はじまりの日

はじまりの日

12月10日、日本時間で明日、2016年のノーベル賞授賞式が行われる。今年のノーベル賞は昨年に続き、私の同郷の大隅先生が医学・生理学賞を受賞するなど、日本でも大ニュースとなったが、世界的に話題をかっさらったのはやはりあの人だろう。文学賞を受賞したボブ・ディランだ。大数学者でもノーベル賞を受賞できないのに、ミュージシャン、それも“アメリカ”のロックスターが獲っちゃったもんだから、世界じゅう上や下への大騒ぎだ。そのディランの名曲“Forever Young”の詩に挿絵を加えた絵本『はじまりの日』(ボブ・ディラン・作、ポール・ロジャース・絵、アーサー・ビナード・訳、岩崎書店)を「クルマの絵本」として、そして敢えて「はじまりの日」と訳された翻訳本の方を紹介しようと思う。原題はもちろん“FOREVER YOUNG”(Bob Dylan・作、Raul Rogers・絵、Atheneum Books for Young Readers)である。今回はいろんな人たちを敵に回してしまうかもしれないが、この絵本にまつわるいくつかのモヤモヤがあったのでネタにしてみた。素人の戯言ということで。

村上春樹
気の毒な”あの人”
出典:村上春樹が小説家を目指した理由。

文学賞発表の当日は相変わらず、“あの人”のファンと称する人たちが大騒ぎする毎年恒例の「祭り」がメディアで晒されていた。ディランを高く評価しているという村上春樹さん自ら、この“年中行事”には「正直なところ、わりに迷惑です。」と答えているように[1]、こうなるともう確信犯だね。メディアも、その取り上げ方はもはや彼らを嘲笑の対象でしか扱っていない。僕が大学生の頃かな、村上春樹が注目されるようになったのは。でも文学に疎いあっしは彼の本を一度も読んだことがないので(彼の訳本、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』だけ持っている)、彼の作品や人となりは他の媒体から得た情報しかないのだけど、本人の意志やスタイルに反して祭り上げられた氏の心中を察すると本当にお気の毒である。

ハルキニストを笑うの図
もはやコメディ
出典:http://yamatotakada.blog.so-net.ne.jp/2016-10-14

その自称“ハルキニスト”(彼らと一緒にするなという御仁もおられるかと)の方々が「えええーっ」と複雑な声を上げていたが(失礼ながら、毎年彼らが失望するこの姿を見るのが楽しみだったりする)、私もハルキ・ムラカミはないにしろ、まさかボブ・ディランが受賞とは驚愕の発表だった。ミュージシャンが受賞するということ以前に、ノーベル賞なんて最も毛嫌いしそうなディランの受賞だったからだ。それ以降の顛末に、ノーベル賞委員会はこの選考を後悔することになる。すったもんだの末、当の本人から賞は受けると表明されたものの、授賞式への出席は見送りになった。授賞式ではスピーチならぬ、ミニコンサートなんてシナリオを委員会は皮算用していたんだろうけど。

今回の受賞に対し、「(ノーベル賞は)『文学』の定義を拡大しようとしているのではないか」といった戸惑いや、「どこに文学作品があるのか」といった批判もあったようだが[2]、そもそも「文学」の定義って何だ?そんなにたいそうなものなの?と私の人生のキャリアの中で最も遠い世界にあるこの業界の保守性を楽しませてもらっている。音楽の世界でもよくある、クラッシックが格上で、フォーク、ロックは格下と宣ふ輩と図式は同じなんだろうね。ディランもこの権威主義に嫌気が差して逃げ続けたのだろう。彼のことだから最後まで無視し続けるのでは?と思ったが、さすがにそこまですると大人気ないし、「(受賞を)たいへん光栄に思っている」と社交辞令は述べているものの、「先約がある」という理由で礼を欠かないギリギリの抵抗を示したのか、あるいは単純にめんどくさいだけなのか。ただ、授賞式から6ヶ月以内に記念講演を行うことが受賞者に義務付けられているので、賞を受けたからにはやらざるを得ない[3]。記念コンサートじゃダメなんだろうか。まだまだディランから目が離せない。

