ワイルド・スピード SKY MISSION

ワイルドスピード SKY MISSION

GWいかがお過ごしだろうか。長女は早朝から部活に出かけるし、別に遠出の予定もなかった我が家の連休後半の日曜日。暇つぶしに残りの3人で映画を観に行くことにした。小6の長男にとっては映画館デビュー。映画は自宅でDVDが当たり前になってしまったから子供と映画館へ行くのも正直初めてだ。でも家族で行く映画館もたまにはいいね。ちなみに私が父と初めて観に行った映画は『バルジ大作戦』で2歳の時。無茶苦茶つまんなくてグズってしまい、途中で退席させたことは何故だか良く覚えている。小学生ならまだしも幼児連れで戦争映画なんて親父も何考えてたんだか。で、愚息の初体験は『ワイルド・スピード SKY MISSION(原題は“FAST and FURIOUS7”)』。私も小学生にストリート・レーサー、つまりは暴走族が主人公の映画を見せるなんて教育上如何なものかとPTAからお叱りを受けそうだが、papayoyo父子の大好きなシリーズ最新作だ。

Vin Diesel & Paul Walker
Vin Diesel(左)とPaul Walker(右)

ロサンゼルスを舞台にドラッグレースに熱中するストリート・レーサーたちが主人公の“The FAST and The FURIOUS”(邦題『ワイルド・スピード』)が公開されたのが2001年。当時アメリカで社会現象化した、若者向けの「ジャパニーズ・チューニングカー」のトレンドを映画化したいわゆるB級カーアクション映画だった。凄腕ドライバーで違法レースを仕切る主人公ドミニク(ヴィン・ディーゼル)と、犯罪の温床になっている彼らグループにレーサー仲間として潜入捜査をするロス市警の警察官、甘いマスクのイケメン、ブライアン(ポール・ウォーカー)のW主演。いつしか彼らに友情が芽生えるというコテコテのプロットだ[1][2]。

しかしブームに乗ったことと、キレッキレのカーアクションで予想外の大ヒットとなり、世界興収2億700万ドルを叩き出した。スープラやGT-R、RX-7といった日本車も登場したことで日本でも人気となった。ただ違法行為を題材とした映画なので、日本の自動車メーカーも大っぴらには宣伝に使えないジレンマがあった[2]。その後ヴィン・ディーゼルが降板した2作目『ワイルド・スピードX2』(でもこれも面白いよ)、警察の取り締まり強化により「ジャパニーズ・チューニングカー」ブームも下火となった中で公開され、ドミニクもブライアンも出演しない東京を舞台にした3作目『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』は興行成績もガタ落ちの残念な作品だった(実は本作でこの作品との繋がりがわかる)。これでシリーズも終了かと思いきや、オリジナルメンバー再登場、アメ車中心のシリーズ4~6で再び“ワイスピ”は蘇る[3]。元々ローカルな違法集団だった連中がグローバルに警察や政府に協力をしていくというシリーズ展開は突っ込みどころ満載。今回のシリーズ7もこの流れを踏襲している。実は私も息子もこの4~6はまだ観ていなかったので途中経過がわからなかったのだが、時系列で言うと1作目→2作目→4作目(『ワイルド・スピード MAX』)→5作目(『ワイルド・スピード MEGA MAX』)→6作目(『ワイルド・スピード EURO MISSION』)→3作目→7作目(本作)となるらしい。4~6作目も是非見なくては。

Lykan HyperSport
Lykan HyperSport(『ワイルド・スピード SKY MISSION』より)

