いま、そこにある危機 clear and present danger

いま、そこにある危機

少し前の話になる。五月の連休に横浜にある日本郵船歴史博物館を初めて訪れた。船舶画家、谷井建三の原画を展示した「船ヲ解剖スル」という企画展を見に行ったのだ。谷井建三の絵はそれは素晴らしいものであったが今日はその話ではない。彼については別の機会に紹介したい。日本郵船㈱は三菱財閥の源流企業であり、戦前もそして今も世界屈指の海運会社である[1]。常設展では、その社史を通じて近代日本海運の黎明期から今日に至るまでを紹介している[2]。ここで私は、戦時中多くの商船隊や船員が犠牲になっていたことを初めて知る。

日本郵船歴史博物館
日本郵船歴史博物館

今年は戦後70年目の節目の年。太平洋戦争といえば背景となった植民地政策や満州事変、真珠湾攻撃、東京大空襲、広島・長崎への原爆投下、神風特攻隊、沖縄戦等々が今年も話題になっているが、日本海運業が受けた被害や悲劇については、これまでほとんどクローズアップされることはなかったと思う。第二次世界大戦では民間船舶は国に徴用され、主として軍事物資や兵員の輸送に使用された。当然、民間船としてカモフラージュしていても敵軍にはバレバレで攻撃の標的となった。船員の人的被害は約6万人、損耗率(死亡率)は43%と職業軍人の2倍以上、また20歳未満の年少船員の犠牲が多かったと言う史実は重要である[4][5][6]。

“侵略”という言葉にどうしても抵抗のある方もおられるようだが、中曽根元首相ですら「侵略戦争だった」言及しているように[7]、当時の植民地政策は事実であるし、植民地政策を侵略行為でないと解釈できるロジックなどないと思う。以前「祖父のこと」で戦前祖父が書いた文献に偶然出会ったことを紹介したが、最近また別の文献を発見した。日本の植民地教育政策に関する史料の中に祖父の名前を見つけたのだ。横須賀の防衛大学校図書館に所蔵されていることを知り、わざわざ複写依頼を出して取り寄せた。それは中国在留中の祖父から領事宛ての報告書だった。旧字体・旧文体で読みづらかったものの大体内容は理解できたが、中国人民に対しては完全に上から目線の物言い。祖父も含め、当時の日本人は民間人ですら“支配者”としての感覚が当たり前だったのだと改めて認識することとなった。

第45回戦没・殉職船員追悼式
第45回戦没・殉職船員追悼式[8]

日本郵船歴史博物館を訪れて少し経った今年の6月、天皇、皇后両陛下が横須賀市内の観音崎公園で行われた第45回戦没・殉職船員追悼式にご出席されたことをニュースで知った。追悼式は、太平洋戦争で犠牲となった商船や漁船の船員を慰霊するため日本殉職船員顕彰会が1971年から毎年開催。両陛下は1回目の式典をはじめ、折に触れて供花に訪れているという[8]。私は恥ずかしながら民間船員の悲劇のみならず、身近でその犠牲者の慰霊祭が毎年行われていたことも知らなかった。

集団的自衛権を行使することで仮想敵国(あるいは組織)と交戦状態(後方支援に限定と言っても相手はそう取らない)となった場合、当然公海上を航行する自国の民間船も攻撃の標的になり得る。集団的自衛権を理由に、それこそ太平洋戦争時のように民間船や非戦闘員の船員が支援物資輸送に徴用されることはないのだろうか。日本が参戦していない戦闘地域を航行する自国船を個別的自衛権の名目で自衛隊が保護するという方がまだ納得出来る。いや、自衛隊派遣という人的貢献によって国際社会で応分の役割を果たすことができる、これが国連中心の国際貢献だと集団的自衛権行使容認の論拠として語られるが[9][10]、本当にそうなのだろうか。アメリカが、そして国際社会が本気で自衛隊の海外派兵まで望んでいるのであろうか。国連憲章の敵国条項を盾に、我々は未だ皆さんの敵国扱いなので海外に軍隊を出せませんと言えばよいではないか。

また反対論者は集団的自衛権の行使を違憲というが、憲法9条を素直に読めば自衛隊そのものが違憲だと思う。集団的自衛権を議論する上でこの9条は避けて通れないのだけれど、与党も野党も誰もこの問題、つまり国が戦力を持つことは憲法に照らし合わせて是か非かを真剣に話し合おうとしない。過去も現在もずっと先送りだ。集団的自衛権を反対する人たちは“護憲”を叫び、憲法改正と言えば魔女狩りを始める。一方、容認・推進する人たちは憲法を自分たちの都合の良いように“拡大解釈”する。どちらも憲法の取り扱いを間違っていると思う。この最初からのボタンの掛け違いが、この問題の本質を複雑化、歪曲化している。

