レースカー

本日のクルマノエホンはフジヤののりものえほん「レースカー」古藤泰介・画、富士屋書店)。先日はル・マン24時間耐久レースもあったし、この伝統レースを肴にちょっと古いレースの絵本を取り上げてみた。

フランスのル・マン近郊、1周13.629kmのサルト・サーキットで開催される24時間耐久レースは、FIA世界耐久選手権(WEC)の中でも最も注目されるレースの一つだ。日本では1971年に公開されたスティーヴ・マックイーン主演の『栄光のル・マン(原題“Le Mans”)』(米)でこのレースが広く知られるようになった。私の若い頃はテレ朝の地上波でも中継されていて、バブルの頃は良く見ていたね。

レース車両はプロトタイプカーとGTカーにクラスが大きく分かれていて、性能も車速も異なる両車が混走するのが醍醐味だ。しばらく見ていないうちにクラスもずいぶん変化し、プロトタイプカーの最高峰、LMP1クラスは時代を反映してか近年、ハイブリットやディーゼルも認められていた[1]。2015年からは、このクラスに参戦するメーカー系のワークスはエネルギー回生システム(ERS)=ハイブリットシステムの搭載が義務付けられた。にも関わらず、2014年の覇者アウディ、同年久しぶりにル・マンに復帰した優勝16回を誇る耐久王ポルシェ、同じく’14WECのLMP1ハイブリッドクラスでのマニュファクチャラーズ年間チャンピオン、トヨタに加え、ゴーン体制以降ル・マンを撤退していた日産も16年ぶりに参戦するなど、今年のル・マンは日本でもレース前から注目されていた[2]。

ERS+エンジンのパワーユニットは自由度が高く、ERSによる1周あたりのエネルギー放出量については4つのレギュレーション(2MJ/4MJ/6MJ/8MJ、MJ=メガジュール)から選択できる。MJ値に応じてエンジンに供給できる燃料流入量を厳しく制限させるもので、MJ値が大きいほど燃料流入量が抑えられ、その分ハイブリッドシステムから多くのアシストを受けることができるが重量もかさんでしまう。MJ値が小さくても「燃料消費量の削減」というテーマを無視して燃料を好きなだけ消費して猛追することが許されなくなった。つまりこれまで以上に高度な技術(低燃費エンジンやEPSのエネルギーマネジメント)が要求されるし、レース戦略や読み、もちろん信頼性など、チームの総合力が試されるという訳だ。今回は日産が2MJ、アウディが4MJ、トヨタが6MJ、そしてポルシェが8MJとパワーユニットのアプローチが分かれたが(※)、全体的にMJ値は増大の傾向にある。レースで培った技術は市販車へフィードバックされるというが、世界的に環境問題が叫ばれている現代においては、ル・マンとて環境技術を磨く機会になるし、何よりもレースでの結果が各メーカーのグリーンイメージ向上に繋がる重要な舞台となってきた。特に、世界で初めて量産ハイブリット車を販売したトヨタとしては、ハイブリットリーダーとしての面目を保つ大事なレースであるはずだ[2][3]。

(※)エンジンでいうとアウディはディーゼルを選択。電気エネルギーの貯蔵方法もトヨタのキャパシタ、ポルシェのリチウムイオンバッテリにアウディ、日産はフライホイールを採用[3][4]。

2015ル・マン注目の4台
2015ル・マン注目の4台[2]

世の中の注目はそのパワートレイン技術の方に目が向きがちだが、個人的には久しぶりに目にしたプロトタイプレーシングカーのデザインの様変わりに驚愕した。上図は日産、トヨタ、ポルシェ、アウディの主力マシンのサイドビューだが、お世辞にもカッコいいとは思えなかった。むしろ不格好にも見える。

レースカーその1
ル・マンの光景?(「レースカー」より)
Ford GT40 Mk1
Ford GT40 Mk1[17]

