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効率  

効率
出典:『悪の引用句辞典』(鹿島茂・中公新書)

先日、久しぶりに電車を使って横浜のオフィスに出勤した。京急上大岡の駅で大量の通勤・通学者が乗り込んで来て、無理に乗ろうとするもんだから、こっちは危うく転倒しそうになった。エレベーターみたいに電車も乗車制限を設けて、定員重量をオーバーしたらブザーが鳴るようにしてもらえないだろうかといつも思う(電車の定員ってどれくらいなんだろう?)。こんな不快な通勤・通学を強いられて誰も文句を言わない「沈黙」の日本人(片道2時間でも、周りに気兼ねせず大声で歌いながら通勤できる自動車通勤の方が数段快適だ)。先々週のセンター試験もまたまた大雪で大混乱だった。私の共通一次の時も確か雪だったし、高校入試の直前ではインフルにもかかった。40年以上も前から毎年毎年、同じように受験生本人や家族たちに苦行を強いるこの異常な入学試験の日程に誰も文句を言わない。世の中は教育の世界でもグローバル化しているのに、相変わらず日本の学校は4月入学のガラパゴス(※)。インフルやノロといった季節モノの健康リスクも含め、いい加減試験以外のことで余計なストレスを抱えないような仕組みに変えてあげなよ。文科省の役人さん、気にするのは自分の天下りよりそっちでしょ。等々の不条理に対して不平不満を口にせず、腹に収めて黙って従う。嗚呼、美しき武士道よ。そんなことを考えながら、朝のオフィスに到着し、パソコンのスイッチを入れ、会社の歯車としての一日が始まった。

※北半球や南半球の違いはあるが、グローバルには最も長い休み明けの入学が一般的[1]。夏休み中に試験となれば今度は大雨や台風のリスクもあるかもしれないが、少子化が進むのであれば、もっと柔軟に4月と9月入学で試験も年2回(チャンスを増やす)とか、子どもたちにとって一番何が良い方法なのか、いろいろ知恵を出せると思うのだ。

電車に話を戻すと、海外からも賞賛(驚嘆)される日本の鉄道会社の正確無比な運行管理[2]。これにケチをつけることは炎上のリスクもアリと想定しながら、少し冷静に考えてみる。1分足りとも遅れてはならない繊細なマネジメントを計画・実行している鉄道マンには本当に頭が下がるが、彼らには申し訳ないけど、その秒単位の精度にあまり人間味を感じないのだ。「機械なのだから確実性は当然で人間味を感じる必要はない」「便利だからいいではないか」などと絶対に批判される。確かに私もその正確さのお世話になっている。しかし、利用するのは生身の人間だ。ギュウギュウに押し込まれるのも乗客がモノとして扱われているのだろう。今回のようにたまに通勤電車に揺られると、あまりに管理されたシステムに動かされているようで、乗客が機械の歯車のように見えてくる。多分毎日乗っている人は慣れちゃって、そんな感覚さえ次第に奪われていくのだろう。事実、電車の中で眺めた乗客はみな顔の表情に乏しく、まるで能面のようだった。

詰め込み乗車
詰め込み乗車(この写真は本文と一切関係がありません)
出典:http://www.huffingtonpost.jp/2014/12/25/worlds-major-subways_n_6379380.html

鉄道会社の人は、この運行管理システムや詰め込み乗車を「効率」のためと言うだろう。効率(=efficiency)あるいは性能は元々工学用語で、期待される出力とそれに必要な入力の比だ[3]。特に、自動車でも重要な熱機関の効率(熱効率)のことを指す場合が多い。つまり機械から得られる有効な仕事量が、それを得るために機械に加えたエネルギーに対して占める割合をいう[4]。それが転じて、今やあらゆるビジネスシーンにおいて「効率」という言葉が飛び交う。「キッズエンジニア」でもびっくりしたが、小学生ですらフツーにこの言葉を使う。例えば、「このシステムを導入することで、これまでの作業時間が○○h(時間)削減され、1時間当たりの労務費が○○円から○○円になり、○○%の業務効率の改善につながる。」などといったように、私もよく使う。ビジネスだけではない。入試や資格試験などでも「効率の良い勉強方法」なる参考書や指南が山のようにある。勉強とは、短時間で身に付けなくてはいけないこともあるけれど、本来生涯を通じて、じっくり楽しくやるべきものなので、時間の効率だけで語るのは悲しい。勉強をしながら横道に逸れる、効率の悪い勉強もあって良いのだよ。

このように一般的に使われている「効率」は、人間の作業の能率やコスト計算としての指標だから、元の意味を考えれば人間を機械として扱っている証左でもある。人間の機械化論は今に始まったことではない。20世紀最高の知性と言われたフランスの作家、評論家であるポール・ヴァレリーは1925年、「知性の危機について」というテキストの中で次のように記している[5]。

『じっくり待つことと、変わらないこと、この二つは我々の時代には負担なのだ。我々の時代は、大いなる エネルギーヽヽヽヽヽ の代価を払って、自分の仕事から解放されようとする。そのためのエネルギーの割り当て、下ごしらえがごしらえが機械化ヽヽヽ を要求する。そして機械化が我々の真の時代の支配者である。』

こうして機械の支配するところとなった効率化社会は、エネルギーの有効的利用に邁進するが、逆説的なことに、エネルギーはそれによって節約されるのではなく、濫費されることとなる。(鹿島茂、『悪の引用句辞典』より)