ネタバレになるので詳細は控えるが、とにかく息つく暇もないノンストップアクションの連続。最強の仇役には、リュック・ベンソン監督お得意のカーアクション映画『トランスポーター』の主役、ジェイソン・ステイサムをキャスティングした3トップとも言える最高の布陣。特に邦題“SKY MISSION”の元にもなっているテレビCMでも流される飛行機からのカーダイブシーンやアブダビでの超高層ビルを舞台にした迫力のシーンは圧巻。そのアブダビで登場するライカン・ハイパースポーツには度胆を抜かされた。愚息も興味津々のその高級車は、アラブ首長国連邦の自動車メーカーであるWモーターズが製造販売しているスーパーカーでポルシェのチューニングカーメーカーとして知られるドイツのRUF社製の水平対向型6気筒ツインターボエンジンにより、最高出力760PS馬力、最大トルク101.7kgm、0-100km/h加速は2.8秒、最高速度は395km/hを発生するモンスターマシン。LEDヘッドライトにダイヤモンドコーティングが施されていて、販売価格は340万ドル(約3億4000万円)也。世界7台の限定車なのだそうだ[4]。本作に登場するクルマたちはここを参照されたし。

最新作はいろいろな点でシリーズのエポックメイキングな作品となった。3作目からメガホンを取り、別物の映画として捉えられていた1~3作目を4作目にヴィン・ディーゼルを戻すことでそれまでの作品を点と線で結んだシャスティン・リンに代わり、監督は期待のクリエーター、ジェームズ・ワンへ。そして本シリーズに欠かせない男、ポール・ウォーカーが撮影途中の2013年11月、プライベートな交通事故で急逝するというワイスピファンにはショッキングなニュースが飛び込んで来た[5]。一時は製作中止も危ぶまれたが、プロデューサーのニール・H・モリッツとプライベートでも友人であったヴィン・ディーゼルは「ポールはきっと完成を望んでいる。何が何でもこの映画を終わらせなければならない。」と誓ったという。ポールのシーンはほとんど撮り終えていたらしいが、彼の実弟2人も代役に加わって、過去の作品の未使用映像や最新技術のおかげでまるで悲劇はなかったかのように理屈抜きに楽しめる最高のエンターテイメント映画に仕上がった[6][7][8]。ただ、このバックグラウンドを知っているのといないとでは、この作品の見方がずいぶんと変わってくる。

ポールが亡くなってこの遺作をどう終わらせるのか?個人的にも非常に興味があった。映画の中でも命を落とすことにするのか?結論は、このアウトローなチームからブライアンを自然な形で離脱させることだった。その答えはドミニクが語るこのシリーズの一貫したテーマ「俺には“仲間”はいない。いるのは“家族”だけだ。」と重なる。最後に、海岸で愛する妻と息子と戯れるブライアン。その姿を優しく見つめるワイスピ・ファミリー。最初のシナリオには無かったシーンだとは思うが、ヴィン・ディーゼルの言うようにポールと彼の演じるブライアンに、最高の映画的な見送りができた[6]。



シリーズ4からアメ車中心になったワイスピだが、本作では日本車も大好きだった(実際何台も所有していた)ポールへのトリビュートの意味もあるのだろう、再び日本車も重要な役どころで登場する。ロスでの最後の決戦でブライアンがステアリングを握るGT-R、そしてファンにとっては涙なしで観られないエンディングで、ドミニクの運転するダッジ・チャージャーとブライアンの白いスープラがハイウェイを並走し、分岐点で2台が分かれた後、スープラを追う映像から空へとフェードアウトする。このバックに流れる“See you again”(今日現在ビルボードチャートでNo.1)の切ない歌詞と相まって私も思わず涙しそうになった(妻子のいる前ではさすがに泣けなかったけど)。音楽とともに個人的には映画史に残ると思わせた名ラストシーン。

『ワイルドスピード』シリーズ1より
シリーズ1でのダッジ・チャージャーとスープラ[9]。”SKY MISSION”のエンディングは第1作目のオマージュとも言える。

あらゆる面で完全に天国のポールへ捧ぐ映画となった本作は、全世界での興行収入も史上最短のスピードで10億ドル突破を果たし、5月1日時点であの『アナと雪の女王』を凌ぐ13億ドル(約1,560億円)を超えたという[10]。クルマ好きに関わらず、文句なしに家族との鑑賞にもおすすめの娯楽大作だ。

