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じどうしゃとともだち  

じどうしゃとともだち

今年くらい事件・事故・災害が多い年はこれまであまり記憶がない。熊本大地震の余震も全く収まる気配のなかった20日、経済界にもまたまた激震が走った。三菱自動車の燃費不正問題だ[1]。VWの問題もまだ収束していないこのタイミングで。ということで、今回は三菱自動車販売㈱が発行した「じどうしゃとともだち」(蔵富千鶴子・文、杉田豊・絵、双樹社・制作、三菱自販㈱・発行)という古い絵本を取り上げる。

三菱不正問題2
かつて同社の企業スローガンが「燃費の差は技術の差」だったそうだ。ジョークがキツすぎる。
出典:http://response.jp/article/img/2016/04/26/274283/1046286.html

パジェロやランサー(ランエボ)、ギャラン等々、かつては人気の名車も多数ラインナップに揃え、ラリーの三菱、(評価はいろいろあるけれど)GDIでブームの先駆けとなった直噴エンジンの三菱としても有名だった名門企業が、2000年、2004年と2度のリコール隠し、それに関わる死亡事故の発生によりそのブランド価値は地に落ちた。普通なら倒産していてもおかしくないこの会社がこれまで経営を続けて来られたのは、同族三菱グループに助けられたからだ。そしてその三菱グループと提携先の日産、もといユーザーを裏切った今回の事件。不正操作は‘91年から続けられていたというから企業風土として隠蔽気質の根は相当深い。また、まるで被害者とでも言いたげな三菱グループも財政支援や経営トップを送り込んでいた訳だし、今回の発端となった軽自動車の共同開発パートナーである日産も日産バッジで売っていた以上、過去の“前科”を考慮すれば慎重にチェックしてし過ぎることはなかったはず。彼らにも全く責任がなかったとは言えまい。

NMKV
日産が引いたのはババだったのか?
出典:http://blog-imgs-61.fc2.com/e/t/h/ethicallifehack/201305201804071a7.jpg

今後三菱自工がどうなるかはわからない。海外販売は好調といっても国内の軽自動車生産は完全ストップだし、他車種の販売にも影響を与えるだろう。行政処分に加え補償費用は想像もつかないが、商品そのものの買い取りやカタログ値との差分をユーザーにどういう基準で返金するのか(カタログ値との大幅乖離という点で言えば、全てのメーカーに当てはまるけど…)、エコカー減税に対する追徴課税金の負担、販社や部品関連・下請け会社への補償、休業を強いられている従業員への生活保障、そして提携先である日産への損害賠償等々。ある意味、本家の3倍以上も販売していたデイズがシェアの稼ぎ頭だった(最も売れている車種が三菱OEMとは情けないけれど)日産の方がダメージは大きいかもしれない[2]。三菱との交渉は長引くだろうし、5月からは販売ゼロだからボディブローのように効いてくる。簡単に生産再開とはいかないだろうし、再開したところで元のように売れるとも思えない。仮に燃費は気にせず買う人がいても足元を見られるだろうから大幅に値切らざるを得ないし、会社の利益にとっては百害あって一利なしだ。

相川賢太郎
相川賢太郎氏
出典:http://www.k2.dion.ne.jp/~nkenjin/img/paper012_2.jpg

前回のように三菱グループが手を差し伸べてくれるのだろうか。その御三家である三菱重工、三菱商事、三菱東京UFJ銀行の業績も芳しくない。三菱重工は客船事業損失拡大で2015年度は最終減益[3]、三菱商事は世界的な資源安で1500億の連結最終赤字の予想。赤字を計上するのは初なのだそうだ[4]。そして金庫番、三菱東京UFJ銀行も日銀のマイナス金利導入で厳しい経営環境にある。3度目の不正でグループ内での信用も完全に失ってしまったし、簡単に支援を申し出れば市場の反発も食らう。と思っていたら、三菱自工・相川哲郎社長の父親であり、“三菱グループの天皇”と呼ばれた三菱重工相談役・相川賢太郎氏が、週刊誌の取材で次のように語ったと言う[5]。
「あれ(公表燃費)はコマーシャルだから。効くのか効かないのか分からないけれど、多少効けばいいというような気持ちが薬屋にあるのと同じ(略)軽い気持ちで出したんじゃないか、と僕は想像していますけどね」
「買う方もね、あんなもの(公表燃費)を頼りに買ってるんじゃないわけ」
「実際に乗っとる人はそんなに騒いでないと思うんだけどね」
バカ息子を擁護したつもりなのだろうが、皆が心の中ではそう思っていても口に出さなかった本音をまあ正直にブチまけて、空気を読めない“財閥”殿様気質を世間に曝け出してくれた。これが自工のみならず、三菱ブランドの終わりの始まりにならなきゃいいけどね。

