みつやくんのマークX

東京モーターショーが開催中である。そこで、今回から未来のクルマについて取り上げてみたいと思う。まず、最初に紹介するのは、伝説のクルマ絵本「みつやくんのマークX(エックス)(渡辺茂男・作、エムナマエ・絵、実業之日本社)である。本ブログにもコメントいただいた先月紹介の渡辺鉄太さんのご推薦本でもある。タイトルの“みつやくん“は、作者、渡辺茂男さんの次男・渡辺光哉さんがモデルだ。この本は1973年のあかね書房版が初版なのだが、一度絶版になっている。当時、この本の虜になった方は多かったようで、「復刊ドットコム」への書き込みも多く、再販が待ち望まれていた。残念ながら私は知らなかったが、書き込みを読む限り、当時の子供たちに相当な影響を与えた本のようだ。人生を決めた人までいる。そんな本が、2007年5月についに復刊となった。

みつやくんのドリームカーは、なんと水・陸・空兼用自動車なのだ。映画でもしばし登場する空とぶ自動車は、世界各地でまじめに研究されている(詳細は別途紹介する)。水陸両用車も既に実用化されている。しかし、この3つの空間を自在に移動できる自動車はまだ発明されていない。この21世紀の現代においても驚愕なコンセプトに、70年初頭の子供たちが惹かれないはずがない。

トヨタ「マークX」
トヨタ「マークX」

名前も先取りしている。「マークX」。トヨタのマークXより30年も早い。渡辺さんがこの名前を商標登録していれば、トヨタは使えなかったのだ。ひょっとして、マークXの商品企画の関係者もこの本に影響を受けていたのかもしれない。

「みつやくんのマークX」その1

車両のコンセプトも児童書にしてはかなりリアリティがある。みつやくんが、まず設計図を描くところからして本格的である。一応三面図となっている。飛ぶ方法はヘリコプター方式を採用。ローター(プロペラ)も上部に回転方向の異なる2組が装着されている。ローター1組だけだと、浮上した際フリーになった機体(車体)はローターの回転力で一緒に回ってしまう。そこで、一般的には逆回転のローターをもう一組設けるか、テールローターという横向きのものを設定している。マークXはちゃんとこの構造を採用している。ローターの傾きによって操舵する方法も飛行原理どおりである。

「みつやくんのマークX」その2

パワーソースはロータリーエンジンを採用。マツダがコスモスポーツでロータリーエンジンを商品化したのが、昭和42年(1967)で、初版の73年頃はまだ記憶に新しかったはずだ。子供たちもいろいろな情報源から「ロータリー」という言葉を聞き及んでいたかもしれない。先進性、未来を想起させるには、ロータリーという当時の全く新しいエンジン方式がぴったりだ。飛行方式、エンジン方式ともに回転力を利用した点は、コンセプトの統一感という意味でも渋い選択だ。

水上走行はモーターボート方式を採用。高速化を図るために水中翼を設けている。車体も空気抵抗を減らすために流線型となっており、とにかく水・陸・空ともにスピードを重視した設計となっている。

「みつやくんのマークX」その3

話の内容のみならず、エムナマエさんの絵がまたいい。主人公のみつやくんと一緒になって設計したと巻末に述べているように、どの挿絵もみつやくんの描く夢がリアルに伝わってくる。設計の後は、いよいよ組み立てであるが、緻密に描かれた組み立て車庫の内部や工具類は、さらに読者の想像力を掻き立てる。機械いじりや工作好きの子は、自分が組み立てているかのようにわくわくするのではないだろうか。やはりものづくりは、設計したあるいは製作した個々の部品を組み立てる工程が楽しい。しかも完成した試作車は、テストコースで試走する。チョークを引く動作(※)が時代を感じさせるが、マークXがだんだんと加速をしていく場面は、手に汗握る迫力のシーンである。

「みつやくんのマークX」その4

本の最後はエムナマエさんの構造見取り図。私も、ウルトラマンなどSFものに登場するマシン内部の構造図を見たり書いたりするのが大好きだった。細かいが、この構造図で気になったのがシートの下に配置されているガスタン(ガソリンタンク)の位置。これはホンダがフィットなどに採用している「センタータンクレイアウト」と同じではないか?

