修学旅行

息子が今日から日光へ1泊2日の修学旅行である。今日は横須賀で仕事だったので、朝集合場所のJR駅まで送って行ったが、なんだかとても楽しそうだった。それはそうだろう。卒業を控えた小学6年生にとって最大のイベント。楽しくないはずがない。私も41年前、前日からソワソワ、ワクワクだった修学旅行を昨日のことのように思い出した。というのも、前に実家へ帰省した際、当時自分が書いた修学旅行記を見つけたからだ。自宅へ持って帰ったその旅行記を、今改めて読み返してみる。

親が良く残しておいたものだ。修学旅行は、昭和49年(1974)5月14日~15日。当時住んでいた北九州市小倉から北九州道路、九州自動車道を通って熊本市、阿蘇を経由して九重で一泊、翌日はやまなみハイウェイに乗って別府に立ち寄り、小倉に戻るというコースだ。

修学旅行記1

熊本では大洋デパートの下りがある。そう、前年の11月、100名を超す犠牲者を出した大洋デパート火災があったからだ。大惨事のあった現場を見つけて騒ぐところが子どもである。その前年には大阪・千日デパート火災もあって、この頃は悲惨な事故が続いていた。今の中国とたいして変わらない。多くの犠牲と反省があって現在当たり前のように安全が確保されていることを今の若い人はわからないだろうなあ。

修学旅行記2

宿泊先の九重西鉄観光ホテルのことは事細かに書かれている。やはり修学旅行で一番楽しい思い出は友達とのお泊りだろう。夕食後の風呂がとても気に入ったようで、クラスメイトたちと一番最後まで入っていたと書いてある。強烈に記憶に残っているのが、この後のお楽しみ会。担任ではなかったが、3、4年時に担任だった当時学年主任の先生の様子がおかしい。会も終盤になって、彼は突然パンツ一枚になって、裸踊りを始めた。上戸の先生は夕食で酒を飲み過ぎたのだ。組合活動に熱を上げていたちょっと“あれ”な先生ではあったが、担任の頃はそれなりに影響を受け尊敬できる先生だっただけに、この醜態にはびっくり。写真にもしっかり撮られて今ならFBかツイッターで大炎上だったろう。

もちろん僕らが寝床で騒いで眠りについたのは深夜0時頃。酩酊した恩師は裸で廊下に座っていたと記録にある。

意外にも家族やご近所への土産を買うのに結構悩んでいた様子が面白い。最後は「生まれてはじめての修学旅行。ほんとうに楽しかった。修学旅行のことは一生心に残るだろう。」と締めくくっている。いつも9時には就寝する息子は、もう寝ただろうか。たくさんの思い出を作って、明日帰ってくる。

修学旅行記3
けっこう挿絵に拘った旅行記だった
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