BTTF(In Kumamoto) 時には昔の話を

バック・トゥー・ザ・フューチャーが大好き!
出典:http://nobcoblog.exblog.jp/23903499/

前回の続き)BTTF2(Back To The Future Part2)で描かれた2015年10月21日、テスラ・モデルSを横須賀で試乗していた古賀佑介は、あるトンネルを通過した瞬間、学生時代を過ごした1985年10月26日の熊本にタイムスリップをしてしまう。何とかクルマを隠して落ち着きを取り戻した古賀は、この年、一番時間を過ごした大学キャンパスに足を踏み入れたのだった。

熊大、秋
http://www.geocities.jp/dfxrd235/a-kumadai-1.html

古賀は赤門から県道を横断して理工系のある南地区の門に入る。南キャンパスに入ると左手少し奥にはかつての旧制熊本高等工業学校機械実験工場である工学部研究資料館が見える。赤煉瓦で組まれたその建築物は色付き始めた木々とのコントラストで美しく、内部で動態保存されている11台の工作機械類は国の重要文化財に指定されている。入ってすぐの右手には、今(2015年)は駐車場になっている古賀の学び舎、資源・金属系の校舎が出迎えてくれた。コの字型の建物の開いた口の先には、実験で何度も通った衝撃エネルギー実験所がある。実験所は国内でも珍しい屋内で火薬実験が出来る施設だった。古賀たちが扱っていたのはペンスリットという硝酸爆薬(プラスチック爆弾の材料)で少量でもその威力はかなりのものだった。点火の直前には実験を知らせるベルが鳴り響き、キャンパス内はおろか大学周辺の人たちも、日頃から「ドーン」という地響きに慣れっこだった。現在は学部の垣根を越えてその他複数の施設と統合されたパルスパワー科学研究所として、キャンパス内の別の場所に移転をしている。

VW・シロッコ(初代)
http://cartype.com/pics/6693/full/vw-golf-gti-mki_77.jpg

校舎の前の駐車場には、見覚えのあるジウジアーロデザインの白いVW・シロッコが止まっている。このクルマのオーナー、松嶋教授は在室のようだ。

学科の看板が掲げられた入口を入ってまっすぐ廊下を進むと左手に研究室が続き、一番奥の部屋が古賀の在籍した流体エネルギー変換工学研究室だ。当時の資源開発工学科には、土質・岩盤や探査工学などの土木系と流体機械など機械系の研究室があった。マイニングの学科に流体のテーマが残っていたのは、坑道内での通気を研究していた名残だろう。学生も3年次までに石油や鉱物など天然資源に関する基礎科学はもちろん、一般的な土木工学、機械工学の両方の基礎も学ぶ。それゆえ工学部の中で最も多く取得単位数が課せられて、卒業条件をクリアするのは結構大変だった。4年次で卒論テーマを選び、古賀はこの機械系の研究室に進んだ。さらにどん突きの大部屋が院生室、工作作業場兼、ホバークラフトの実験場だ。教授が長崎の重工から転身された元々造船の専門家なので、このテーマは彼のライフワークの一つだった。そういえば、BTTF2のホバーボード、この研究室で研究やっていたら…。

右手の窓から見える校舎の中庭では、採冶団応援団が演武の練習をしている。学祭のこの季節、工学部のメインイベントは学科対抗の大運動会の方だ。アイパーをかけたり角刈りにした厳めしい男たちがアイドルの楽曲に乗せて踊る振付の確認をしている。盛り上げ役のモヒカン隊も健在だ。とても最高学府の学生とは思えないイカれた愚連隊連中にしか見えない。知らない人が見れば悪趣味のハロウィン仮装準備?と思ったかも知れないが、これが彼らたちの秋の風物詩。

研究室の前に立つと人の気配がない。奥の大部屋から賑やかな声が聞こえる。そーっと扉を開けると、奥の院生室に人が集まっているようだ。テレビから流れる音声から日本シリーズを見ているようだ。1985年は初の日本一がかかった阪神と西武戦。

その手前、ホバー実験装置の傍では橋下と研輔先生が談笑している。橋下は大学院進学組、研輔先生はこの研究室OBで市内の工業大学の先生だ。松嶋研究室とは共同研究をしていたので古巣へ時折姿を見せる。彼が楽しげに先日あった事を話している。
「先週学会で東京に出張した時にくさ、駅のホームで後ろから『研輔せんぱーい』って女性の声がすると。振り向いたら誰やったと思う?宮崎美子ちゃんよ。『おーっ、久しぶり―』ってなって。」
「へえーっ、そぎゃんことがあったとですか。」と橋下。