通常後部座席の下にタンクがあると、スペースを取るだけでなく、座席の可動範囲が限られてしまう。「センタータンクレイアウト」のようにタンクを中央に移したことで、後席の背もたれを畳んで座席を足元に収納できるようになり、室内アレンジの幅が広がった[1]。また、このレイアウトは合理的な高剛性フレーム構造とともに、フロア自身の剛性も同時に高めているとのこと。従来の縦方向フロアトンネルに加え、センタータンクによって横方向フロアトンネルも形成した十字フロアトンネル構造とすることで、フロアのたわみを大幅に低減。これにより、ロードノイズやこもり音を大きく減少するそうだ[2]。このレイアウト自体はじっくり練られたアイデアなんだろうが、みつやくんのマークXには既に採用されていた。

「みつやくんのマークX」その5

30余年経過しても決して色褪せない夢の車だが、やはりメカニカルな色合いは強い。現在、未来カーを描くとすれば、さしずめ電池やモーターを多用した電動車だったり、燃料電池車のような化学プラント的なものになるのであろうか。でも機械系出身の私としては、ほっとするマークXなのである。今の子供たちは、どんな将来車像に惹きつけられるのだろう。「バルンくん」のようなリアルな絵本もよいが、こんな子どもたちに夢を与えてくれるような空想本ももっとあればよいと思う。

理系離れといわれて久しいが、科学者や技術者も、もう少し子どもたちが科学技術に対して夢をいだけるような良質な絵本や児童書の重要性、必要性に目を向けるべきではないだろうか。

エムナマエ
エムナマエ

さて、作画のエムナマエさんは、東京生まれ。本名、生江雅則。70年、慶応義塾大学法学部在学中にイラストレーターとしてデビュー。当時の渡辺茂男教授の教室で児童文献を学んだ。84年まで子どもの本で活躍。86年に若年性糖尿病により失明。89年、処女長編童話で児童文芸新人賞受賞。90年、全盲のイラストレーターとして活躍。92年、サンリオ美術賞受賞。98年のニューヨーク個展が認められ、2000年に幼児のための総合コレクションで北米デビュー。絵本「あしたのねこ」(金の星社)、画集「夢の力」など、著者多数。またすごい人を知ってしまった。

ところで、本書は復刊に際して著作権者の了解を得た上で、あかね書房のオリジナル本の本文の一部を現代に沿うように変更しているそうである。どの部分が変更になったのか、オリジナルはどのような内容であったのか非常に興味がある。今となっては入手困難なあかね書房版であるが、いつか手に入れて読み比べてみたい。

(※)チョークとは、キャブレター式エンジンで寒い時の始動性を向上させる装置。キャブレター(気化器)は燃料を霧状にして噴出させると同時に、エンジンの負荷に応じた比率で空気と燃料を混合し、エンジン内に混合気を供給するための装置である。チョークは、供給する混合気の混合比を高めるため、吸入する空気量を調節する装置のこと。燃料の混合比率を高めた混合気をエンジンに送り込むことにより、始動を容易にする。寒冷地でガソリンなどが気化(霧化)しにくいため必須の装置である。エンジンが始動したら、装置を元に戻し正常な混合比で走行させるようにする。かつては、キャブレターを持つほとんどの自動車にこのチョーク弁操作ノブがついていたが、1970年代中頃からオートチョーク化が進みドライバーが直接操作することはなくなった。2000年以降は電子制御燃料噴射装置装着車がほとんどとなり「チョーク」の名そのものも忘れられている。([3][4]より引用)

[1]センタータンクレイアウト後部座席たたみ、余裕生む、読売新聞、2006年3月6日、
http://www.yomiuri.co.jp/atcars/nichiyou/tech/20060306tc_01.htm
[2]Fit特集、ボディ、
http://www.honda.co.jp/HOT/special/hosc01/fit_12.html
[3]チョーク弁、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%AF%E5%BC%81
[4]キャブレター、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%96%E3%83%AC%E3%82%BF%E3%83%BC

