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楽しいクルマ絵本の世界/エンスーのためのクルマ絵本ライブラリー

はたらく じどうしゃ~たんけんするじどうしゃ~  

キンダーブック_はたらくじどうしゃ

今回紹介するクルマの絵本は、昭和34年出版の古いキンダーブック『はたらく じどうしゃ』(絵・吉沢廉三郎ほか、キンダーブック第13集第11編2月号、フレーベル館)である。表紙には南極で走行する雪上車が描かれている。少し前になるが、10月3日の朝刊にいすゞ自動車の見開き広告が出ていた。南極観測船「しらせ」が南極で接岸している写真そのものにインパクトがあったのだけど、しらせの脇にかわいく佇む雪上車がその主役。広告によると、今からちょうど60年前に始まった日本の南極観測に、いすゞは1956年の第1次隊から現在の第57次隊まで、途絶えることなくその活動を支えているとのこと[1]。これから越冬することになる第58次隊の車両担当もいすゞなので[2]、彼らの活動支援はまだまだ続く。ちょうど今月11日には第58次隊支援のため、しらせが晴海ふ頭を出港したばかり[3]。ここ横須賀はしらせの母港でもあるので(オーナーは文科省国立極地研究所だが、運用上は海上自衛隊の砕氷艦)、「南極×いすゞ」のことについて調べてみた。

いすゞの広告
いすゞの新聞広告(いすゞ自動車FaceBookより)

いすゞのホームページによると、第1次隊から南極観測に協力している日本で唯一のディーゼルエンジンメーカーであり、観測隊の生活はいすゞのディーゼルが支えているという。雪上車を動かすディーゼルエンジンのほとんど全てがいすゞ製で、基地で使われている発電機にもいすゞのディーゼルが使われているそうだ[4](第58次隊では発電機担当はヤンマーになっている[2])。南極で使う車両は普通に考えて、クローラー(キャタピラー)で走行する雪上車がメインとなる。南極という未知なる大地でのフィールドワークなので、昭和基地周辺をちょこっと走る仕事だけではないと思っていたが(もちろん比較的気温の高い昭和基地の周辺では、設営や荷物の運搬にエルフといったいすゞのトラックも活躍している[4])、観測隊は拠点である昭和基地から内陸にある基地(この響きがたまらん※)まで約1,000キロ、20日間にもわたり氷原の道なき道を雪上車で旅するそうだ。もちろん今ではGPSで正確な位置を確認しながら進むが、それでも安全のため必ず2台の隊列を組む[5]。GPSなどなかった昭和31年の第1次隊などは観測というよりは、それこそ生死をかけた「探検」だったのだろう。

※知らんかったが、日本の南極基地は昭和基地も含め現在4拠点ある[6][7]。世界各国の基地は通年、夏季のみを含め60以上あり[8]、科学的観測の国際協力体制によって相互交流はあるものの、何せ資源も豊富に眠るかもしれない大陸(土地)なもんで、領土権を主張する国があったりして、人類の陣地どりの欲求はいつまでたっても無くならない[9]。



日本における雪上車の歴史は1940年代後半からスタートしている[10]。当初は㈱大原鉄工所(現在国内唯一の雪上車生産メーカー[11])と池貝自動車製造㈱(後に現在のコマツに吸収合併)が研究開発を行っていた。いずれも米軍の水陸両用車「M29Cウィーゼル」をベースに、それぞれ「吹雪号」(大原)、「KC20-1」(小松)を開発した。1955年に日本の南極観測が決定すると雪上車の選定も行われたが、当初有力候補だった米国製車両に対し、国産という方針に基づいて小松製作所のKC20「ぎんれい」が採用された。

小松KC20-3型雪上車「ぎんれい」
小松KC20-3型雪上車「ぎんれい」(名古屋港の南極観測船「ふじ」船内に所蔵[13])
もっと詳細の写真を見たい場合は以下参照
http://blogs.yahoo.co.jp/tarepajp/47736073.html

