Alles über Autos

Alles über Autos

まさかこんなことで、この絵本を紹介することになるとは想像だにしなかった。今日紹介するクルマの絵本は“Alles über Autos(くるまのすべて)”(Andrea Erne・文、Wolfgang Metzger・絵、Ravensburger)というドイツのポップアップ絵本。ジグソーパズルやボードゲーム、児童書など紙で子供たちを楽しませてくれるRavensburger社のWieso?Weshalb?Warum?(なぜなぜ)シリーズ第28巻、4-7歳向けの挿絵が美しい学習絵本だ[1]。Wieso?、Weshalb?、Warum?はどれも英語のWhy?に相当する独語だが微妙に意味合いが異なる。Warum?は最も一般的な「なぜ?」でイコールWhy?。Wieso?はWhyよりHowに近く「どのようにして、あるいはどのような手段でそうなるの?」といったその原理や方法へのなぜ、Weshalb?は「何のためにそうなるの?」といったその目的へのなぜといったニュアンスを含むようだ[2]。まるでトヨタのなぜなぜ分析のような、いかにも洞察力の深いドイツ人らしい語彙のバリエーションだが、そのトヨタが2015年上期に販売台数で世界一の座を譲り渡したフォルクスワーゲン(以下VW)[3]のGolf5が表紙を飾っているように、飛ぶ鳥を落とす勢いのVW社とVWグループのテーマパーク、アウトシュタット(Autostadt)を運営するAutostadt社[4]がこの絵本に全面協力している。しかしご存じのようにVW社は今とんでもないことになっている。

Alles über Autos その1
ページを開くとWozu brauchen wir autos?(なぜ私たちは車が必要なのでしょうか?)から始まる。たくさんのお客さんがVWのクルマたちを見入るごく普通のディーラー風景。(“Alles über Autos”より)


米環境保護局(EPA)が、ドイツの自動車大手VW社に2008年以降に米国で販売した50万台近くの乗用車で排出基準の規制逃れを図った疑いがあると発表したのが先月の18日[5]。その後、米国だけでなく欧州でも不正操作があったことをVW社は公式に認め、対象車も全世界で1100万台に上るという[6]。現在はドイツ検察も捜査に乗り出し、家宅捜索を開始しているとのこと。今後は今回の不正がどこまで組織的なものであったかということと、他社にも同様の不正がなかったのかが焦点となりそうだ。

Alles über Autos その2
ビートルからゴルフへ。世界的大衆車ワーゲン・ビートルは1978年に本国での生産を終え、ゴルフにその役割が引き継がれた。その30年後は表紙を飾る進化した5代目ゴルフVが世界中を駆け巡る。欧州では2008年まで販売されたこのゴルフVは、今回の不正対象車種に入っているのか?(“Alles über Autos”より)


環境政策の優等生であるドイツにおいて、名門VW社もまた、環境技術で模範となる企業だというイメージがあった。前回の東京モーターショーでも環境対応に関してはソツのないプレゼンで、逆に面白みのなさを感じたくらいだった(今月末に始まる今回の東京モーターショーでは何を語るのだろうか)。でも日本ではVW“信者”といわれるくらいワーゲンに心酔されている方も多く(特にモータージャーナリストかな)、自動車雑誌を読んでもVW車に辛口採点する人はあまり見かけない印象がある。大学時代の指導教授もこの“信者”の一人で、初代か2代目のシロッコオーナーだったし、知り合いにもワーゲンかアウディにしか乗らない人もいる。当然国内の輸入車市場ではVWがトップブランドだと思っていた。

Alles über Autos その3
本書に描かれた自動車ブランドの数々。我が国のH社やN社は無視されている!(“Alles über Autos”より)


ところが調べてみると、確かに昨年度はVWがNo.1ブランドだったが、今年度の上半期ではメルセデス・ベンツに逆転をされていて2位。登録台数の前年比でみると、トップ10の中で海外ブランドとしては唯一前年度割れをしている。グループのアウディやポルシェは昨年度より登録台数を伸ばしているから高級車が売れていると分析できるが、9月はVWブランドが既に前年比9割を下回っているので、下半期はさらに厳しくなると予想される[7]。アウディやポルシェの販売にも今後影響が及ぶ可能性もある。

