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楽しいクルマ絵本の世界/エンスーのためのクルマ絵本ライブラリー

日産スカイラインR32 GT-R  

日産スカイラインGT-R No.12 Gr.A 1990 JTC
出典:http://mitsuru-1029.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/calsonic320612034.jpg

先日の早朝、コンビニで朝飯を購入していた時のこと。何も置いていない棚に「NISSAN Racing Spirit Rの系譜 Collection」というキャンペーン企画で、”UCC缶コーヒーBLACK無糖を2本買うとトミカサイズ(1/64)の日産スカイラインGT-Rミニカーが1個付いてくる”という広告だけが掲示されていた。全部で5種類あって、しかもダイキャストミニカーだと書いてある。もう全部売り切れちゃったのかあと思って立ち止まっていると、女性店員さんが「ご興味ありますか?」と尋ねてきた。「えっ、いやっ、まあそうですね。」と曖昧な返答をすると、「これから棚に並べます。特にこの1番人気の青いミニカーは、梱包されてきた段ボールに1個しかなくてすぐに売り切れちゃうんですよ。」と聞いてもいないのに売り込み攻勢をかけてくる。「ご希望でしたら今お持ちしますけど…」と店員。青いミニカーは、1990年の全日本ツーリングカー選手権(JTC)、第1戦をデビューウィンで飾ったグループAカー、カルソニックスカイラインGT-Rである。今回おまけについてくる5種類のGT-Rの中で唯一のR32型。これは購買欲をそそる。しかもコーヒー2缶にダイキャストミニカーが付いて220円。220円じゃ今どきトミカ1台も買えない。「あ、青いのをお願いします(汗)」

UCC上島珈琲-NISSAN Racing Spirit Rの系譜

日産スカイラインGT-R No.12 Gr.A 1990 JTC その1 日産スカイラインGT-R No.12 Gr.A 1990 JTC その2
日産スカイラインGT-R No.12 Gr.A 1990 JTC その3 日産スカイラインGT-R No.12 Gr.A 1990 JTC その4
日産スカイラインGT-R No.12 Gr.A 1990 JTC その5
缶コーヒーのおまけとは思えないほど出来の良いミニカー
作っていないタミヤのキットと一緒に
作っていないタミヤのキットと一緒に

私が大学生から社会人になりたての頃、日産自動車の「プロジェクト901」とか「901活動」といった言葉がカー雑誌の記事によく紹介されていた。1980年代はまさに今と同様、日産の国内販売シェアの落ち込みが止まらない時期で(「じどうしゃ~昭和は遠くになりにけり」参照)、起死回生を狙うべく1990年までに技術(走りの性能)で世界一になる」というスローガンの下、「プロジェクト901」が立ち上がった[1][2]。新しいZ(Z32型)やプリメーラ(P10型)もこのプロジェクトで生まれ、初めて運転したZカー、Z32は“鈍重“という印象しかなかったけど、親父が乗っていたプリメーラはキビキビしていて素晴らしかった。その集大成というべきマシンがR32型スカイラインで昭和から平成に変わる1989年に登場、そのフラッグシップモデルとして’73年のケンメリ・スカイライン(KPGC110型)以来のGT-R復活は当時話題になった。国内専売だったR32型は自主規制で280PS(馬力)に落とされていたが、日本初の300PS超え(実力値)のRB26DETTエンジン、ATTESA E-TSを搭載したポルシェばりの四駆(4WD)スポーツ、前後マルチリンク式サスペンション、スーパーHICASという電子制御式四輪操舵(4WS)機構など新技術満載で話題に拍車をかけた[3]。

GTroman 第5巻#26 その1
カフェバーromanに集う”R”バカだち(「GTroman」 第5巻エピソード#26より )

このブログでも紹介したことのあるエンスー漫画「GTroman」でも、第5巻エピソード#26 THE RESURRECTION(復活)で、この伝説のクルマが登場する。2ドアのハコスカGT-R(KPGC10型)が愛車のカフェバー“roman”のマスター沢木の店には、夜な夜な怪しげな“R”オーナーが集まって来る。そこへ仲間の一人が発売前の“新型”Rを峠で目撃したと駆け込む下りは結構笑える。それくらいクルマ好きの間ではデビュー前から騒がれていた。昨年末に鬼籍に入られた巨匠、徳大寺有恒氏が生前、唯一所有したスカイラインがR32 GT-Rだったそうだ。日産に頼んで朱色がかった赤に塗ってもらったと語っている。ホンダNSXも黒の車体に赤の内装というスペシャルをオーダーしていた徳大寺氏[4]。辛口評論の毒を消す対価なのか、彼ほどの巨匠になるとメーカーにワガママが言えるんだね。

