実家にあった古本3冊

帰省をした福岡の実家で父の書棚から戦前の興味深い古本を見つけた。その中で比較的程度の良かったものを3冊拝借し持ち帰ったので紹介したい。2冊は『海と空 臨時増刊』(海と空社、1937年)と『航空朝日』(朝日新聞社、1945年)という軍事雑誌。もう1冊は『満州概観』(南満州鉄道㈱、1934年)という写真集である。私は軍事オタクでも大日本帝国礼讃者でもないけれど、普段なかなかお目にかかれない本だったし、「ヒコーキノエホン」も集めようかなと思うくらい飛行機にも興味がある。自動車と飛行機は密接な関係があるからね。また、これら雑誌にまつわる当時軍国少年だった父のエピソードを初めて聞く機会も得られたので、戦後70年の年初に当たり、あの頃はどういう時代だったのかをこれらの文献から探れないかと思った訳である。

海と空 世界軍用機集(1937)

まずは『海と空』。ご存じのように戦前の印刷物は右から読むので『空と海』ではない。[1]によれば、本誌は昭和7年に創刊された中学生向けの海軍雑誌で、昭和20年の1月号が最後。2月号は3月上旬に配本の予定だったのが、3月10日の東京大空襲で焼失した幻の本となってしまった。父の蔵書は昭和12年に発行された「世界軍用機集」という臨時増刊号で、海軍といっても完全な航空雑誌になっている。昭和12年というと、7月の盧溝橋事件を端に日中戦争が始まった年。ここから日本は第2次世界大戦へと突き進むことになる。この大戦の起点となった1937年は現代と類似する点も多いと指摘する学者もおり[2]、事実日中間の対立とかロシア-ウクライナ問題、直近ではフランスでの連続テロ事件とか今まさにリアルタイムで起こっている日本人も他人事ではなくなった「イスラム国」問題等、一つ間違えば大きな国際紛争になり兼ねないきな臭い出来事が頻発している。この雑誌との出会いは、戦後70年の節目に改めてあの大戦は何だったのか歴史を顧みよというメッセージなのかもしれない。

ハインケルHe70型昼間爆撃機
ハインケルHe70型昼間爆撃機(『海と空』世界軍用機集(1937)より)

当時一冊一円で子供の小遣いでも買えるこの『海と空』を父はよく購読していたらしく、太平洋戦争が始まると、非常に手に入りにくくなったと言う。そんなとき同じ旧制中学の友人と、出版社である海と空社へ直接バックナンバーを探しに行って購入したのがこの本。巻末の海と空社の住所をみると、東京市(←都ではない)麹町区(←現在の千代田区)内幸町1-4、今とは随分住所表記が異なるのが興味深い。

飛行機好きだった彼らは、金切鋏を片手に、廃機のある場所まで行って部品の一部を失敬することもあったそうだ。羽田にあった国産機や公園(父の記憶では日比谷公園ではなかったかという話)に撃墜され国威発揚のために展示(見世物に)されていたB29の残骸などから、ジュラルミンの機体を鋏で切って持ち帰っていたらしい。父曰く、国産機は簡単に切れるのだが、B29の機体は厚みがあって鋏では全く歯が立たない。この時点で技術力の差は子供の目にも明きらかなのだが、それでも軍国少年は最後まで日本の勝利を信じていたのである。

航空朝日 1945年4号 航空朝日 1945年4号(裏表紙)

私が特に興味を引かれたのは、もう一つの雑誌『航空朝日』。皇紀2605年という紀年表記が時代を表すが、終戦の昭和20年(1945)3月25日印刷配本、4月1日発行の第4号である。本誌は昭和15年に創刊され、戦後の昭和20年の11号で終刊となっている。[3]によれば昭和20年以前には多くの航空雑誌が存在したそうで、中でも『航空朝日』は庶民的な題材や航空機をわかりやすく記事にしていた点が特徴で、今で言う『Newton』といった科学啓蒙雑誌の位置づけではなかったかと思う。航空機は当時の最先端科学技術の塊だったからだ。東京大空襲が続く中でよく出版され、父も手に入れたなと思うが、発行所である朝日新聞東京本社の所在地は麹町区有楽町2丁目となっていて、麹町大空襲は5月25日[4]。発行時点ではまだ空襲の影響を受けていなかったのだろう。父が住んでいた東中野もこの頃はまだ空襲を受けておらず、父の蔵書の中から今回紹介した雑誌を含むお気に入りの何冊かを防空壕に保管していたことで焼け残ったのだそうだ。