2015年度上半期 車名別輸入車新規登録台数 (乗用車、貨物、バス合計)
2015年度上半期 車名別輸入車新規登録台数 (乗用車、貨物、バス合計)[7]

そもそもVW社は何をやっちまったのか。まだ詳細な捜査結果が出ていないので、これまで報道されたニュースやメディアの記事を少し整理してみる。前出のEPAが規定するTier2と呼ばれる自動車の排ガス連邦規制(カリフォルニア州にはまた別の規制がある)には規制値が11段階(Bin1~Bin11)設定されていて[8]、今回摘発を受けたのは2007年に施行されたTier2Bin5にパスしていた車が実は違法クリアしていたということだ。Bin5では排ガス中のNOxが0.044g/km以下、PM(粒子状物質)が0.006g/km以下に規制されている(規制される有害物質はこれだけではない)[8]。ちなみに日欧の規制では欧州のEuro6規制(2014)でNOx、PMがそれぞれ0.08g/km、0.005g/km以下、Euro6に先行する日本のポスト新長期規制(2009)でも同じ規制値が設定されている[9]。米国とVWのお膝元欧州と比較しても米国の規制値、特にNOxの制限が厳しいことがわかる。

尿素SCRシステム
排ガス浄化装置の一例(尿素SCRシステム)[10]

米国内で売られているディーゼル燃料の軽油は低品質でサルファ(硫黄)成分が多い。硫黄はNOx成分を取り除くための「NOx還元触媒」や「尿素SCR」といった後処理装置(排ガス浄化装置)に用いられる白金を被毒させ、装置をすぐに劣化させてしまうのだそうだ。だからクリーンディーゼルと呼ばれるものは普通サルファフリー(低硫黄)の軽油が前提で、米国でディーゼル車を販売することに各社とも二の足を踏んでいるというのだ。しかし、VWは違った。今回VWが摘発を受けたのは「Defeat Device(ディフィートデバイス=無効化機能)」と呼ばれる違法プログラムを市販車に組み込んでいたということ[11]。排ガス試験は加減速といった走行モードも決まっていて、シャシーダイナモ上で模擬走行させて計測しているのでハンドルの舵角も常に固定のはず。このようにあらかじめ試験問題も条件もわかっているので、試験をクリアするように制御するのは比較的容易と思われる。実際搭載された違法プログラムは、試験モードを検知すると前述のように硫黄によってダメージを受ける排ガス浄化装置の働きを弱めるというものらしい。結果として、実際の走行状態では排ガスに含まれるNOxの量が状況によってはEPA基準値の10~40倍に達するという。今回の問題に限らず、試験をクリアした車種でも、実走行での排ガスに含まれる有害物質が基準値を超えているというのは半ば業界の常識だったというが[12]、それはそうだろう。試験問題が全くリアルワールドに対応していないのだから。でも役人はユーザーよりも企業の利益を考えて、それを良しとする。

Alles über Autos その4
Bevor das Auto die Fabrik verlässt,wird noch einmal alles gründlich geprüft. (車が工場から出荷される前に、もう一度、すべてを徹底的にチェックします。):何とも皮肉な説明である。「工場から出荷される多くの車が問題を引き起こす。排気ガスから流れ出た有害物質が空気を汚す。」とも書かれている。今読むと重いなあ。(“Alles über Autos”より)


当然このディフィートデバイスの搭載は“まともな”国であれば禁止されている訳だが、メーカーが開発過程で性能テストのためにこの手のソフトを使うのは違法ではない。事実このソフトを開発したのは、ドイツの自動車部品大手ボッシュで、VWに対しては市販車への搭載の違法性をかなり前から文書で警告していたというから、これはかなりのアウトである[13]。そもそもディーゼルなんて見向きもされないアメリカ市場。私はその昔、日産・テラノのディーゼルターボ仕様(マニュアル)に乗っていたが、仕事先のアメリカ人にその事を話したら、「ディーゼルでマニュアルのパスファインダー(テラノの米国名)?ユー・アー・クレイジー!」と笑われる市場に、これほどのリスクを犯してまでディーゼル車を投入する目的は何なのか?私もついWeshalb?と質問したくなる。