第1次隊では4台のぎんれいが使用されたが、エンジンはトヨタ製の水冷ガソリン3台(KC20-3R&3S型)といすゞ製の水冷ディーゼル1台(KD20-1T型)。燃費などと考えると燃料は軽油、すなわちディーゼルエンジンの選択だと思うが、当時の雪上車は始動のよさからガソリンしかなかったのだそうだ。ディーゼルのトルコン(AT)の使用実績はなかったが、ディーゼルエンジンを昭和基地の発電機に転用する実験車としていすゞ製が採用された(基地のメインの発電機もいすゞ製を採用)。結果、雪上車のエンジン転用も有効、雪上車もディーゼルの方が操作性や燃費、トラブルも少ないことから、第2次隊からは7台の雪上車のうち5台がいすゞ製ディーゼル仕様になった(この辺の事情は[10]に詳しい)。

小松KD20-T型雪上車「ぎんれい」
小松KD20-T型雪上車「ぎんれい」(稚内市青少年科学館所蔵のKD20-2T型[14])

ちなみに本書発行の昭和34年(1959)といえば、悪天候のため前年に到着した第2次隊(砕氷船は「宗谷」)が上陸を断念、越冬できなくなった昭和基地に1年間置き去りにされた有名なタロとジロなど樺太犬の生存が確認された年[10][12]。学生時代に観に行った『南極物語』(蔵原惟繕・監督、1983)という映画にもなった(フジテレビがイケイケだった頃の企画)。表紙の雪上車はガソリン仕様のKC20「ぎんれい」で[13]、ディーゼルトルコン車のボディは全く別物なのが面白い[14]。

大原鉄工所SM100S
大原鉄工所SM100S型雪上車[15]

現在日本の南極観測隊の雪上車は全て大原鉄工所製で、エンジンはいすゞ製のようだ。最大の雪上車はSM100Sというもので、全長6,910mm、全幅3,450mm、全高3,150mm、車体重量10,500kgの巨大な車両にも関わらず、最大速度は時速21kmとなかなかのものだ。最大積載量は1トンで、2t積木製そりを7台牽引できる。当然といえば当然だが-60℃まで使用できるという。中には海氷が割れて海水に浸かっても、約2時間は浮いていられるように軽量に作られている浮上型小型雪上車(SM31S)なんてものまである[15]。

じどうしゃのあふりかたんけん
「じどうしゃのあふりかたんけん」より
早稲田大学赤道アフリカ遠征隊
早稲田大学赤道アフリカ遠征隊[17]

さて、このキンダーブック版『はたらく じどうしゃ』には、「じどうしゃのあふりかたんけん」(文・永井保、絵・宮沢章三)という物語が含まれる。裏表紙に書かれた、キンダーブック顧問、坂元彦三郎氏の解説によると、この物語は二人の女性を含む早稲田大学関係者による、国産車でのアフリカ横断旅行の壮挙を取り上げたものだとある。調べてみると、早稲田大学赤道アフリカ遠征隊が、昭和32年(1957)12月5日から翌33年5月末までに行った海外遠征のお話だった。戦後12年、まだ日本人が海外に旅行することもままならなかった時代、ましてや交通網もほとんど整備されていないアフリカへ、早大山岳部OG、婦人画報記者小倉(旧姓後藤)董子さんと早大文学部4年川井(旧姓鈴木)耿子さんの女性隊員2名を含む9名が参加した大探検。その目的は、アフリカ最高峰キリマンジャロに日本女性を立たせることと、国産車で赤道アフリカを横断、日本人の目でアフリカの人たちの暮らしぶりや野生動物の生態を映像化し、知られざるアフリカを多くの日本人に知ってもらいたいという理由からであったそうだ[16][17][18]。

日産・キャリヤー
日産・キャリヤー
出典:http://seibu.zouri.jp/other2.htm

遠征に使った国産車は、[17]では日産の中型ジープ2台と書かれているが、絵本の挿絵を見る限り、どうやら日産・キャリヤーを改造した車両のようだ。このアフリカ探検の模様は小倉氏による著書『アフリカ横断』や同名の東宝記録映画(協賛は車両の提供元である日産)にもなっている[16]。