よほど映画館デビューが嬉しかったのだろう。夕方帰宅したお姉ちゃんに得意気に話をしていた長男。ちょうど今の息子ぐらいのときに親父とTVで観た(やっぱり戦争映画の)『大脱走』(米・1963年)は、大人の映画の楽しさを初めて教えてくれたのとスティーヴ・マックィーンを僕の中でのアクション映画のヒーローにした記憶に残る映画となったが、息子も初めて親父と映画館で観たメモリアルな本作がポール・ウォーカーを彼の中でのヒーローの一人にしたに違いない。くれぐれもストリート・レーサーにはなって欲しくないけどね。本作に説教じみたことは求めたくはないが、“FAST and FURIOUS”なクルマの運転はやはり映画の中だけに限る。奇しくもポールのようにプライベートでのFAST and FURIOUSで大切な“家族”を悲しませてはならないからね。

最後に小ネタをもう一つ。ポール・ウォーカーはここ横須賀にも遊びに来ていた。市内にある日本有数の老舗チューニングショップ・チューニングパーツメーカー「Mine's」を訪れ、GT-R(R35)を試乗している。僕も運転したことがあるのでわかるけど、GT-Rのステアリングを握って子供のような笑みを浮かべるポールの姿がさらに涙を誘う。



[参考・引用]
[1]ワイルド・スピード、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%89
[2]短命に終わったアメリカの「ジャパニーズ・チューニングカー」ブーム メディアが書かない“日本ガラパゴス系カルチャー”輸出失敗の真相、桃田健史、エコカー大戦争!【第92回】、DIAMOND online、2011年11月11日、
http://diamond.jp/articles/-/14801
[3]『ワイルド・スピード』が稀有なシリーズである理由、ワイルド・スピード EURO MISSION、ぴあ映画生活、2013年7月9日、
http://cinema.pia.co.jp/news/161233/52358/
[4]Wモーターズ・ライカン ハイパースポーツ、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/W%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%83%B3_%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84
[5]【イタすぎるセレブ達】故ポール・ウォーカーの死を招いた事故。原因は“やはりスピード”。、ケイ小原、Techinsight、2014年3月26日、
http://japan.techinsight.jp/2014/03/kay-paul-walkers-death-was-a-result-of-speeding.html
[6]ワイルドスピードSKY MISSION公式パンフレット、東宝㈱、2015年
[7]『ワイルド・スピード SKY MISSION』亡きポール・ウォーカーの実弟、「誇りに思ってくれるはず!」と作品について語る、livedoor NEWS、2015年5月4日、
http://news.livedoor.com/article/detail/10078082/
[8]死んだ俳優がCGで“復活”した…最新デジタル技術は無敵なのか 「ワイルド・スピード SKY MISSION」公開、伊藤徳裕、【映画オタク記者のここが気になる】、産経新聞、2015年4月18日、
http://www.sankei.com/entertainments/news/150418/ent1504180002-n1.html
[9]The Fast and the Furious, Movie, 2001、INTERNET MOVIE CARS DATABASE、
http://www.imcdb.org/movie_232500-The-Fast-and-the-Furious.html
[10]【レポート】映画『ワイルド・スピード』最新作の興行収入が史上最短で10億ドルを突破、Brandon Turkus、autoblog Japan、2015年5月4日、
http://jp.autoblog.com/2015/05/04/furious-7-china-top-grossing-movie-ever/


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[ 2015/05/05 21:36 ] movies/クルマと映画 | TB(0) | CM(6)

映画のお話

バルジ大作戦なつかしいですね。
さっそくDVD引っ張りだして見ましたスケールの大きな映画だし主演のロバート・ショーも大好きなんですが、主役のタイガー戦車がM47パットン戦車になっていたのが残念です。
私が父親と始めて洋画を見に行ったのは【007ダイヤモンドは永遠に】でした。
多感な中学生に濡れ場満載のスパイ映画を見せるとは何を考えていたのか。
ただ本人が見たかったのでしょうけどおかげでその後007シリーズにすっかり嵌まってしまいました。
[ 2015/05/06 12:08 ] [ 編集 ]