エンスー・ヒストリックカー・ツアー プリンス&スカイライン ミュージアム編
R32 GT-Rは徳大寺氏が唯一所有したスカイライン(「徳大寺有恒といくエンスー・ヒストリック・ツアー」プリンス&スカイライン ミュージアム編より)

その昔、私もこのR32 GT-Rを東名で運転したことがある。走りのことを正しく評論できるほどの知識や経験、感性を持ち合わせないが、まず市販車でありながらレーシングカーのようなセミバケットシートが迎え入れ特別なクルマであることを演出する。アクセルをちょいと踏むと恐ろしいくらいに加速する。しかし走行安定性は抜群で、時速100km以上で運転しても地面にピタリと這りつくような安定感。一般道を50kmで走っていると勘違いするような速度感覚だった。走り屋ではないので特別とばしている訳でもないのに、追い越し車線を走っていると前方を走るクルマが100%道を譲ってくれたのも初めての経験だった。運転する前はGT-Rという名前に負けて、どれだけクセのあるクルマなんだろうかと心配していたけど、とにかく余計なハンドル操作が不要でごく自然に運転できるモンスターマシンという印象だった。クラッチ(5速マニュアルなんで)は恐ろしく重かったけど。このあとに自家用車の日産・テラノを運転したら、軽すぎるクラッチ操作に踏み過ぎて床が抜けるかと思ったくらい。

同じ頃、仕事でアメリカの大学と共同研究を行っていた。実験と打ち合わせのために米国出張に出かけた時は、学生たちが現地の自動車雑誌を持って来て、日本にはこんなスゲークルマがあるんだって?と興味津々に話かけてきた。洋の東西に関わらず当時の若者は皆、クルマが好きだったのだ。海の向こうでも話題になっていたR32 GT-R(海外では「ゴジラ」と呼ばれているそうだ)だったが、海外では直販されなかった。一説には当時の日米貿易摩擦の影響とも言われているそうだが、第2の“Zカー”にはなれなかった。しかし、誕生から四半世紀を経過した現在、このR32 GT-Rが再び海外で脚光を浴びているらしい。アメリカを中心にこの車の中古市場価格が急騰しているのだそうだ。アメリカには国内で直販されていないクルマは、製造後25年経過しないと輸入できないという「25年ルール」の規制がある。このためアメリカ人がR32 GT-Rを欲しくても手が出なかった状況が続いていた。しかし昨年、その輸入規制が解除されたという訳(TPPでクルマの輸出入はどう変わるのだろう?)。それに以前にも紹介した大ヒット映画「ワイルド・スピードSKY MISSION」でスカイラインGT-Rが活躍したことも、ブームの追い風になった可能性がある[5]。

四半世紀以上も前の日産起死回生の一手が「プロジェクト901」だったならば、現在マツダやスバルにも押され気味、特に国内でのプレゼンスをほとんど失いかけている日産反撃の狼煙が「やっちゃえNISSAN」なのだろうか。自動運転や電気自動車ではなく、マニュアルでハイパワーエンジンのR32 GT-Rが再び脚光を浴びているとは皮肉なもんである。

日産スカイライン(R32型)GT-R ポルシェ944ターボ
日産スカイライン(R32型)GT-R[9](左)とライバル、ポルシェ944ターボ[10](右)

最後に改めて日産スカイラインR32型GT-Rの基本スペックを。全長4,545mm、全幅1,755mm、全高1,340mmで最近のクルマの基準からずれば大して大きくはない。そうそう4ドア仕様はありません、2ドアクーペオンリーです。パワーユニットは2.6ℓ直列6気筒DOHC24バルブ、ツインターボのRB26DETT型エンジン。最高出力は206kW (280PS)、最大トルクは392N·m (40.0kg·m)。重量は耐久性重視のために鋳鉄製のエンジンブロックが災いしてVスペックで1,500kg[3]。ちなみにR32スカGのベンチマーク、あるいはライバルとされるポルシェ944ターボ(‘88年式ターボS)のパワーユニットは、2.5ℓ水冷直列4気筒SOHCエンジンにKKK社製ターボチャージャーを装着したM44/51型エンジンで、最大出力184kW(250PS)、最大トルク349N·m(35.6kg·m)。重量は1,400kg。駆動形式はFRで“究極のFR”と言われた。全長4,240mm、全幅1,730mm、全高1,270mmでスカイラインより一回り小さい[6][7]。

