スパークだ!

昨日、久しぶりに息子と横浜に出た。中学生になって部活に忙しく、あまり一緒に出掛けることがなかった。珍しく部活が休みだったことと、あるイベントに行きたいというので付き合った。そのイベントとは…、

ラーメン女子博2017 その1

これ。横浜赤レンガ倉庫で開催された「ラーメン女子博2017」。女子博?メンズで? 『ZIP!』で紹介されたみたいで、ラーメンが食いたくなったそうだ。我が家ウィメンズはそれぞれ予定があったので、暇そうな俺に白羽の矢が立った訳。もちろんメンズでも全く問題のないイベントだがラーメンかぁ…。ここ最近、夜10時前後で夕食を取る不健康生活が続いていて、体重増加も気になっていたところ。しかも花粉症ピーク時期だ。でもなかなか息子とコミュニケーションを取る時間もなかったので喜んで行くことにした。

イベントはZIP!の効果もあったのか、3連休初日で天気もよかったせいもあり大盛況でしたよ。チケット購入(1杯900円)にも結構並ぶので、最初に何枚買うかで迷った。食い盛りの運動部活中学生といえども、相方はメタボを気にする中高年なので1人2杯は厳しいと判断、でも1杯は少ないかと3枚購入した。チケットはファミマでも購入できるので、お出かけ予定の方はこちらをお薦め。

ラーメン女子博2017 その2

最初は息子が食いたかったという、伊勢海老味噌ラーメン(「雅楽」×「ど・みそ」コラボ)と牛煮込みまぜそば(「ミライゑ」)を二人で分けながらいただく。大変おいしゅうございました。ただやっぱりこれだけでは(息子には)足りないので3杯目はトッピングも足した背脂煮干そば(「セアブラの神」)の全部載せ(写真)。個人的にはこれが一番好きだったかな。おいどんは昼ビールを加えたこともあり、ほぼ息子に任せて3杯(3.5杯)完食。一人で一日8杯以上平らげる猛者もいるようだが、我々は流石に腹いっぱい。ラーメンは見た目のボリュームよりも後からズシリと来る。腹ごなしにみなとみらい地区を歩いて横浜駅まで帰ることにした。

途中立ち寄った自転車屋さんでは懐かしいビアンキのロードバイクを見つけてまた乗ってみたくなった。ほとんど放置自転車化している我が家のバイク(息子用)の状態を心配しながら息子に、「友だちとチャリ乗って遊びに行く機会ないの?」と聞いてみたら、「部活終わると周りはみんな塾通いで忙しいし、そんなの小学生まで」と言う。俺なんか中学の頃でも友だちと自転車に乗って釣りに行ってたなあ、と最近の子どもたちが少しかわいそうになった。その責任は子供に習い事をさせている自分たちにもあると思いながら。塾に通っていない息子も「今年から俺も塾かなあ…」とぼそり。かつてはサッカー命だった2つ年上の従兄が今年名門県立高に合格したのでちょっぴり焦りがあるのかもしれない。

横浜建築風景その2
出典:http://www.fashionsnap.com/inside/marcis-minatomirai-report/
横浜建築風景その1
出典:http://minatomirai21.com/7082
息子はこれらのような建築物や公共施設の意匠デザインに興味があるらしい。(上)マークイズみなとみらい(下)みなとみらいグランモール公園

その後、大型ショッピングモールをあちこち散策している時に、将来どんな仕事をやりたいかみたいな話の流れで、こういう施設や街のデザインを考えることに興味があると息子がつぶやいた。美術は姉ちゃん譲りでそれなりにセンスがありそうだったので、じゃあ建築士なんかどう?とアドバイスしてみたが、数学や英語の成績が酷いらしく何とも鈍い反応。「勉強はやった分だけ成績は伸びるから、あとは自分次第」というくらいしか返せなかった。お父さんも苦労している英語は必須だとつけ加えて。