今はクイズ番組の常連としてお見受けする女優の宮崎美子さん。古賀とは入れ違いでこの大学の法学部を卒業されたが、在学時代、篠山紀信の撮った彼女の写真が「週刊朝日」の表紙を飾り、あの衝撃的なミノルタカメラのジーパン脱ぎ脱ぎCMで時の人となった。女子大生ブームの火付け役ともなり、その後も古賀が在学中に教育学部の斉藤慶子さんが有名になって、なんで田舎の地方大学から?と不思議に思った人も多かったと思う。法学部の宮崎先輩が何故、工学部の話題に上るのか。どうも研究室の先輩に彼女と仲の良いお友達がおられたようで、ちょくちょくこの松嶋研究室に出入りしていたという。時にはつなぎを着て実験も手伝っていたという”研究室伝説”を古賀は聞いたことがある。そんな話もあってその先輩と宮崎さんの仲が噂となり、教授が女性週刊誌の取材を受けたと語り草になっていたが、実際のところ彼氏は別の学部にいたとかいなかったとか。

「あのー何か?」
院生室からトイレに出て来たラガーマン、河中が不審な男に声を掛けた。
「あっ、どうも。勝手に入って来てしまい失礼しました。私、大東亜経済の水島と申しまして、この研究室に在籍する古賀佑介の叔父でございます。」
と言って、今朝水島からもらっていた名刺を彼に見せた。こんなところで名刺が役に立った、と佑介は思った。
「古賀の叔父さん?古賀なら会社の面接で神奈川に行っていますけど。」と差し出された名刺を不思議そうに見つめた。
「水島浩平?うちの同好会の後輩と同じ名前だなあ…」
(あいつ、河中の知り合いだったか)
「存じております。今、私の自宅に泊まっていますから。」
「あっ、そう言えば、親戚の家に泊まるとか言ってました。で、古賀の叔父さんがこの研究室に何か御用で?」
「ええ、実は別の取材のために熊本に出張で来たのですが、佑介が自分の大学の研究室がユニークなので一度見に行ったら?と勧めてくれましてね。今、編集を担当している雑誌の中で全国各地の大学研究室探訪というシリーズを組んでいるのでひょっとして記事に使えないかとお邪魔した次第です。」
「えっ、じゃあうちの研究室が大東亜経済に紹介されるんですか?」
「いや、まだ決まった訳じゃないんです。少し下調べをしてみて、面白そうであれば改めて正式に取材申し込みをさせていただきます。」

「なんや、なんか騒がしかね。」
奥の院生室から研究室の学生たちがぞろぞろと出て来た。翌年新設された博士課程に進学予定のM2の梶原が真っ先に出て来た。おかっぱ頭で、ちょっと向井万起男氏の風貌にも似た、見た目も行動もユニークな男だ。この頃日本の大学や企業では、パソコンと言えばPC-98シリーズというDOSマシンが席巻していた時代。梶原もその製造メーカー、NECに憧れ就職先に考えていたが、教授から大学に残るよう慰留され、結局この研究室を引き継ぐことになる。古賀が一番世話になった先輩で、卒業後も折に触れ、連絡を取っていた。その横には梶原の同期、翌年マツダに就職し、革新的なエンジンの開発にも携わった久藤が「誰だこいつ」と言うようにいつものクールな視線を古賀に向けている。ちょうどそこへ大谷助手が月曜日の実験打ち合わせのために部屋に入って来た。大谷は後年、新しい風力発電装置を開発、博多湾で実証実験を続けながら再生可能なエネルギーの実現に挑戦している。古賀が皆に紹介され、河中が“水島”の話を説明すると、そういうことならと先の研輔先生がホバーの研究内容を、大谷先生が古賀の研究テーマでもあった収束衝撃波生成技術の概要について簡単に説明をしてくれた。

