すいぞくかんにいこう

日本動物園水族館協会(JAZA)が20日、和歌山県太地町で行われている「追い込み漁」で捕獲されたイルカの購入を禁止することを決めたことが大きな話題となっている[1]。世界動物園水族館協会(WAZA)から同漁による入手を継続すれば、JAZAを除名処分にするという警告を受けたからである。日本の報道機関や市民の反応は大方、「追い込み漁」=捕鯨“文化”に対する反捕鯨団体を中心としたエコテロリズムという論調である。恐らくWAZ警告の背景には反捕鯨国や団体からの圧力があったことは間違いないであろう。私も親父が好きだった関係で幼少の頃から鯨食に親しみ、かつて近代捕鯨基地として賑わった横須賀長浦港近郊に住む者としては、一つの価値基準による一方的な文化破壊を非常に残念に思う。しかしこの問題の本質を見失わないためには、「追い込み漁」に対するヒステリックな拒絶反応の問題と、日本の水族館が抱える運用上の問題を分けて考えなければならないのではないかと関連記事を読んで感じた。

世界の水族館の数は正確には分からないが、国際水族館フォーラム(IAF)が確認するもので431館(2011年統計)、国別トップは70館の日本だという[2]。前出のJAZA加盟水族館は63館だそうだが[3]、最近は中国の増加も著しいらしい(中国はWAZAに加盟していない)[2]。恐らく現在は中国が一番多いのではないかと思うが、人口比でいえば未だ日本がダントツだろう。私の水族館デビューは2、3歳頃の長崎水族館(現長崎ペンギン水族館)。若い頃も水族館が好きで、結構国内外のいろいろな場所を訪れている。特に良く出かけたバルブ期の‘90年前後には、現在でもビッグネームの葛西臨海水族園(千葉、‘89)、海遊館(大阪、‘90)、名古屋港水族館(名古屋、‘92)、横浜・八景島シーパラダイス(横浜、‘93)などが続々と開館した。家族でのお出かけやデート、学校の遠足場所として使うのに重宝する人気の水族館。港湾の再開発利権の中で水族館ビジネスが生まれるのも当然である。

ビジネスを成立させるためには、いかに“商品”を安く大量に手に入れることが重要になる。今回のニュースで水族館でのイルカの購入方法やルートを初めて知った訳だが、「追い込み漁」で捕獲されたイルカは、別に日本の水族館だけではなく反捕鯨国の代表とも言われるアメリカも含め、これまでに各国へ輸出されてきた事実はきちんと知っておく必要があるだろう[4]。今現在、WAZAに加盟する他の国は、太地町から(第3国を経由した購入も含め)全く輸入をしていないのだろうか。

一方で、水族館は海洋生物に関する教育研究機関としての役割も持つ。最近の世界的傾向として、飼育する生物を自然界からの捕獲ではなく、なるべく人工的に繁殖させた個体を展示する考えが主流になってきているようだ[5]。人工繁殖はその生態系を十分に理解しなければできない技術なので、その確立は学術的な貢献が非常に大きい。ただご存じのようにイルカは人間と同じ胎生で妊娠期間も人間に近い10~16ヶ月、通常一回に産む子供の数も一頭と個体を増やすには時間がとてもかかる[6]。保育スペースも別に必要となるとコスト増につながり、日本の水族館は本腰を入れて対応して来なかった経緯もある。また、今回のようなリスクは当然想定されていた訳だから、横の連携を強化して共同で人工繁殖による持続可能な入手ルートの確保を考えなかったのだろうか。JAZAのリスクマネジメント上の対応にも疑問が残る。

シーパラのイルカショー
横浜・八景島シーパラダイスのイルカショー

日本の水族館ビジネスでは、沖縄美ら海水族館で有名になった世界最大の屋内水槽に使われる巨大な透明アクリル板の製造技術などハード上の顕著な進歩・貢献はあった。しかし、イルカの人工繁殖を含む基礎研究においても、日本の水族館がどれくらい世界的な貢献を果たしていたのかは良くわからない。ひょっとしたら成果のアピールが足りないだけなのかもしれないが、もし学術(ソフト)分野でも日本が世界を牽引していたならば、今回のような除名騒ぎまでは起こらなかったのではないかと思う。日本の水族館は、集客力のあるイルカやアシカのショーなど商業ビジネスに傾倒し過ぎてはいなかったか、各県に一つ、まるで地方空港のようにビジネスとして明らかに成立しないような水族館が安易に作られてはいなかったか、JAZAの十分な説明が望まれる。水族館に対する批判は別に日本に限ったことではない。[7]によれば、ロシアから絶滅危惧種のシロイルカを輸入しようとしていた米・ジョージア水族館やシャチの飼育でトレーナーの死亡事故を起こしたフロリダ・シーワールドの運営方法などに対する批判など、世界的にみても水族館ビジネスは岐路に立たされている。

そしてもう一つの「追い込み漁」に対する文化摩擦の問題。WAZAが購入禁止を求める理由は、「追い込み漁」を使って捕獲するという手法が残酷で非人道的というものである。イルカに対して“非人道的”とは何なんだと思うが、まさにこの表現がこの問題の複雑さを表している。ここでイルカの「追い込み漁」とはどういう漁なのか簡単におさらいをしておく。