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コメント

  1. 渡辺鉄太 | -

    みつやくんのマークエックス

    またまたメルボルンの渡辺鉄太です。「みつやくんのマークエックス」を早々に取り上げて下さり、嬉しくてお便りしています。さっそくエムナマエ画伯、モデルの渡辺光哉,この本を再販してくださった新栄堂書店の柳内崇社長にも貴兄のブログのことを伝えました。何かコメントを寄せてくれるかもしれません。

    父渡辺茂男の創作裏場話ですが,『みつやくんのマークエックス』は,実は「007ジェームズ・ボンドシリーズ」の作者イアン・フレミング原作『チキチキバンバン』(水陸空のクラシックカー)にアイデアを得ています。『チキチキバンバン』は、ディズニー映画でミュージカルにもなっていますが、大変美しい自動車です。自動車ファンは必見の映画です。『チキチキバンバン』(日本パブリッシング、1969)の絵本も父の訳で出ていましたが,今は絶版です。

    現在,貴兄のおっしゃるように、新しい燃料の自動車が脚光を浴びていますが、私のいるオーストラリアでは,植物油の廃油で走るVege Car(基本的にはディーゼル)が脚光を浴びています。父は『もくたんじどうしゃ もくべえ』(渡辺茂男作,岡部冬彦画、岩波書店、1972)という木炭トラックの本を書いています。僕は,この本が大好きですが,惜しくも絶版です。このご時世ですから,ぜひ復活させたい本です。絵は描いた岡部冬彦さんは、名作『きかんしゃやえもん』(阿川弘之文,岩波書店、1959)の画家です。

    今後も,貴兄のブログを楽しみにしています。


    ( 08:20 )

  2. 御礼、すばらしいコメント

    鉄太さんからメールいただきまして、ご連絡を差し上げております。出版版元ととして、まず御礼申し上げます。ご紹介文の丁寧かつ詳解なところ、誠に頭が下がるおもいです。かつては、あかね書房さんから出版されていまして、19刷りまでおこなわれていますので、おそらくですが10万人近くのお客様に渡っているのではないか?さらに学校や図書館で読まれた方を含めると多くのファンがいると想像しています。それも、おそらく今の33歳~45歳ぐらいの男性に多くいらっしゃるのではないか?こんなにもイマジネーションをかきたててくれて、なおクリエイティブな本はなかなかないのです。出来合いのものばかりに囲まれている現代では、格好の教材だと思うのです。本文に関しては、結果的にはほどんとが原文どおりですが、鉄太さんとナマエさんと一文一文を慎重に検証させていただきました。特にチョークやジェラルミン、ロータリーエンジンの記述については、多くの時間を割きましたが一文だけ、(ロータリーエンジンは、、中略、、、あたらしいエンジンだ)を変更するにとどまりました。振り返りますと、作業中に我々のなかで、なんというのでしょうか、ノスタルジーを共有する連帯感のようなものが生まれてきまして、それが欲張りになり、これはかつて夢中になった読者とも共有したい、という気持ちに上り詰めていたようです。ですから、貴兄のコメントを頂戴できたことは、この上ない喜びであります。お母さんの読み聞かせは多いとは思いますが、本書はお父さんが読み聞かせる児童書として、永遠であってほしいと願っています。引き続きのご贔屓をよろしくお願い申し上げます。
    ありがとうございました。

    ( 18:53 )

  3. papayoyo | -

    鉄太さん、柳内さん。このような貴重な情報および、コメントをいただきましてありがとうございます。私のつたない駄文に目を通していただき、また、このブログを楽しみにしていただいているとのことで、私も大変うれしく思います。

    3年前からクルマの絵本を集めはじめ、最近数えてみるともう200冊以上になっていました。鉄太さんよりご紹介いただいた「チキチキバンバン-まほうのくるま-」や「もくたんじどうしゃ もくべえ」も私の大切な蔵書の一冊です。渡辺邸のように書庫もない拙宅においては、本の保管場所に苦慮しております。

