NISSAN PICKUP POP-UP BOOK

アメリカで最も売れている量販車のモデルをご存じだろうか?答えはフォード・Fシリーズというピックアップトラック。2015年には78万台強を売って、アメリカで販売された全ての車種で堂々の1位[1]。さらに驚くのは、1981年から34年も連続で、ピックアップトラック部門に至っては1977年から38年連続1位を記録している[2]というから日本でいえばカローラやプリウスみたいな存在だ。ちょうどそんなピックアップがトップブランドになり始めた頃、日本のメーカーもアメリカ市場におけるこのカテゴリーの重要性を認識していた。『BTTF(バック・トゥ・ザ・フューチャー)』(米、1985)で主人公のマーティーが憧れ、過去から戻って来た時に自分の愛車になっていたのが、この映画で人気となり一世を風靡したトヨタのピックアップ(4代目ハイラックス)[3]。既に「ダットラ」でトラックブランドとしての知名度があったダットサン(日産)も例外ではなく、9代目ダットサントラック(D21型、‘85~’97年)[4]の販促用として出版したものと思われる“NISSAN PICKUP POP-UP BOOK”(日産自動車)というちょっとレアな飛び出す絵本を今回紹介する。

Ford F-Series 2015
1.Ford F-Series
Chevrolet Silverado 2015
2.Chevrolet Silverado
Ram Pickup 2015
3.Ram Pickup
America's best selling cars in 2015[1]

ちなみに‘15年販売台数の2位はGM・シボレーのSilverado、3位はクライスラー・ダッジから独立したRam といずれもBIG3の大型ピックアップモデルが上位を占める[1]。日本の同年販売台数1~3位はトヨタ・アクア、プリウス、ホンダ・フィットとハイブリットか小型乗用車だ[5]。軽自動車まで含めれば、上位はアクア、N-BOX(ホンダ)、タント(ダイハツ)[6]とこれはもうアメリカとは常識が違い過ぎる。COP21パリ協定が採択され、全世界が協力して地球温暖化対策を進めて行こうと合意した中、日本車は技術者の涙ぐましい努力によりリッター1km、いや数百m単位かもしれない熾烈な燃費競争に明け暮れる一方、海を渡ったアメリカでは、Fシリーズの主力モデルF-150のように、V8の5ℓエンジンでせいぜい5km~7km/ℓ(この排気量でこの燃費性能は大したものだとも言えるけれど)[7]といったガソリンをウワバミ飲みするクルマがバンバン売れる。これがアメリカという国の本性だ。

どちらもガラパゴス?日本の軽とアメリカのピックアップ
どちらもガラパゴス?日本の軽とアメリカのピックアップ[8]

前回の鈴木英人さんの絵にもよく登場するピックアップの購買層は、一体どんな人たちなのだろうか。アメリカでは、古くは農業用車両として重宝されてきたピックアップトラック。’02年の調査によれば、商用として販売されたのは2割程度で、残り8割は個人用、その多くは通勤・通学用として使われているという。今でこそSUVが世界中で支持されているが、ヨーロッパでは元々ステーションワゴンが人気もオシャレ度も高かった。しかしアメリカでは、この手のクルマのオーナーは「女房の尻に敷かれている男」というイメージなのだそうだ。また、州によってはピックアップの自動車税が無税だったり、割安だったりするので若者たちに急激に浸透した[9]。そう、まさに「BTTF」の主人公のようなユーザーが大きなボリュームを持つ。[10]の言葉を借りれば、アメリカ経済を下支えする層へ向けた車、言うなればアメリカ人の魂にも等しいのがピックアップ。

アメリカにはピックアップトラックが要るんだよ
"America needs Pickups"[11]

そのアメリカ人の魂とやらを色々調べていたら、こんなネット上のコミックを見つけた。“ポーランドボール”と呼ばれる国家を象徴した球体キャラクターたちが、それぞれの国民性を風刺する漫画。その中に「アメリカにはピックアップトラックが要るんだよ」というものがあった[11]。日本ボールがアメリカボールに「なんでそんなにビッグな車持っているの?」と質問する。アメリカボールは「ああ、物を運んだり、仕事にいるのさ、分かるだろ?」と曖昧な回答をする。アメリカボールのピックアップには、“2つの大戦連続チャンピオン”とか“全米ライフル協会”のステッカーが貼られている。日本ボールが帰った後、ストレスを発散するかのようにアメリカボールが本音を叫ぶ。
「こいつはでかい…こいつは男らしい…俺は…男らしいー!」
このコミックに対するあるアメリカ人のコメントが、“裸のアメリカ”、すなわちフツーのアメリカ人の深層心理を端的に表している[12]。
「なんで好きか分かるだろ?だってデカイし、強いし、アメリカンフリーダムのシンボルだし、他の国なんて知ったこっちゃねーって態度と合っているだろ。神の祝福あれだよ。」

