宇宙旅行の夢

ZEGRAHM SPACE VOYAGES

部屋の片づけをしていたら懐かしい冊子が出て来た(写真)。“ZEGRAHM SPACE VOYAGES”という米国ゼグラム社が企画した“2分間半”の宇宙旅行ツアーのパンフレットだ。

覚えていらっしゃる方もいるかもしれないが、20世紀後半に『ペプシ2001年宇宙の旅キャンペーン』という懸賞があった。2001年12月~2002年2月までの間に予定されていた7日間の上記ツアープログラム。クイズに答えて抽選で5名にそのツアー参加費$98,000(当時の為替レートで1,270万円くらい)のうち懸賞限度額の1,000万円分をプレゼントするというもの[1]。急激な円高にでもならない限り、数百万の差額は自己負担である。

ZEGRAHM SPACE VOYAGES SYSTEM

パンフレットを見ると、「スペースクルーザー(Space Cruiser)」という宇宙往復機を「スカイリフター(Sky Lifter)」というデルタ翼のジェット機の腹に抱えて離陸させる。高度5万フィート(約15km)でスペースクルーザーはスカイリフターから切り離され、ジェットエンジンで上昇。その後、ロケットエンジンに切り替えて約2分間、2Gのロケットモードを体験。そして高度100kmのカーマンラインを越えてから約2分半、宇宙空間での無重力状態を体験する。その後逆推進ロケットで大気圏再突入し、最後はジェットエンジンで地上に帰還させるというものだ(上図)。2016年現在、民間では実現されていない宇宙帰還システムだが(※)、このキャンペーンの募集が始まった1998年時点で、ゼグラム社は飛行試験すらも成功させていなかった。案の定、同社は倒産し、スペースアドベンチャーズ(SA)社という同業他社に買収された[2][3]。

(※)スケールド・コンポジッツ(Scaled Composites)社が2004年、スペースシップワン(SpaceShipOne)で高度100km超の宇宙飛行を民間企業で初めて成功させているが、あくまで試験飛行であり、顧客を乗せた宇宙フライトサービスとしてはまだ実現に至ったケースはない[4]。

Space Cruiser
スペースクルーザー(Space Cruiser)

なんでこんなパンフレットを私が持っているのかって?ひょっとして、当選したけど自己負担金が払えなくて断念したとか。そもそもツアーが実現していないのだから、この懸賞自体成立していない。実は、このゼグラム社にかつて私の友人が勤めていたのだ。シアトル出身、スウェーディッシュ・アメリカンの彼女は熊本の大学時代からの友人で、もともとは学科の同期らと通っていた英会話スクールの先生だった。でも僕らは先生と生徒の垣根を越えて、オフの時間もよく飲み、よく遊ぶ仲間となった。少し年上だったので我々弟分を引っ張る姐御的存在でもあった。卒業後も交流は続いて、彼女が大阪のスクールで教えていた時期も偶然に私も大阪転勤となり、何故か他の友人たちも関西に集まっていて、久々に旧交を温めた。自然と仲間が引き寄せられる、まさに強力な磁石のような人だった。大阪で知り合った日本人の旦那様とシアトルに戻った後も、私がシアトルの研究機関に出張訪問した際には歓待してくれたし、私の結婚後も夫婦で横須賀の自宅へ泊りに来てくれたこともあった。その時もらったパンフレットがこれで、「今、こんな仕事をしているんだ」と教えてくれた。まだ国際宇宙ステーションISSも完成していない頃で、何だかちょっと怪しげなビジネスにも思えたが、アメリカから文化もまるで違う日本に来て働くこともそうだけど、いつもフットワーク軽く、新しいことにチャレンジする好奇心旺盛な彼女らしい選択だと改めて感心したものだった。

それからしばらく経って、妻が身重だった2000年早々、友人から彼女が亡くなったという知らせを受けた。後にご主人から伺った話では、ゼグラム社のマネージャーだった(と思う)彼女は毎日激務の連続で疲労困憊だったらしい。亡くなったその日は頭が痛いと言って休暇を取っていたか午後出社する予定だったかで、ご主人が仕事から戻ってくると、既に息はなかったという。まだ40代前半だったと思う。今になってゼグラム社の当時の状況を考えれば、事業存続のために彼女もかなり無理をしていたのではないかと思う。いつも元気いっぱいの人だったから、過労死に近かったのだろう。もちろんシアトルでの葬儀には参列できなかったけど、同じシアトルに住む共通の友人を通じて、皆で墓前に花を贈った。この年には、学生時代の別の親友をガンで亡くしたので、長女が生まれて喜ばしい年のはずなのに、大切な友人を2人も失うという辛い経験が続いた忘れられない年となった。