じどうしゃとともだち その1
サイドビューが美しい初代ギャラン(「じどうしゃとともだち」より)

さてさてまた前置きが長くなってしまった。本題に移ろう。本書の出版年は不明だが、表紙に描かれた子供が持つ黄色いセダンのミニカーがヒントになる。ページをめくった最初の挿絵にも登場するが、これは1969年登場の三菱の看板車種とも言える四角目2灯の初代ギャラン。このモデルは「コルトギャラン」が正式名でギャランはサブネームだったそうだ。トヨタでいえばカローラコロナと呼ぶみたいなもん。そういえば私が初めて覚えたクルマの名前は三菱・コルト1000で、三菱が言えなくて「ムシムシコルトセン」としゃべっていたと親から聞いたことがある。ギャランという名称は’73年モデルの丸目2灯の2代目からだが、丸目にフェイスリフトするのが‘71年からなので、本書は1969年から71年の間に発行されたものと推測される[6]。

初代ギャラン
四角目2灯、初代ギャラン(「じどうしゃとともだち」より)
初代ギャラン(コルトギャラン)
6代目ギャラン
初代と6代目ギャランのスタイリング比較
出典(上):http://lrnc.cc/_ct/16949932
出典(下):http://www.mitsubishi-motors.com/jp/spirit/history/year/1980/80_17.html

初代ギャランのエクステリアデザインはジウジアローのデザイン案を参考に社内デザイナーらによってまとめられたものだという[6]。確かに欧州車風のこのスタイリングは流麗で、絵本になってもそのシルエットは映える。’87年の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した6代目ギャランでは、この初代にも見られる私の好きな逆スラントノーズが復活したんだっけ。

じどうしゃとともだち その2
技術者に矜持のあったころの軽自動車ミニカ‘70(「じどうしゃとともだち」より)
ミニカ‘70
ミニカ‘70[8]

ギャランの次に登場するのは’69年に登場したミニカ‘70。FRの軽自動車である。FF方式に変わった’84年までのモデル変遷において、シャーシ、足回り等の基本骨格は、ほぼ'70を踏襲していた[7]ということなので、いかに’70の基本設計が優れていたかということである。当時の技術者の矜持は一体どこに行ってしまったのか。また「ウイング・フローライン」と呼ばれたその流体デザインは美しく、個人的には問題となったeKワゴンやデイズよりもスタイリッシュに思えるんだがなあ[8]。

じどうしゃとともだち その3

じどうしゃとともだち その4


じどうしゃとともだち その5

次をめくると、前出のギャランとミニカのバンシリーズ。さらにページを進めるとトラックが登場する。挿絵のボンネットトラックはT330型。写真のキャブオーバー大型トラックはT951型、ダンプトラックはキャンターT90系後期型と思われる[9][10]。その後も大型クレーン車(ローボーイ)とか、ギャランパトカー、消防車(放水車)、バス(幼稚園バスのローザがかわいい)などあらゆるクルマのオンパレード。挙句の果てにはフォーミュラーカーまで(コルトF2D)。三菱はラリーというイメージがあったのだが、フォーミュラにも参戦していたのだね。考えみれば、リコール隠し問題でバス・トラック部門が三菱ふそうに分社化するまでは、軽自動車からバス・トラック、建機まで車なら何でも作る真のフルラインナップメーカーだった訳だ。こんな会社、世界中どこにもない。経営のやり方次第では最強の自動車会社になり得たかもしれないのだが、そんなかつての栄光がとてもよくわかる、今となっては貴重な絵本である。

じどうしゃとともだち その6
フォーミュラ―カ―も作ってた!(「じどうしゃとともだち」より)

ここで三菱自動車工業の歴史を簡単におさらいしておこう。1870年の三菱創業後、1917年に旧三菱造船神戸造船所で「三菱A型」という三菱初の乗用車を制作している(1921年までに累計22台生産)。’32年には同所でB46型ガソリンバス完成、「ふそう」と命名される。‘49年にふそう自動車販売株式会社を設立(後の三菱ふそう自動車)。戦後三菱重工は分割され、各社が自動車を作っていた。前述したコルト1000は、’63年に新三菱重工から発売されていた。‘64年に三菱日本重工、新三菱重工、三菱造船の3社が合併し、新たに三菱重工として発足、各社の自動車部も統合された。同年、三菱ふそう自動車、新三菱自動車販売が合併して、本書の発行元である三菱自動車販売が誕生している。’70年に三菱重工から自動車部門が独立した三菱自動車工業が設立。‘84年に工販が統合され新生、三菱自動車工業となる。’03年に一連のリコール隠し問題でトラック・バス部門を分離、三菱ふそうトラック・バス設立。紆余曲折の末、現在に至る。ちなみに三菱ふそうはダイムラーの子会社です[11][12][13]。