表紙の目次を見ると、
大型爆撃機必勝論・・・・・・・・・・松永壽雄(衆議院議員)
最近の大型機について・・・・・・・・松浦四郎(技術院規格課長)
大型機としての飛行艇・・・・・・・・徳田晃一(川西航空機技師)
噴流推進機関について・・・・・・・・亘理 厚(陸軍航技中尉)
敵・イギリスの「空中戦艦」論・・・・フランク・マーフィ
明日の飛行機はどんな型か・・・・・・F・ダラハム(紐育タイムズ誌航空記者)
他、航空機乗員の地上訓練機械、最近の海外航空事情 等

航空朝日 1945年4号 目次

この内容をみて意外だったのは、国会議員による必勝論が巻頭言なのは無理はないとしても、全般的には技術雑誌らしくどれも極めてニュートラルな記事だということだ。戦中は敵性語の使用まかりならんという状況だったと理解していたのだが、アメリカ、タンデム、コンクリート、モーメント、プロペラ、フラップ、エンジン、ロケット、タービン等々、技術用語が多いけれど普通にカタカナ英語が使用されているし(表紙にはグラビアなんて表記も確認できる)、米英の専門誌からの記事も翻訳・解説している。ただ表紙にはタイトルだけで英米著者名の表記はしない微妙な気の配り方だ。戦局も厳しい中、どういうルートでこのような情報を入手していたのかはわからないが、これらの情報が一部の軍や政府関係者のみに共有されていたものではなく、父のような子供でも簡単に入手できる一般雑誌に掲載されていたことに驚いた。

「航空朝日」その1
噴流推進機関について(『航空朝日』1945年4号より)

例えば最近の海外航空事情というコーナーでは、以下のような米英からの最新情報を複数掲載している。
『新快速戦闘機 米海軍航空局長テュ・ヴィット・ラムゼイは(1944年)12月11日下院の海軍委員会で次のように言明した。時速1,120粁(km)以上といふ殆ど音の速度に近い速力を有する海軍新戦闘機が近く第一線に出動することになろう。…』

この情報なんかは、米海軍初の作戦用ジェット戦闘機、1950年代以降西側諸国で採用された米空軍の亜音速ジェット戦闘機F-86の原型、FJ-1(ノースアメリカン)の開発計画に関するものではないかと思う。設計指示が出されたのは1944年だが、試作機の初飛行は戦後の1946年になってからである[5]。

他にも、
『英軍の電波暗視器 米軍爆撃隊基地特派員のローマ電によると、反枢軸軍爆撃照準手が数里に及ぶ厚い雲と暗黒を通し、如何にして不思議なほどの正確さで目標を識別するかといふ今次大戦最大の秘密の一つが明らかにされた。これは英空軍で「ブラックボックス」または「ゲンボックス」と呼んでいる計器で、爆撃機の胴体に取り付けられる。作用は蛍光板同様で、即ち射出された電波は地上に打衝って跳ね返り、ガラスの円盤の上に映像を作る。かくして通過する地区の等高線地図が得られるのである。…』

これは英空軍の爆撃照準用H2Sレーダー、G(ギガ)Hz帯のマイクロ波レーダーのことではないだろうか[6]。

「航空朝日」その2
なぜヘルキャットはあわてて設計されたか(『航空朝日』1945年4号より)

また「ゼロファイター」の優秀な性能に、対抗戦闘機であるグラマンF6F「ヘルキャット」の設計をめぐって米航空部隊がいかに悩まされたかを紹介した米誌記事の解説文「なぜヘルキャットはあわてて設計されたか」においては、決して零戦を神格化することなく米軍の技術力を冷静に評価していたことが以下の文から知ることができる。
『「空中戦王」として米海軍航空隊随一の空戦錬達の士といはれる中佐ジョン・スミス・「ジミイ」サッチは「コリア―」誌の1942年12月号に寄稿した論文で、米海軍航空隊は「ヘルキャット」を得て初めて「零戦」に封する運動性能の弱点を回復したと記しているが、その戦法は「ヘルキャット」二機が一組になって「零戦」一機に立ち向ふもので、最大速度を得るために急降下で日本機に接近し、射的距離に入るや急旋回しながら一連射をかけて避退するといふのである。(中略)「ヘルキャット」の性能、諸元は未だ公表の時期に達していないが、その発動機は半里の長さの貨物列車を牽引するほど協力であり、それだけ非常な速度を出すことができる。旋回性能も著しく改善され、曲技的旋回も可能となった。(中略)「ジミイ」サッチがかつて「相手が見えなければ射撃することはできぬ」と言ったが、「ヘルキャット」の設計者は操縦士に最良の視界を与へることに成功したのである。』

