リオ五輪とクルマ
出典:http://cornwallnissan.ca/images/dealer_images/99/news/6454/d269485df85ee1ca226a3989989cb7d8.jpg

クルマの絵本紹介が完全に滞っているが、一応リオ五輪をクルマの視点で見てみようと思う。

五輪イベントを経済活性化の一つのカンフル剤とみる考えは相変わらず根強く、だからこそ各都市が誘致活動をする大義名分の一つに、経済効果を必ず上げる。リオや東京も勿論そうで、東京に至っては震災復興すらも「利用」するいやらしさを感じたのはアマノジャクな私だけか?ところで東京誘致に関わる裏金疑惑のニュースはどこに行った?やっぱりD通が握りつぶしたのかな。

五輪前後の開催国の成長率
五輪前後の開催国の成長率[1]

「オリンピックを誘致すればその後経済が潤う」説を、今や誰も信じてはいないと思うけど、実際にどうなん?とデータを調べてみると、[1]で紹介されていたグラフがわかり易かった。’88年のソウル五輪以降、開催年の前後の経済成長率を比較したもの。アトランタ(’96)を除いて見事に右肩下がりになっている。というか、開催年はピークではないのだね。前回のロンドンのデータはここでは取り上げられていないが、前年の‘11年は+1.97%、開催年は+1.18%、翌’13年は+2.16%と他都市とは異なる傾向を示している[2]。しかし元々定率でほぼフラットに推移しており、オリンピックが同国の経済に何の影響も与えていないことはデータを見れば明白だ。ちなみに、同じソースで日本のデータを見るともっと悲惨[3]。ここ数年は0%付近を這いつくばっているアベノミクスって…。一方[4]のデータによれば、開催決定当初と開催直前の経済が好調であると開催前の経済効果を主張する。物は言いようで、これは[1]のデータとも矛盾はなく、「オリンピックを誘致すればその後経済が潤う」説は、オリンピック開催まで経済は上向くが、うたげの後のことは知らんと言うことらしい。

オリンピック理念を美しく表現すれば、
The Olympic games of the city, by the citizens, for the players
なのだろうが、現実は、
The Olympic games of the beneficiaries, by the beneficiaries, for the beneficiaries
わかっちゃいるけど、オリンピックのようなメガスポーツイベントは、一部のbeneficiaries(受益者)、つまりスポンサー企業や投資家、政治家、協会、メディアなどに利益が回る仕組みなのだよ。それも、誘致が決定してから大会終了までに利益を回収して撤退。後には負のレガシーだけが残され、選手や市民は梯子を外される。だから、不透明かつ不可解な誘致活動や大会ロゴ、国立競技場デザインの選定が行われ、舛添を批判していた裏で都議会議員らは“お遊び”リオ出張を計画し、大会には協会役員のお歴々たちが無駄に大量派遣されることになる。それでも、我々はあの「感動」が忘れられず、麻薬のように同じことが繰り返される。それが真実のオリンピック、と夢のない話をして本題に移ろう。

Fiat Palio
ブラジルのトップブランドはフィアット(写真はFiat Palio)[6]

世界経済の牽引役の一つである自動車業界も、御多分に漏れず、オリンピックを最大限に利用する。まずは、ブラジルの自動車事情を勉強しておこう。2014年の新車販売台数では、ブラジルは350万弱と中国・米・日本に次ぐ世界第4位の自動車大国だった[5]。2015年は1/4減の248万台弱へと急落。独、印、英にも抜かれ世界第7位に後退した[6]。ここにもBRICsの優等生だったブラジル経済の深刻さが見てとれる。メーカー別ではFCA(フィアット・クライスラー)がトップブランド(2015年統計[7])。フィアットが強い国というのは意外だった。以下、GM、VW、Fordと続く。日系メーカーではホンダがトップの全体で7位。以下僅差でトヨタとシェア6-7%を争っている。

トヨタとIOCの「トップ・パートナー」契約
トップ・パートナー契約を交わしたIOCとトヨタ自動車[8]:胡散臭い連中だらけではないか!