私が入社した頃は、どうやって会議調整をしていたか思い出せなくなるくらい時間が経過してしまったが、Outlookのスケジューラーで瞬時に会議調整と出欠確認ができるようになって、作業時間が30年前よりも何十、何百時間も削減されたハズなのに、会議は減るどころか増えるばかりである。他にも昔に比べて忙しく感じるのは私だけではないはずだ。ヴァレリーは1世紀ほど前にこのことを予言している。

『懸命に濫費する道を考えるために、新たな必要を一から創出するヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽようなことをする。
[中略]
人間は、したがって、浪費に酔っている。速度の濫用、光の濫用、強壮剤・麻薬・興奮剤の濫用、印象に刻印するための反復の濫用、多様性の濫用、共鳴の濫用、安易さの濫用、極度に発達したスウィッチの、オンヽヽオフヽヽの濫用、これによって小さな子どもの指一本で途方もない結果が引き起こされる。』

ああ、耳が痛い。人工知能(A.I.)の進歩で、人間の機械化どころか、機械が人間化しようとしている。自分の仕事から解放されたいと欲求していた人間が本当に解放された次はどうなるのか?ヴァレリーの予測によれば、究極の効率化によって人類の濫用は極限にまで達し、果ては小さな子ども(のような大人?)の指一本で途方もない結果が待っている。

人工知能研究の先進国、アメリカでトランプ大統領が誕生した。



[参考・引用]
[1]4月に入学するのは日本だけ!? ~世界の入学事情、キッズgoo、
http://kids.goo.ne.jp/parent/seasonevent/nyugakushiki/detail_01.html
[2]海外「さすが日本人」時間厳守、地下鉄の仕組みを紹介したドキュメンタリーに海外が感動、どんぐりこ、
http://dng65.com/blog-entry-833.html
[3]熱効率、Yunus A Çengel、Michael A. Boles・共著、浅見 敏彦、他・共訳、p196、オーム社、2005
[4]効率とは、コトバンク、
https://kotobank.jp/word/%E5%8A%B9%E7%8E%87-63356
[5]ポール・ヴァレリー、鹿島茂・著、悪の引用句辞典、p26-29、中公新書、2013
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Posted on 2017/01/21 Sat. 20:20 [edit]

category: bookshelves/本棚

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コメント

いつものことながら、すばらしいテキストを読ませていただき
ありがとうございます!すばらしい!

そうですよね、AIのことを考えると、「効率」ってなんだろう?
って思わされます。
ヴァレリーの言葉はホントに先見性の高い名言ですよね。

僕の属している業界では、「需要を探る」ではなく「需要を作る」とか
「ニーズをつかまえる」ではなく「シーズを生み出す」などとよく言います。
「価値を生み出す」ではなく、「付加価値」ともいいますよね。
まさに、浪費・乱用を生み出すことが消費活動そのものになっているんでしょうね。
よく、「世に氾濫する商品は、これ以上はいらないものばかり」とも言われます。
「4Kなんていらないのに、8Kの開発なんて必要なのか?」なんて声のことです。

してみれば、ヒトは乱用・浪費するために、
必要以上の効率化に四苦八苦しているわけです。
それで、行く着くところ、AIが大手を振るようになったら、ヒトが不要になります。
つまりヒトは、自らの消滅のために働いていることになりますよね。
あ、地球のためにはヒトはいなくなったほうがいい、ということでしたら、
それはそれでいいことなのかも知れないか、なんて考えも浮かんでしまいます。

効率化の進んだ社会の代表がアメリカなのだとしたら、
ヒトの仕事や産業、ヒトそのもの消滅化が最も進んでいるのが
アメリカなのかもしれません。
自ら招いた事態に、だだをこねているヒトの代表が
「あの人」なのかもしれませんね。

URL | つかりこ #-
2017/01/27 14:58 | edit

USA

つかりこさん、ありがとうございます!
最後にアメリカの話に繋げましたが、彼の国は必ずしも全てが効率的という訳でもないと思います。
日本人から見れば、もっと公共交通を整備して大量輸送すればいいのに、とかね。新幹線の売り込みはそういう背景かと。でも彼らはやはり自動車の国、電車での移動よりもクルマでの移動を選びますよね。それはやはり自由であること。何者にも支配されず、自らの意志で道を選ぶという、アメリカ人のもっとも根源的なメンタリティによるものだと思います。ピックアップでの移動なんて、エネルギー的にみれば非効率そのものでしょ。その非効率な輸送手段を補う意味でIT技術が発展したのでしょうね。
そのITと自動車の融合が自動運転。完全自動運転の世界にでもなれば、トータルコントロールで渋滞も減るだろうし、空いた移動時間は他のことに使える(別な濫費が生まれるのですが・・・)。究極の効率化です。でも自由を尊ぶアメリカ人にしてみれば、彼らの自由意志を奪い兼ねないシステムだと考える気がするんです。運転は彼らの最後の自由の砦ですから、自動運転は最終的にアメリカ人には受け入れられないのではないかと。管理されるのが好きな日本人好みの技術だと思います。
その自由の国であったはずのアメリカが史上最大の岐路に立っています。ある意味自由気ままのおっさんに独裁を許すのか、それともやはり自由の国であり続けるのか。アメリカはいつでも未来を映し出す鏡。彼の国の動向は、我々の未来の姿でもあるかもしれません。
外との付き合いもめんどくさい時代ですから、日本も鎖国して江戸時代のような緩やかな成長時代に戻るのもありか?と考えてしまいます。資源小国の日本にとってはあり得ないシナリオですが、濫費に邁進する現代日本を見直す思考実験をしてみてもいい機会じゃないですかね。
雑駁なコメントでスミマセン。

URL | papayoyo #-
2017/01/28 09:38 | edit

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