LET’S FIND OUT ABOUT THE MOON

今日はちょっと夢のある話。アメリカの学習絵本“LET’S FIND OUT ABOUT THE MOON”(Martha and Charles Shapp・文、Brigitte Hartmann・絵、Franklin Watts)から宇宙のクルマについて取り上げてみたいと思う。

LET’S FIND OUT ABOUT THE MOON初版
LET’S FIND OUT ABOUT THE MOON初版(1965)

身の回りの暮らしや自然、社会、偉人等について学ぶ“LET’S FIND OUT ABOUT”シリーズは、1950年代後半から60年代にかけて、アメリカの小学校で副読本として使われていたものらしい[1]。単色刷りの挿絵と平易な英語で優しく解説されているので、中学英語で十分理解できる。私も他に“LET'S FIND OUT ABOUT WHEELS”を持っているが、今回紹介する絵本は月をテーマにしたもので、1965年の初版を1969年のアポロ月面着陸後(「月へ アポロ11号のはるかなる旅」参照)の1975年にカラー版として描き直したものだ。文章は新旧ともにMartha and Charles Shappで変わらないが、イラストの方はYukio TashiroからBrigitte Hartmannに変わっている。Yukio Tashiroは明らかに日本人、あるいは日系人名だがどういう素性の方かは不明である。

表紙に描かれているのは月面車ルナ・ロービング・ビークル(LRV=Lunar Roving Vehicle)。色鉛筆画だろうか、Brigitte Hartmannの繊細なタッチで描かれる。月面は白黒の世界だが、控えめの彩色で敢えてカラー化したことが良いアクセントになっている。初版のTashiro 版も昭和の児童書の雰囲気が醸し出されていて悪くないが、個人的にはHartmann 版の方が好きかな。

LET’S FIND OUT ABOUT THE MOON その1
月面を走行するLRV
表紙の絵は前後逆ではないだろうか。傘タイプのアンテナがある方がフロントのはずなのだが…。(上:本書に描かれたLRV、下:月面を走行するLRV[2])

LRVは1971年から72年に打ち上げられた3度のアポロ計画(アポロ15~17号)で利用された月面探査用EVである。基本設計はポルシェ、製造はボーイング社が請け負い、3,800万ドルの費用で訓練車1台、LRV3台、実験車6台が製作された。電池は36V([3]では41Vと記載)の銀・亜鉛バッテリーを2基、4輪独立駆動(4WD)・操舵(4WS)で各輪に1/4PS(=0.18kW)のインホイールモーターを搭載。全長3.1m、全幅1.8m、全高1.1mで車重は210kg。乗員や機材を加えると最大で約700kgになるようだが、月面では1/6の重力のため35kg(最大120kg弱)となる。最高速度は16km/h。クルマの基本性能「走る、曲がる、止まる」ことが出来るのは摩擦力のお陰だが(「タイヤのひみつ」参照)、重力の小さい月面ではそれが仇となる。タイヤの接地面積と効率的な摩擦力を確保するために、チタン製の板と弾力のあるワイヤ・メッシュ(最高温度が100℃を越える月面上ではゴムタイヤは使えない)で編まれた特殊なタイヤはGM製である[2][3][4][5]。

LRVのタイヤ
LRVのタイヤ[4]

さて、何故今回月面車のクルマ絵本を紹介したのか?ちょうどタイミングよく、20日にJAXA(宇宙航空研究開発機構)が日本初の月面着陸を目指した無人探査機を3年後に打ち上げる計画を発表したが[6]、機会あってそのJAXA筑波宇宙センターを先月訪問したのがこの本を取り上げたきっかけ。私が所属する学会の一つが筑波宇宙センターの見学会&講演会を企画した。年度末の繁忙期、花粉症で体調も最悪の状態だったのだが、こんなチャンスはめったにないと参加を希望したのである。さすがに業務上出張で出かける訳にもいかず(航空宇宙の研究なんてやっていないのでね)、休暇を取って久しぶりに筑波学園都市へ。