IOCスポンサー契約の中でも、宣伝活動において公式スポンサーであることや、オリンピックのロゴマークをワールドワイドで使用することが許される最高位の「トップ・パートナー」は、1業種から1社のみという狭き門。リオ五輪のトップ・パートナー企業は12社で、自動車業界ではやはりというべきか、GMでもVWでもない、我が日本のTOYOTAである。同社は昨年、東京五輪を含む2024年まで、IOCと業界初のトップ・パートナー契約を結んでいる[8]。そして、TOKYO2020オリンピック・パラリンピックに向けてトヨタ「WHAT WOWS YOU.」プロジェクトをスタートさせた[9]。イメージソングは、デイヴィッド・ボウイの『HEROES』。メッセージTV-CMムービーの「イチローが、嫌いだ。」も話題になっている。イチローを逆手に取ったのが、タイミングといいグッドだね。イチローをCMに使うと、どこかの会社の「イチロニッサン」みたいになっちゃうんだけど、トヨタのこういうプロデュース力はさすが(D通さんの力か?)。



先日「Mas que nada」を記事にしたが、トヨタは数年前から、この「Mas que nada」をBGMに使ったCMを流している。そう、皆さんご存知『シェンタ』のCMだ。東京五輪誘致の立役者、“お・も・て・な・し”の滝川クリステルさんと、サッカー・コロンビア代表のエース、ハメス・ロドリゲス選手の異色コラボ。でも、Mas que nadaをバックにロドリゲスの起用は私的には“まさか”の人選だった。やっぱり、ここはブラジルのエース、ネイマールだっだんじゃねえの?トヨタさん。



ここでちょっとめんどくさいのが、今回のリオ五輪では、同業他社の日産自動車が現地で公式スポンサーになっているため、トップ・パートナー契約によるトヨタのグローバル独占権は、’17年からなのだそうだ。今年は国内のみの独占権を持つとよくわからないルールだ[10]。まあ、あちらこちらからカネを巻き上げるIOCの戦略が上手だということ。

リオ五輪と日産・新型SUV『キックス』
リオ五輪でお披露目、日産・新型SUV『キックス』
出典:https://www.rio2016.com/en/news/rio-2016-takes-delivery-of-4-200-nissan-vehicles-for-olympic-and-paralympic-games

ブラジル生まれでブラジルの市民権も持つ日産のゴーンCEOは、2歳から6歳までリオで過ごしている。ミシュラン時代も南米ミシュランのCOOとしてブラジルに戻っているため[11]、リオ五輪の公式スポンサーの権利は是が非でも取っておきたかったのだろう、日産はリオで“やっちゃって”いた。まず、公式車両4200台を大会委員会へ納車した[12]。うち200台以上を占めるのが、新型クロスオーバー車の『キックス』。軽の『KIX』じゃないよ“Kicks”。直4の1.6ℓエンジンを搭載する、ジュークよりワンサイズ上のSUVのようだ。Kicksは聖火リレーの先導車としてデビュー(冒頭写真)、新車宣伝にも抜かりがない[13]。その聖火リレーにはゴーン氏も走者として参加している[14]。

聖火ランナー、日産ゴーンCEO
嬉しそうに走る聖火ランナー、日産ゴーンCEO[14]

同社のブラジルでのシェアは、親会社のルノーがFordに続く中堅(5位)ブランドだが、日産単体では3%と彼の地での存在感は薄い。この状況を打破しようとブラジルに230億円を投資し、生産体制を整えた[15]。CEO自らも聖火ランナーになる等、なりふり構わぬアピール作戦は、この戦略の延長線上にあるということだ。しかし、前述のようにブラジルの自動車市場が急激に冷え込む中、オリンピックの法則に従えば、このリオ五輪の後はさらに状況が厳しくなる可能性がある。これらの投資が高い代償とならなければよいが…。三菱という重い荷物を抱え、ホームの国内販売も苦境に立たされているのに大丈夫なのだろうか。

ニッサン ブレードグライダー
ニッサン ブレードグライダー[16]

リオにおける日産ブランド戦略はこれだけではない。同社のインテリジェントモビリティ戦略をアピールするため、三角翼型の電動スポーツカー『ニッサン ブレードグライダー』と、エタノールから取り出した水素で発電する燃料電池車『e-Bio Fuel-Cell』の試作車両も披露している[16]。前者は2013年の東京モーターショーで公開されたコンセプトモデルの進化版(「2013東京モーターショー備忘録 その1」参照)。まあこれは、見た目での客寄せパンダ的な立ち位置なのかな?