またまた、昭和バブル期のノスタルジーに浸ってしまったオッサン備忘録でした。(了)

Driving Pleasure


[参加・引用]
[1]日産901活動のウソとホント、ベストカープラスのブログ、2013年9月9日、
http://ameblo.jp/bestcar-plus/entry-11609721811.html
[2]901運動、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/901%E9%81%8B%E5%8B%95
[3]日産・スカイラインGT-R、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%94%A3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3GT-R
[4]ツアー第08回 侠(おとこ)気のあるクルマの侠気のあるミュージアム、徳大寺有恒といくエンスー・ヒストリック・ツアー、NAVI編集部編、二玄社、2008
[5]なぜ20年前の車「GT-R R32」が1年で2倍に急騰しているのか?、ZUU online、2015年9月19日、
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150919-00000002-zuuonline-bus_all&pos=2
[6]ポルシェ944ターボS(国内限定50台モデル)1988年式、エンスーの杜、2013年2月2日、
http://enthuno-mori.com/porsche/20130209porsche/
[7]究極のFRマシン“ポルシェ944ターボ”、北林茂、SPECIAL STAGE、2010年9月16日、
http://sas22crw.blogspot.jp/2010/09/fr-944.html
[8]日産自動車スカイラインGT-R 速さを徹底追及した一点突破型モノ作り、エンジニアが選ぶ!20世紀の名自動車TOP5、Tech総研、
http://next.rikunabi.com/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=001050
[9]日産 スカイラインGT-R 1989年01月~1993年01月、クルマデータベース、GAZOO.com、
https://gazoo.com/car/newcar/vehicle_info/Pages/detail.aspx?MAKER_CD=B&CARTYPE_CD=A44&GENERATION=-5&CARNAME=%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3GT-R
[10]ポルシェ 944 1985年01月~1991年01月、クルマデータベース、GAZOO.com、
https://gazoo.com/car/newcar/vehicle_info/Pages/detail.aspx?MAKER_CD=Q&CARTYPE_CD=2&GENERATION=-3&CARNAME=944
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Posted on 2015/10/04 Sun. 20:00 [edit]

category: cars/車のお勉強

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コメント

【日産R32 GTR】楽しく読ませていただきました。
ブログを拝見しあわててコンビニへ飛んでいったのですが、青いカルソニックがある訳もなく、
(お店に聞いてみたら各店に一台きりだそうです)ケンメリのRを手に取ったのですが、
作りがもう一つだったので結局買わずに帰りました。(買っときゃよかったとちょっと後悔しています)

「いよ~待ってました♪」
待ちに待ったRの登場です。
R32GTRはいまだに話題に出てきます。(当時高速でここでは言えないスピードを出したことがありますが他の国産車とは次元が違っていました「さすがGTR!」と思ったものです)
R33、R34と性能的には上がっていったのでしょうがやっぱりR32は“クルマ好き”には格別だったようです。

URL | 松岡信男 #-
2015/10/13 12:07 | edit

Re: タイトルなし

楽しんでいただけましたか。
コンビニは無理でしょうね。ヤフオクでは手に入りそうです。
ラグビーのエディJAPANの活躍を見て、当時のR32と重なりました。
一瞬でしたが日本のクルマも欧州メーカーに脅威を与えられるレベルになった、そう思える時代でした。
そこからの進化はご存じのとおり。
環境技術は確かに部分的にベンチマークの対象になりました。
それが証拠にVWは焦ってああなっちまった訳です。
ただ走る・曲がる・止まるといったクルマの基本性能や、
乗員やメカをどう配置するかといったパッケージングなど、
本質的な部分の見識はまだまだのような気がします。
バブルが日本のメーカーを勘違いさせ、そして体力も技術の伝承も奪いました。
その後各社色々あり、それぞれに奮闘したと思いますが、
現時点で一目置かれる存在は、マツダ、トヨタぐらいですかね。
モータースポーツの文化も日本では育ちませんでした。
クルマ文化そのものが90年代から育つどころか衰退しています。
車=暴走族、交通事故、渋滞、環境汚染等々、負のイメージばかりですもんね。
R32なんて、若い人から見れば過去の遺物なのでしょう。
そういう彼らに乗ってもらいたい気もしますが、マニュアルなんで…。
ラグビーもこれで慢心せず、レベルアップを続けて、
是非世界水準のラグビー文化を根付かせて欲しいものです。
難しいとは思いますけど。

URL | papayoyo #-
2015/10/14 00:10 | edit

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