筑波宇宙センターその1
我々を出迎えてくれたH-ⅡAロケット@筑波宇宙センター

筑波宇宙センターは言わずと知れた日本の宇宙開発の総本山である。日本における宇宙の玄関に立ち入りが出来るなんて、子供の遠足のように朝からワクワク気分。センターに入るとまず本部棟横に横たわった巨大なH-ⅡAロケットが目に入る。本物のロケットを見るのは実はこれが初めてではない。ずいぶん昔に日産自動車の荻窪工場を見学したことがあり、その時初めてロケットの実物を目にしたのだった。国産大型ロケットの開発を牽引してきたのは三菱重工業で、展示されていたH-ⅡAや後継機H-ⅡBロケットの要、液体燃料のメインロケットエンジンや機体、全体システムは三菱が製造を行っている。一方、日本の固体燃料ロケットは東大・糸川英夫博士で有名なペンシルロケットの流れを汲むもので、この極小さなロケットを製造したのが旧中島飛行機の富士精密工業(当時)。後のプリンス自動車→日産自動車となった会社だ(「スバル360と百瀬晋六」参照)。日産はかつて荻窪事業所に宇宙航空部門を持っていて固体燃料ロケットの製造をH-ⅡAの前機H-Ⅱまで続けていた。私が荻窪で見たのはH-ⅠかH-Ⅱの固体燃料補助ロケットだ。日産がルノー傘下となって宇宙航空部門は石川島播磨重工業(IHI)に売却、現在のIHIエアロスペース社が固体燃料ロケットの製造を引き継いだ[7]。H-ⅡAの本体に寄り添うように取り付けられた補助ロケットはIHIエアロスペース社製。補助ロケットに比べれば、H-ⅡAロケットの全貌を望むとやはり迫力が違う。

国産大型ロケットの系譜
国産大型ロケットの系譜:左からN-Ⅰ、N-Ⅱ、H-Ⅰ、H-Ⅱ、H-ⅡA、H-ⅡBの模型(一番右は、小型人工衛星打ち上げ用固体燃料ロケット・イプシロン)@筑波宇宙センター

ロケットの前で記念撮影をしてから普段一般公開されている展示館へ。ちょうどこの日は休館日だったので、学会ツアー参加者約30名は貸切状態でゆっくりと見学をすることが出来た。先日18日に行われたセンターの特別公開日に向けて展示物の入れ替え作業が行われていたのだが、そこに月面車に関するポスターが掲示されていた。私は知らなかったのだが、2013年に発売されたPS3版「グランツーリスモ6」には、JAXAが2007年に打ち上げた月周回衛星「かぐや」が計測した月面3Dデータを活用し、本書のモデル、アポロ15号のLRVで実際に走行した月面探査ルートをシミュレーションできるのだそうだ[5]。

月周回衛星「かぐや」
月周回衛星「かぐや」@筑波宇宙センター

その後は、実際の現場である宇宙飛行士養成エリアで、映画『宇宙兄弟』のロケ現場としても使われたという宇宙飛行士候補を最終選抜する閉鎖チャンバー施設(閉鎖された空間の中で課題を与え、様々なストレスをかけて候補者の対応、リーダーシップ等の行動をチェックする)や基礎訓練・健康管理のための施設、国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」の実寸モックが置かれた模擬訓練施設、その「きぼう」の運用管制室などを見学した。運用管制室はテレビのニュースなどでもお馴染みで、中には入れなかったが外からスタッフが働く様子を伺うことができた。大きなモニターにはISSの全体運用管制を担当するNASAジョンソン宇宙センター管制室と「きぼう」から撮影したリアルタイムの地球映像が映し出されていて、ちょうど蛇行するナイル川の上空を通過する瞬間だった。

国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」
国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」の規模感@筑波宇宙センター
ヘッドダウンベッドレスト2
ヘッドダウンベッドレスト@筑波宇宙センター:-6度傾けたベッドで頭を下にして寝ると宇宙に行った時のような頭に血が上った状態になる。宇宙飛行士はこのような状態で過酷な訓練をするという(実際に横になってみた人はかなりきつそうだった)。

面白かったのが宇宙飛行士のポートレート写真の秘密。彼らの写真を見ると皆、歯を出して笑っているのがわかる。彼らの最初の訓練はこの笑顔を作ることなのだそうだ。誰もが憧れる宇宙、その宇宙に旅立つことを許された選ばれし人たちは世界中のヒーローなのだ。夢を与える職業だけにスマイルは必須。常に危険で過酷な状況に晒されるミッションなので、笑顔は緊張を解くという効果もあるのだろう。日本人初の宇宙飛行士・毛利さんやISSの船長となった若田さんの笑顔なんて最高だろう。しかし、一番新しく選ばれた3人のうちの2人は日本人宇宙飛行士初の職業軍人(と言ってはいけないのかな?)、自衛官出身(戦闘機パイロットと潜水艦の医務官)なのでこの笑顔の訓練が大変だったらしい。とにかく自衛隊では歯を出して笑うと上官に殴られるという世界だから絶対に笑えませんと(W)。で、油井・金井両飛行士の写真は実にぎこちない笑顔となった。

