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TopGear 50 YEARS OF BOND CARS~世界一のスパイ ボンドが駆るクルマたち  

TopGear 50 YEARS OF BOND CARS~世界一のスパイ ボンドが駆るクルマたち

『007』、言わずと知れたイアン・フレミングの生み出した世界一のスパイ。伊達男、ジェームズ・ボンドのみならず、酒と女とクルマ、その脇役たちも年齢に関係なく世の男たちを虜にする。かくいう私も、そして愚息もその一人である。中でもボンドとクルマは欠くことのできない相棒だ。映画『007』シリーズの50周年を記念して、英BBCのおバカ自動車番組『TopGear』が歴代のボンドカーを大特集した放送分がDVD化されている。その「TopGear 50 YEARS OF BOND CARS~世界一のスパイ ボンドが駆るクルマたち」(発行・BSフジ、発売・三栄書房)を息子と先日の休日に観賞。クルマファン、007ファン必見のコレクション・アイテムだ。

ボンドカーといえばDB5
ボンドカーといえばDB5("TopGear 50 YEARS OF BOND CARS"より)

ボンドカーはシリーズの最初から武器満載の血沸き肉躍るスーパーカーだと思っていたら、第1作「ドクター・ノオ(原題“Dr. No”)」(1962、私と同い年)は低予算で作られていたため、『007』初のカーチェイスはオープン仕様のサンビーム・アルパインが霊柩車に追跡されるという地味なものだった。でもこの第1作に続く「ロシアより愛を込めて(原題“From Russia with Love”)」(1963)も大ヒットし、3作目の「ゴールドフィンガー(原題“Goldfinger”)」で製作費が増大する。この作品でQによって特殊装備された“いわゆる“ボンドカーが初登場する。これが世界で最もエレガントなクルマの一台、アストン・マーティンDB5である。でも当初、アストン・マーティン社は車の提供を断ったそうだ。それどころか定価での購入を迫ったという。今じゃ考えられないよね。で、歴史にIFが許されるならば、ボンドカーの名誉はジャガーやジェンセン、シボレーに奪われるところだった。しかし、あくまでこの高級スポーツカー・ブランドに拘った製作陣の熱意により、ボンドカーといえばアストン・マーティンが代名詞となった。

そこまで拘った理由は原作にある。フレミングの小説の中では、もともとベントレーの4.5ℓ(ブロアー・ベントレー)がボンドカーだった。小説版の1作目「カジノロワイアル(原題“Casino Royale”)」(1953)では、“Bond’s car was his only personal hobby. He drove it hard and well and with an almost pleasure.(ボンドの唯一の趣味は車である。彼にとって激しく巧みに車を操るのは官能的だった。)”と書かれている。その後の第3作「ムーンレイカー(原題“Moonraker”)」(1955)でそのベントレーは大破、新しいボンドカーが必要となった。第7作「ゴールドフィンガー(原題“Goldfinger”)」(1959)執筆中のフレミングに、あるファンから「ボンドに品格を与えるならアストン・マーティンDB3がよい」と手紙が寄せられた。その提案を受けて、実際に作中でボンドがDB3に乗り換える。しかし映画の方は、当時発売中のDB5を採用したという訳[1]。

Aston Martin DB3
Aston Martin DB3
出典:http://www.historicautomobiles.co.uk/gallery_DB3.html

そしてこの番組では、私が子どもの頃にS.マックイーンがそうであったように、息子にとってのヒーロー、ダニエル・クレイグへのインタビューが収録されている(すっかり太っちまったロジャー・ムーア卿も登場!)。「歴代ボンドカーで最も好きな車は?」という質問に、彼の答えは「トヨタ・2000GT」。「007は二度死ぬ(原題“You Only Live Twice”)」(1967)で登場したシリーズ唯一のジャパニーズ・ボンドカー(厳密に言うと、ボンドカーではないのだが…)。プレゼンターのリチャード・ハモンドは、「ダニエル・クレイグはいい趣味をしている」とコメントしていたが、彼はダットサンって勘違いしていたけどね。



話が少し逸れるが、入院中の父の介護と実家の片づけで福岡に帰省していた3月、気分転換に朝から佐賀・唐津へ出かけたことがあった。この2000GTのデザイナー、故・野崎喩氏(1929-2009)の実家へ遊びに行ったのだ。彼の実家「野崎医院」の跡地を改装して、彼の遺品や2000GTにまつわる資料を展示した『畔水記念館』が2014年、唐津にオープンしたことを知り、以前から帰省の際に機会を見つけて出かけてみようと思っていたのだ[2][3]。日本が誇る世界的名車、トヨタ・2000GTの生みの親が私と同じ九州人、しかも実家から電車でわずか1時間ほどの唐津ご出身だったことと、父と同い年だったことも私を惹きつけた理由だ。