Re: 映画のお話

クルマの映画についてはもっと記事にしたいのですけど、なかなかゆっくり映画を観る時間がなくて。
重いテーマの映画もたまには良いですが、私は基本的にアクションとコメディです。
先日も息子とダニエル・クレイグ版のカジノロ・ワイヤルをDVDで観ましたが、エロいシーンには目のやり場に困りました。でも男は絶対に007好きですね。愚息もその後、ダニエル・クレイグの絵を描いていました。お父さんはエヴァ・グリーンの美しさに釘付けでしたが。
クルマ映画はヒットしないというジンクスを破り、このワイスピ7はいろんな意味で映画史に残る作品となりそうです。スポーツカーがまた見直されるのでしょうか。草食系の日本市場以外は。
[ 2015/05/06 14:30 ] [ 編集 ]

クルマが印象的な映画

「男と女」、「栄光のル・マン」、「マッドマックス(1と2)」、「燃え尽きた地図」、「爆裂都市 BURST CITY」、「湾岸ミッドナイト」などが思い浮かびます。
ぼくの映画館デビューは16歳とかなり遅く、「スター・ウォーズ」が最初です。
自分のアルバイト代で観るのに加え、入れ替え制の無い田舎の映画館だったので、初回から3回連続で観続けてしまいました。10代の良い思い出です。
親に映画館へ連れて行ってもらったことも無く、自分から親を誘ったこともありませんが、それでも映画館はワンダーランドだなと今でも思っています。
「燃え尽きた地図」は勝新太郎が主人公の探偵を演じ、スバル360に乗って都内を中心に走ります。当時(昭和40年代前半)の他のクルマたちや街並みがとても懐かしいですね。一応ストーリーはあるものの、それを楽しむ映画ではないため、難解だと評されています。でもぼくは安部公房と勅使河原宏が好きなので何度か観なおしました。
「湾岸ミッドナイト」はいろんなバージョンがありますけど、どれも好きです。やはりZはいいです。ぼくはきっと、いや、間違いなくオーバーフェンダーフェチなんだと思います。
[ 2015/05/15 17:39 ] [ 編集 ]

Re: クルマが印象的な映画

久々のコメントありがとうございます。
『大脱走』を観て洋画に目覚めたのが、今の息子よりちょっと若くて小学4年の時です。ちょうどその頃に映画少年の同級生と親しくなり、彼のおすすめが『グレートレース』でした。
その後「スクリーン」や「ロードショー」を少年ジャンプやマガジンと同様、定期的に購読してました。マックイーンは勿論のこと、ダーティハリーのイーストウッドやジュリアーノ・ジェンマ、ブルース・リーに憧れて。女優だとドミニク・サンダやナタリー・ドロン。マセてましたね。
『燃えよドラゴン』は私も小学生の分際で映画館で連続3回観ましたね。昔はチケット1枚で何回も観れたのですよね。
『スターウォーズ』は貴殿と同じく高校生の頃に学校帰りだったのか友人と観に行きました。五十路を越え、やっとエピソード7とは感慨深いものです。60代でエピソード8、70代でエピソード9完結でしょうか。長生きしなくてはなりません。
車の映画は気にして探していますけど『燃え尽きた地図』は知りませんでした。安倍公房とは渋いご趣味。日本映画では田宮次郎の『黒の試走車』も観てみたいです。自動車メーカーの産業スパイに関する話ですけど、原作(梶山季之)は既読でとても面白かったです。
[ 2015/05/15 19:53 ] [ 編集 ]

こんばんは~
ぼくの映画館デビューは、小学校の時の「燃えよドラゴン」です。
タダ券で、一人で見に行ったような記憶があります。
そういえば、燃えよデブゴンとかいう映画もありましたね。
当時は印象深い映画が多かったです。
スターウォーズ、スーパーマン、さらば宇宙戦艦ヤマトなどなど。
それではまた(^^)/


[ 2015/05/17 20:25 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

donさん、
こちらへのコメントありがとうございます。
本と酒と音楽がお好きなようで、
プロフィールを読むと同じ匂いを感じます。
そちらのブログへもまたお邪魔します!
[ 2015/05/18 00:07 ] [ 編集 ]

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