自動車の主戦場である北米市場でのシェア争いは熾烈である。ライバルであるトヨタやホンダ、特に販売世界一を争うトヨタのハイブリットに対抗する手段としては、燃費の良いディーゼルで対抗するしかない。しかし排気浄化と燃費低減は二律背反の難問である[14]。その燃費だって、アメリカでは自動車製造企業ごとに「企業平均の燃費」を算定し、その燃費が基準値を下回らないように義務付けられているCAFE規制というものもある[15]。燃費の算出も、自動車カタログで良く目にする10・15モードとかJC08モードとか、これまたリアルワールドではない規定の走行モードで計測されるので、カタログ燃費と実走行燃費の乖離はしばしば指摘され、まさに排気規制と同じ問題を抱えている。むしろ消費者が購買動機として重要視する燃費性能でも似たような操作は行われていないのか?気になるところだ。

今回の一件で今後VWがどれだけダメージを受けるのかは想像もつかない。不正は長期にわたって続けられていたようだから悪質で、ブランドの失墜は免れず、制裁金やリコール費用も含めてとんでもない代償を払うことになるだろう。前述のように実走行での計測値が規制値と乖離していたことは既成事実だった訳だし、革新的な技術開発で排ガス浄化装置を不要にしたマツダ(「SKYACTIV」参照)でさえ、北米にクリーンディーゼルを市場投入していないのに、そんな技術を持たないVWが規制値をクリアできている時点で分かる人にはおかしいと感じていてはずだ[16]。誰も真正面から指摘をしてこなかった業界関係者やその業界に寄生するモータージャーナリストの責任も大きいと思う。言い出せなかった理由、特に欧州メーカーの置かれた苦しい立場は[17]を読むとわかる。当局の規制強化、あるいは消費者団体の監視強化につながれば、自分たちの首を絞めることにもなるからだ。

また摘発されたタイミングとその国(アメリカ)を考えると穿った見方も出来る。安全装置のリコール問題でトヨタが叩かれたのも、販売台数で世界一になった頃、今回もVWが世界一になった途端にこの摘発である。アメリカでは出る杭は打たれる法則。CIAは世界中の企業に産業スパイを送り込んでいるので、その気になればいつでも潰せる情報を持っていたに違いない。「燃料電池車のしくみ」で自動車業界におけるパワートレイン技術の浮き沈みは、エネルギー産業の興亡とリンクすると書いた。近年騒がれたシェール革命も投資回収が難しくなって一時の勢いもなくなり[18]、ここに来てお金を儲ける人たちは内燃機関=石油を完全に見切ったのではないか。そう考えるもう一つのきっかけが「自動運転」の流れである。自動運転では走る(ドライブ)・曲がる(ステア)・止まる(ブレーキ)の電動化(バイ・ワイヤ)技術が必須だ。その技術と親和性のあるパワトレはモーター、すなわち電気自動車(FCV含む)。自動運転車開発に名乗りを上げた新興勢力、Google、Apple、Teslaらは皆ベース車両がEVであり、アメリカ産業のイメージリーダーである。内燃機関を本気で潰しにかかり、次世代の自動車産業のメインストリームをこれらのアメリカ企業にシフトさせたいと考えた、そのシナリオ第一弾が今回の一件であり、次のステップは死に体のVWをGoogleに買収させる…、考え過ぎだろうか。このタイミングでトヨタは、「2050年までに内燃機関車ほぼゼロに」と発表した[19]。トヨタの情報収集・分析能力は日本政府以上だと思うので、結構あり得る話なんじゃないかと。ドイツ政府も黙って指を咥えているとも思えないので、今後は自動車の産みの国と育ての国のメンツをかけた攻防も含め、業界は大荒れになりそうな予感。

Alles über Autos その5
Wie fährt ein Auto?(何が車を動かすの?)Wie funktioniert ein Motor?(エンジンはどのように動くの?)ポップアップでクルマの仕組みを学ぶ。(“Alles über Autos”より)


