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カシオペイア  

カシオペイア

春先から行われていた自宅マンションの大規模修繕がようやく終わろうとしている。ベランダ側の工事は終了したので、剥がしていた床タイルを土曜日に家族で元の姿に戻した。剥がす時もタイルの組み合わせを図面に落とし、家の中や下階の倉庫に保管をしておいたので一部屋は完全に潰れるし、大量の重いタイルの移動も大変だった。今回はその逆なので苦労は同じ、いや梅雨の合間の猛暑で作業はさらに過酷となった。五十肩で腰痛持ちの私は満身創痍。でも窓も開けられるようになって家の中の風通しもよくなった。タイルと一緒にベランダに置いてあった小物も元の場所へ。その一つがこの金属製のカメの置物である。我が家ではこれを“カシオペイア”と呼んでいる。そう、ドイツの児童文学者、ミヒャエル・エンデの代表作『モモ』に登場する時間の国への案内役のカメの名前である。

このカメさんは私の大学時代の友人夫妻からプレゼントされたもの。教養のない私にエンデや『モモ』を教えてくれたのが彼らだったし、幼少の頃、西ドイツで暮らしたことのある妻もボロボロになるまで愛読した『モモ』を持って嫁入りした。そして長女にはこの本にまつわる名前を付けた。そんなこともあって娘の誕生祝いに我々夫婦に贈ってくれたのだ。

モモ
ボロボロになった岩波書店版は買い替え、読めもしないのにドイツ語版も古本屋で購入した

『モモ』のテーマは現代の貨幣経済における「時間の貨幣価値化」に対する警鐘[1]。ここ最近、時間に追われた仕事を続けている我が身としては、改めてこの本を読み返す必要があるのかもと思ったりもしている。時(とき)というのは色々考えさせられる摩訶不思議な概念である。時間とは何か?古今東西、多くの名だたる哲学者や物理学者がこの難問に挑んできた。先日、たまたまテレビで観たNHKドキュメンタリー、俳優モーガン・フリーマンが案内役を務める『時空を超えて』というシリーズの第2弾、“「時間」は存在するのか?“はとても面白かった。

ジュリアン・バーバー
Julian Barbour("「時間」は存在するのか?"より)

長年「時間」の研究を続けるイギリスの物理学者、ジュリアン・バーバー[2]は説く。

「時間は存在しません。存在するのは一つ一つの瞬間。それぞれが独立した今です。」

ホイラー・ドウィット方程式
ホイラー・ドウィット方程式("「時間」は存在するのか?"より)

この考えは一般相対性理論と量子力学の融合、つまり万物の成り立ちの説明を試みたホイラー・ドウィット方程式という数学的根拠に基づく。この方程式は時間tの関数ではないからだ。ゆえに物理学の世界では相対論と量子論は相容れない理論と言われる訳だが、バーバーはこの方程式こそ宇宙の真理を語ると考えるのだ。何を言っているのかよくわからないかもしれないが彼は続ける。

「私が考える宇宙は、系統立った膨大なスナップ写真の集合体のようなものです。それぞれが独立した世界を形作り、他の世界とつながることは一切ありません。どの瞬間のどの世界も非常に豊かです。それが私たちの世界なんです。」

宇宙はスナップ写真の集合体?
宇宙はスナップ写真の集合体?

私のパソコンの中の家族写真のフォルダを開くと、そこには娘が生まれた頃から最近までの膨大な数の写真を”同時“に見ることができる。フォルダの中には我々が普段感じている「時間」の流れは存在せず、一枚一枚が独立してその時の”瞬間“を切り出しているだけだ。このような瞬間が無数に存在するのがバーバー博士の唱える宇宙の姿なのだ。彼に言わせれば、我が家の歴史の証拠は、このフォルダのようにすべて現在に存在しているということらしい。

「無数のあなたが存在しています。今のあなたは子ども時代のあなたと同じではありません。違う人物です。言うなれば多くの点で私は三歳の時の私よりも他人のあなたに似ています。客観的に考えれば大人と子どもよりも大人同士の方が共通点がずっと多くありますからね。もちろんDNAが同じだといった面はあります。」

この視点は非常に共感を持てた部分。確かに小学生の頃の自分と今の自分とは明らかに異なる人間だと感じることがある。多分他の人も同様の感覚はあると思う。なぜなら今の自分が客観的に過去の自分を振り返ることができるからだ。

時間とは幻想に過ぎないのか。このブログを書いている瞬間の自分にとっては、今だけが存在し得るすべてなのか。古代ローマの詩人、ホラティウスのラテン語の詩にある”Carpe diem(今を生きよ)“は、人生はつかの間で、明日はどうなるか分からないのだから今を楽しもうと刹那的に解釈されることが多いが、文字通りに訳せば「今日をつかめ」[3]。ハーバーの時間論が正しければ、時間の概念の本質を言い表した言葉だったのかもしれない。『モモ』のメッセージもまさにこれと同じことを言っているのだと思う。

『モモ』を読んだ頃の学生だった自分はこのファンタジーの意味を少しは理解したつもりになっていたが、「時間がない、時間がない」と”灰色の男“たちに支配され、「時間はカネ」の典型的なグローバル企業で毎日焦ってイラついて仕事をしている今の自分は明らかに違う人間になっている。カシオペイアも戻ってきたことだし、自分の心のスイッチをここらでちょっと入れ換えてみようか。

カシオペイアその2
カシオペイアも戻って夏本番!

[参考・引用]
[1]1377夜 ミヒャエル・エンデ モモ、松岡正剛の千夜千冊、2010年8月13日、
http://1000ya.isis.ne.jp/1377.html
[2]時間を追いかけてきたジュリアン・バーバーという科学者、パリの断章、2012年3月19日、
http://paul-ailleurs.blogspot.jp/2012/03/blog-post_19.html
[3]カルペ・ディエム(今を生きよ) Carpe diem.、シェイクスピアをたのしむためのキーワード集、
http://www.geocities.jp/todok_tosen/shake/keyword/carpe.html
[4]時間は幻想であると語るとき、思考の部屋、2015年7月12日、
http://blog.goo.ne.jp/sinanodaimon/e/c45722a4da36cf8659d078935640ef03

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Posted on 2015/07/15 Wed. 18:28 [edit]

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