南カリフォルニア物語

南カリフォルニア物語

先日の会社の帰り、地元のショッパーズプラザ横須賀内にあるギャラリー・モナリザに立ち寄った。横須賀と縁のあるイラストレーター、鈴木英人えいじんさんの作品展が開催されていたからだ。鈴木さんは私と同じ福岡市出身の同郷人で、画業を志す娘の高校の先輩として横須賀に暮らしていたこともあるので何かと(私にとっては)接点の多いアーティストだ。ということで、本日のクルマノエホンは彼の画集ではなく「南カリフォルニア物語」(片岡義男・文、鈴木英人・絵、CBSソニー出版)という大人の絵本を紹介する。

FM STATION
出典:http://www.ventiler.jp/wp-content/uploads/2014/07/FM-1.jpg

一台の車 トップイラストレーター7人のカーロマン」でも紹介したように鈴木英人さんの作品といえば、我々世代には懐かしいFMラジオ情報誌『FMステーション』(タイヤモンド社、’98年休刊)の表紙、山下達郎のLPジャケット。「FMステーション」の表紙は’80年の創刊号プレ版から私が就職をした‘88年までを担当していた[1]というから、まさに我が青春そのもの。主なモチーフであるアメリカ西海岸のクルマや海岸、田舎の原風景などを彼独特の構図で、カリフォルニアの燦々と降り注ぐサンシャワーと地中海性気候の乾いた空気感を明るい色調で表現する。彼のイラストを見てカリフォルニアに憧れた御仁も多いと思う。私も、先日鬼籍に入られたグレン・フライ率いるイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』でウェストコーストサウンドに目覚め、ジャクソン・ブラウン、リンダ・ロンシュタット、ドゥービー・ブラザーズ、トム・ウェイツ、ヴァン・ダイク・パークス、ランディ・ニューマン、ライ・クーダー、リトル・フィート、TOTO、AIRPLAY等々、それこそ「FMステーション」で調べてエアチェックしながら西海岸サウンドを聴きまくった。だから鈴木英人のイメージも含めアメリカといえばやはり、西海岸、カリフォルニアだったのだと思う(JAZZを聴くようになった大学生頃からはボストンやニューヨークなど東海岸文化に憧れたけど)。

本書もそんなカリフォルニアを夢見た読者、特にサーファーにとっては大好きな世界観が詰まった一冊だと思う。この方のように。私は波乗りをやらないので、正直、片岡義男の文章がすんなり入って来なかった。南カリフォルニアといえばもちろん海は外せないけれど、個人的にはサーフィンではなくて、一時期興味を持ったシーカヤッキングのメッカ、バハ・カリフォルニア(メキシコだけど)や、ちょっと堅くなるけれどスクリップス海洋研究所のあるサンディエゴの海に憧れた。私は将来海洋資源開発の仕事をしようと大学の専攻を選んだので、UCLAではなくカリフォルニア大学サンディエゴ校付属のこの世界的に有名な海洋研究所で深海底資源開発の研究を夢見たこともあったっけな。

南カリフォルニア物語より
「南カリフォルニア物語」より

とはいえ、サーフィンに興味のない私でも本書のお話に「渋い」と唸った箇所もあった。それは片岡氏がハンティントン・ビーチの駐車場で出会った男の話。1974年製オールズモービル・カトラスに乗っていたその男は、南カリフォルニアのサーフ・スポットに近いいくつもの駐車場に興味を持っていて、その駐車場について文章を書こうとしていると言う。「車にサーフボードを乗せて海にやって来て、駐車場に車をとめ、ボードを持って海という聖地に入っていく。聖地に入る直前の最後の陸地は駐車場なのだよ。そして、沖のサーフに乗って陸地へ戻ってきて、最初に自分が向かうのは、自分が車をとめた駐車場なんだ。わかるかい」とその男は真面目顔で語る。「南カリフォルニアでは、駐車場にサーフ・スポットがあるんだよ」と言った彼の一言を、片岡氏はずっと覚えているそうだ。写真と文章で南カリフォルニアのサーフ・スポットの町の駐車場について芸術的な本にまとめるのだと言った彼の夢は叶ったのだろうか。ちょっと読んでみたい気がする。