新しい人よ眼ざめよ

日本でノーベル文学賞の先輩といえば大江健三郎。こちらは学生時代、一応教養として何冊か読んだ。でも、文章があまり好みではなかったし、頭が悪いので高尚すぎて読んでいてもあまりよくわからなかった。だから彼の作品については論評できないが、少なくとも彼の言行不一致にはちょっと抵抗がある。ノーベル賞を受賞すると当然のように文化勲章がついてくるのだけど、予想どおり彼は文化勲章の授与を拒否し、一方ノーベル賞の方はちゃっかり頂戴している。その言い分が「私は、戦後民主主義者であり、民主主義に勝る権威と価値観を認めない」であった[4]。このアメリカに洗脳された戦後民主主義というのは結構やっかいな代物だ。僕に言わせればノーベル賞こそ、欧米、特にヨーロッパ中心主義に根差した権威の象徴である。ディランも村上もその権威のおかげで振り回されている訳だし、少なくとも自然科学の世界では完全にヒエラルキーの頂点に君臨する賞になっている。結局この人は欧州至上主義者なんだとがっかりした。民主主義に勝る権威と価値観を認めず、九条の会で反戦を貫くのであれば、サルトルのように「ダイナマイトなる非平和的発明をした人の作った賞などは受け取れない」くらい言って辞退しろよと言いたくなる[5]。彼の言説の風見鶏ぶりは有名で、原発に対する立場も、高度経済成長期の‘68年に講演会で「核開発は必要だということについてぼくはまったく賛成です。このエネルギー源を人類の生命の新しい要素にくわえることについて反対したいとは決して思わない」と言っていた同じ人が、3.11の後、米誌への寄稿の中で「原発建設は人命軽視の姿勢を示すもので、広島の原爆犠牲者に対する最悪の裏切り」と述べている[4]。人間、生きていれば考えも変わる時はある。であれば、ノーベル文学賞受賞者なのだから、その“権威”に認められた知性ある表現でご自身の思想の転換の経緯を説明してもよかったと思う。大江も昭和10年生まれ、ほぼ昭和ヒトケタ世代と言ってよい。前にも書いたが、先の大戦を境に価値観が180度転換したこの混乱期に少年・青年時代を過ごしたこの世代の人たちは、親父も石原慎太郎もそうだが自分勝手のめんどくせー人種なのだ。まあ、ノーベル文学賞も所詮この程度だよ。ハルキさん、ドンマイ、ドンマイ。

イメージの独り歩き
イメージの独り歩き
出典:http://www.huffingtonpost.com/peter-dreier/the-political-bob-dylan_b_10134862.html

[6]によると、「今回のノーベル賞受賞についてディランの歌を『プロテストソング』とする報道が多かったが、本人はデビュー後まもなくその路線は捨てている。というより端からそんなつもりはなかったかも知れず、抵抗の象徴に祭り上げられることにむしろ激しい拒絶と嫌悪を示した。」とある。この分析を読んで学生時代の国語の試験のことを思い出した。よくある設問に「傍線の部分について、主人公の心情を最も的確に表す内容はどれか?」というものがある。国語が大嫌いだった僕はいつもこの手の設問に困惑した。どの答えもあり得るのではないかと。問題作成者は夏目漱石や芥川龍之介本人に直接「答えはこれで良いですよね」と確認したのか。そんな訳はない。これらは一般的な解釈である(もちろん確たる証拠に基づいているものもあるだろうが)。漱石先生だったら「あーっ、その辺はテキトー。どう感じでもらってもいいよ。」って答えたんじゃないかとか、こっちの選択肢の意図で書いていたら面白いけどなあとか考えながらも、多分問題作成者は尤もらしいこっちの答えを選ばせたいはずだと大人の選択をしていた訳である。試験とは解答者の考えを問うのではなく、問題作成者の意図に応えるものであるということであればこの行動は正しい。こんな試験ばかりやってきたから、日本人は相手の顔色を伺う、いわゆる空気を読む処世術に長けたヤツばかりになった。

私もメディアも勝手にディランや村上、大江に対する固定観念のもとで彼らの言動を評するけど、本当のところは本人にしかわからない。日本でも、今年は芸能人や有名人が週刊誌にアップされた写真一枚、言葉のワンセンテンスで、彼らの人格が決めつけられ批判に晒されることが多かったが、我々は彼らの一体何を知っているんだという反省は確かにある。本当の自分とは違う自分が独り歩きする。だからこそ、自分で語るしかないのだけど、それもめんどくせーしな。人気商売というのは覚悟のいる仕事だと思う。