JR西唐津駅を降りて、雨の上がったばかりの国道を2-30分ほどてくてく歩くと(帰省中はレンタカーを使わず、健康のため、ストレス解消のためとにかく歩いた)、閑静な住宅街にその記念館はある。野崎喩氏の義姉・野崎恵美子さんと娘さん、つまり野崎氏の姪にあたる緑さんが土日だけこのご自宅兼記念館を開放されているので、電話で事前に確認された方がよい。私も前日に開館を確認して出かけた。午前中に訪れたその日、訪問客は幸いに私一人だけだったので、じっくりとお話を伺うことができた。

畔水記念館
畔水記念館
野崎喩
野崎喩[6]

野崎喩氏のエピソードはほとんど緑さんから伺うことになるのだが、立て板に水のごとくなめらかな関西弁による彼女の解説に惹き込まれる。彼女ももちろん唐津ご出身だが、喩氏と同じく東京藝大出で、関西でずっと教師をされていたそうだ。年老いた母親の面倒を見るために、職を辞め、住み慣れた大阪から実家に戻って来られたとのこと。だから、私の父の問題もよく分かると理解を示して下さった。驚いたのは緑さんの記憶力。喩氏は2000GTの開発当時も含め、トヨタのインハウスデザイナーとして奉職されていた頃も、よくこの実家に帰省していたらしい。当時、彼女はまだ幼い少女だったはずなのだが、叔父の会話の内容をよく覚えておられた。

野崎恵美子さんと娘の緑さん
記念館を預かる楽しいお二人(野崎恵美子さんと娘の緑さん)[2]

畔水記念館誕生のきっかけは、2012年3月に地元・佐志中学の卒業式で、校長が「どんな時もしっかりと努力し、自分の夢を実現させて下さい」と祝辞を述べ、この佐志から出た一人のデザイナー、つまり喩氏のことを話されたという。それを契機に、佐志中学の生徒に氏の遺品を通じて彼の業績や哲学、思想を紹介することになった。これが評判になって記念館のオープンに繋がったのだ。ここには、喩氏が子どもの頃や旧制唐津中時代に描いた絵や、使っていた机やベッド、氏を紹介した雑誌など約300点が展示されている。夏休みなど長期休暇の季節は訪問者も多いそうで、遠く海外からも噂を聞きつけてファンの方が来られるという。(この『TopGear』を観て、ここへ辿りついた人もいると思う)

記念館は2000GTも含め、彼が手がけた本物の実車を展示している訳ではない。もちろん、トヨタ経営トップへ2000GT開発承認用に製作された4枚のデザインスケッチのうちの2枚など非常に貴重な資料も見ることができる。トヨタ博物館へ寄贈しては?という意見もあるだろうが、トヨタという一企業や日本の自動車業界の枠を越えたプロダクトを生み出した一人の男の歴史と哲学を知る貴重な資料の数々なので、彼の人格形成に重要な役割を果たしたこの地で触れることに意味があるのだと思う。

唐津の海
野崎喩がこよなく愛した故郷・唐津の海

記念館では野崎氏本人によるトヨタでの職歴備忘録が残されている。資料の詳細は是非記念館でご覧になっていただきたいが、彼のフィロソフィーが垣間見られるので一部紹介したいと思う。1957年に入社した野崎氏は、当時のデザイン課に配属、2代目コロナを手初めに、初代マークⅡや同カリーナなどのスタイリング・デザインを担当。当時を振り返り「スタイリングのポイントは、基本コンセプトの明確化、アナログとデジタルの形態化」と綴っている。この時代に、販売拡張部の肝入りで結成された他業種間流行研究会IIFC(Inter-Industry Fashon Conference)に参画。トヨタ、東レ、日本航空が幹事会社となり、約10社ほどから企画開発担当のプラニング・デザイナーが集まり、議論を重ねたデザインフォーラムなのだが、異業種間の共同プロジェクトなどにも発展し、氏もかなり情熱を傾けていたようである。これって2000年前後に『WiLL』という統一ブランド、ロゴで異業種が商品を開発したWiLLプロジェクトの先駆けではないか!このときもトヨタが主導して、「WiLL Vi」など良くわからないクルマを販売していたけど、いつの間にか自然消滅していたっけ。IIFCも、彼が製品企画室へ異動した後も別の人間に引き継がれたそうだが、やがて惜しまれて消滅。「新しい樹は、それを愛する園丁なしでは、育たない」という彼の言葉は、私も含め多くの企業人・企画開発担当者にとって耳が痛いはずだ。