興味深いのは後者の方。このブログでも何度も紹介してきた燃料電池車(FCV)な訳だが、技術的なポイントは2点。一つ目は、トヨタ『ミライ』のように最近のFCVの主流である圧縮水素から直接発電するタイプとは異なり、バイオエタノールから水素を改質して発電するというもの。要するに、クルマに充填する燃料が気体の水素ではなく、液体のエタノール(エチルアルコール)という点が大きく異なる。「燃料電池車のしくみ」や「箱根駅伝とミライ」でも紹介したように、水素をクルマに積むには高圧に圧縮をして容積を小さくしなければならないし、何より現在ほとんど目処の立っていない水素供給インフラをどう整備するのかが普及のための大きなハードルとなっていた。それはガソリンじゃないエタノールでも同じでしょ?と思うだろうけど、ここでのキーポイントは“バイオ”エタノールだということ。ダイレクト水素型だと水しか出さなかったが、改質型だとどうしてもエタノールから水素へ改質する過程でCO2が発生する。しかし、燃料が植物由来のバイオエタノールだから、カーボンニュートラルのサイクル(排出されるCO2が燃料を作る過程で相殺される)を構築できるという訳だ[17]。

ブラジルにはバイオエタノールの供給インフラが整っている
ブラジルにはバイオエタノールの供給インフラが整っている[16]

ところで、ブラジルはバイオエタノール王国だということをご存じだろうか。国策として、1975年からガソリンに代わる代替エネルギーとして、サトウキビを発酵させて作るバイオエタノールを生産、拡大してきた。現在、100%のガソリンはなく、法律で最低でも自動車の燃料には20%のエタノールを混ぜなければならないことになっているそうだ[18]。日産がブラジルでこの技術をお披露目する理由はそこにある。彼の地では既に、バイオエタノール改質のFCVを走らせるインフラが整っているのだ。バイオエタノールだから、原理的には芋でも麦でも焼酎で走らせることもできるはず。極論を言えば、ガス欠しても、スタンドに寄らずコンビニで燃料(=お酒)を買えるということだ。これは水素ステーションに対する相当なアドバンテージとなり得る。ドライバーの飲酒運転はダメだが、クルマの飲酒運転の時代が来るかもしれない。

二つ目は、これも現在主流の自動車用燃料電池方式である固体高分子形燃料電池(PEFC)に対して(「燃料電池車のしくみ」参照)、日産が今回採用したのは固体酸化物形燃料電池(SOFC)だということ。SOFCが自動車用電源として搭載されるのは世界初[19]。2つの大きな違いは、電解質がPEFCではイオン交換膜に対して、SOFCはイオン伝導性セラミックス。PEFCでは水素イオンが電解質内を移動することで発電するが、SOFCの場合は酸素イオンが移動することで発電する。水素イオンが移動するPEFCには、ある程度の湿度が必要になるそうで、そのため作動温度が80℃前後という低い温度帯での制御が求められる。一方、酸素イオンが移動するSOFCではそのような繊細な温度コントロールは不要で、作動温度は700℃~800℃の高温帯となる。PEFCには低い温度帯で高活性化する希少金属が必要となってコスト増の要因になるが、SOFCではこれが不要となる。但し、高温帯で作動させるSOFCは、FCの心臓部であるスタックを高温状態に保つことが難しく、常温に低下した際にスタックが割れるといった課題もあるそうだ[17][19][20]。まだ道半ばの技術だが、PEFC型、SOFC型のどちらがFCVの主導権を握るのか、あるいはまた別のタイプのFCVが登場するのか、内燃機関でのガソリンとディーゼルの攻防のようで興味深い。

e-Bio Fuel-Cellの作動原理
e-Bio Fuel-Cellの作動原理[19]

リオ五輪はまだまだ熱いけど、こんな視点でブラジルと未来を眺めてみるのも良い機会ではないでしょうか。

Ordem e Progresso(秩序と進歩)
Ordem e Progresso(秩序と進歩)[18]