南カリフォルニア物語より その2
'61年式フォード・サンダーバード(「南カリフォルニア物語」より)

イラストに登場するクルマたちは60年代のFord Thunderbird(’61)、キャンピングトレーラーのAIRSTREAM、オールドBUICK Skylark(‘53)等々、アメリカ=カリフォルニアの匂いがぷんぷん。アメリカの近代自動車産業の発祥はデトロイトだが、自動車の環境対策をリードしてきたカリフォルニア州ZEV規制や、昨今の自動運転開発のメッカであるシリコンバレーなど、自動車文化潮流の起点は、今でも常にこの西海岸なのである。

表紙のルート79を走るクルマはGM CHEVROLET BEL AIR(’57)だ。この絵は本書のサブタイトルにも記された『PASSING THROUGH CALIFORNIA』という作品である。鈴木英人さんのホームページ[2]を見ると、2001年の作品として紹介されている。でも本書は1983年初版本。おかしいではないか。構図は確かに同じなのだが何か雰囲気が違う。良く見比べると2001年の作品は空にグラデーションが入っているし、色の構成も微妙に異なっている。そう、彼の作品は版画なのである。本書のイラストは恐らくリトグラフによるもの。我々世代が若い頃目にした彼の初期の作品はほとんどこの技法で描かれている。リメイク版は事情があってEMグラフという新しい技法を取り入れている。最近はほとんどこの技法で製作されているようだ。アートの手法については門外漢なので、別な機会にもう少し調べてまた報告したいと思う。

『PASSING THROUGH CALIFORNIA』
本書の表紙にもなった『PASSING THROUGH CALIFORNIA』リメイク版[2]

本書の最後に、鈴木英人さんと片岡義男さんのビッグ対談付き。アメリカ文化が本当に好きな二人によって生まれたのがこの「南カリフォルニア物語」なのだ。

鈴木英人
鈴木英人[5]
ポルシェ・356スピードスター by 鈴木英人
鈴木英人氏の愛車、ポルシェ・356スピードスター
出典:http://eizin.co.jp/gallery/portfolio/128/

そのイラストレーター、鈴木英人さんは1948年福岡市生まれ(ご自身のサイトにも福岡ではなくわざわさ“博多”生まれと書いているので、いわゆる商業区“博多”周辺ではないか)。その後横須賀に移り住み、神奈川県立横須賀高校を卒業。彼の描く作品にアメリカ西海岸をモチーフとしたものが多いのは、日本で最もアメリカに近い街、ここ横須賀に住んでいたこととは無縁ではないだろう。1971年頃より広告デザインを手掛け、デザイナー、アートディレクターを経て、1980年イラストレーターとしてデビュー。山下達郎のレコードジャケット、FMステーション誌のカバーデザイン等数多くのイラストレーションを描く。本書でも語られているが、本当はカメラマンになりたくて、写真をイラストレーションに置き換えたら、たまたまうまくマッチしたのだと言う。彼曰く、写真家に限りなく近いイラストレーター。以後商業デザインの世界にとどまる事なく1985年「EAST ALBUM」のタイトルで、版画(リトグラフ)30作品を、東京と大阪の5箇所の画廊で同時に発表、現代アート作家としての地位を築き上げる。精力的に版画作品を制作発表し続けて、現在作品数は300点を超えている。また、イラストレーター、版画作家としてだけでなく、神奈川県の相模湾再開発事業「SURF’90」のアートプロデューサーを、東京都多摩地区の再開発「TAMAらいふ21」のアートディレクター、湘南国際村「モニュメント」を制作など、多岐に渡って活躍する。現在は逗子市在住[3][4][5]。ポルシェパラノイアで、愛車は作品のモチーフに何度も登場する356スピードスター と911カブリオレ[4]。

片岡義男
片岡義男[6]