僕らの世代のプロトタイプレーシングカーといえば、この絵本のようなシルエットを思い浮かべる。上の絵で先頭を走るのはフォードGT40Mk1。No.9のGT40といえば、1968年のル・マン優勝車で、’70年にポルシェ917が優勝するまで4連覇を果たした[6]。ただこの挿絵は必ずしも1968年のル・マンではないようだ。同年のNo.25は青いシェブロンB12で挿絵の色も形も異なる。挿絵のNo.34は確かに‘68年ル・マン参戦のポルシェ908のようだが、本物は白地に青のコンビカラー、イラストとは異なる(白地に緑はNo.31)[7]。ル・マン以外の耐久レースを描いたものかもしれないが、本書の発行年も不明だし、詳細はわからない。でもGT40は誰の目にもカッコいい、ザ・レーシングカーのフォルムだと思う。

新しくゲットしたザウバーメルセデス・C9
新しくゲットしたザウバーメルセデス・C9
久々にスロットカーを楽しむ
メルセデス、トヨタ(薬中の"ヤンキー"に負けるな!)、日産、どれが速いかな?BGVに「栄光のル・マン」のDVDを流しながら楽しむ。

今年のル・マンが終わった少し後にHOスロットカーのザウバーメルセデス・C9を手に入れた。私がテレビでル・マンを観ていた頃のグループCカー、80年代のプロトタイプレーシングカーを代表するモデルだ(1989年ル・マン優勝車[8])。早速コースを広げて、息子と試走させてみたのだけれど、これはカッコいいと好評。ちょうど良い機会なのでついでに今年のル・マンカーもネットで彼に見せてみた。絶句した挙句に「カッコわる」の一言。特に日産のGT-R LMニスモはキモイと散々だった。つまり昭和の親父にも平成の若旦那にも、最新のプロトタイプレーシングカーのデザインは不評なのだ。安全性や空力性能を考えると、このような形に行き着くのかもしれないが、技術的には面白くなっても観て楽しむクルマの魅力はレースの世界においてもだいぶ薄れてきたように思える。

レースカーその2
富士スピードウェイ?(「レースカー」より)
日本Can-Am(1968)
上の挿絵の元ネタと思われる1968年ワールドチャレンジカップ富士200マイルレース[9]:
ローラT70Mk2(後)とローラT70Mk3(前)

本書の紹介に戻るが、上の挿絵はバックが富士山なので富士スピードウェイだと思う。色々調べてみると、まさにこのイラストどおりの画像を発見。写真は1968年11月22~23日に富士スピードウェイで開催された「ワールドチャレンジカップ富士200マイルレース」(通称:日本Can-Am)での酒井正のローラT70Mk3(No.28)と高橋国光の大京チェーン・スペシャル(ローラT70Mk2、No.22)[9][10]。ローラT70もカッコいいですな。

レースカーその3
富士スピードウェイの30度バンク?(「レースカー」より)

この挿絵が何のレースを描いたものかは不明だが、右上の建物に“SPEEDWAY”と書かれているのでコースは富士スピードウェイ、今はなき30度バンクの一場面かもしれない。No.5はローラT70Mk2のようだが、No.9の車名は不明。(「レースカー」より)

レースカーその4
HONDA RA301(「レースカー」より)

レースカーといえば、フォーミュラマシンは欠かせない。最後の1枚は1968年シーズンに投入されたHONDA RA301だと思われる。シーズン途中で投入された後継マシンRA302が死亡事故を起こすなど安全性の問題から出走を停止。‘68年シーズン末まで使用されたこのRA301が、ホンダF1第1期の最後のマシンとなった[11]。