Wikipedia[8]に詳細は記載されているが、イルカだけでなく小型の歯クジラに対して主に使われる古典的な捕鯨漁で、ボートと魚網で大海に至る抜け道を塞ぎ、入り江や浜辺に追い込んで捕獲する方法である。日本やオセアニア、南米の一部で行われており、鯨類の食用文化がある日本では単純に漁業資源としての捕獲目的と、主な漁業資源である魚類を捕食する害獣としての鯨類駆除の目的がある。従ってイルカは殺生されることになるのだが、この部分だけが残虐行為として歪曲された映画「ザ・コーヴ(原題“The Cove”)」によって、今回の当事者である和歌山県太地町が世界から注目されることになった。「追い込み漁」で生きたまま捕獲したイルカを水族館に提供することは恐らく、鯨類殺生そのものの批判の高まりによって捕鯨による収入源が減少したことで後年生まれた苦肉の策と思われる。イルカが絶滅危惧種というのであればまだしも、研究目的の生体捕獲すらも拒絶され、「追い込み漁」の禁止を強要することは捕鯨従事者の生活の糧を奪うことに等しい。

イルカは知能が高いから特別なのか?
イルカは知能が高いから特別なのか?

それにしても“残酷”というのは極めて主観的な理由であり、科学を生業とする動物園水族館協会の発する根拠とは思えないレベルの低い説明である。少なくとも研究利用としての「追い込み漁」はイルカの生体を傷つけるものではなく、これを残酷というのであれば、一般的な魚釣りや狩猟(熊、猪)などのレジャーハンティングや害獣駆除までも全て残酷で禁止すべきということになる。反捕鯨論者のステレオタイプの説法、「イルカやクジラは知能が高いから」という論理も、高知能の定義が良くわからないし、家畜のように知能が低ければ傷つけても殺生しても構わないというのは実に危険な論法だ。ナチスにおける人種主義と基本的には同じ発想である。いや私は菜食主義だと反論する方もいるかもしれないが、植物が知能や感情を有しないと何をもって断言できるのであろうか。殺生なくして、この地球上の生態系は成立し得ない。勿論不要な殺生は問題があるかもしれないが、生態系のバランスを取るために間引くという調整も場合によっては必要だ。食物連鎖の頂点に立つ鯨類が増えすぎても、環境問題は起こり得る訳だ。

他者の文化や価値観を一方的に拒絶・否定する行為は差別であり、世界中で問題となっている宗教間の争いに近いものを感じる。その拒否行為を脅迫や暴力で訴えればイスラム国などと同じテロリズムに他ならない。今回のニュースを受けて、日本のネット上でも日本人の文化・価値観が是であり、それを否定するものは非であるというコメントも少なくないが、自己反省も含めこれもまた反捕鯨論者と同じ論理となる。

我々も冷静に反応し、時間をかけて粘り強く、効果的に説得し続けるしかないのだと思う。前述したイルカやその他鯨類に関する学術的な貢献を示すことも、その効果的な“外交手段“の一つだろう。何事も戦略が必要である。JAZAのこれまでの活動に、その戦略が見えてこなかったのが何とも残念だ。太地町内の境内には古式捕鯨の時代に建立された鯨供養碑があるという。捕鯨基地のあった土地にはしばし見られた光景で、日本人独特の自然観や鯨類に対する感情についてもっと国内外に理解を深めてもらう努力が必要だと思う。横須賀にもある鯨料理屋に西欧人を拉致して、酒を汲み交わしながら日本の鯨文化の奥深さを洗脳するという民間レベルの外交しかねーか(笑)。

くじらがシンボル
子どもたちの母校はくじらがシンボル。
捕鯨基地としての長浦港の歴史探索をひそかに老後のライフワークとして考えている私。
(横須賀市立長浦小学校にて)

[参考・引用]
[1]イルカショーがピンチ 追い込み漁の捕獲が禁止に、日本経済新聞、2015年5月21日、
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO75366460X00C14A8000077/
[2]水族館の数、日本が世界一って本当?、日本経済新聞、2011年1月24日、
http://www.nikkei.com/article/DGXBZO22034840R20C11A1W02100/
[3]日本動物園水族館協会ホームページ、
http://www.jaza.jp/about_sosiki.html
[4]日本のイルカ漁非難のWAZA 太地のイルカ輸入国も除名すべき、NEWSポストセブン、2015年5月22日、
http://www.news-postseven.com/archives/20150522_323496.html
[5]日本いじめじゃない? 水族館の野生イルカ問題は世界のスタンダード、週プレNEWS、2015年5月21日、
http://wpb.shueisha.co.jp/2015/05/21/48126/
[6]イルカはどんな動物なの?、イルカはかせになろう!~ドルフィンキッズ.jp~、
http://dolphinkids.jp/animal
[7]批判が高まる水族館ビジネスの現状、NATIONAL GEOGRAPHIC日本版、2013年8月8日、
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8237/?ST=m_news
[8]イルカ追い込み漁、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%AB%E8%BF%BD%E3%81%84%E8%BE%BC%E3%81%BF%E6%BC%81
[9]鯨供養碑、くじらの町太地とくじらの博物館、日本風景街道 熊野、
http://www.kumano-yorimichi.com/area9/kujiranomatitaiji.html

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