片岡義男さんは1939年、東京生まれの作家。早稲田大学法学部卒。戦時疎開で幼少時に山口県岩国に移り、終戦後広島県呉で過ごした後、東京に戻っている。祖父の代にハワイへ移住し、父は日系二世で片岡氏自身も少年期にハワイに在住し、当地で教育を受けた経験がある。大学在学中よりライターとして活動を開始し、1974年『白い波の荒野へ』で小説家としてデビュー。翌年『スローなブギにしてくれ』で第二回野性時代新人賞受賞。‘70年代後半からは「ポパイ」をはじめとする雑誌にアメリカ文化や、サーフィン、ハワイ、オートバイなどに関するエッセイを発表する傍ら、角川文庫を中心に多くの小説を発表。またFM東京の深夜放送番組「きまぐれ飛行船〜野生時代〜」のパーソナリティを務めるなど当時の若者の絶大な支持を集めた。『波乗りの島』『頬よせてホノルル』『ミッキーは谷中で六時三十分』『日本語と英語』『私は写真機』をはじめ小説、エッセイ、評論、翻訳、写真集など著作多数[6][7]。学生時代、村上春樹も片岡も全く興味なかったから、彼の小説は読んだことがないが、唯一愛読書として所有しているのが『絵本についての、僕の本』(研究社出版)というエッセイ。この趣味を始めて購入した。彼の蔵書絵本を彼が撮影した写真と短文で紹介する見ても読んでも楽しい本。彼の生い立ちからもわかるように、子供の頃から彼の周辺には英語の絵本がたくさんあったという。そういうバックグラウンドもあって、大人になっても絵本を愛し続けている片岡さん。私のように自動車を主人公とした絵本を集めたこともあったクルマノエホンの大先達なのだ[9]。

<蛇足>
前述のギャラリー・モナリザでは同じ福岡出身(こちらは北九州市小倉)の漫画家、松本零士さんの作品も展示販売していた。『宇宙戦艦ヤマト』や『銀河鉄道999』の版画などだ。『宇宙戦艦ヤマト』が日テレ系で初放映されたのが1974年[10]。当時彼の出身地の小倉で小6だった私のクラスは、担任の先生も含めこのアニメに夢中になっていた。でも裏番組が強すぎて世間的には低視聴率に終わった。その後の再放送で注目され、劇場版映画も製作されるなど大ブームになったが、マイブームを終えていた私は何を今頃と世のブームを冷めてみていた記憶がある。そのもっと以前から私の中では零士ブームがあった。小4くらいだっただろうか、親友から勧められて読み始めた全ての零士作品の原点、四畳半下宿漫画『男おいどん』に傾倒していたからだ。本屋で週刊少年マガジンを立ち読みし、文庫本も買って(借りて?)親友と『男おいどん』話をするのが楽しみだった。2人でいつも主人公・大山昇太とトリさんの絵を描いていたので、今でも何も見ずに描けると思う。小学生であの世界観に浸っていたとは、友人含め変なガキだったね。

男おいどん
本書とはある意味対極的な『男おいどん』の世界
出典:http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-da-a2/naomoe3/folder/285622/80/57080280/img_6

[参考・引用]
[1]FM STATION、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/FM_STATION
[2]PASSING THROUGH CALIFORNIA、GALLERY_221、鈴木英人ホームページ、
http://eizin.co.jp/gallery/portfolio/221/
[3]PROFILE、鈴木英人ホームページ、
http://eizin.co.jp/?page_id=325
[4]鈴木英人、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E8%8B%B1%E4%BA%BA
[5][001]鈴木英人さん(高20期)、ようこそ同窓生、神奈川県立横須賀高校同窓会朋友会ホームページ、
http://www.hoyu-kai.com/renewal/atsumare/human/h001_eizin/human_001_eizin.htm
[6]村上春樹なら、片岡義男にだって注目したい、NEVERまとめ、2013年4月19日、
http://matome.naver.jp/odai/2136472615295428801
[7]歌謡曲が聴こえる、作者プロフィール、新潮社ホームページ、
http://www.shinchosha.co.jp/book/610596/
[8]片岡義男、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%87%E5%B2%A1%E7%BE%A9%E7%94%B7
[9]ゼリンスキ-の童謡しかけ絵本『バスの車輪』、片岡義男 外国の絵本を買う。連載②、東京ブックランドホームページ、
http://www.geocities.jp/le_trou909/ital/tbl/20090809/kataoka/20090809/20090809.html
[10]宇宙戦艦ヤマト、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E6%88%A6%E8%89%A6%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%83%88


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