オウリィと呼ばれたころ

オウリィと呼ばれたころ

先週の11日土曜日、前回記事で紹介したように「佐藤さとるの世界と岡本順原画展」を観に行った。13日が佐藤さとる氏89歳のお誕生日ということで、来展された方にお祝いメッセージを書いてもらうコーナーもあって、私も僭越ながら一筆書かせて頂いた(先日米寿を迎えた実の親父にすら祝詞しゅくしも送ってないのに^^;)。私はただの硬い文章のみだったが、他のメッセージカードをみるとかわいいイラスト入りやコロボックルを丁寧に描いている方もいて、いかに敬愛された作家さんだったかということを改めて知らされた。原画展を企画した絵本屋の店主からチーム・コロボックルの近況も伺って店を後にした。その絵本屋さんに訪れた佐藤氏のご親戚の方から、氏の訃報が届けられたのが翌日の夕方だったそうだ。9日に横浜のご自宅で亡くなられたことを、私は昨日のニュースで知った。我々のメッセージは直接先生の目に触れることはなかったが、ご霊前に供えていただけたとのこと。原画展に行ってよかったと思った。今朝は天気もよかったので、佐藤作品の原点、コロボックルの里・塚山公園までちょいと散歩に行くことにした。最近の不摂生でちょっと体重が増えたこともあって、減量のためでもある。

ちょうど家を出たら、ご年配の夫婦に塚山公園までの道を尋ねられ、私も行くのでご案内しましょうと彼らと一緒に小山を登った(「公園の管理人の方ですか?」と言われました^^;)。最近は、特に私以上の高齢者向けのトレッキングコースにもなっているようで、個人、団体と公園を訪れる方々を見かけた。中には若い人もいて、佐藤さとるのファンかなとも思った。訃報を聞いて、先生の作品の聖地ともいえるこの地を訪れたくなった人も多いと思う。

三浦按針夫妻の供養塔
三浦按針夫妻の供養塔

久しぶりに当地の鎮守様、按針夫妻の供養塔にも参って、周囲を少しぶらぶらとする。氏が3年前に上梓した『オウリィと呼ばれたころ』(理論社)には、土地の者はただ『按針塚』と呼んでいたこの公園のことを以下のように記している。

塚山公園1
小人たちがどこかに潜んでいそう

「迷路のような小道が藪の中を縦横に走り、そこを巧みに抜けると、ひょっこり広場にでたりするという、野趣に富んだ公園だった。土地の少年たちはそういう地理を知悉ちしつしていて、自分たちの遊び場にしていた。(中略、後年周辺の開発が進んで)昔のおもむきはなくなっている。」

塚山公園2
塚山公園3
迷路のような小道。足を踏み外せば谷に落ちる。
塚山公園4
ダイスケ鉄塔?(「ジュンとひみつの友だち」)
塚山公園5
ワイルドだろ?公園内で死骸は見つけたことあるけど、まだ元気のよいマムシ君には遭遇していない。

今でも公園の整備された施設や道からちょいと離れて歩いてみると、平成のIT生活からは隔絶された十分に野趣に富んだ風景が現れるのだが、当時はどれだけワイルドな世界だったのだろうか。詳細は『わんぱく天国』にも書かれていたと思うが、今は森を駆け回る少年たちではなく、壮年・老年世代がゆっくりと歩を進める風景も、当時から大きく変わった点なのだろう。

その後、氏の旧宅のあった逸見町へ降りて行き、そのまま資料を探しに、横須賀市立図書館まで歩いて行った。

塚山公園6
佐藤さとるさんの旧宅はこの辺だったのかなあ(横須賀市西逸見)

『オウリィと呼ばれたころ』は、終戦前後の佐藤氏とその家族の自伝物語だ。普段はファンタジー小説でしか佐藤作品を読むことができないから、リアル佐藤を知ることのできる貴重な本である(「子どものころ戦争があった」でも紹介した父上との最後のエピソードも書かれている)。たった数年間の物語ではあるが、全編ドラマに出来そう。先生の筆力にもよるのだろうが、当時を生きた日本人は多かれ少なかれ、波乱万丈の人生を送っている。私の父や母、祖父・祖母もそうだ。うちの家系は大陸や台湾など外地での生活も長かったしね。ちょうど氏とひとつ違いの親父も戦時は東京、戦後は山口で、似たような経験をしてきているので、親父の伝記を読むような気分になる。本書には最初にある伏線があって、最後にあっとなる遊び心はさすが佐藤流。なぜ先生がオウリィと呼ばれていたのかについては、本書を読んでみてね。

低賃金、貧困、長時間労働、パワハラ、セクハラ…毎日のようにすさんだ日本社会の闇の部分がニュースになるが、幸いにして戦後生まれの日本人の大半は、自然災害の被災者などを除けば、彼ら世代のような本当の地獄を経験していない。今のようにSNSで好き勝手に放言や表現ができる自由もなかった時代を生きてきた人が、なぜここまでイマジネーション豊かな童話を生み出せたのだろう。そういう時代を経験したからこそなのか。幼年時代は、野を山を駆け抜けることがお仕事、今のような電子機器に冒された生活もなかったしね。彼の作品には、ファンタジーの背景にある深いメッセージがたくさん込められているようで、自分はまだその真意を読み取っていないのかもしれない。

佐藤さとる

阿鼻叫喚の時代を生き抜いたがゆえに本当の豊かさ、大切さに気づいた先達らが、いよいよこの世界から消え去ろうとしている。一方で、歴史の必然のようにトランプ的なものが当たり前のようになってきた。佐藤さとるさん、まだ我々に言い残したいことがいっぱいあったのではないか。安針塚の地より、心からご冥福をお祈り申し上げます。

塚山公園7
港の見える丘にあったベンチに佐藤さとるさんが腰かけて市内を眺めているような気がして…

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[ 2017/02/18 23:06 ] bookshelves/本棚 | TB(0) | CM(0)

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