BTTF Flux Capacitor
from "BTTF"ⒸUniversal Pictures

電気エネルギーを極めて短い時間の間に放出すると、瞬間的に大電力を発生することができる。例えば、100Wの電球を100秒間点けると10kJの電気エネルギーを消費するが、同じ10kJの電気エネルギーを貯めておいて100ns(1000万分の1秒)といった極めて短い時間で一気に放出すると、そのパルス電力は100億Wとなり、日本で使われている全電力に匹敵する。このような瞬間的に発生する巨大なエネルギーのことをパルスパワーと呼ぶ。ちなみにBTTFではデロリアンがタイムトリップに必要な電力が1.21ジゴワットと言っているが、これは脚本家が1.21ギガワットと間違えた値。1.21GW=12億Wということはパルスパワー的には意外に大した電力量ではない。このようなパルスパワーが作用した物体や空間の中では、超高圧、超高温、超高密度の極限状態が瞬間的に発生している。こういう状態下では、常識では考えられないような現象や反応が生じている可能性があり、新発見や新技術につながるかもしれないという訳だ。同じようにこの研究室でも少量の火薬を円筒状に装填した小型容器を圧力容器内に密閉することで内側へ爆発させ、円の中心部へ収束する衝撃波の慣性力によって、瞬間的に極限状態を作り出す研究を行っていた。古賀はもちろん知っている内容だが、初めて聞くようなそぶりを見せるのは辛い。

「皆さん、もう就職先は決まられたのですか?」佑介が話題を変える。
「古賀と同じで、会社の面接は皆これからです。」と重盛が切り出す。
「こいつは来週日産受けるとです。ついでに東京モーターショーを見に行くっちゃもんね。Be-1ショップでTシャツ買うてきてくれんね。」と河中が横から割り込む。
(そうそう、重ちゃんは日産に就職したんだった。)
「重盛も『僕の日産を見て下さい』とかCMに出るっちゃろうか?」と誰かが口を挟む。
「またGT-R出してくれんかなあ日産。矢沢の永ちゃんとかCMに使って『Rock’n Roll Nissan』とかな。」ケンメリスカイライン乗りの河中が冗談を飛ばす。
(こいつ、ある意味予知能力あるな。)

”やっちぇえ”NISSAN
ⒸNISSAN Motor

「君は?」とその河中に質問する。
「航空整備士目指してます。前から飛行機やりたくて。全日空を受けようと思ってます。」
(こいつとはタイガースが日本一になったこの年、顔をトラ色に仮装して夜の市内を自転車で走り回るというバカをした仲だ。就職先JALじゃなくてよかったよな。まあANAでも大変みたいだけど。)

バカ野郎

「私は松下電器に内定をもらってます。」といつも冷静な清武。
「CDとか新しいオーディオ機器が誕生しているし、これからはアナログからデジタルの時代です。このパソコンのモニターも全部液晶になるんでしょうね。そういう新しいAV技術の研究開発をしたいです。」

確かに新しいIT産業の潮流に関する彼の読みは正しかった。半導体のようにモノづくりで日本がアメリカの花形産業を駆逐したように、その後日本も同じように新興国から叩きのめされることは誤算だったが。ソニーやパナソニックが過去の輝きを失い、シャープがそのブランドアイデンティティだった液晶技術を手放そうとするなんて、この頃の日本人は誰も想像できなかった。歴史を真摯に学べば、歴史は繰り返すと日本の将来リスクも想定はできたはずだがバブル景気が完全に日本を油断させた。アメリカは失敗の教訓から新しいビジネス、新しいブランドを生み出し再生したが、一方の日本は不毛の20年を過ごすことになる。ちょうどこの時代、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズたちは、ここにいる学生や先生たちよりも、はるか先の未来を見ていたのだ。基本的な技術は既に世に出ていたが、佑介自身も当時インターネットや携帯電話が当たり前になる世界を全く予想できなかった。未来を見つめる創造力と、技術の前にコンセプトの重要さを痛感した古賀であった。

「君たちは?」再び佑介が別の学生に質問する。
「俺は東芝です。」「俺は九州電力。」中野と大久保が答える。
二人とも希望通り就職したが、中野はその後原子力事業に携わり、現在アメリカに駐在している。ウェスティングハウス買収の尻拭いに忙殺されていると聞く。大久保は再生可能エネルギーに取り組んでいる。九電も経営安定化のために原発は必要と川内発電所を再稼働させたが、電力小売り自由化に伴って経営環境は厳しさが続く。事実上原発の再稼働はあり得ず、その原発事故の後処置に莫大な費用を要するにも関わらず、多額の税金投入で手厚く保護されている東電が大幅黒字という異常さとは対照的だ。