SpaceShipOne
航空機(ホワイトナイト)に抱えられた民間初の宇宙往復機スペースシップワン。飛行プロセスは基本ZEGRAHM社のアイデアと同じである。
出展:https://airandspace.si.edu/files/images/microsites/milestones-of-flight/ss1_whiteknight.jpg

さて失敗してもへこたれないのがアメリカのフロンティア精神。その後、この手の宇宙ビジネス企業が次々と設立されている。前述したスケールド・コンポジッツ社が2004年に成功させたスペースシップワンの試験飛行は、ゼグラム社の飛行計画とほぼ同じもの[2]。ゼグラム社を引き継いだスペースアドベンチャーズ(Space Adventures)社も諦めていないし、今度は垂直離着陸機(VTVL)によるビジネスを模索中だが、こちらはどうもうまくいっていないようだ[5]。そのVTVLの開発に成功した企業もある。ブルーオリジン(Blue Origin)社が開発したロケット「ニュー・シェパード・スペース・ヴィークル(New Shepard Space Vehicle)」がそれだ。



旅客ロケット by 伊藤展安
まさに昔見たこの世界!「極超音速時代の旅客ロケット」『少年キング』昭和40年4月18日号口絵(『昭和少年SF大図鑑』河出書房より)

ブルーオリジン社の設立者は、あのAmazon.comのジェフ・ベゾス氏である。ロケットはクルーが乗るカプセルと推進ロケットの2つの要素から構成され、カプセルはパラシュートで、ロケットは垂直着陸で地上に戻ってくる。2015年11月23日、NASAですら実現していないこの無人のVTVLによる試験飛行は見事に成功した[6]。私も当時ニュース動画で見たけれど、サンダーバードや昔のSF映画や児童書の挿絵の離着陸シーンみたいでマジ興奮した。同年12月21日には、ライバルと目されたスペースX社が、開発した「ファルコン9(Falcon9)」ロケットによるVTVL飛行に成功している[7]。スペースX(Space X)社の共同設立者は、電気自動車、テスラ・モーターズ社のCEO、イーロン・マスク氏であり、彼自らチーフデザイナーとして、低コストのロケット開発・製造を主導したというからエンジニアとしての資質も高い[8]。スペースX社はこれまで何度も失敗を繰り返してきたが、宇宙開発に賭ける彼の思いは相当強い。学生の頃から「人類の将来にとってもっとも大きな影響を与える問題は何か」と考え、「インターネット、持続可能エネルギー、宇宙開発の3つ」という結論を下したという。それぞれを「PayPal」、「テスラ・モーターズ」、「スペースX」の会社設立によって事業を具現化させ、夢を現実のものとしている[9]。彼の発想力と行動力は、あのフェルディナント・ポルシェ博士の3つの夢を彷彿させる。



他にもヴァージン・ギャラクティック(Virgin Galactic)社率いる、ヴァージン・グループ会長のリチャード ・ブランソン氏とか[8]、ホリエモンこと堀江貴文氏も宇宙事業に手を出すなど[10]、関わっている連中が連中なので、ちょっと山師的な胡散臭さも感じないではないが、今年の1月22日には、前出のニュー・シェパードが2度目のテスト飛行に成功した[11]。打ち上げ技術の再現性とロケットの再利用の成功は、宇宙旅行時代の到来を現実に近づけてくれた。彼ら山師たちが本当に目論んでいるのは旅行ビジネスではなく、その先の宇宙空間利用だと思う。民間の宇宙工場を作って、新しい材料や薬を大量生産する。実現できれば間違いなく次の産業大革命をもたらす。私も含めリアリストの多い日本人は「宇宙開発なんて国家レベルの事業でしょ」と兎角否定的に捉えてしまうが(JAXAでもVTVLの研究開発は行われている[12])、ロマンチストの多いアメリカ人は、NASAですら無し得なかった困難な課題を民間で解決しちまうから敵わねえ。そして例の永ちゃんのCMを思い出した。