実は自分もこのくらいの歳に建築家、というか都市計画技術者の道を漠然と考え始めた時期があった。高校生の途中くらいまでね。丹下健三、清家清、黒川紀章、磯崎新等々、世界的に活躍する日本人建築家にも憧れた。だから息子の言葉を聞いたとき正直びっくりした。その後、国際政治にも大きな影響を与える天然資源、スケールのでかい海外や海洋をフィールドワークにできそうな資源開発エンジニアに憧れて大学に進み、でも研究室ではまた異なるテーマを選んで就職もその流れだった。会社に入ると、学生時代の専門とは全く関係ない研究開発を希望してしばらくその業界で生きた。しかし、その道でもたいして大成することなく(深く極められるチャンスは何度もあったのだけど)、自分の成りたい姿をちゃんと見定められないまま、一貫性のないなんとも中途半端なキャリア人生を送ってきた(基本、ケ・セラ・セラなんだ)。結局、退路を断って覚悟を決めることから逃げてきたのかもしれない。だから子供たちに将来についてああせい、こうせいと言う資格はない。とにかく、失敗してもいい、やりたいことを納得できるまでやり遂げられる人になって欲しいと思うだけだ。

その後もぷらぷらしながらジャガー&ランドローバーのショールームへ。明らかに場違いの冷やかし親子が、小声で「このクルマ、1千万だって」と下世話な会話を交わし、販売員からは全く声をかけてもらうことなく店を後にすると、目の前には日産本社ビルが。我々にはやっぱりこの手の大衆メーカーだ。このビルに向かって歩を進める。

NISSAN R89CとR90CP
日産CカーR89C(手前)とR90CP(奥)。日産本社ギャラリーにて。

その日産本社ギャラリーに展示されていたのが、昭和と平成の変わり目、バブル時に日産がモータースポーツの世界に記憶を残した懐かしいCカーの名車2台が展示されていた。R89CとR90CP。R89Cはルマンにも出場した星野一義/鈴木利男組の23号車カルソニック・ニッサン。シャシー開発の責任者はGT-Rの水野和敏氏[1]。この美しいスタイリングを持つCカーのタミヤ・キットも作ったなあ。R90Cは「日産レースカー」でも紹介したように90年のル・マン24Hで活躍した長谷見昌弘/アンデルス・オロフソンの24号車。いずれもでかいタイトルを獲ることはできなかったが、世界に日本のモータースポーツのポテンシャルを見せつけた。当時の日産トリコロールカラーは、その後の未来を予測していたのかもしれないが、日産が成りたい姿に身の丈を越えて挑戦し、会社の経営不振とともに散っていった象徴ともいえるレースカー2台だ。

Fマリノスの闇1
Fマリノスの闇2
F・マリノスの闇?
ギャラリー内にあるブランド商品販売のブティックで見つけたF・マリノスの2017年シーズン・球団フォトを見てびっくり。ボンバー中澤(No.22)のみ、あっちの方向を見ている。確信犯だと思うが、彼への扱いがきっかけで俊輔退団にまで至ったチーム事情の根の深さを表している(「Jリーグから撤退の危機?自動車メーカー」)。今シーズン、最初は調子よかったマリノスだけど、次第にね…。

最後に横浜駅の浅野屋でパンを買って横須賀に帰宅。夕方、娘の進路のことで大きな決断が必要になり家族会議だった。大学受験まで1年。どういう結果になろうが、本人の意志と覚悟を聞いて、自分のやりたい方法でやらせてみることになった。アホ娘のちょっぴり成長した姿に少し頼もしくも感じた。本人の人生だから、私は最大限のサポートをすること以外、何もできない。最近「疲れた」と弱音を吐いたり、仕事への不満を口にすることの多いお父さんは、娘や息子から大事なことを教わった一日でした。





[参考・引用]
[1]日産・R90CP、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%94%A3%E3%83%BBR90CP


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