そして橋下と岸本、そして西川の大学院進学組。佑介は西川の顔を見た瞬間、動揺を隠し切れなかった。この15年後、ガンで急逝したこの男の爽やかな笑顔を正視できなくなったのだ。彼から視線を逸らすと、見覚えのない男が一人こちらを見つめている。いや、監視していると表現した方が正しいかもしれない冷静沈着な表情。黒いタートルネックのその男と目が合った古賀は、その眼光の鋭さに背筋が冷たくなるのを覚えた。
「誰だ?あんなやつ、研究室にいたっけな?」

地方大学のこんなマイナー学科にも、1985年当時はバブル景気の波が届いており、大手企業からの求人もそれなりに来ていた。メーカーに就職する者、教職に就く者、スタート地点では皆希望に満ちた顔をしている。それぞれ思い描いた自分になれたかは人それぞれだが、その後の日本の産業界の低迷とともに、各々の立場で彼らが苦労を味わうことを知っている古賀は、皆に何か言葉をかけてやりたかったが、結局何も言えなかった。そういう俺は理想の自分になれたのだろうか、と古賀は己の30年を振り返った。



しばらく雑談をして、その場は自然解散になった。土曜日ということもあり学生たちは再び日本シリーズを観戦し始めた。大谷先生から是非教授に会うよう促されたが、もう少し学生の話を聞きたいと、後で挨拶に行くことを約束した古賀は次の行動に移す。

「梶原さん、ちょっとよろしいですか?」
「えっ、何か?」
「ここではちょっとお話しずらいので、別の場所で構いませんか?」
「?じゃあ、隣の学部生の部屋へ行きましょう。今は、誰もおらんはずだし。」

パーフェクトカンパニー

部屋に入ると見覚えのある自分の机があった。机の上には今井功の「流体力学」やメカトロニクスの専門書、雑誌の「ベストカー」に混ざって「パーフェクト・カンパニー~偉大な企業は完全を追求する」(ケン・オーレッタ・著 、稲盛和夫・監訳、徳間書店)が無造作に置かれていた。「パーフェクト・カンパニー」は、“影の石油メジャー”シュルンベルジェ、謎多きこの多国籍企業について、未だに日本語で読める唯一の書籍だろう。古賀は数年前、この企業に勤務するOBが大学訪問した際に話を聞いて興味を持った。世界中を東奔西走する大先輩の活躍に、海外志向の強かった古賀は魅力を感じた。“フィールドエンジニア”という言葉も、彼の琴線に触れた。その後、この本を偶然書店で見つけたのも何かの縁。タイミング良く日本法人がこの’85年に神奈川に設立され、就職活動に行ったのだ。当然面接は英語。語学力には当時自信がなかったが、何とか採用された。

「で、用件は何でしょうか?古賀に何かありましたか?」先輩は心配そうに尋ねた。
佑介はゆっくりと先輩の顔に自分の顔を近づけると、
「先輩、古賀です。古賀佑介です。」と小声で話した。
一瞬たじろいだ梶原が「えっ、古賀は今神奈川で、あなたは古賀の叔父さん…」
「僕がその古賀本人です。」と再び絞り出すような声で遮った。
「何かの、冗談、ですか?」
「覚えていますか?先輩を初めて女子大との合コンに連れて行った日のことを。」
「えっ?」
「女性技官以外、女の人とろくに口をきいたこともない先輩が女の子に手を握られて、急に『息が苦しい、心臓が痛い』って2次会逃げ出して、深夜この校舎の横で倒れた先輩を介抱したのは俺ですよ。」
「な、なんで、それを…」
と、急に一人の学生が部屋に入って来ると、顔を近づけている二人の男性の異様な雰囲気に、
「失礼しましたー」と再び出て行ってしまった。

「やっぱりここじゃまずい。場所を変えましょう。そうだ、近くの煉瓦亭がいい。」
「えっ、何で煉瓦亭を知っとうと?」
「だから、古賀なんです。未来の。」と佑介は声を荒げた。
梶原は訳のわからないまま外に連れ出された。



