変わりゆく季節、変わりゆく風景

変わりゆく季節、変わりゆく風景

10月というのに真夏日が続き、でも朝夕はすっかり秋の気配。おかげで喉は痛いし、鼻水はズルズル、風邪をひいてしまった。通勤時、江ノ島付近を走行していると富士の山がくっきりと。まだ冠雪は肉眼で確認できないが、靄(もや)も掛からぬクリアな末広がりのシルエットが、確かに季節の変わり目を告げる。見慣れたはずの江ノ島と重なった構図がまた良い。北斎や広重、国芳の絵師たちが自分と同じ情景を見ていたかもと思うと、何だか不思議な気持ちになった。もちろん、そこにはもっと美しい自然の風景が広がっていたに違いない。まさか約200年後に永遠と敷き詰められた黒く硬い街道の上を多数の四輪陸(おか)蒸気が駆け抜け、手に手にカラクリかわら版を持ち歩き、そのかわら版で自分たちの作品が世界中で見られているとは夢にも思わなかったことだろう(いや、国芳はわかっていたかも…)。

葛飾北斎「富嶽三十六景・相州江の島」

歌川広重「本朝名所・相州七里ヶ浜」 

歌川国芳「無題(江の島富士遠望)」

(上)葛飾北斎「富嶽三十六景・相州江の島」
(中)歌川広重「本朝名所・相州七里ヶ浜」
(下)歌川国芳「無題(江の島富士遠望)」

先日、仕事で出かけた品川でも似たような感覚を覚えた。いつもは単なる中継ポイントでしかなかった品川駅。久しぶりに港南口に降りると、そのあまりにも未来都市化された景観に圧倒されてしまった。仕事を終え、屋根付の連絡橋、レインボーロードを歩いて南下する。未来都市を抜け、しばらく歩いて辿りついた先は、北品川商店街。先ほどとは全く対照的に、そこには江戸時代、東海道第一の宿場として栄えた品川宿の面影が今も残る[1]。ここから更に南下した京急立会川駅付近と、この商店街の北に続く北品川本通り商店会の起点、北品川駅周辺との間の約3-4kmには、江戸時代と同じ道幅の旧東海道が残されているそうだ[2][3][4]。こちらも先の湘南同様、広重の版画で有名な品川宿とは周りの風景も大きく変わってしまった。江戸の時代、この通りのすぐ傍には太平洋が広がっていたのだから。

2016年品川駅周辺
近未来都市・品川駅周辺
出典:http://www.bus-sagasu.com/blog/8593/
北品川商店街とKAIDO books & coffee
北品川商店街とKAIDO books & coffee
出典:http://www.j-wave.co.jp/original/popup/2015/10/kaido-books-coffee.html
歌川広重 「東海道五十三次・品川 日乃出」
歌川広重 「東海道五十三次・品川 日乃出」

とはいえ、広重もこの同じ道を歩いていたのかと思うと感慨深い。現代風に緑と調和させた品川駅の近未来都市もそれはそれでいいのだけど、この何となく江戸の風情を残す通りに心が癒される。商店街にあった旅と街道がテーマの珍しいブックカフェ「KAIDO books & coffee」に立ち寄って、『絵本の中の都市と自然』(東方出版)という本を手に入れた。店内で沖縄ビールを飲みながらページを開いていると、偶然にも江ノ島~品川で私が感じたことと繋がるようなテーマがそこには綴られていた。著者が『広重名所江戸百景展』(暮しの手帖社『今とむかし広重名所江戸百景帖』の出版記念企画)で見た江戸の風景の片鱗すら残さない現代の変わりように大きなショックを受けたこと、ロンドンでも事情は同じで、第二次大戦後、傍若無人に建てられた高層建築を片っ端から告発したチャールズ皇太子のこと、などなど[5]。


”A Vision Of Britain"(BBC,1988)