[参考・引用]
[1]五輪後に景気が悪くなる理由 夏季6大会で例外は1つだけ、日本経済新聞 プラスワン、2012年9月4日、
http://style.nikkei.com/article/DGXDZO45592940R30C12A8W14001
[2]イギリスの経済成長率の推移、世界経済のネタ帳、
http://ecodb.net/country/GB/imf_growth.html
[3]日本の経済成長率の推移、世界経済のネタ帳、
http://ecodb.net/country/JP/imf_growth.html
[4]過去のオリンピックに見る経済効果の特徴、ピクテ投信投資顧問、2013年9月10日、
https://www.pictet.co.jp/archives/31346
[5]2014年ブラジルの自動車販売台数 ▲7%減の350万台、KAZO、CarLife、2015年1月9日、
http://car.lifelifelife.net/?p=5713
[6]【世界7位】2015年 ブラジル自動車販売台数ランキング 車名別トップ10、TRNオート(自家用)、2016年3月23日、
http://trnauto.blog.jp/archives/1912746.html
[7]自動車販売台数速報 ブラジル 2015年、マークラインズ、2016年1月8日、
https://www.marklines.com/ja/statistics/flash_sales/salesfig_brazil_2015
[8]トヨタ IOCのTOPパートナーに決定!自動車会社で初、電通報、2015年3月17日、
http://dentsu-ho.com/articles/2310
[9]トヨタマーケティングジャパン TOKYO2020オリンピック・パラリンピックに向けてトヨタ「WHAT WOWS YOU.」プロジェクトをスタート、共同通信PRワイヤー、2016年5月27日、
http://prw.kyodonews.jp/opn/release/201605271067/
[10]トヨタが、五輪の最高位スポンサーへ パナ、ブリヂストンに続いて日本企業3社目、東洋経済ONLINE、2015年3月13日、
http://toyokeizai.net/articles/-/63225
[11]カルロス・ゴーン、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%B3
[12]日産、公式車両の引き渡しを開始…リオデジャネイロ五輪、Response、2016年7月13日、
http://response.jp/article/2016/07/13/278382.html
[13]日産 新型 キックス Vモーション採用したアーバンSUV 2016年8月頃発売予定、新型車情報2016、2016年5月4日、
http://car.kurumagt.com/2017-kix.html
[14]ブラジル生まれのゴーン日産社長も聖火リレー、日刊スポーツ、2016年8月6日、
http://www.nikkansports.com/olympic/rio2016/general/news/1690143.html
[15]日産、ブラジルに小型SUV投入 230億円投資、日本経済新聞、2016年1月5日、
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM05H0M_V00C16A1EAF000/
[16]三角翼型EV「ブレードグライダー」ついに走る、エタノールが燃料のFCVもお披露目、MONOist、2016年8月5日、
http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1608/05/news097.html
[17]日産、エタノール改質型の新燃料電池システム「e-Bio Fuel-Cell」を技術解説、佐久間秀、CarWatch、2016年6月15日、
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1005250.html
[18]ブラジルはいかにバイオエタノールをモノにしたのか(1)、岩下昌弘、NETIBNEWS、2012年6月18日、
http://www.data-max.co.jp/2012/06/18/post_16446_is_1.html
[19]植物由来のバイオエタノールで走る燃料電池車、日産が2020年に製品化 (1/2)、三島一孝、スマートジャパン、2016年6月15日、
http://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/1606/15/news058.html
[20]燃料電池について、天野尚、電気技術解説講座、(社)日本電気技術者協会ホームページ、
http://www.jeea.or.jp/course/contents/09402/
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コメント

  1. つかりこ | -

    とても勉強になる記事をありがとうございました。
    ブラジルが世界一のバイオエタノール車王国であることは知っていたのですが、
    日産のバイオエタノールから水素、というやり方と、
    新しい電池のメカニズムを知ることができて、感動しています。
    どちらの技術もこれからの動力原として最注目マターだと僕は感じているので。

    東京五輪の後、いろんな人が危惧していますよね?
    いきなり株価も景気も下がるのではと。
    インフラ関連や旅行関連企業、ワールドワイドなPRにより、
    一時的に儲かるところも出てくるところもあるには違いないと思いますが、
    国全体の産業力が継続的に高まる気がしないですよねぇ。
    何かいいテはないものでしょうかねぇ。

    ( 15:54 )

  2. papayoyo | -

    Re: タイトルなし

    一緒に夏休みの勉強に付き合ってもらえてよかったあ。
    自動車は自動運転だけじゃ、なかですばい。
    五輪後のことはどうなるかわかりませんが、
    政治が悪いとか、その他利権に群がる連中が悪いと批判ばかりでは何も変わりません。アイデアを出し、実行をしないと。
    バイオエタノールみたいなたいそうなアイデアでなくても良いと思うのですよ。仕事や勉強が進むちょっとした工夫とか。
    そういう意味で、安倍さんの掲げる「1億総活躍」ってのは、掛け声だけでなく我々も真面目に受けるということなのでしょうね。そして今こそケネディの有名な大統領就任演説をもう一度振り返ろうと思います。日本人にも当てはまることです。
    And so, my fellow Americans: ask not what your country can do for you—ask what you can do for your country.
    「ですから、アメリカ国民の皆さん、国があなたに何をするかを問うのではなく、あなたが国に何ができるかを自問してください。」

    ( 16:46 )

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