煉瓦亭は資源・金属棟に近い裏門から歩いて2、3分のところにある喫茶店。昔ながらの落ち着いた内装。食事もできるので、この学生街ではランチ時にも重宝されていた。中に入ると、なるべく奥の目立たない席に座った。アルバイトの女の子が注文を取りに来た。「あっ」と思わず古賀は声を上げた。名前は忘れたが、彼女は当時ここで働いていた熊大生でアパートの大家が営んでいた食堂でもバイトしていたから良く覚えている。目鼻立ちの整ったちょっと南国風のエキゾチックな顔立ちの美人だ。土木系研究室の谷山が部長をしていた映画研究会の後輩で、資源開発工学科名物、夕方6時から翌朝6時まで続く飲み会に、ある時何故だか谷山から呼び出され、夜遅くまで野郎たちの宴会に付き合わされていた時は本当にかわいそうだった。完全にパワハラ。改めてかわいい娘だとわかって、あの頃レイトショーの映画にでも誘えばよかったなと、マジマジと古賀が彼女を見ていると、怪訝そうに、
「何か付いています?」
「えっ、いやっ。ホットコーヒー2つお願いします。ねっ、いいでしょ、先輩。」
若い学生に向かって先輩と声をかける白髪混じりの中年男性に、彼女は不思議そうな顔をした。梶原は未だに状況が理解できず、無言のまま首を縦に振った。
「ホットコーヒー2つですね。かしこまりました。」

「ドッキリか何かか?その髪はかつらや?」
「いや、地毛です。」と髪を引っ張りながら、
「苦労も多かけん、この通り真っ白。信用してもらえんやろうけど、俺は数時間前まで30年後の横須賀におったとです。」いつの間にか九州弁に戻ってしまった佑介。
「そんなん、ある訳なか。」
佑介が店内を見回すとここでも日本シリーズをテレビで放映している。
「ランナーは1、3塁。3塁ランナーは真弓、1塁ランナーは弘田。0対0、8回の表、バッターはバース。マウンド上は工藤、カウントは2-2。第4球を投げた。直球はファウル。」と実況中継が流れている。
「梶原さん、見とって下さい。この後バースは左翼スタンドに3ラン。この試合3-0で阪神が勝って、シリーズも4勝2敗でタイガースが初の日本一になるとです。」
数秒後「第5球を投げたあ。カーブを打ったレフトへ、レフト大きい。レフトずーっとバック。レフトバック、ホームランか、入ったか、入ったホームラン!」
「えっ…」
「だからこの試合、俺30年前に見とうもん。」



信じられないという顔をしている梶原に、古賀は決定的な証拠を見せる。バッグの中からスマホを取り出した。いきなりそれを先輩に向けるとカシャっと一枚写真を撮った。
「これ、30年後のカメラ機能付き携帯電話。こんな薄っぺらい機械で写真が撮れる訳ないと思ってるでしょ。ほら、先輩の顔写真。これ1枚でフロッピーディスク1枚分の容量。でも、このマシンに写真1万枚くらいは保存できるとです。一般向けのデジタルカメラが販売されるのが今から5年後の1990年だから、こんなもん普通の人間が持ち歩けるはずもなかでしょ。」
「あ・う?」梶原はその“カメラ”をマジマジと見つめて言った。
「あっ、auね。これは俺が契約している携帯電話会社の名前。今年NTT、いや電電公社が民営化されたけど、もう電話・通信事業は電電公社の独占じゃなかです。30年後の世界は黒電話もなくなって、老若男女、小学生までもがいろんな会社の携帯電話を使っとうとです。」
「こんなに薄く小さかもんが電話っていうとや?」
「30年後の世界ではスマートフォンって呼ばれとうと。電話機能だけやなかですよ。カメラもそうやけど、もちろん電卓やラジオにもなるし、音楽や映画、そして先輩の好きなゲームもこれで楽しめる。チャットみたいにリアルタイムでメールのやりとりもできるし、電子化された新聞や本を読むのに使っとうもん(者)もおれば、GPS機能も付いとーけんナビゲーション用の地図にもなる。CPUの性能は、今先輩が流体計算に使っている大学の大型計算機より断然速かです。でも何よりも変わったとは、世界中が情報ネットワークで繋がっていて、この無線端末から世界中のコンピュータにアクセスできるってとこかな。これで買い物もホテルや電車の予約も、百科事典のようにあらゆる言語で情報検索もできてしまう。パソコンが文字通りパーソナルコンピュータになったのは当たり前の時代で、この小さかマシンがその生活パソコンにとって代わろうとしとう。」
「30年でそんなに変わったとや…」梶原はまだ佑介の話を咀嚼できない様子だった。