さてここまでは長ーい前置きで、ここからが本題。“FOREVER YOUNG”の歌詞は「息子のことを思いながら、自然に浮かんできた」と本人が語っているように、この歌はディランの息子のために作った曲だ。私も人生半世紀、その大半を大人の腹黒いビジネスの社会で生きていると、身も心も老廃物に満ち溢れた自分にふと嫌気が差すことがある。「もっと若かったら」とか「若い頃はこんなんじゃなかった」「もっと夢見てたよね」とか。ご同輩の多くもそうだろう。だから「いつまでも若さを持ち続けたい」といった気持ちが生まれる。つまり“FOREVER YOUNG”。ディランは常にそういうモチベーションで生きてきたのだろうが、自分の子どもや若い人に向けたこの歌は、「いつも新しい自分でいなさい。人は老いても、気持ちは常に若々しく、新鮮な気持ちで何事にも取り組もう。毎日が『はじまりの日』なんだよ。」というメッセージだ。訳者アーサー・ビナード氏のタイトル意訳は、そういう解釈だと思うが、個人的にはFOREVER YOUNGの方がストレートに伝わるかな。確かに「いつまでも若く」じゃ、大人には響くが子どもには伝わりにくいかもしれないが。

クルマノエホンとして紹介しているので、その部分を中心に取り上げる。この絵本は歌詞一行ごとに、ポール・ロジャースの絵が挿入されているが、その1枚ごとに彼の細かな拘りがある。例えば、ディランゆかりの人々が絵の中に登場しているとか。巻末にそれぞれの絵の解説が付いている。最初にこっちを読んでしまうと楽しみが半減されるかもしれないが、うれしい特典の一つ。そちらを参考にクルマに関わる2つの挿絵についてネタバレ解説すると、

はじまりの歌 その1
『はじまりの日』より

May you build a ladder to the stars and climb on every rung.
(星空へのぼる はしごを 見つけますように)
この絵の右の道にとめてある2台の車は、有名な『風に吹かれて』が収録されたアルバム“The Freewheelin' Bob Dylan”のジャケットと同じ。VW・タイプ2のワーゲンバス(左)とシボレー・スタイルライン・スペシャル(1950)の4ドアセダン(右)のように見える。ジャケット写真ではシボレーのフロント部分はカットされていた[7]。

The Freewheelin' Bob Dylan
アルバム“The Freewheelin' Bob Dylan”
The Freewheelin' Bob Dylan 別テイク写真
“The Freewheelin' Bob Dylan”の別テイク写真(photographed by Don Hunstein ):シボレーのフロントがちゃんと写ってる[7]

May your hands always be busy, may your feet always be swift.
(きみの手が ずっと はたらきつづけますように きみの足が とおくまで 走っていけますように)
この絵はディランのアルバム、“Like a Rolling Stone”で有名な“Highway 61 Revisited(『追憶のハイウェイ61』)がモチーフとなっている。ルート61は、ボブ・ディランの生まれたミネソタ州から南へ、ニューオリンズまで延びている国道で、「ブルース・ハイウェイ」と呼ばれているそうだ。VWタイプ1(ビートル)が描かれているのは、タイプ2も含め、ワーゲンがディランやレノンを強く支持していたヒッピー文化のアイコンだったからだろう。

はじまりの歌 その2
『はじまりの日』より
Highway 61 Revisited
アルバム”Highway 61 Revisited”

作画のポール・ロジャース(Paul Rogers)だが、名前を見たとき、英国のロックスター、ポール・ロジャースが描いたの?と勘違い。こちらは1957年、アメリカのカリフォルニア州に生まれのイラストレーター。ロサンゼルスのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインで学び、1980年からイラストレーターとして活躍、ジャズ・フェスティバルなどのポスターを多く手掛ける。著作には、ジャズの名手、ウィントン・マルセリスをいっしょに作った絵本”Jazz ABZ”などがある。

Paul Rogers Arthur Binard
Paul Rogers(左)
出典1:http://www.beinkandescent.com/articles/672/forever+young
Arthur Binard(右)
出典2:http://www.japantimes.co.jp/community/2011/06/21/our-lives/poet-draws-on-senses-to-give-words-life/#.WEvG7bm7pjo