私は高層建築や近未来的な都市開発を完全否定するつもりはないし(けっこう高層ビル好きなので)、人々がそこで生活する以上、時代に合った街づくりは当然だと考える。それに応じて風景が変わることも必然だと思っている。時代と共に言葉が変化することと同じように。ただ、世界の歴史ある大都市の中で、ここまで劇的に無秩序に景観変化を遂げた都市圏は他に例がないと思う。大きな震災、戦災を経たというのも一つの言い訳であろう。世界に誇る芸術家、北斎や広重らに絵筆をとらせたように、人々の感性を豊かにしてくれるような日本の風景美を残しつつ(もちろん美しい自然や古い家屋も残せるものなら残したい)、現代風にアレンジする街づくりはできないものだろうか。そういう意味で、この北品川周辺の商店街の取り組みは一つのヒントになるだろう。

2020年の東京五輪に向けて、これから都市開発が急ピッチで進むに違いないが、果たして大東京の都市景観はどのように変わるのか。美に無関心な利権に群がる連中だけは排してもらいたいが、次々と明らかになるこれまでの都政を知る限り、悲しい未来しか私には見えない。季節だけが何もなかったかのように移りゆく。



[2016.10.9追記]
調べものしていたら、「原宿駅舎解体に待った!」(毎日新聞)の記事を見つけた。やはり“東京五輪のため”、JR東日本があの原宿駅を建て替えるらしい。混雑解消が理由のようだが、人気の高い原宿の人の出入りをコントロールするには確かに小さな駅ではある。JRの言い分もわからんではないが、せめて歴史的にも貴重な駅舎は残して欲しいという地元の要望に対しJR側は「役割の終わった古い駅舎」とつれない回答。現在の原宿駅は1924年(大正13年)に完成した英国風の「ハーフティンバー」様式で、都内では最古の木造駅舎だという。JRを擁護する気はないけど、大半の歴史的西洋建築は江戸末期以降に入ってきて、それまでの浮世絵に見られるような日本的景観を破壊した存在であることもまた事実である。でも、今ではすっかり周辺の環境に溶け込み、原宿のランドマークとなったこの駅舎は、単なる効率主義だけで解体する理由以上の重要な文化的役割を担っているのも現実だ(JRはわかってないね)。少なくとも、新駅舎の完成図を見る限り、現駅舎を超える文化的価値は微塵もみられない。北九州のJR門司駅もそうだが、大正時代に建て替えられた我がまち横須賀のJR駅舎も、昭和時代の改築を経て当時の姿を残している。駅舎って旅の起点終点だから、最も人の記憶に残る重要な観光資源なのだよね。同潤会アパートもどこにでもあるような近代的ビルに建て替えられちゃったし、原宿駅まで無くなると、青山・原宿界隈は都市景観の観点からは何ともつまらない街になってしまいそう。それよりも、笑神様の鉄道BIG4が怒り狂うぜ。

現JR原宿駅 JR原宿駅建て替え案
現JR原宿駅(左)と新JR原宿駅想像図(右)




[参考・引用]
[1]わがまち、北品川商店街、北品川商店街協同組合ホームページ、
http://k-shina.com/
[2]北品川、新馬場、品川隣接の歴史ある街、住みやすい街選び(首都圏)、中川寛子、All About住宅・不動産、2013年7月31日、
http://allabout.co.jp/gm/gc/423970/
[3]北品川本通り商店街の概要、北品川本通り商店会ホームページ、
http://kitahon.jp/overview/
[4]旧東海道品川宿を行く、
http://www.sanyoh.jp/gps/sinagawa.htm
[5]第Ⅱ章変わりゆく風景への想い、絵本の中の都市と自然、高橋理喜男、東方出版、2001
[6]意外と知られていない原宿駅の歴史 建て直しの可能性も、籏智広太、BuzzFeed、2016年6月16日、
https://www.buzzfeed.com/kotahatachi/harajuku-renewal?utm_term=.qt5XOReaw#.coP7V8RWN
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[ 2016/10/08 19:44 ] others/その他 | TB(0) | CM(1)

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[ 2016/10/19 03:30 ] [ 編集 ]

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