    「チキチキバンバン」は私の大好きなジョン・バーニガム画伯によるもので、挿絵が大変素敵な本ですよね。「もくべえ」については、最近古本屋で「木炭自動車-原理・製作から走行まで-」というレアな専門書を入手し、少し勉強しようと思っています。小生は実際の木炭自動車を見た記憶がないのですが、そのうち紹介しようと考えていますのでお楽しみに。

    このような名著を復刊していただいた皆様のご尽力には感謝いたします。たぶん全国のファンの皆さんも同じ思いのはずです。他にも復刊して欲しい本は多くあるのですが、古本屋やネット上でも高嶺の花の場合が多く、また復刊したとしてもすぐに絶版になったりと、何ゆえ良書を簡単に入手できないのか常日頃残念に思っています。名作というのは時代を超えて普遍的なものであり、是非、継続的に出版していただけるようお願いしたい次第です。

    人の命を奪う、あるいは環境に悪影響を及ぼすといった負のイメージとして昨今捉えられがちな自動車ですが、本当はもっと楽しく、魅力的で奥深い乗り物だと私は思っていますので(でなければ、過去から現在に至るまでこんなにたくさんのクルマの絵本が書かれる訳がありません)、自分なりに「車」というものを咀嚼するためにこのブログを始めました。要は頭の整理用です。

    また、ただ絵本を蒐集して満足するだけでは何も生みませんので、本の紹介によって少しでも何かの役に立てれば、あるいは本を通じて何か新しい起点やつながりが生まれればと思っていました。M.エンデの「モモ」からの教訓です。そういう意味で、プロでいらっしゃる鉄太さんや柳内さんとのコミュニケーションの機会を持てたことは幸いです。これからもよろしくお願いします。

    ( 21:30 )

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    ( 01:27 )

  5. 渡辺 光哉 | -

    みつやです。

    papayoyo様
    みつや本人です!
    ご連絡遅れて申し訳ありません。今回はみつやくんのマークエックスをブログにとりあげていただき、ほんとうにありがとうございます。また兄鉄太の講演にもいらしていただき、重ねて御礼いたします。今回の復刊は新栄堂書店 柳内社長、ナマエさん、兄をはじめとする関係者の皆さんの多大なるご尽力と、復刊の希望を多くあげていただいた読者の皆様の声のおかげであり、ほんとうに感謝しています。わたしも2人の子供がおり
    (1姫2太郎)、下の子が保育園在園中に同じ園の子供のお父さんからマークエックスの大ファンで自分のこどもに読ませたいのだけど手に入らなくて、復刊されないのですか?なんて言う声も聞いていました。本当に復刊されるなんて夢にも思っていませんでした。自動車というのは、今後どんな形で進化していくのか一人の車好きの男としてもとても楽しみです。これからもくるまの絵本をブログにてご紹介ください。
    楽しみに拝見させていただきます。





    ( 14:03 )

  6. papayoyo | -

    感謝、感激

    渡辺茂男氏著作のモデルお二方にコメントいただき、感謝、感激であります。お兄様は「心に緑の種をまく」の中で、思春期の頃、兄弟がモデルになっている絵本や童話の存在がいやだったと書かれています。その心情はわかりますが、自分がモデルの本があるということは、我々にとっては羨ましい限りです。三男光太さんがモデルの「くまたくん」シリーズもそのうち紹介しますね。

    次回からはロボット自動車ことを書きます。これからの自動車像を考えるヒントになります。お楽しみに。

    ( 08:19 )

  7. papayoyo | -

    質問

    せっかくの機会なので、光哉さんに質問です。子どもの頃、マークXのような空想を日頃されていたのでしょうか?このお話はフィクション?ノンフィクション?

    ( 08:57 )

  8. 渡辺 光哉 | -

    フィクション?

    みつやです。
    私個人は自分がモデルとして父の本に登場することは恥ずかしくもありますが、
    誇りにも思います。

    夢を壊してしまうかもしれませんが、どちらかというとフィクションの部分が多いです。こんな夢はよく見ていましたが・・・





    ( 14:34 )

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