まだまだ未踏の地がたくさんあった昭和30年代、クルマが冒険心や探検心をくすぐる道具、まさに“Pathfinder”だった頃の絵本である。

砕氷船「しらせⅡ」
砕氷船「しらせⅡ」(2016年10月16月横須賀港にて撮影)

[2016.11.21追記]
昭和のおっちゃんにとって、南極と言えば「ウルトラQ」のペギラの回。子ども心に南極にはこんな怪獣がいるんだと思っていた。半世紀たって再び動画が見られるとは。白黒の恐怖感が半端ない!


[参考・引用]
[1]いすゞ自動車FaceBook、2016年10月2日、
https://www.facebook.com/ISUZUofficial/photos/pb.498795553614030.-2207520000.1479541082./659238167569767/?type=3&theater
[2]第58次南極地域観測隊員等の決定について、文部科学省、2016年6月24日、
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/28/06/1373314.htm
[3]南極へ出港 東京・晴海ふ頭、毎日新聞、2016年11月11日、
http://mainichi.jp/articles/20161111/dde/041/040/063000c
[4]南極とISUZU、世界のはたらく車、いすゞ自動車ホームページ、
http://www.isuzu.co.jp/w_car/world/antarctic/isuzu.html
[5]南極ではたらく車、世界のはたらく車、いすゞ自動車ホームページ、
http://www.isuzu.co.jp/w_car/world/antarctic/index.html
[6]日本の南極観測基地、文部科学省ホームページ、
http://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/nankyoku/06022402/002.pdf
[7]各国の基地、南極はどんなところ、なんきょくキッズ、環境省ホームページ、
https://www.env.go.jp/nature/nankyoku/kankyohogo/nankyoku_kids/donnatokoro/dokonokuni/kichi.html
[8]南極観測基地の一覧、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E6%A5%B5%E8%A6%B3%E6%B8%AC%E5%9F%BA%E5%9C%B0%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
[9]南極条約体制(Antarctic Treaty System)、国立極地研究所ホームページ、
http://www.nipr.ac.jp/jare/system/AntarcticTreatySystem.html
[10]実話「南極物語」の雪上車の歴史
http://netabare1.com/1512.html
[11]雪上車輌、株式会社大原鉄工所ホームページ、
https://www.oharacorp.co.jp/products/snowvehicles/
[12]『戦後日本の あの日あの時』165「南極のタロとジロ」●昭和34年(1959)1月14日、第3次南極観測、昭和基地に1年間放置、川村一彦、歴史は語る、2016年9月4日、
http://hikosann.blog.fc2.com/blog-entry-102.html
[13]小松製作所 KC20-3 ぎんれい、アトリエでろり庵、2004年8月17日、
http://www.interq.or.jp/sun/mm-kas/neta/sabi/kc20-3.htm
[14]南極の雪上車 KD20-2T、アトリエでろり庵、2011年12月5日、
http://delore3.blogspot.jp/2011/12/kd20-2t.html
[15]雪原を進む雪上車、昭和基地の車両、南極豆辞典、ポーラーアカデミー、国立極地研究所ホームページ、
http://polaris.nipr.ac.jp/~academy/jiten/kiti/03.html
[16]インターネット版によせて、アフリカの旅、人と自然とちょっと冒険―小倉董子ホームページ、
http://www.geocities.jp/oriental_com/ogura/africa/
[17]早大赤道アフリカ遠征隊参加の決断、夢を広げる人と自然との出会い、人と自然とちょっと冒険―小倉董子ホームページ、
http://www.geocities.jp/oriental_com/ogura/forest/
[18]早大のアフリカ遠征隊(1)、人と自然とちょっと冒険―小倉董子ホームページ、
http://www.geocities.jp/oriental_com/ogura/anohi/asahi/ensei-1.htm
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Posted on 2016/11/20 Sun. 17:41 [edit]

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