テレビ中継されていた日本シリーズも終わり、しばらく2人の間に沈黙が続いた。再び口を開いたのは佑介だった。
「変わったといえば変わったけど、本質的にはあんまり変わっとらんですよ。確かに大学の建物は高層化されたけど、この辺の街並みも驚くほどの変化はないし。学生は授業中もこのスマートフォンばっかり見て、友達との忙しないメール交換で無駄に時間を潰しとうし、まあパチンコや麻雀みたいなもんかな。」
「そうか…。ところで俺も含めて、30年後皆元気にしとうとやろうか。」
一瞬、西川のことが脳裏に浮かんだが、
「まあ元気にしとうよ、みんな。ただ俺がこの世界に来たことで、彼らの未来にも微妙に変化が生じるかも知れんけど。」と佑介は答えた。
「そうや古賀、なんで30年後のお前がここにおるとや?タイムマシンも出来たとか?」
「そこまで進歩はしとらんし、それを聞きたいのは俺の方ですよ。」と今朝からの出来事を先輩に詳しく話した。

「先輩が超常現象とかにも興味を持っていたことを思い出して、俺がタイムスリップした原因と、元の世界に戻るヒントが得られないかって研究室を訪ねたとです。トリッキーな設定を作ってね。昔先輩と話をしたことがあって、松嶋研の実験、毎週のように爆薬や大電流使って、パルスパワーの場を作っていた訳だから、これって時空間の破れとか歪を発生させたりはせんのやろうかってね。ひょっとすると、この周辺のどこかに時空の扉が出来ているのかもしれない。」
「荒唐無稽な仮説やけど、現に未来の古賀がここに来とる訳やし、パルスパワーが時空間に何らかの物理的作用を及ぼしたのかもしれん。それにしてもなぜ横須賀と熊本なのかという因果関係も謎やな。」
「横須賀の防衛施設となんか関係があるとか。俺の自宅周辺って、新しい艦船が配備されると通信機能が効かなくなること多いんだよな。何か秘密の地下施設があるんじゃないかという噂もあるし。そうそう、俺とカミさん、米軍基地の上空で多数の球型UFOを見たこともあると。」と佑介の話がいよいよ怪しくなってきた。
「古賀、結婚しとうとか。」
「俺でもね。人並に、でもないか。30年後は。子供も2人。」
「俺は相変わらず独身なんやろうな。」
(いやいや、彼も恋愛結婚して2人の子持ち。当時は初心(うぶ)だったが結構やることはやっている。先輩の心臓に悪いから言わないが。)

「もうじきスピルバーグの作った『バック・トゥー・ザ・フューチャー』って映画が大ヒットするんだけど知っとうですか?主人公の高校生と科学者が、デロリアンを改造したタイムマシンで、過去と未来を行ったり来たりするストーリーで、テーマは『未来は自分で変えられる』っていかにもアメリカ映画らしいポジティブメッセージなんやけど、俺の未来観はちょっと違うとです。未来に起こることって、能動的には変えられない確率的なもんやなかかって。さっきバースがホームラン打ったばってん、彼はきれいにミートさせて一人返すより多分一発を狙っとったと思います。きっとこのコースに変化球が来るって山をはって思いっきり振ったとです。狙ったコースに来るか来んかは確率の問題やなかですか。もちろん投球コースを読むのも打者のスキルや経験によるところも大きいけど、ひょっとしたら予想が外れたかもしれん。当たったからバースが阪神の歴史を変えたヒーローとして称賛されたけど、外れて三振かゲッツーにでもなっていたらもうボコボコでしたよ。そんなもんです、未来の結果なんて。」
「確率的なふるまいは量子世界だけやなかと?」
「そう。マクロな現実社会の事象も確率的に決定されている。人生なんて、二者択一を迫られる連続で、俺たちは毎日サイコロを振っとる訳ですよ。で、そのサイコロの目によって未来は逐次変わっていく。」
「でも選択の決断を下すのは自分であって、神様の気まぐれやなかばい。」
「本当にそうやろか。自分の下した決断で未来は決まっていくと思ってるだけで、実はどっちを選択しても結果は大差ないのと違いますかね。それこそ確率論で言えば、未来へのルートは星の数ほどあるから、自分の人生にはいろんな可能性があるのかもしれんけど、初期条件や境界条件が一緒なら、案外最後に行き着くところは同じなのかもしれん。プロセスが違うだけで。ゴールは最初から決まっていて、その刻一刻と変化するプロセスを楽しんだり悩んだりするのが“生きる”ってことやなかですかね。」
「川の流れに身を任せ、ちゅうことか。」
「身を任す、って言ったらなんだか他責のようにも聞こえるばってん、自分で決断を下したところで、川の両岸を行ったり来たりしとる程度じゃなかろうかって。球磨川からアマゾン川のように行きたくても行けんところもある。運命に従うと言うとちょっと科学的やないけど、俺はここの研究室で流体力学を学んでから、この流れのたとえは結構しっくりくるとです。じたばたしても始まらんという別の意味合いもあります。昔役員への企画書プレゼンで思い悩んでいた時、上司が言うたとです。悩んだところで気が付いたら全て終わってる、ってね。その時、俺は下流に進むことを恐れて川上に向かってオールを漕いどった訳です。確かに物事はいつかは終わる訳やし、失敗してもまだそこから考えればよか。そう考えると急に気が楽になって。」
「よか上司に恵まれたな。」
「ええ。」

