだったという下りは、車には直接関係がなかったので、正直記載しようかどうか迷いました。結果的にそちらの長年の謎(?)の解決にお役に立ててよかったです。

    その作品の生まれた背景を知るというのは、本にしろ映画にしろ鑑賞に深みを与えますね。「チキチキバンバン」がズボロウスキー卿に対するオマージュだったというのは、多分正しいと思います。イアン・フレミングが原作の冒頭に献辞を挿入したのも、その意図の表れでしょう。映画が製作されたのは’68年ですから、イアン・フレミング没後ということになりますが、プロデューサーのブロッコリ氏とは007シリーズ第一作からのコンビなので、伯爵や彼女“Chitty”に対する想いを共有していたことは容易に予想されます。その原作者の意を受けて、映画の随所にモデルの彼らに関する素材を散りばめた可能性は大です。映画や原作本にもまだそのような箇所がたくさんあるのかもしれません。

    なんだか謎解きのようで面白いですね。ますます、映画の方も観てみたくなりました。何とか冬休みまでには手に入れて、休暇中家族みんなで楽しみたいと思いました。

    ( 22:40 )

  3. ジェマイマⅡ世 | JalddpaA

    お礼

    『チキチキバンバン』について興味があって、
    いろいろ知りたいと思っていたのですが、
    なかなか、
    英語が読めないと、得られる情報が少なくて、
    ここに来ました。
    知りたいことがいくつかわかり、嬉しいです。
    一言、感謝の気持を伝えたくて(古い記事にコメントするのはどうかとも思いましたが)書きました。
    ブログ、続けてくださいね。

    ( 00:57 [Edit] )

  4. papayoyo | -

    Re: お礼

    ジェマイマⅡ世さん、
    コメントありがとうございました。
    古い記事へのコメント、全く問題ありません。
    むしろ、過去の記事も何かのお役に立っているのかと思うと嬉しいですね。
    このようなエールをいただくと励みになります。
    更新頻度も少ないブログですが、マイペースでじみーに続けていきたいと思います。

    ( 18:48 )

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