灘高校生の受験日記

今日、神奈川県公立高校の合格発表があった。心配された長女も無事第一志望校に合格、努力が報われた一日となった(菅公様、ポテチありがとう!)。しかし合格者の裏には不合格者も存在する。一緒に同じ高校に行こうと言っていた友だちが不合格になって、彼女の心境は複雑のようだ。私の15の春はまさにこの友人と同じ立場であった。大人になった今でもあの日のことはトラウマとして残り、ある意味、私のメンタリティをも決めた高校受験は、15歳の少年少女には厳しすぎる試練となる。

冒頭の書籍は『灘高校生の受験日記』(園地靖・著、秋元文庫)という絶版書で、当時受験生だった私がとても面白いからと友だちに勧められ読了した懐かしい本だ。名門高に入学して東大に現役合格するまでの著者自身の緻密な日記(ほとんどが勉強に関する話だったと思う)をまるまる書籍化したものである。微積の問題とかも掲載されていて、中学生には難しい内容もあったが東大合格という一つのゴールに至るまでのリアルなプロセスが同じ受験生の共感を得たのであろう、モチベーションを高める効果もあって一気に読了した記憶がある。今でも人気は高い本のようで、ヤフオクで1万円からのスタート!

私の受験した高校は、灘高の足元にも及ばない(と言ったらその高校のOBに怒られそうだが)けれど、福岡県内では最も歴史があり偏差値No.1の県立高校である。こんな私でも当時は成績もそこそこ良く、模試でも一応合格圏内に入っていた。福岡は大学よりも出身“県立”高校が幅を利かせる土地柄なので、私もその高校に進学することを当然と考えていた嫌な奴だった。しかし本番の試験はうまくいかず、悔しい結果となった訳である。勿論、自分の部屋で大号泣した。「東大に入ってやる~」と叫びながら1時間後には絶対に無理だと冷静さを取り戻したアホな私(笑)。

他県がどうだかわからないが、神奈川県の公立高校入試の場合、内申と統一筆記試験、面接試験に加え、学校によっては特色検査という大学の2次試験に相当する学力検査がある(娘の受験校はこの試験が無い)。試験が筆記・面接・特色の3日間もある生徒もいるのだ。最近の子供たちは大変だなと思うが、内申点の比率も高く、内申はあっても事実上筆記試験一発勝負だった私の頃に比べれば、多方面から評価されるので羨ましい。筆記試験がうまくいかなかった娘は、部活の部長も含め3年間の学校生活を頑張ったおかげで内申点に救われたと言っても良い。

さて私の場合、同じクラスで仲の良かった友だち2人は見事に合格を果たした。3人の中で1人だけ失敗、しかも私が通うことになった滑り止めのミッション系の高校はその落ちた高校のすぐ裏手にある(自虐的に先生や生徒は“奥の院”と呼んでいた)。通学時に彼らと顔を合わすこともあったので、プライドはズタズタだった。この失敗体験はずっと後を引き、その後の高校生活や大学、社会に出てからのキャリア形成においても何か自信が持てなかったような気がする。今自身を省みるとその自信のなさは、高校受験の失敗を言い訳にして、常に全力を出さずに楽な方へ流れていた弱い自分の精神性の表れではなかったかと思う。「狭き門より入れ。」マタイによる福音書の一節は耳が痛む。今回娘の合格で、溜飲を半分下げられた気がするかな。あと半分、四年後にもう一匹厄介な弟が控えているのでね(どんだけ引きずるっちゅうーねん)。

でもね、よくよく考えると、そのトラウマとなったミッションスクールの入学式に「君らは神から選ばれし者たち」と言われたように、そこで生涯の友を得たことや、今の家族や会社の仲間に恵まれたことは、この失敗があったからこそではないかと思える。前述の合格した友人の一人、医者になったオープン乗りの男とは今でも付き合いがあり、当時を笑って酒を飲み交わす仲だ。高校に進学した際に、過去の失敗をリセットする強い気持ちがあれば、私の人生ももっと素敵になっていたかもしれない。

受験に失敗した君たちに約40年前に同じ経験をしたオジサンが贈る言葉。今日は思いっきり声を出して泣いて下さい。そして今日の結果をしっかり受け止め、明日からの可能性を冷静に考えてみて下さい。そうして気持ちを切り替えて、与えられた新しい環境で全力を尽くして下さい。君たちはまだまだ若い。きっと良いことはやって来ます。人生、そんな捨てたもんじゃないですよ。この歌のパクリですけどね。


スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメントの編集・削除時に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)


    トラックバック

    Trackback URL
    Trackbacks


    最近の記事