訳者、アーサー・ビナード(Arthur Binard)は、1967年、アメリカのミシガン州に生まれる。ニューヨークのコルゲート大学で英米文学を学び、卒業と同時に来日、日本語での詩作をはじめる。『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞、『ここが家だーペン・シャーンの第五福竜丸』(集英社)で日本絵本賞を受賞。翻訳絵本に『ダンデライオン』(福音館書店)、『あつめるアニマル』(講談社)などがある。ちょっと気になったのが、前述した大江健三郎も中心メンバーである九条の会の会員だということ[8]。九条の会というと大江はじめ、故人となった井上ひさし氏や小田実氏など、左翼系の論客団体というイメージが強かったし、アメリカ人が九条の会?とも思ったのだが、もともとはB-29の元パイロットだったチャールズ・オーバービー氏が米国で創設したのだとか[9]。思想信条は個人の自由だからとやかくいう筋合いはないのだけど、この絵本は、ディラン自身が望んでいなかったかもしれないディラン=プロテストソングというステレオタイプの解釈があるようにも思える。

はじまりの歌 その3
『はじまりの日』より

May you have a strong foundation when the winds of changes shift.
(流されることなく 流れを つくりますように)

もちろん戦争も嫌だし、平和を望む気持ちは否定しないが、僕はこの『はじまりの歌』を、もう少しニュートラルに、ディランが息子のために歌ったときの父親目線で読もうと思った。そういう意味で、オリジナル曲を聴く場合、挿絵はバイアスのかかる邪魔なものになるのかもしれない。作者の拘りは面白いのだけど。今じゃ当たり前のPVも、歌詞を聴く人に対しては想像力を奪っているのかもね。ひょっとしてノーベル賞の選考意図は、人を見るなかれ、詩を読めということなのか。

そして時の人、ボブ・ディラン(Bob Dylan)。出生時の名前はロバート・アレン・ジマーマン(Robert Allen Zimmerman)といい、後年法律上もボブ・ディランに改名しているそうだ[10]。1941年、アメリカのミネソタ州生まれのミュージシャン。高校生のころからバンドを結成してライブ活動をはじめる。フォークとブルース、それにカントリーもロックも吸収して、自分ならではの音楽を作り上げ、アメリカを代表するミュージシャンとなった。2015年に36枚目のアルバム“Shadows in the Night”を発表、全英アルバムチャートで1位になるなど、75歳となる今もなお精力的に活躍される“FOREVER YOUNG”である。






[参考・引用]
[1]ノーベル文学賞はボブ・ディランで、村上春樹また落選! そもそもノーベル文学賞候補なのか!?、LITERA、2016年10月13日、
http://lite-ra.com/2016/10/post-2621.html
[2]ボブ・ディランのノーベル文学賞に文学者らから批判の声、日刊ゲンダイ、2016年10月14日、
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/191856
[3]ボブ・ディラン、ノーベル賞授賞式を欠席する意向、Ryan Reed、Rolling Stones JAPAN、2016年11月17日、
http://rollingstonejapan.com/articles/detail/27080
[4]大江健三郎、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B1%9F%E5%81%A5%E4%B8%89%E9%83%8E#.E5.8E.9F.E5.AD.90.E5.8A.9B.E7.99.BA.E9.9B.BB.E6.89.80.E3.81.AB.E5.AF.BE.E3.81.99.E3.82.8B.E7.AB.8B.E5.A0.B4
[5]ノーベル賞、フィールズ賞、国民栄誉賞、文化勲章を辞退した人たち、NAVERまとめ、2012年04月22日、
http://matome.naver.jp/odai/2133507254006995101
[6]村上春樹がノーベル文学賞を取れない理由 そもそも本当にノーベル賞候補なのか?、栗原裕一郎、東洋経済ONLINE、2016年10月18日、
http://toyokeizai.net/articles/-/140646?page=4
[7]Greenwich Village Stroll, 1963、THE ROCK FILE、2011年3月2日、
https://therockfile.wordpress.com/2011/03/02/greenwich-village-stroll-1963/
[8]アーサー・ビナード、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%89
[9]九条の会、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E6%9D%A1%E3%81%AE%E4%BC%9A
[10]ノーベル文学賞はボブ・ディランさん 各界から祝福の声、BBC News、WEDGE Infinity、2016年10月14日、
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7982
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