じどうしゃとともだち その7

本書を手に入れたとき、「お父さま、お母さま方へ」という小さなパンフレットが挟まっていた。本書発行の目的は、読者である子どもたちに「車というものが、ただおそろしいものではなく、社会のいろいろな働きに役立つ、あるいは楽しい遊びの道具にもなるということを知っていただく、ささやかな材料にしていただきたい」(パンフレットより引用)という思いからであり、そのためにも“事故の起こさない車”をつくることに全力をあげ、次の対策に努力を傾けてきたと解説する。皮肉なことに、その対策である①交通事故を起こさない予防対策②万一事故が起きた時の対策はいずれも反故にされた。結果、子どもから母親を奪うという、この絵本のメッセージも否定してしまうような悲劇をも生んでしまった。絵本の内容が素敵なだけに、再読後何とも言えぬやるせなさを感じた。今回、再び世間を欺く行為が明らかになったが、燃費の問題だから(“三菱グループの天皇”のように)人の命には関係ないという人もいるかもしれない。ただ、このような不正が続く組織ならば、安全を含むあらゆる性能・機能に対しても疑いの目を向けられても仕方ない。

三菱自工のオリジンを1917年の「三菱A型」とするならば、来年は三菱自動車誕生100周年。果たしてアニバーサリーイヤーに会社が存在しているのか、とても気になる。

三菱A型
三菱A型[14]

[参考・引用]
[1]三菱自動車「燃費不正」の構図 なぜ不祥事は繰り返されるのか、宮島理、日経BPnet、2016年4月25日、
http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/matome/15/325410/042200216/?ST=business&P=1
[2]三菱自動車、燃費不正で3度目の危機へ 燃費を5~10%水増し、日産も対象車種の販売停止、池松由香ほか、日経ビジネスオンライン、2016年4月21日、
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/042000319/?P=1
[3]三菱重工が今期業績予想を下方修正 客船事業損失拡大で最終減益に、白木真紀、東洋経済ONLINE、2016年2月4日、
http://toyokeizai.net/articles/-/103703
[4]三菱商事の最終赤字は1500億円 海外資源安で黒字3000億円予想を下方修正、産経ニュース、2016年3月24日、
http://www.sankei.com/economy/news/160324/ecn1603240043-n1.html
[5]「燃費なんて誰も気にしていない」“三菱グループの天皇”が放言 不正問題への取材で、デイリー新潮、
http://www.dailyshincho.jp/article/2016/04261700/?all=1
[6]三菱・ギャラン、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%8F%B1%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%83%B3
[7]2.モデル変遷、三菱ミニカ、懐古的昭和車屋、
http://www2.tokai.or.jp/kubotti/syouwasyaya/sub008a.htm
[8]ミニカ70、三菱自動車ホームページ、
http://www.mitsubishi-motors.com/jp/spirit/history/year/1960/60_16.html
[9]三菱ふそう 大型トラックの拡充と中型のヒット、p110-115、中沖満+GP企画センター、国産トラックの歴史、グランプリ出版、2005
[10]【三菱キャンターT90系/T200系】 新旧キャンターの競演、旧式商用車図鑑、2011年10月12日、
http://route0030.blog.fc2.com/blog-entry-106.html
[11]企業沿革、三菱ふそうトラック・バス㈱ホームページ、
http://www.mitsubishi-fuso.com/jp/corporate/history_of_company/
[12]沿革、三菱自動車工業㈱ホームページ、
http://www.mitsubishi-motors.com/jp/corporate/aboutus/history/1980/index.html
[13]三菱自動車工業、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%8F%B1%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A%E5%B7%A5%E6%A5%AD
[14]日本にほんで最初さいしょに自動車じどうしゃをつくったメーカーはどこですか?、こどもクルマミュージアム、三菱自動車工業㈱ホームページ、
http://www.mitsubishi-motors.com/jp/social/contribution/kids/box/industry/8-3.html
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Posted on 2016/05/07 Sat. 22:20 [edit]

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