”やっちぇえ”NISSAN

『夢を語る人、たくさん会ってきた。でもね、本当になにかを変える人は、口より先に動いてる。あんたはどうする?』


こういうのをちゃんとビジネスとしてやってやろうという起業家が出て来ないところが日本産業界の硬直したところかも。アベノミクスじゃないんだよね。

歴史を振り返れば、テレビや飛行機の発明など、時代を変える技術革新はほぼ同時期に起こることが多い。ベゾスのニュー・シェパード、マスクのファルコン9はまるで、ダイムラーのモトール・クッチェベンツのパテント・モトールヴァーゲンのように私には映ってしまった。1886年が自動車、いや人類にとってエポックメイキングな年だったように、2015年はこれから100年、1000年の新しい宇宙時代の幕開けの年と未来の教科書には書かれるかもしれない。亡くなった私の友人も、そのきっかけを作った現場で働いていたことを誇りに思っていることだろう。

スペースXとイーロン・マスク ブルーオリジンとジェフ・ベゾス
イーロン・マスク(左)とジェフ・ベゾス(右)は21世紀のダイムラー・ベンツか?[13][14]

[参考・引用]
[1]「2001 SPACE TOURS PEPSI」"宇宙へ行こう! 2001年宇宙への旅にご優待"、ニュースリリース、サントリーホームページ、
http://www.suntory.co.jp/news/1998/7188/7188-2.html
[2]さっそく出た、宇宙旅行プレゼント企画、アメリカでがんばりましょう、2004年10月6日、
http://amegan.com/blog/mtarchives/001639.html
[3]タダで宇宙に行くには、林 公代、コラム、三菱電機ホームページ、2002年12月分vol. 7、
http://www.mitsubishielectric.co.jp/dspace/column/c0212_7_b.html
[4]宇宙旅行、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E6%97%85%E8%A1%8C
[5]スペース・アドベンチャーズ、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%BA
[6]【世界初】NASAも果たせなかったロケットの“垂直着陸”にAmazon設立者が成功! 宇宙開発に新時代到来、アナザー茂、TOCANA、2015年11月27日、
http://tocana.jp/2015/11/post_8075_entry.html
[7]「隼は舞い降りた」-スペースXのロケット着陸成功、挑戦の歴史と意義、鳥嶋真也、マイナビニュース、2015年12月24日、
http://news.mynavi.jp/articles/2015/12/24/falcon9success/
[8]イーロン・マスクら宇宙ビジネス開拓者たちの横顔、石田真康、ITmediaエンタープライズ、2014年11月29日、
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1411/29/news006.html
[9]次なるビジネスの場は宇宙へ】宇宙ビジネスの立役者 イーロン・マスクは人類の未来を創る、U-NOTE、2015年3月13日、
http://u-note.me/note/47501752
[10]被害額56億円!?ホリエモン、壮大な宇宙詐欺に引っかかるも余裕の心境、アカンな~同好会、Spotlight、2016年2月11日、
http://spotlight-media.jp/article/246578276544358126
[11]米ブルー・オリジン、ロケットの「再使用」に成功-宇宙に到達、着陸にも、鳥嶋真也、マイナビニュース、2016年1月25日、
http://news.mynavi.jp/news/2016/01/25/108/
[12]再使用ロケット実験機 第3次離着陸実験(RVT-9)について、プレスリリース、JAXAホームページ、2003年11月13日、
http://www.jaxa.jp/press/2003/11/20031112_rvt_j.html
[13]スペースXのイーロン・マスクは本物の「アイアンマン」なのか?、CATERINA VISCO、WIRED、2012年6月13日、
http://wired.jp/2012/06/13/spacex-ironman/
[14]甦る伝説の第36発射台 - 謎の宇宙企業「ブルー・オリジン」の新たな一手、鳥嶋真也、マイナビニュース、2015年9月28日、
http://news.mynavi.jp/articles/2015/09/28/blueorigin/



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[ 2016/04/05 22:25 ] vehicles/のりもの | TB(0) | CM(0)

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