NS方程式
http://saito-art.com/blog/blosxom.cgi/art/xgraffiti/navier-stokes.htm

佑介はこれからの”未来を思い出し”ながら、少し間を置いて続きの話をした。
「未来が確率的に決まっているというのは、人間の寿命を考えると自明やと思うんですよ。寿命の長い短いは自分の力ではどうにもコントロールできん。健康的な生活を送っていても病気で早く亡くなるかもしれんし、不摂生な生活を続けていても長生きする奴もおる。人間の体は常にガン細胞が発生と消滅を繰り返しとるらしいけど、ここで飲んだコーヒー一杯で、自分の中のガン細胞が増殖し始めるかもしれないし、逆に増殖を抑えるかもしれん。一つ一つの行動が、確率的にその人の身体に影響して、寿命は決定づけられるんじゃなかかと。でも無限のサイコロ振りの結果としての寿命だから、病気になっても何が起点で何が決定因子だったかなんて誰にもわからん訳ですよ。それに不幸にも事故や災害で亡くなるなんて、もはや確率的な因果関係でしか説明できんでしょ。」
「30年の間になんかあったとや?大きな自然災害とか、誰か知っとう奴が死んだとか。」
「…それは言えません。」
少し顔を曇らせた佑介の表情を見逃さなかった梶原は、
「お前も嘘がつけん男ばい。」と呟いた後、佑介にまた疑問をぶつけた。

「さっき、初期条件や境界条件が一緒ならってお前は言うたばってん、それって生まれながらの先天的要因とか、後天的な環境因子のことやろ?障害を持って生まれて来た子どもは皆、同じような人生を辿るということか?」
「そうやなかですよ。外的要因もある確率で発生するから、そのチャンス、あるいはピンチによってゴールが大きく変わることもあり得る。可能性はあるっちゅうことです。でないと誰も未来に希望がもてん。ヘレン・ケラーで言えば、その外的要因はサリバン先生です。彼女との偶然の出会いがなければ、ケラー女史がどんなに努力してもあんな偉人にはならんかったかもしれん。ただ30年後の俺の世界はわずか1%の人間が世界の富の半分を握っとうとです。その富裕層の子供たちが十分な教育を受け、クローズされたネットワークの中でまた富裕層となるスパイラルな支配構造やから、ある意味初期条件や境界条件が層によって固定化されつつあるとです。富裕層はチャンスに恵まれとうけど、貧しい層にとっては外的要因によって大逆転が起こる確率が極めて低くなった。本当に『未来は自分で変えられる』っていう希望すら持てなくなってきたとです。そういう風に世界が変わったとは、俺たちが卒業した頃、80年代後半。ちょうど昭和から平成に変わる頃からかな。」
「えっ、昭和はもうじき終わるとか?次はヘーセー?」
「あっこれ、オフレコね。」

