デヴィッド・ボウイが亡くなって、ショックでブログの更新出来なかった、というのは冗談だが、私が高校生の時、彼のヒット曲“Fame”で共演したジョン・レノンが凶弾に倒れ、同級生の一人が1週間くらい学校を休んだことがあった。全世界には恐らく当時の彼と同じように悲しみにくれるファンがたくさんいるのだと思う。僕はさして影響を受けていないけれど、ボウイといえば坂本龍一やビートたけしらと『戦メリ』でセリアズ陸軍少佐を演じた俳優としての印象が強い。最初に彼を知ったのは確か小学生の頃で、雑誌で目にした彼のLPジャケ(冒頭の“Pin Ups”:横にいる女性はツイッギーだったんだね。ベッキーじゃないよ。)を見て「眉毛ない。なんか怖~い、この人。」と思ったがその時のインパクトがずっと脳裏に残っている。表現が正しいかはわからないけれど、現代のビジュアルバンドの元祖でもあるグラム・ロックとか、あるいはパンクな表現方法にまだ免疫のないお子ちゃまだった訳だ。それにしても、ポールやミックやエリックがまだ健在なのに、彼らよりも若い稀代のアーティストが69歳で天国に召されるとは何とも残念でならない。

このブログのテーマに無理矢理繋げようと、彼がクルマに関する歌を作っていなかったかどうか調べてみた。すると『いつも同じ車で(“Always Crashing in the Same Car”)』という曲が引っかかった。ボウイの「ベルリン時代」と言われる1977年から79年、ブライアン・イーノとコラボしたベルリン三部作のアルバムの一つ“Low”のA面、トラック5に収録されていた[1]。タイトルから自動車事故の歌?と思ってさらに調べてみると、彼の闇の歴史の一端が垣間見られた。

Always Crashing in the Same Car/いつも同じ車で([2][3]+papayoyo加筆)

Every chance, every chance that I take/なにか機会があるたびに
I take it on the road/ぼくはそれに乗って出かけて行く
Those kilometers and the red lights/速度も、赤信号も
I was always looking left and right/左右もちゃんと注意しているんだけど
Oh, but I'm/でも結局ぼくは
Always crashing in the same car/いつも同じ自分の車の中で壊れていくだけ

Jasmine, I saw you peepingジャスミン、君は覗いてたんだろ
As I pushed my foot down to the floor/ぼくはアクセルを目一杯踏み込んで
I was going 'round and 'round/ぐるぐると
The hotel garage/ホテルのガレージを走り回ってた
Must have been touching close to 94/きっと94キロくらいは出てたはずさ
Oh, but I'm/でも結局ぼくは
Always crashing in the same car/いつも、同じ車の中で壊れていくだけ



この歌詞には解説が必要のようだ。グラム・ロックで地位を確立し、アメリカを活動の拠点にしていたボウイは、成功したロックミュージシャンお決まりの道というかドラッグに手を染めていく。“Low”の前作“Station to Station”(’76年)の頃が薬の習慣もかなり酷くなっていたと彼自身述懐している[4]。で、薬物からの更生という目的も兼ねてベルリンに移住するのだが、’77年にリリースされたアルバムがこの“Low”(「どん底」という意味なのだろうか)である[1]。[5]によればこの曲は、何度も同じ過ちを犯す自分に対するフラストレーションを表現しているのだという。この曲はアメリカ時代、コカイン漬けになっていたボウイ自身が起こしたある事件が下敷きになっている。彼が自分のメルセデスを運転中、彼を食い物にしていた麻薬の売人を路上で見つけた。ホテルに戻り、この歌詞にあるように地下のガレージで車を猛スピードでぐるぐる周回させた後、その売人に復讐してやろうと自分の車をその男の車に繰り返しぶつけたのだそうだ。当時のボウイはかなり逝っちゃってたんだね。Crashingを車のクラッシュに掛けて、肉体的にも精神的にも壊れていく自分自身を歌ったものだった。