個人的には“護憲”という言葉には違和感を持っている。憲法はその国の理念やビジョンを示すものであり、それを達成・維持するためのルールである。しかし絶対ではない。時代や社会の変化に応じて基本的な考え方や慣習、仕組みが変われば、当然ビジョンやルールも変えて良いはずだ。危険運転の処罰についても、社会の強い要請で変わってきた。LBGTへの理解や結婚や家族に対する概念の変化もそうである。会社でも全く時代に合わないビジョンを標榜し、社則や規則を後生大事に守っている経営者や部署があるだろう。これって思考停止の典型だと思う。私は原理原則論から言えば憲法の改正については是であり、個別的自衛権としての戦力、つまり軍隊保持も是、ただし集団的自衛権の行使は否という意見だ。

【日本国憲法第9条】

1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

1項の「戦争の放棄」は国家のビジョン(理念)として遺すべきだと思う。国際社会における本質的な課題だと思うからだ。しかし理想と現実は別問題。2項は個別的自衛権のための戦力は保持すると明文化したい。でないと自衛隊は矛盾を抱えたまま存在し続けることになる。理系出身の私は、この非論理的な状態が気持ち悪くてしょうがない。国民の生命や社会の秩序を脅かす存在は今や国家だけとは言い切れないし、全ての国家が良識を持っているとも思えない。またサイバー攻撃に備えた情報軍といった新しい組織も必要になるかもしれない。現代の国際社会を生き抜くためには、やはり丸腰というのは受け入れがたい。だから全ての現実的な議論のスタートはここからだと思う。とにかく戦後から70年、世の中は幸か不幸か大きく変わっているという現実を、改憲賛成論者も反対論者も皆、受け止めなくてはならない。

アメリカサイバー軍
実際に存在するアメリカサイバー軍[11]

与党も野党も「戦争を望む人間はいない」とよく言うがこれは嘘である。戦争がこの世から無くなっては困る人たちが存在するからである。軍事産業、すなわち戦争をビジネスと考えている人たちだ。彼らの立場になって考えると、表だって戦争を礼さんする訳にはいかないが、裏では世界中で小競り合いを起こさせて武器を買ってもらおうと画策(営業活動)するに違いない。もちろん全面核戦争にでもなっては元も子もない。戦前も日産や富士重工業の前身であった中島飛行機は、東洋最大、世界でも有数の航空機(軍事)メーカーだった[13]。言わずもがなゼロ戦は三菱自動車の前身、旧三菱重工業製だ。軍備拡大の背景には、軍と企業の癒着も当然あったと思われる。戦争は経済原理に従う、こんな視点で考えてみると、戦争や平和の見方も少し変わってくるだろう。「戦争反対」のシュプレヒコールも良いけれど、こういう理想論だけでは、彼ら戦争をカネでしか考えていない連中には何も届かない、刺さらない。彼らにとって痛い所を突かれるような(命の保証はないけれど…)、もっと戦略的に具体的かつ効果的な活動をしないとこの世の中からは戦争は無くならないと思う。私もそれがどのような一手なのかはわからないが。

中島飛行機、隼戦闘機の組立工場
中島飛行機、隼戦闘機の組立工場[12]

ところで集団的自衛権の陰にすっかり隠れてしまったが、安倍政権は佐藤元首相や三木元首相が表明してきた政府統一見解である「武器輸出三原則」を見直そうとしている[14]。このことは秘密情報保護法と併せて、安倍内閣の危うさを示す兆候だと注視する。情報統制と軍産複合体、いつか来た道だ。日本の経済界は集団的自衛権行使を容認する基本スタンスだが、日本経団連の役員企業の多くが日本の大手軍事企業だという事実にも注目している[15]。この法案で誰が得をするのか、裏の背景を読み解くと安倍内閣の闇が見えてくる。

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ヒーローは死の商人『アイアンマン』、最近ハマってます

だからこそ安保関連法案は憲法改正や武器輸出の問題とセットで議論すべきだし、こんな拡大解釈で拙速に通してはいけない。拡大解釈がまかり通るのであれば憲法なんて不要となってしまう。何よりも時間をかけて審議を尽くすこと、そして国民の総意を得ることが大前提である。私が「原理原則上、憲法改正は是」といったのは国民の総意の下でという意味だ。私だって自分の意見が絶対に正しいとは思わないし、議論することで考えも変わってくるかもしれない。現9条が国民の総意ならばそれに従うまでだ。ただ、憲法改正を含めた9条の問題を真剣に議論するには時既に遅しという感もある。この議論では是非戦争体験者に多くを語ってもらいたいからだ。前述の戦時下で日本海運業の受けた事実を私が知らなかったように、知らないということほど恐ろしいものはない。安倍さんやそのシンパ、勇ましい発言を続けているチンピラ議員たちは皆、戦争の本当の恐ろしさを実体験として知らない世代である。反対する側も私自身も皆同じだ。戦争経験者も含めた国民的議論や国民投票のチャンスはもう今しかないと思う。あと十年もすれば有権者も国会議員もほとんど、戦後生まれとなる。私はその時を一番怖れている。