日本人宇宙飛行士の写真はこちら

見学後の講演会も興味深かった。この日のテーマは(船外)宇宙服。空気もなく、極暑極寒、放射線も飛び交う宇宙空間で作業するための宇宙服は、宇宙飛行士の生命を守るそれ自体が“小さな宇宙船”である。ゆえにお値段も約10億円也。自転をせず常に表の顔だけを地球へ向けて、約1ヶ月でその地球の周りを公転する月は、昼と夜が2週間おきにやって来る。大気のない月面では赤道付近で昼が110℃、夜がー170℃となる極限世界[8]。アポロ計画では月の昼間に宇宙飛行士の活動が行われた[9]。宇宙服には飛行士の体温の熱を逃がす場がなく、外からも強烈な太陽光線に晒される訳だから、そのままでは内部の温度が上昇することになる。従って宇宙服には冷却装置が搭載された。本書にも書かれているように、もし夜間の活動が行われていたら、ヒーターも必要になっただろう。

LET’S FIND OUT ABOUT THE MOON その2
アポロ計画の船外宇宙服(”LET’S FIND OUT ABOUT THE MOON”より)

また“小さな宇宙船”の中にも当然空気は必要になる。空気を送る為のポンプや電源も必要だし、宇宙飛行士が吐く息を循環させる装置も欠かせない。ところが“船”外は気圧ゼロの世界だから空気圧によって宇宙服は膨らんでしまう。何層にも被覆された宇宙服は、0.6気圧で指も腕も曲がらなくなってしまうのだそうだ。まさに五十肩の今の私のように。そこで米国製の宇宙服は0.3気圧、ロシア製は0.4気圧に設定されている。ところがこの減圧された空間では空気が大きな障害となる。空気は窒素と酸素が8:2の割合で構成されていることは小学生の教科書にも出てくるが、この空気を吸ったまま急激に減圧すると、血液中に溶け込んだ窒素が気体になって血管を詰まらせる。潜水中のダイバーが急に浮上した場合に起こる『減圧症(潜水病)』と同じだ。このため宇宙飛行士は予め100%の酸素の中で身体を慣らし体内から窒素を取り去る「脱窒素」が必要になる[10]。これには長時間を要するので、内部の気圧を高くしても作業しやすい宇宙服の開発が課題なのだそうだ。ロボティクスの技術開発が進めば、そのうち船外活動も自律型のロボットが作業を代行してくれるようになると思うが、不測の事態も想定しなければならない有人宇宙飛行では、リスクマネジメントとして宇宙服は絶対に必要な技術なのだとか。JAXAも国産の宇宙服の開発を進めているという。

船外宇宙服の操作盤表示
船外宇宙服の操作盤表示@筑波宇宙センター

一方で現実に宇宙服による船外活動においては大きな制約が生じているので、その不都合を補うために人間工学的な設計も生まれる。例えば操作盤の文字は真逆に書かれているが(上写真)、これは頭部を自由に動かせない宇宙飛行士が腕に取り付けた鏡を使って作業を行っているからである。また機材脱着用のアタッチメントも持ちやすく簡単に操作できる構造になっているそうだ。これって身体の不自由な方のために開発した製品が誰にでも使いやすくなるユニバーサルデザインのヒントが、宇宙開発技術の中に眠っているということを示している。講演者や他のJAXA職員の方とこのようなディスカッションも出来て有意義な一日であった。

無人火星探査車「オポチュニティ」
マラソンの距離を走った無人火星探査車「オポチュニティ」[12]

