てつたくんのじどうしゃ

てつたくんのじどうしゃ

今回は「てつたくんのじどうしゃ」渡辺茂男・作、堀内誠一・絵、福音館書店、こどものとも年中向き)を紹介しよう。日曜日の21日、銀座の教文館にて渡辺鉄太氏の「父、渡辺茂男の思い出」という講演会があったので聴きに行った。渡辺茂男さんは、これまでにもこのブログで何度も紹介してきた児童文学の重鎮である。昨年11月に亡くなられ、1周忌ということもあり今回の講演会が企画された。そう、本書“てつたくん”のモデルは、渡辺茂男さんのご長男、渡辺鉄太さんである。

私にとっては久しぶりの銀座であった。まずは、最近出来たばかりのホットスポット「イトシア」に向かう。狙いは、妻に頼まれていたクリスピー・クリーム・ドーナッツ。11時にして既に長蛇の列。2時間待ちというクレイジーな表示に戦意喪失、あえなくの退散となった。しばらく銀ブラをして2時から上記講演を聴講する。

終始ユーモアを交えた和やかな講演会で、渡辺茂男についての知られざるエピソードも聞くことができ、非常にいい時間を過ごせた。渡辺鉄太氏は私と同い年の62年生まれ。モナシュ大学言語学研究科博士課程修了。大学勤務を経て、現在はモナシュ大学客員研究員。子供の本、ことばや文化についての著述に専念している。また「メルボルンこども文庫」も主宰している。奥様は、絵本作家の加藤チャコさん。オーストラリア在住。

渡辺茂男氏と五歳の鉄太氏
渡辺茂男氏と五歳の鉄太氏[1]

父・茂男氏は昭和3年生まれで(私の父も昭和4年生まれ)で、父子の年齢条件は非常に似通っている。ただし、育った環境はずいぶんと異なる。鉄太氏は鉄太・光哉・光太の三人兄弟の長男(当日もお三方仲良くいらしていました)。彼の少年時代のお気に入りの場所は、絵本の並ぶ父親の書庫という非常に羨ましい環境だ。当然ながら、小さい頃は父親にたくさんの絵本の読み聞かせもしてもらっている。

一方、私の父は道路建設の土木技術者だったので、高度成長期の私の少年時代は激務の日々だった。当然帰りは午前様、飲んで帰ってくることも多く(酒にまつわる失敗談も多い)、父に絵本を読み聞かせしてもらった記憶は皆無だ。父の書棚に並ぶのは、土木技術の専門書の数々。でも一人っ子の私はこの専門書を眺めるのが子供ながらに好きだったし、数式にかかれた∂や∫が凄く知的で、美しいデザイン画のように見えた。いつか、この記号の意味がわかったらなあと思う変な子だった。高校時代、数学の微積の授業はワクワクしていたし、同じエンジニア(工学部)の道に進むのも当然と考えていた(その後、たいしたエンジニアにはなれなかったけど)。

私の場合、絵本の読み聞かせの思い出は少なかったが、休日に模型作りや工作などで一緒に遊んでもらった記憶はある。茂男氏は著作[1]の中で、動物社会学者、河合雅雄さんの話として、人間と他の哺乳動物との決定的違いは父子関係であると紹介している。哺乳動物の親子においては、父親は種付けが終わればメスの元を離れる(要は子育てしない)。しかし、人間の親子関係においては、父親は家族の中に存在し続ける。父親が忙しすぎて、子育てというコミュニケーションがほとんどなければ哺乳動物と一緒。読み聞かせでも、工作でも、キャッチボールでも、父親と子供が触れ合う時間は、たとえわずかであっても非常に重要な意味を持つ。

さて、鉄太氏は講演の前段で、子供が父のことを語る場合、過去の著作例をみても批判的な内容が多い、今回の講演もそうだと興味深いことを話されていた。著名な児童文学者としての父親と、家族としての父親とのギャップから来るものもある(仕事を持つ人間に表の顔と裏の顔があるのは当然)と思うが、それは父親を人間として超えたいという欲求の裏返しであろう。特に男子にとって、最も身近な同姓である父親は人生におけるベンチマークの対象となる。当然、いつかは肉体的、精神的に越えたいと考える。逆に父親もいつかは子供に超えられる恐怖と期待を同時に抱いているのだと思う。そのために親は愛情と厳しさを子供に対して降り注ぐ。それに答えるために、子は自己を磨き、父を超えようと試みる。そんな鉄太氏の心理が垣間見える講演だった。批判的にと言っていたが、鉄太氏の講演は終始、父親への愛情に満ち溢れていた。