2015 Le Mans 24 winner Porsche 919 Hybrid No.19
2015 Le Mans 24 winner Porsche 919 Hybrid No.19(出典

さて、注目を浴びた今年のル・マンの結果はどうだったのか。ポルシェ、アウディのドイツ系2大メーカーが超ハイレベルの総力戦を展開し、ポルシェ919ハイブリット(No.19)が驚異的なペースで17度目の総合優勝。No.17も2位のワンツーフィニッシュで、No.18も5位入賞となり耐久王の存在を見せつけた。前述したようにポルシェは8MJを選択した訳だから、エンジンでの燃料消費量ミニマムでこの速さだ。これは特筆に値する。アウディR18・e・トロン・クワトロも3位、4位、7位と全車完走。この2大メーカーにどこまで食らいつけるか期待されたトヨタTS040ハイブリットは6位、8位と完敗だった。オートレースを知り尽くした欧州メーカーの強さを改めて思い知らされた訳だが、一昨年の東京モーターショーでもドイツメーカーが日本メーカーのお株を奪うEV化やハイブリット化によるゼロ排気、低燃費技術開発に本気で取り組んでいる姿勢が印象的だったが(「2013東京モーターショー備忘録、その2」参照)、もはや環境技術でも日本のアドバンテージはない、そう思ったル・マンの結果だった。

ところで久々の参戦となった日産の結果は?。ネットで「ル・マン」を検索していると『16年ぶりのル・マンで惨敗、ニッサンGT-Rはその名を辱めるほど遅すぎた!』のセンセーショナルな記事を発見。最後まで読むと、この続きは発売中の『週刊プレイボーイ』27号でとある。出版社の策にハマった私は、会社の帰宅途中、この記事のためだけに(強調しておく)書店で久しぶりにプレイボーイ誌を購入(この歳になるとちょっと気恥ずかしいね)。

日産GT-R LMニスモ
息子もそのデザインに唖然となった日産GT-R LMニスモ(出典

結果は3台のGT-R・LMニスモのうち2台はリタイヤ、唯一生き残ったNo.22もチェッカーフラッグは受けたものの規定周回数不足で完走扱いされなかったとのこと(レースの1/3、約8時間をピットガレージで修理に費やしたそうな。オーマイガー!)。また後日、このマシンのハイブリットシステムはほとんど機能していなかったことをニスモの責任者は認めている。当初8MJを選択する予定だったが、フロントアクスルからリアホイールにエネルギー回生することができず、フロントのみの回生により2MJしか選択できなかったと言う[12]。フロントからリアに回生するということは、このマシンはFF(フロントエンジン・フロントドライブ)である。一般的なレースカーはMR(ミッドシップエンジン・リアドライブ)が常識である。FFだと前輪に操舵力と牽引力の両方を要求されるからコントロールが非常に難しい。ましてやフロントヘビーで後輪の方が細いマシンとなれば…[13]。

週プレの記事[14]にもあるように『シャレにならないほど“遅かった”』というのも頷ける。設計者のベン・ボールビー氏によれば『LPMマシンの逆を突いてFFマシンにすれば、マシンの空力性能を大幅に向上させることができると考えた』らしいが、この理屈は良くわからなかった。前述のハイブリットシステムが機能していなかったこともそうだが、お世辞にも机上検討レベルでしかない中途半端な“実験車”を今回のル・マンに出場させるゴーサインを誰が出したのか疑問が残る。本誌は『奇をてらったマシンで注目を集めてメディアへ露出が増えれば「日産のマーケティング的には成功」と考えている』と推測する。根拠として『今回のル・マンの公式ポスターの主役が日産のマシンであることと、プロモーションビデオには巨額の費用をかけていること』を理由に、『結果が悲惨でも「革新的マシン」にチャレンジしたイメージだけは残る』とマーケティングの成果だけを重視した参戦ではなかったのかと日産の企業姿勢を批判している。しかし、マシンの製作とチームはアメリカで、日本のニスモや欧州日産のモータースポーツ部門がこのプロジェクトを主導したようにも見えないため、責任の所在もよくわからないと言う。なんだか新国立競技場のドタバタ劇のようにも聞こえるが、マーケティング部門が全てをコントロールしていたのだろうか。もし本当に、レース参戦を単なるマーケティングの一手法としてしか考えていないのであれば、本誌の批判にあるように『日産の貴重な財産であるGT-Rのブランドやニスモの名前をル・マンの惨敗でここまで貶めた』ことで、マーケティング(というよりブランディングかな)は完全に失敗したと言える。もし本当に、モータースポーツや日産というブランドに愛情を持っているのであれば、この前代未聞な“革新的”アプローチで結果を見せることだ。勝利の可能性が万が一にでもあるのならね。

また次期型日産GT-Rのエンジンが、このGT-R・LMニスモのシステムをベースに市販化されるという噂もあるらしいが[4]、将来のGT-RはFFになってしまうのか?どこまで迷走するつもりなのか日産!