再び月面車の話に戻る。月面車の総走行距離は一体どれくらいかご存じだろうか?LRVの記録はアポロ17号(1972)の時に36kmを走行し、翌‘73年にソ連ルナ計画で使われた月面車ルナホート2号が37kmの記録を打ち立てた[11]。月面探査車ではないが、2004年に火星に送り込まれたNASA火星探査車「オポチュニティ」の走行距離が、今年3月にマラソンの42.195kmを越えた。これは人類が地球外で走行させた“クルマ”の現時点での最高記録となる[12]。最大の興味は、これらの大きな乗り物をどうやって宇宙空間に運搬し、荷降ろしているかということ。LRVの場合、月着陸船イーグルの下部にタイヤが畳まれた状態で格納されており、着陸後に宇宙飛行士が引っ張り出していた(下図)[13]。

LRVの展開方法
LRVの展開方法[13]



火星探査では、1997年にNASAの「マーズ・パスファインダー」が世界で初めてパラシュート(火星には大気があるので可能)とエアバッグを使って地球外惑星への軟着陸を成功させた。エアバッグというのが実に宇宙の自動車らしい発想である[14]。地球から最も遠い時で約1億km離れた火星上のクルマを遠隔操作でコントロールできるNASAのロボティクス技術のレベルは相当に高い。これに自律走行の技術が加われば…。NASAは今年初め、自動運転で実績のある日産自動車とパートナーシップを結んだ。日産も自動運転車の実用化において耐久性に非常に優れ、信頼できるシステムの構築は欠かせない。NASAとの協力は魅力的だった訳だ[15]。ロケットから自動運転、再び宇宙開発の現場に日産が戻って来たのは面白い。地上の技術が宇宙開発に使われ、その逆の応用もまた行われる。宇宙時代のクルマがどう進化するのか楽しみである。

タンタンの月探査車
タンタンの冒険に登場する月探査車(エルジェ・作、”EXPLORERS ON THE MOON”より)
宇宙探検車
昭和時代の未来予想図(小松崎茂・画、「小学館のなぜなに自動車のひみつ」より)

[参考・引用]
[1]LET'S FIND OUT BOOKS、特集の本棚、éclipse plus、
http://cookbooks.jp/ef-10/ef-10.html
[2]アポロ計画の世界を楽しむ~"人が月に行った"アポロ8号、アポロ10号、アポロ11号-17号~、楠本 慶二、
http://www.geocities.jp/kusumotokeiji/linkegypt3.htm
[3]世界自動車図鑑 誕生から現在まで、アルバート・L・ルイス、W・A・アシマーノ、徳大寺有恒・訳、草思社、1980
[4]LRV(月面車)、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/LRV_(%E6%9C%88%E9%9D%A2%E8%BB%8A)
[5]月面探査車はポルシェの設計だった【動画】
http://clicccar.com/2013/12/11/239852/
[6]日本初の月面着陸計画…無人機3年後打ち上げ、読売新聞、2015年4月20日、
http://www.yomiuri.co.jp/science/20150420-OYT1T50073.html
[7]固体燃料ロケット、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BA%E4%BD%93%E7%87%83%E6%96%99%E3%83%AD%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88
[8]もっと知りたい!「月」ってナンだ!?、JAXAホームページ、
http://www.jaxa.jp/countdown/f13/special/moon_j.html
[9]Q.真っ暗になるはずのところが明るく照らされている。もう一つ照明があったのでは?、―写真や映像に関するFAQ―、アポロ陰謀論FAQ、ASIOS、
http://www.asios.org/apollo.html#q06
[10]一番小さな宇宙船-宇宙服、ファン!ファン!JAXA、2014年9月3日、
http://fanfun.jaxa.jp/topics/detail/2982.html
[11]月面車、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E9%9D%A2%E8%BB%8A
[12]NASAの火星探査車、42.195キロ走行達成、日本経済新聞、2015年3月25日、
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM25H0F_V20C15A3EAF000/
[13]NASA’s Lunar Rover: Everything You Need to Know、Astronotes、2013年1月18日、
http://www.armaghplanet.com/blog/nasas-lunar-rover-everything-you-need-to-know.html
[14]2005年までつづく火星探査10機の先陣―マーズ・パスファインダー、JAXA宇宙情報センター、
http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/mars_pathfinder.html
[15]なぜNASAと日産は、自動運転技術の開発でパートナーシップを結んだのか?、ALEX DAVIES、WIRED、2015年1月24日、
http://wired.jp/2015/01/24/nasa-and-nissan/
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメントの編集・削除時に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)


    トラックバック

    Trackback URL
    Trackbacks


    最近の記事