そんなに自衛隊の国際貢献が必要と言うのであれば、自然災害や大事故(原発事故も含めて)に限定した派兵にしてはどうだろうか。国際救助隊かつ秩序維持部隊、日本版サンダーバード。国連軍に参加するよりはいいと思うがなあ。荒唐無稽と思われるかもしれないが、結構マジメな提案のつもりである。

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さて、今日のタイトルの本題は実はこれからである。日本がマジメに想定しなければならない今、そこにある危機は、国際的な紛争リスクよりも国内にこそ存在している。それは火山噴火や大震災などの自然災害である。こちらの発生リスクの方が確実に高い訳だし、人間相手の国際紛争は交渉の余地があるが、自然相手の天災とは交渉が出来ない。国民の生命や財産、社会の秩序を守るのが国の役目なら、最優先で危機に備えるべき課題はこちらの方だと思う。集団的自衛権で騒いでいる場合ではない。

5年後は東京五輪も控えているし(もし期間中に首都直下型地震に襲われたら、どう避難させるのだろうか?)、防災国家としての体制や対策の見直しを図らないと手遅れになる。再稼働した川内原発の事故を想定した避難計画すらマトモに準備されていないのだから呆れてしまう[16]。例えば関東や関西で大震災が起これば、どちらも下町に甚大な被害が出ることが想定されている。このエリアには世界に冠たる中小企業、モノづくりの要所がひしめく。これらの人材や設備の多くを失えば、日本の経済は大打撃を受けるのは明白だが、効果的な防災対策が十分に考えられているとも思えない。一連の安保関連法案に関する国会審議や各種意見をウォッチしていて、どうも政府や国会議員、そしてメディアを含む国民全体の反応も国家安全保障の論点が(日本の地質学的特殊性から)ズレているようにしか見えないのだ。安全保障=対戦争だけではないのだけどね。

首都直下型地震
いま、そこにある危機[17]

[参考・引用]
[1]日本郵船、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%83%B5%E8%88%B9
[2]常設展、日本郵船歴史博物館ホームページ、
http://www.nyk.com/rekishi/exhibitions/rekishi.htm
[3]天皇、皇后両陛下:戦没・殉職船員追悼式に出席、毎日新聞、2015年6月10日、
http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20150611k0000m040028000c.html
[4]戦争と壊滅、航跡、日本郵船歴史博物館ホームページ、
http://www.nyk.com/yusen/kouseki/200812/
[5]わが国船舶(商船・漁船・機帆船)の被害と戦没船員、日本殉職船員顕彰会ホームページ、
http://www.kenshoukai.jp/taiheiyo/taiheiyou01.htm
[6]8月特集:太平洋戦争と日本商船隊の壊滅、山縣記念財団ホームページ、2010年8月4日、
http://www.ymf.or.jp/news/27/
[7]対アジア「侵略だった」…中曽根元首相が寄稿、読売新聞、2015年8月7日、
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20150806-OYT1T50099.html
[8]天皇、皇后両陛下:戦没・殉職船員追悼式に出席、毎日新聞、2015年6月10日、
http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20150611k0000m040028000c.html
[9]経済界、なぜ集団的自衛権を支持? 寺島実郎さんに聞く、朝日新聞、2015年8月14日、
http://www.asahi.com/articles/ASH7046XTH70ULFA01C.html
[10]集団的自衛権の行使容認、8政党&5新聞のポジション比較・主な主張、MEDIA WATCH JAPAN、2015年8月10日、
http://mediawatchjapan.com/%E9%9B%86%E5%9B%A3%E7%9A%84%E8%87%AA%E8%A1%9B%E6%A8%A9-%E8%AB%96%E7%82%B9%E6%95%B4%E7%90%86/
[11]アメリカサイバー軍、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%BC%E8%BB%8D
[12]小泉製作所時代3.(昭和17年 1942年)、中島飛行機の想い出、中島飛行機物語、古典 航空機 電脳博物館、
http://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/nakajima/nakajima-saito/saito2/naka42-43.html
[13]中島飛行機、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E9%A3%9B%E8%A1%8C%E6%A9%9F
[14]第79回集団的自衛権の先にあるもの、大前研一、「産業突然死」の時代の人生論、BPnet SAFETY JAPAN、2007年5月23日、
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/a/82/index.html
[15]日本の軍需産業と戦争法案について―安倍内閣は、国民の多数が反対しているのに、なぜ国会会期を延長してまで戦争法案を執拗に押し通そうとしているのか、佐々木憲昭、BLOGOS、2015年6月19日、
http://blogos.com/article/117792/
[16]「実効性ある避難計画を再稼働の要件とせよ」川内原発審査の問題③広瀬弘忠・東京女子大名誉教授、東洋経済ONLINE、2015年8月8日、
http://toyokeizai.net/articles/-/44822
[17]M7以上 首都直下型地震で、東京はこうなる、賢者の知恵、現代ビジネス、
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34169



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[ 2015/08/15 21:47 ] bookshelves/本棚 | TB(0) | CM(0)

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