トヨタ7
トヨタ7(1968)[16]

再び絵本に戻る。表紙の先頭を飾るのはエキゾーストパイプが上部に露出したタイプのトヨタ・7(1968)。2番手の黄色いNo.9はポルシェかなあ?3番手の赤白ツートンは日産R380-Ⅱ。7つの世界記録を樹立した[15]そのR380は裏表紙の先頭も飾る。第4回日本グランプリ(1967)ではポルシェ906との熾烈な争いが繰り広げられた[16]。この頃の日産はカッコよくて速かった。

レースカーその5
裏表紙に描かれた日産R380-Ⅱ。後方にはポルシェ906(No.12)の姿も。(「レースカー」より)
日産R380-Ⅱ
やっぱりスポーツカーのスタイリングはこうでなくっちゃ(日産R380-Ⅱ[15])

[参考・引用]
[1]FIA世界耐久選手権、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/FIA_%E4%B8%96%E7%95%8C%E8%80%90%E4%B9%85%E9%81%B8%E6%89%8B%E6%A8%A9
[2]特集:ル・マン24時間2015、注目の4メーカー対決が実現。第83回ル・マン24時間がいよいよ開幕!、AUTO APORT web、
http://as-web.jp/as_feature/info_news.php?no=151
[3]FIA世界耐久選手権(WEC)とは?、WEC、TOYOTA GAZOO Racing、
http://ms.toyota.co.jp/jp/wec/whats.html
[4]日産・GT-R LM NISMO、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%94%A3%E3%83%BBGT-R_LM_NISMO
[5]1968 24 Hours of Le Mans、Wikipedia、
https://en.wikipedia.org/wiki/1968_24_Hours_of_Le_Mans
[6]フォード・GT40、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BBGT40
[7]Le Mans 24 Hours、Date: 29.9.1968、Racing Sports Cars、
http://www.racingsportscars.com/photo/Le_Mans-1968-09-29.html
[8]ザウバー・C9、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%82%A6%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%BBC9
[9]いとしの“ローラ”(日本編)、
http://www.mmjp.or.jp/60srace/DearLola.html
[10]ワールドチャレンジカップ富士200マイルレース大会結果、日本自動車連盟(JAF)、
http://www.jaf.or.jp/CGI/msports/results/n-race/detail-result.cgi?race_id=1541
[11]ホンダ・RA301、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BBRA301
[12]Nissan GT-R LM NISMO、ハイブリッドなしでル・マン24時間レースを走行、F1-Gate.com、2015年6月18日、
http://f1-gate.com/nissan/lemans24h_27507.html
[13]エフワン見聞録:FFのニッサンWECマシン考察、赤井邦彦、AUTO SPORT web、2015年2月5日、
http://as-web.jp/news/info.php?c_id=9&no=63021
[14]16年ぶりの「ル・マン」で惨敗!日産GT-Rの名前を貶めたのは誰だ?、週刊プレイボーイ、Vol.27、2015年7月6日号、集英社
[15]7つの世界記録を樹立 日産R380-Ⅱ、NISSAN GALLERY PHOTOGALLERY、2013年12月31日、
http://nissangallery.jp.net/ghq/r380-2_201312/
[16]日本グランプリの思い出(後編)―津々見友彦―、よくわかる自動車歴史館、GAZOO.com、
https://gazoo.com/car/history/Pages/essay_017.aspx
[17]American dream: the ford GT40 story, it’s history and it’s versions at the 24 hours of le mans race、tomorrow started、
http://www.tomorrowstarted.com/2015/03/american-dream-the-ford-gt40-story-its-history-and-its-versions-at-the-24-hours-of-le-mans-race/.html
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