「でも未来の古賀がここにおるということは、『未来は自分で変えられん』というお前の説を根底から覆すと思わんか?未来を知っているお前か、その未来を教えた誰かが株で大儲けすることも可能やろうし。」
「先輩、株で儲けたいですか?確かにその事実を受け入れると訳がわからんごとなる。そういうことで『未来は自分で変えられる』ってことも納得いかんし。ただ俺がこの世界にタイムスリップしてきたのは事実やし、この外的要因で俺のいた世界の時間軸とは別な軸で、”こっち”の世界の時間が進み始めたかもしれん。だから自分の知っている未来にはならずに株で損するかもしれんのかなあ。あっ、今ふと思ったんやけど、俺みたいにタイムスリップしている奴が他にもいたとしたら…。そいつらが事業や株、発明で大儲していた、とは考えられませんかね。」
「誰もが知っとう有名人が実は未来人だった、てことか。」
答えの出ない延々と続く議論は楽しかったが、佑介が元の世界に戻るための解決策が見いだせぬまま時は過ぎ、2人のコーヒーカップも空になっていた。
「おかわりはいかがですか?」
さっきの南国風美人のバイト生が尋ねた。

煉瓦亭
http://www.geocities.jp/kumamotonba2/rengatei_kurokami.htm

「ところで先輩、研究室にいた黒いタートルネックの学生は誰です?」
「えっ?お前のテーマの面倒見ているM1の黒田じゃなかね。黒田雄一。まさか忘れたとか?」
「黒田?」(佑介には全く覚えのない名前であった。)
「防大から来とる黒田君ばい。本当に記憶のなかか?」
「防大生?」
古賀のいた2015年の世界では、安保法改正の影響なのか防衛省による軍事技術の研究公募に、岡山大や東京工業大など16大学が応募したことが最近ニュースになっていたが、確かにこの頃、熊大や筑波大は防大からの学生を大学院に受け入れている軍学共同体だと“左方面”の団体による大学を糾弾するビラがよく学内で配られていた。教授は「俺だったら世間知らずの防大生を逆に教育しなおしてやるがな。」と豪語していた。しかし、佑介が松嶋研に在籍したこの年には、防大からの院生はいなかったはず。いよいよ俺も認知症?いや、絶対に会ったことのない人物だと佑介は確信していた。

(じゃあ、一体あいつは誰なんだ?)
と突然、鳴るはずもない佑介のスマホの着信音が店内に鳴り響いた。驚いた佑介は慌てて外に出て、相手を確認するとなんと“水島浩平”からのコールだった。

To Be Continued(勢いで書き始めたこの話、どうやってクローズさせようか)

※この記事はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

追記)最近テレ朝のタイムスリップドラマ、「サムライせんせい」にちょっとはまってます。神木隆之介演じる坂本龍馬が面白い。本当は美しすぎる比企愛未さんが目当てなんだけどね。

[参考・引用]
[1]熊本大学工学部研究資料館、熊本大学ホームページ、
http://www.tech.eng.kumamoto-u.ac.jp/kenkyushiryoukan/info_02.html
[2]特集:バック・トゥー・ザ・フューチャーが大好き!、ケトル、vol.24、2015年4月、太田出版
[3]講義No.05124 強い瞬間的な電気エネルギー・パルスパワーの可能性とは?、勝木 淳、夢ナビ、
http://yumenavi.info/lecture.aspx?GNKCD=g005124&OraSeq=64&ProId=WNA002&SerKbn=Z&SearchMod=2&Page=1&KeyWord=%E3%83%AA%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AB
[4]広がる「九州電力離れ」 電力販売17カ月連続前年割れ、長崎潤一郎、朝日新聞デジタル、2015年10月30日、
http://www.asahi.com/articles/ASHBX551GHBXTIPE01N.html
[5]東京電力、経常利益3651億円で過去最高益 中間期決算、燃料費低下が奏功、産経新聞、2015年10月29日、
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151029-00000567-san-bus_all
[6]影の石油メジャー 知られざるシュルンベルジェの実像、Stanley Reed、Bloomberg Businessweek、日経ビジネスONLINE、2008年1月17日、
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20080116/144657/?P=1
[7]1985年の日本シリーズ、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/1985%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA
[8][1985年]電電公社からNTTが誕生,網につながる端末も自由に 自由化で競争時代へ突入、松本敏明、日経コミュニケーション、2008年1月15日号p.84、
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090324/327122/
[9]無人機、サイバー技術など軍事可能研究に岡山大、大阪市立大など16大が応募、産経WEST、2015年9月22日、
http://www.sankei.com/west/news/150922/wst1509220040-n1.html
スポンサーサイト
[ 2015/11/08 18:16 ] movies/クルマと映画 | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://ehonkuruma.blog59.fc2.com/tb.php/642-06707be0