本書の紹介はVW問題の記事の合間に入れてみた。非常に出来の良いこの絵本は現在も購入可能[1]だけど、本書を読んだドイツの児童が、“Weshalb VW die Abgastests manipuliert hat?(なぜVWは排気テストを操作したの?)”と質問してきたら大人は何と答えればよいのだろうか。ずいぶん難しい問題を投げかけることになった「なぜなぜ」シリーズである。

どうなる?VW
どうなる?VW[11]

[参考・引用]
[1]Wieso? Weshalb? Warum?、Ravensburger社ホームページ、
https://www.ravensburger.de/leser/wieso-weshalb-warum/ab-kindergartenalter/index.html?page=1
[2]ドイツ語に関する質問:warum, weswegen, weshalb, wiesoとwozuはどう違いますか?、QHiNative、
https://hinative.com/ja/questions/2766
[3]2015年上半期、フォルクスワーゲンがトヨタを抜いて販売台数世界一に、autoblog、2015年7月31日、
http://jp.autoblog.com/2015/07/31/vw-takes-world-sales-crown-from-toyota-for-first-half-of-2015/
[4]フォルクスワーゲンのテーマパーク、アウトシュタット、坪井由美子、AllAbout、2012年10月24日、
http://allabout.co.jp/gm/gc/400197/
[5]米当局、VWの排出基準規制逃れを指摘、Amy Harder and Mike Spector、THE WALL STREET JOURNAL.、2015年9月19日、
http://jp.wsj.com/articles/SB10063581187792594737804581241441337997546
[6]VW:欧州でも不正認める…組織的関与か、幹部4人辞任へ、毎日新聞、2015年9月24日、
http://mainichi.jp/select/news/20150925k0000m020084000c.html
[7]輸入車新車登録台数速報、JAIA日本自動車輸入組合ホームページ、
http://www.jaia-jp.org/stat/?c=stat1
[8]日米欧などにみる排出ガス規制の現状と今後、瀬古俊之、JAMAGAZINE、2008年12月号、
http://www.jama.or.jp/lib/jamagazine/200812/06.html
[9]乗用車の排出ガス規制におけるNOx(窒素酸化物)/PM(粒子状物質)の最新の数値は?、クルマ何でも質問箱、JAF、2013年1月、
http://www.jaf.or.jp/qa/others/knowledge/11.htm
[10]高精度NOxセンサーを世界で初めて商品化、日本ガイシホームページ、2008年6月11日、
http://www.ngk.co.jp/news/2008/0611.html
[11]5分でわかるVWの排ガス規制違反問題~清水和夫が真相に迫る~、清水和夫、carview、2015年9月24日、
http://carview.yahoo.co.jp/article/column/20150924-20102603-carview/1/
[12]VWのディーゼル排ガス事件がこじ開けた巨大な闇“何が不正なのか”自動車メーカーに見直し迫る、
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/264450/092400010/?P=1
[13]<VW不正>問題ソフトを開発したのは独ボッシュだった!、経済プレミア、2015年9月29日、
http://mainichi.jp/premier/business/entry/index.html?id=20150928biz00m010012000c
[14]最近の自動車の排気浄化と燃費改善に関する技術開発動向、大聖泰弘、デンソーテクニカルレビュー、Vol.11、No.1、p3-9、2006、
https://www.denso.co.jp/ja/aboutdenso/technology/dtr/v11_1/files/disseration01itp6.pdf
[15]CAFE、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/CAFE
[16]トヨタもVWの不正に抗議していた、大西孝弘、日経ビジネスONLINE、2015年10月1日、
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/093000094/?P=1
[17]焦点:排ガス不正問題、欧州ライバル勢は独VW以上の窮地に、ロイター、2015年10月6日、
http://jp.reuters.com/article/2015/10/06/analysis-vw-rivals-idJPKCN0S001D20151006
[18]シェール革命は失敗なのか、前田守人の視線、iRONNA、2015年2月12日、
http://ironna.jp/theme/155
[19]トヨタ、50年にエンジン車ほぼゼロ…環境計画、読売新聞、2015年10月15日、
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151014-00050136-yom-bus_all

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