この製品企画室時代にコロナ・ベースのミドル・スポーツカーの基本計画を進行中、社命により米国アート・センター・スクールへ留学。帰国後の‘64年、トヨタ・モーター・スポーツ・クラブ(TMSC)の監督だった河野二郎氏から「本格的なスポーツカーを開発する」と野崎氏を含む数名の精鋭たちが社内から集められた。これが2000GTプロジェクトのスタートである。この伝説的な開発ストーリーは、別の機会に紹介するとして、『TopGear』でも言及され、野崎氏も語っているように、2000GTはトヨタとヤマハの共同開発で生まれた[4][5][6]。「ボディ設計と細部意匠は、社外スタッフの設計者と一枚一枚の膝ずめ。ボディ試作は、板金職と、計器板はピアノ木工職と、ボンネットとトランクはボートFRP職との合作。“みんなで、新しいものを、創っている”という実感。日々充実。」と書き遺している内容からもわかるように、もの造りの原点、創造する楽しさを体現した一台だったのだろう。

2000GTデザインスケッチ
経営トップへの開発承認用として描かれた2000GTデザインスケッチのうちの一枚(畔水記念館所蔵)[5][6]

彼はその後デザイン部に戻り、商品化フェーズの2000GTを含め、マークⅡやコロナ、カリーナのデザインに携わっている。そして次の異動先はモビリティ調査室。ここでは将来のレジャー産業の拡大に注目して、マイクロバスからハイルーフワゴン、小型トレーラーなどのランド・レジャー・ビークルと、モーターボートやヨット、カヌーなどのマリン・レジャー・ビークルの開発プロジェクトを企画、さらにハードの活性化のため、ソフト情報と場造りとして、全国規模のモービレッジやマリーナの計画を立案している。今では当たり前となったレジャー用途のクルマ、ハードとソフトの融合ビジネスの基本コンセプトを既に具現化されていたのである。更に別なプロジェクトとして、モータードライブの車椅子とか空港用各種車両など、現在のWingletやi-ROADなどのパーソナル・モビリティに繋がるような調査研究も進めておられた。そして、トヨタマンとしての後半人生は、住宅事業部(現・トヨタホーム)で住宅の工業化(マスプロ)プロジェクトに従事。この経験から「一部のモダーン未卒者たちのポスト・モダーン論議も含めて、極く皮相的なヨーロピアン&アメリカン・スタイルの模造から、木口木組みの美しさも調和もない新和風に至るまで、今の日本は三流偽造品のラッシュ。“兎小屋論”は単にハードの問題ではない。」と手厳しい苦言も呈されている。

このように野崎喩という人は、2000GTに代表されるような優れたカー・デザイナーというだけではなく、自動車からパーソナルモビリティ、住宅からレジャー産業まで、あらゆるライフスタイルの未来を見つめることができた稀有なコンセプターでもあったのだ。もし彼が生きていたなら、自動化やコネクテッド、電動化といった自動車素材の大変革、それに伴うGoogleやテスラ、Uberなどサードパーティの台頭、ユーザーの自動車離れの加速など、従来のクルマ像やカーライフスタイルからの脱却にもがき苦しむ既存の自動車メーカーの今に、何をアドバイスしてくれただろうか。

Bond car1
Bond car2
Bond car3
トリッキーなボンドカーたち
上:ロータス・エスプリ(「私の愛したスパイ」より)
中下:アストン・マーティン・V12ヴァンキッシュ(「ダイ・アナザー・デイ」より)

さて、007の話に戻そう。『TopGear』ではボンドカーの醍醐味でもある特殊装備が特に印象深かった2台を紹介している。1台は潜水艇に変形できる水陸両用車のボンドカー、ロータス・エスプリ。「私の愛したスパイ(原題“The Spy Who Loved Me”)」(1977)で登場したこのクルマに度胆を抜かれた方も多いと思う。もう1台は「ダイ・アナザー・デイ(原題“Die Another Day”)」(2002)のアストン・マーティン・V12ヴァンキッシュ。このアストン・マーティンは、ハリー・ポッターの透明マントならぬ光学迷彩装置を搭載した“隠遁の術”を披露する。と、これらを普通に紹介するのではタダの番組。この歴史的2台の秘密兵器を搭載したクルマを低予算で実際に作ってみようという、いかにも英国人が好きそうな『TopGear』ならではのおバカな企画が組まれている。これがそこそこの完成度とバカバカしい笑いを提供してくれるので、是非DVDを購入して観てもらいたい。