自分は父親を超えられたのか。少なくとも企業組織人としてはまだだな。自分の子供たちにとって、将来ベンチマークの対象になり得るほど、自分は高い存在なのか。あっという間に越えられそうだな。などなどと渡辺家の親子関係を羨ましく思いながら、自分の親子関係を考えさせられた講演でもあった。

今回紹介する「てつたくんのじどうしゃ」はそんな鉄太氏が父・渡辺茂男氏に十分な愛情を注がれていたことが感じられる良い本だ。

「てつたくんのじどうしゃ」その2

てつたくんの前に4つのくるまがころがってきた。そこへ2本の棒が歩いてきて、棒さんがくるまの心棒になって車輪の出来上がり。次に木に寄りかかっていた板と出会い、板を車輪の上に乗せて車台の完成。さらに進むと、えんじんが道に座って「だっだっだっだ」とうなっていた。車台はえんじんをのせて坂道もへっちゃら。はんどるもつけて方向転換もなんのその。最後はてつたくんの運転でママを乗せてあげました。というお話。

「てつたくんのじどうしゃ」その1

おいおい、軸受を板に固定して心棒を軸受に通さないと車輪は回らないよとか、ミッションがないのにどうやってエンジンの動力を車輪に伝達するのなんて野暮なことは言わない(もし、そんな疑問を呈したお子さんがいたら将来は天才技術者です。その子の才能を摘まないでください)。

くるまの登場の際の「ころころころ、ぱたん」、棒さんの登場の際の「とんとんとん」、えんじんの登場の際の「だっだっだ」。これら擬音語のリズムは読み手の私にとっても楽しいし、聞き手の子供もウキウキするほど堀内さんの絵と協調する。

この本の誕生については[1]に紹介されている。鉄太くんが、戸外でこわれた三輪車の輪や、大工さんのくれた木切れで無心に遊ぶ姿を見ているうちに、この本は生まれたそうである。「くるまはいくつ」で初めて出会った堀内誠一さんとの二作目。堀内さんらしい、明るいタッチの絵本となっている。渡辺さんも堀内さんも後にクラスメートとなる幼い息子と娘を持つ一番いい時代の父親同士の合作。二人の愛情が滲み出る優しい一作となっている。

[参考・引用]
[1]心に緑の種をまく、渡辺茂男、新潮文庫



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偶然貴兄のブログを読みました。私の講演にお出で下さったばかりか,暖かいコメントをありがとうございました。貴兄のお父様(土木エンジニア)との触れ合いの思い出、「てったくんのじどうしゃ」の紹介など,興味深く読みました。茂男父も、自動車が大好きで(マニアではなかったが)車の絵本をたくさん書いています。自ら乗っていた車は、最後はワーゲンゴルフ,その前は、ボルボ(2台)、RX-7(2台)、クラウンワゴン,タウンエースワゴン,クラウン(丸グリル),マークII(2台、1970年代)、フォードピント(1971年、アメリカで)、コロナ(2台、1960年代)、ルノー、ダットサン,フォード(アメリカ留学時代)でした。
父の本では,最近復刊された『みつやくんのマークエックス』(エムナマエ画、実業の日本社)をご存知ですか。エンジニアの人には,興味深いと思われる,水陸空両用車の本です。どうかご覧下さい。どうもありがとうございました。
渡辺鉄太、メルボルン
[ 2007/11/01 06:52 ] [ 編集 ]

渡辺さんご本人より直接ご返事をいただき感激です。当日はサイン会で少しお話でもできたらと思っていたのですが、別な用事があり失礼させていただきました。全く偶然でご講演の情報を知ったのですが、お父様、渡辺家のいろいろなエピソードを楽しく聞くことができ、本当にこの偶然に感謝しています。『みつやくんのマークエックス』は気になっていた作品で近々購入しようと思っておりました。是非、読んでみたいと思います。お父上の作品も含め、まだまだ紹介したいクルマ絵本はたくさんあります。今後もご専門も目からもいろいろご意見頂戴できたらと思います。ありがとうございました。
[ 2007/11/01 13:55 ] [ 編集 ]

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