Strong America
I AM...
MANLY
出典(上):http://media.breitbart.com/media/2015/09/donald-trump-uss-iowa-battleship-AP-640x480.jpg
出典(下):http://polandball.blog.fc2.com/blog-entry-1352.html

これってどこかで聞いたフレーズじゃねえか?そう、次期アメリカ大統領予備選での破竹の勢いを、もう誰にも止められないドナルド・J・トランプ氏、彼の発言そのものではないか。一部アメリカ人を含む非アメリカ人の多くは、「なんで民主国家のアメリカで、あんな人種差別主義、非グローバル主義の男が支持されるのか」とか、「あんな非常識な男が万が一アメリカの大統領になったら世界はどうなっちまうんだ」とか疑問や不安を持っていると思うが、彼こそピックアップトラックを好む平均的なアメリカ人の本音をストレートに表現している人なのだ。だから人気があるのだと思う。

日本人がアメリカに抱くイメージは、シリコンバレーのGoogleやApple、ハリウッドの映画だったり、鈴木英人さんの描く開放的な西海岸に、ニューヨークのウォールストリートやブロードウェイだったりする。そこには有名大学や企業が集中し、世界の経済や文化、思想に大きな影響を及ぼす知的エリートやクリエイターたちが多く住む。ハリウッドの俳優たちやIT長者はこぞってプリウスやテスラのようなエコカーに乗る[13]。私の勤務する研究所も、付き合いのあるアメリカ人は皆、西海岸・東海岸の大学人たちだ。学生時代、楽しい仲間だったアメリカの友人たちも多くは西海岸出身だった。そんなリベラルでクールでフレンドリーな一部の人たちを、我々はアメリカ人だと思い込んでいたのではないだろうか。

米国の各州で最も人気がある車種
アメリカの非常識:米国の各州で最も人気がある車種[14]

ここに面白いデータがある。上図[14]は州別の人気のクルマをマッピングした地図なのだが、これだけ見るとアメリカって国土の大半を占める中央アメリカ(人口比でいえば多分ここに約半分くらいが住む)とその他の国々という構成であることがわかる。その中央部で最も好まれるのが、フルサイズピックアップ、フォード・F-150だ。古くから足代わりとしてピックアップを使ってきた、農業が産業の中心である内陸部に住むアメリカ人は、国外で起こっていることには興味がなく、世界中が宗教や民族の対立の問題で喧々諤々議論していることにも関心を払わない。もちろん環境配慮などどこ吹く風、広大な土地でF-150やラムをかっ飛ばしている。「”USA”さえ繁栄すればいいのさ」そんな人たちがトランプ氏を支持している、そう考えるのは偏見だろうか。杞憂に終わってもらいたいが、トランプ次期大統領、かなり現実味を帯びてきた。

ピックアップとトランプを支持する人々
ピックアップとトランプを支持する人々は同じなのか?[12]

前置きが大変長くなってしまった。絵本の紹介に進もう。この絵本、表紙はダートな路面を走るD21型の写真だが、中身はかなり凝った英語のポップアップ絵本になっている。数年前にネットオークションで見つけて、こんなの他に欲しがるモノ好きもいないので、難なく安値で落札できた。本書の冒頭には、「51年前、マイティ(mighty=力強い)トラックの最初の1台が誕生した」とある。モデルとなっている9代目ダットサントラックの源流、初代ダットラ10T型の第1号車が組み立てラインをオフラインしたのが1935年2月、これは日本からの最初の輸出モデルだったそうだ[15]。ということは、その51年後と紹介されているので、本書の初版は1986年ということになる。