偉大なミュージシャンが亡くなると神格化されるのは世の常だけど、ドラッグに溺れた彼の黒歴史もちゃんと知っておく必要があると思い今回紹介した。洋の東西を問わず、不倫など異性関係の緩さもそうだが、ドラッグ使用もクリエイティヴな活動には芸の肥やしとミュージシャンを含む芸能人に対して倫理的に寛容な社会的風潮を僕は嫌う。もちろん人間は弱い、過ちも犯す。ポールやミックやエリックもこの暗黒面に引きずり込まれているし、“Rockin' on”1996年8月号のインタビューでも、ボウイはまだ薬の“効用”について言及している。ゲスの君も、ミュージシャンを極めるのなら先達に倣ってドラッグで堕ちるところまで堕ちてみては?まあそこまでワルにもなりきれないゲスなんだろうけど…。しかしボウイは、晩年の2013年には「薬物に手を出すなという忠告は聞き入れるべきだった」と語っている[4]。非合法ドラッグは本人の人生を狂わせることもそうだが、その状態で車を運転するなんて他人の命を奪うリスクも高まるし、払ったお金は売人の資金源となって、また新たな犠牲者を産む手助けをすることにもなる。もちろんボウイがドラッグに手を出さなければ、もっと長生きをして新たな作品を作り続けていたかもしれない。

彼の最後のアルバムは死の2日前、69歳の誕生日にリリースした“Blackstar”。全米1位になったそうだ。その中に収録されている“Lazarus”のPVを観たが、自分の死期を予告していたかのようなベッドに横たわる彼の強烈な姿が目に焼き付いてしょうがない。私のボウイの印象は最初も最後もそのゾクっとするような狂気のイメージだった。



(最後にもうひと言)
ボウイロスとは質も次元も違うけど、SMAPや1Dの解散騒ぎでショックを受けているファンも多い。ジャニーズといえばフォーリーブスとかヒロミ・ゴー世代のおじさんにとってはどうでもよいことなのだけど(個人的にはユンボを操れるTOKIOの方が好きなんだが)、ちょっと経営の視点から考えてみた。ファンあってのタレント、タレントあっての芸能事務所だということを当の社長やマネージャーはどう考えているのだろう。自分たちの身勝手な行動のために関係する番組やイベントに対する責任も放棄しているし、今回の騒動の説明責任も未だ果たしていない。彼ら経営陣は自分たちが裸の王様になっていることに気づいていない。アイドルたちは彼らに「世話になった、恩義がある」と口を揃えるがこれはリップサービスだ、本心じゃない。確かに昔はそうだったかもしれないが、派閥抗争にはもううんざりと思っているハズだ。日々組織のしがらみに振り回されている会社員や職員なら彼らの気持ちはよーくわかる。お客様(ファン)を無視したお家騒動がその後、会社やビジネスにどのような影響を及ぼすかは、過去の日産や現在進行形の東芝の歴史を見ても一目瞭然なのにね。どっちに転んでも、事務所とアイドルたちのブランド価値が低下するのは間違いないだろう。唯一の解決策は、本当の商いというものをわかっていない老害たちが消え去ることだ。

怒れ若者たちよ。このまま事務所の操り人形のままで本当にいいのか。自分のスタイルを貫き通したボウイの最期の姿をよーく見るがいい。[2016.1.19追記]

[参考・引用]
[1]デビッド・ボウイ、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%82%A6%E3%82%A4
[2]岩谷宏のロック論 2、岩谷宏と一緒、2007年11月28日、
http://blog.goo.ne.jp/keikoiwatani/e/9c3d97f8a292aa4e874250e8ef72231f
[3]デイヴィッド・ボウイを翻訳する(9):おぉ我がテレビ受像機(型番C-15)よ、L'epoche.com、
http://www.lepoche.com/essay/TVC15.html
[4]【ロックスターも】デヴィッド・ボウイ、ドラッグの効用と弊害を語る【人間だもの】、YAMDAS Project、2013年2月14日、
http://d.hatena.ne.jp/yomoyomo/20130214/bowieondrug
[5]Always Crashing in the Same Car、Wikipedia、
https://en.wikipedia.org/wiki/Always_Crashing_in_the_Same_Car
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメントの編集・削除時に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)


    トラックバック

    Trackback URL
    Trackbacks


    最近の記事