TopGear 50 YEARS OF BOND CARS_1
この後、このロータスはどうなるでしょうか?("TopGear 50 YEARS OF BOND CARS"より)
TopGear 50 YEARS OF BOND CARS_2
この発想、キライじゃないです("TopGear 50 YEARS OF BOND CARS"より)

今回の主人公、J.ボンドが命がけで守ろうとした英国が大変なことになっている。実は、この『TopGear』という番組は、過去に出演者の数々の失言で物議を醸してきたらしい[7][8]。特に他国に対する差別発言は酷くて、EU離脱へと動かした英国人の精神的背景はこういうところにあるのだなと理解できる。“Brexit”については世界経済に対するリスクの側面で語られることが多いが、個人的には経済的リスクよりも、今回の背景となったと考えられる反グローバル主義というか、非理性的なナショナリズムがこれを機に世界的に伝播することを危惧している。移民など異なる文化や宗教に対するヘイトクライムや排斥主義、他国に対する不信感・嫌悪感は、他のEU諸国やトランプ候補が支持される米国でも、そしてこの日本でも同様に増大している傾向にあると思う。私自身も最近、米国や中国、ロシアなど他国(人)を直情径行にディスる自分の感情に気づいて、ちょっと怖くなることすらある。これっていつか来た道だよなって。ナショナリズムを否定するつもりはないが、その愛国心とやらが「俺たちNo.1」的な実に単純でマッチョな発想なのでタチが悪い。

Jack the Bulldog
傷だらけのJack the Bulldog(「007スカイフォール」より)[9]

国民投票の再投票を求める署名が何百万票も集まっている[10]と聞くと、何をいまさらって感想だし、EU離脱派の政治家が公約を反故にする発言をする[11]など、後先考えずに感情的に反応した英国人の残したツケは大きい。ボンドの所属するMI6は今回の結果を予測できなかったのだろうか。「大英帝国復活!」と騒いだところで、アストン・マーティンは既に純粋な英国資本ではないし、かつてその『大英帝国』で栄えた自動車ブランドの大半は他国資本の傘下に甘んじている現実を、もっと冷静に受け止める必要があるんじゃないのかな、英国の民は。でなければ、本当にUK、そして007もバイバイである。



[参考・引用]
[1]ジェームズ・ボンドがクルマを乗り換えたワケ、WIRED、2014年12月31日、
http://wired.jp/2014/12/31/first-bond-car/
[2]トヨタ2000デザイナー「畔水記念館」、佐賀おでかけマップ、まいぷれ、
http://saga.mypl.net/mp/odekake_saga/?sid=24842
[3]世界の名車トヨタ2000GTをデザインした野崎喩~畔水記念館オープン~、坂田あや子、唐津市ホームページ、2014年5月11日、
http://www.city.karatsu.lg.jp/kouhou/shise/koho/report/kako/2015/20140511-toyota.html
[4]第1回TOYOTA2000GT、松本しげる、人とモノとの隠されたドラマ ドキュメンタリー20世紀、p237-241、モノ・マガジン、No.323、1996、ワールドフォトプレス
[5]トヨタ2000GT開発記、野崎喩、p59-75、SUPER CG、No.33、1996、二玄社
[6]トヨタ2000GT開発秘話、トヨタ2000GT開発スタッフ座談会、p59-65、ノスタルジックヒーロー、Vol.30、1992年4月号、芸文社
[7]英BBCが今度はメキシコ人差別で大笑い、ヨアン・グリロ、ニューズウィーク日本版、2011年2月2日、
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2011/02/post-1945.php
[8]【ビデオ】Autoblog編集者が選んだ『トップギア』の"ひどすぎる失言&内容"ベスト5!、autoblog、2014年7月22日、
http://jp.autoblog.com/2014/07/21/top-gear-clarkson-most-offensive-moments-videos/
[9]ROYAL DOULTON 「JACK THE BULLDOG」 Spectre Edition、BUN BLOG、2016年2月28日、
http://ameblo.jp/moto-toy/entry-12133906347.html
[10]EU離脱を覆す「まさかの再国民投票」の現実味 今は英国の事業を拙速に動かしてはならない関田真也、東洋経済ONLINE、2016年6月30日、
http://toyokeizai.net/articles/-/125057
[11]英EU離脱 公約「うそ」認める幹部 「投票後悔」の声も、毎日新聞、2016年6月27日


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Posted on 2016/07/02 Sat. 15:42 [edit]

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