A mighty truck is born.
"A mighty truck is born."(“NISSAN PICKUP POP-UP BOOK”より)
ダットサントラック10T型
D21型の祖先、ダットサントラック10T型
出典:http://www.nissanlcv.com/JP/HERITAGE/IMAGES/idx_img_01.jpg
D21型ダットサントラックダブルキャブ4WD AX
D21型ダットサントラックダブルキャブ4WD AX[16]

このクルマ、友人が所有していたのでよく覚えている。D21型ダットサントラックダブルキャブ4WD AX[16]。社会人になり立ての80年代後半。時はバブル全盛の時代、RV車がブームだった。私は頭金を貯めて入社数年目にこのD21をベースとした日産・初代テラノ(WD21型)をマイ・ファーストカーとして購入した。ブームに乗ったチャラい私は、学生時代からこのアメリカ西海岸でデザインされたテラノが欲しくてしょうがなかったけれど、友人はさらにアメリカンなピックアップを選んだ。日本国内でもより男臭いダットサンブランドで売っていたから、今思えばこっちに乗っていた方がモテたかな。

日産Z20エンジン
日産Z20エンジン(“NISSAN PICKUP POP-UP BOOK”より)

エンジンは直4のガソリンZ型とディーゼルSD型。本書では2ℓのZ20型をポップアップ化している(写真)。後年、V6の3ℓガソリンエンジンのVG30型と、ディーゼル2.7ℓのTD27型が追加されており[4]、友人のダットラのパワトレは忘れたが、私の愛車テラノは、当時アメリカ人の仕事仲間から“クレイジー”とからかわれたTD27型のディーゼル・ターボでマニュアルミッションだった(マッスルなアメリカ人にしてみれば、当然V6のATでしょという感覚)。

その他、各節ごとに自信満々なキャッチコピーが続く。
This mighty truck goes anywhere.(このクルマに乗ればどこにでも行ける)”
丘の頂上にも、砂漠も、森の奥深くにもどこへも行ける。兄弟車テラノも、米国名は“Pathfinder”、道なき道を進む開拓者。

This mighty truck goes anywhere.
"This mighty truck goes anywhere."(“NISSAN PICKUP POP-UP BOOK”より)

This mighty truck went to market.(このクルマは買い物に便利)”
すべて1回で、あらゆるものを運ぶことができる方法は他にない。やはり大きなモノを運ぶときには、SUVやステーションワゴンもピックアップの前には色褪せる。実家に溢れかえる大量のモノ、ゴミ、モノ。ピックアップがあれば運び出せるのに。

This mighty truck went to market.その1 This mighty truck went to market.その2
"This mighty truck went to market."(“NISSAN PICKUP POP-UP BOOK”より)

This mighty truck is home.(このクルマは自分の家になる)“
日産ピックアップに乗り込めば、誰でもその快適性と広々とした室内に驚かされる。それはまさに”家“感覚。国内仕様では前席2名、後席3名の5名乗員のようだが、米国仕様では前席もベンチシートなのでシングルキャブで3名、ダブルキャブに至っては6名乗員で、大家族でも満足。

This mighty truck is home.
"This mighty truck is home."(“NISSAN PICKUP POP-UP BOOK”より)

This mighty truck never cries.(このクルマは絶対泣かない)“
今では当たり前の装備だが、ベンチレーテッドディスクブレーキ、3点式シートベルト、広い視界等々、安全・安心機能も万全で、何の心配もないとアピールする。

This mighty truck never cries.
"This mighty truck never cries."(“NISSAN PICKUP POP-UP BOOK”より)

そして、
This mighty truck has everything.(このクルマは全てを持っている)“
つまり、ニーズに合った多彩なバリエーションを持つと締めくくる。

This mighty truck has everything.その1
This mighty truck has everything.(“NISSAN PICKUP POP-UP BOOK”より)
This mighty truck has everything.その2
テラノ顔のD21もあったのだね。(“NISSAN PICKUP POP-UP BOOK”より)

D21型がビジネスとして成功したのかどうかはわからないが、10代目D22型を最後に2002年でダットラの国内販売は終了、海外専売車となっていた[17]。2003年から日産は「タイタン」というフルサイズピックアップを北米で販売しているが、絶好調のこのカテゴリーでは出遅れているという。というのも、タイタンは’03年以降一度もモデルチェンジをしておらず、日産が販売する車両の5%に過ぎないのだそうだ。昨今、ピックアップユーザーの15%を占めると言われる”トラック女子”の増加で、すっかり乗用車化したこのカテゴリー。各社がこのビジネスチャンスを見逃すはずはない。日産も満を持して、今年の1月に開催された北米モーターショーで新型タイタンをお披露目した[18]。本書のモデル、ダットサントラック・D21型の子孫だ。それでも、あのトヨタでさえ苦戦するカテゴリーだ。アメリカ人の魂であるピックアップのユーザーが、そう簡単に日本に魂を売るとも思えない。トランプブームのこのアメリカで、日本メーカーがどのような戦いを見せるのか販売動向が注目される。

そのタイタンのコンセプト、「タイタン・ウォリアーコンセプト」[9]がちょっとイイなと思う自分がいる。俺もひょっとして、心の中でこんな雄叫びを上げているのだろうか…。

“This is big...this is manly...I AM...MANLY!”

日産タイタン・ウォリアーコンセプト
日産タイタン・ウォリアーコンセプト[9]

[参考・引用]
[1]The Top 10 Best-Selling Cars of 2015、Joseph Capparella、Automobile、2016年1月6日、
http://www.automobilemag.com/news/the-top-10-best-selling-cars-of-2015/
[2]Ford F-Series、Wikipedia、
https://en.wikipedia.org/wiki/Ford_F-Series
[3]【トヨタ ハイラックス】映画「BTTF」で一世風靡したピックアップは、世界の未来も変える世界戦略車、GOIN、2016年2月9日、
https://goin.jp/5309
[4]日産・ダットサントラック、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%94%A3%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF
[5]新車乗用車販売台数月別ランキング2015年、(社)日本自動車販売協会連合会ホームページ、
http://www.jada.or.jp/contents/data/ranking.html#
[6]【図解・経済産業】国内車名別新車販売ランキング、時事ドットコム、2016年1月8日、
http://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_eco_car-newsalesranking-japan
[7]フォードF150ラプターの気になる燃費と実燃費を紹介します!、CarCast、2015年10月12日、
http://carcast.jp/5514
[8]大特集 クルマは野遊び道具だ!、BEPAL、2016年1月号No.426、p23、小学館
[9]新型が続々登場!ピックアップはなぜ米国で人気なのか、nAno univeRs LIBRARY、2016年1月14日、
http://store.nanouniverse.jp/shop/media/media.aspx?goods=M20160114_pickup_t&language=ja
[10]ラムはアメリカ人の魂、ふじい、みんカラ、2015年1月1日、
http://minkara.carview.co.jp/smart/userid/1049925/blog/34807505/
[11]【アメリカ】アメリカにはピックアップトラックが要るんだよ【ポーランドボール】、ポーランドボール翻訳、
http://polandball.blog.fc2.com/blog-entry-1352.html
[12]「トランプ現象」を掘り下げると、根深い「むき出しのアメリカ」に突き当たる、モーリー・ロバートソン、ニューズウィーク日本版、2016年3月11日、
http://www.newsweekjapan.jp/morley/2016/03/post-2.php
[13]アメリカ富裕層で人気ナンバー1の車種は、BMWでもベンツでもなく・・、Sawako、MY BIG APPLE-NEW YPRK-、2013年11月1日、
http://mybigappleny.com/2013/11/01/tesla-popular-to-therich/
[14]米国でいちばん人気のクルマは?-50州別インフォグラフィック、JONATHAN M. GITLIN、WIRES、2015年4月3日、
http://wired.jp/2015/04/03/by-the-numbers-americas-favorite-vehicles-mapped/
[15]歴史、LIGHT COMMERCIAL VEHICLE、日産自動車ホームページ、
http://www.nissanlcv.com/JP/HERITAGE/
[16]DATSUNブランドを復活!アラフォー世代にはこいつのイメージ!、井元貴幸、clicccar.com、2012年3月24日、
http://clicccar.com/2012/03/24/125628/
[17]ダットラの国内生産に幕…日産車体、湘南工場第一地区の車両生産を終了、e燃費、2012年3月5日、
http://e-nenpi.com/article/detail/170871
[18]ワールドビジネスサテライト、1/13特集、米国ピックアップ大国復活へ“トラック女子”を狙え!、WBS.LOG、2015年1月13日、
http://wbslog.seesaa.net/article/412308437.html
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメントの編集・削除時に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)


    トラックバック

    Trackback URL
    Trackbacks


    最近の記事