当時の時代背景からすれば、十分検閲されてもおかしくない記事だと思うが、東京大空襲で全てが疲弊している時期ということもあって、軍や政府ももはやそんな余力すら残っていなかったのかもしれない。

航空朝日 1940年11号
『航空朝日』1940年11号[3]

雑誌の印刷や紙の質からも戦局の変化は読み取れる。父も言っていたが、『海と空』のように戦前に発行された雑誌の表紙はカラー印刷で紙の質は良かったが、『航空朝日』のように終戦の頃になると、カラー印刷どころか紙も藁半紙のような質の悪いものに変わってきたそうだ。[3]によれば、確かに昭和15年頃の『航空朝日』の表紙はカラー印刷である(上図)。

満州概観 1934年版
『満州概観』1934年版

もう一冊の『満州概観』。父は幼少の頃、銀行員だった祖父の仕事の関係で、中国の汕頭やこの満州国、大連に住んでいたので本書を所有していたのだと思う。写真集だが皇記2594年(昭和9年)版のさしずめ満州国アニュアルレポートのようなものだ。陛下が年頭のお言葉で、先の戦争が「満州事変から始まる」と具体的に異例の言及をされたことが話題になっていたが、満州についてはもう少し勉強してみる必要がある。本書については別の機会に改めて取り上げたいと思う。

亡くなった母は生前、玉音放送を聞くまでは日本は絶対に負けない、必ず「神風」が吹くと信じていたと良く言っていた。でも軍国少年だった父は、前出の日米機体の厚さの違いとか愛読雑誌の紙の質の変化とか、いくらお上や新聞、周りの大人が調子の良いことを言っても、何となく日本の分が悪いと感じていたのではないかと思う。いつの時代も戦争や紛争の最大の犠牲者は子供である。鬼畜米英を教育された私の父や母も犠牲者だが、70年経った今も世界各地で大人の身勝手な行動が続いている。

仏「シャルリー・エブド」紙の風刺画に対するテロ事件に少しだけ言及すると、卑劣なテロ行為は断じて許されるべきものではないが、新たな風刺画でイスラム圏を挑発するかのような出版社の抗議行動は、イスラム信者でない私でも不快な気分にさせられる。抗議すべき相手は過激派でありイスラム教ではないはずだ。ローマ法王の言われた「他者の信仰を侮辱してはならない」は全くその通りだと思うし、出版社は「表現の自由」の意味を完全に履き違えている。彼らの行動を見た双方の宗教文化圏の子供たちはどういう印象を持つだろうかと考えた。まだ正しい判断基準を持たない子供たちに大人の論理・正義を植え付けることで、憎しみの連鎖が続いていく。テロリストの思う壺だ。子供の前で、中共や朝鮮半島への反発的な感情を軽々しく口にする自分も大いに反省しなければならないと思った。

この憎しみの連鎖を断つというのは非常に難しい。人類の永遠の課題だろう。親としての自分が心がけることは、子供たちには良いことも悪いことも事実を伝えること(臭いものに蓋をしない)ぐらいかな。事実を知っていればいずれ自分の頭で何が人間の本質であるかを判断できるようになると信じている。ここでいう事実とは大人のバイアスが介在しない客観的な生の情報であり、その取捨選択は非常に難しい。世の中で事実と語られるものは大かれ少なかれ、その語り部の主観で歪曲されているし、読み手や聞き手は最初に見聞きした情報に影響を受けやすい。本来新聞や教科書というものは客観的立場を取るべきだと思うのだが(少なくとも客観情報と主観情報は分けて書く)、実際には様々な大人の思惑が働いているので、正しい事実が伝わらない内容も多い。そういう意味で、今回紹介した『海と空』や『航空朝日』といった科学雑誌は思想や宗教とは比較的無縁なので、事実を知る手掛かりとしては結構良い資料になると思った。「零戦」の真実を伝えるには、百田の『永遠のゼロ』でも宮崎の『風立ちぬ』でもなく戦前の航空雑誌が良いのかもしれない。また[4]の中学生のように、体験者からじかに話を聞くというのも非常に重要な情報伝達手段だと思う。嘘証言というのもあるから人選には注意を要するが、戦中派の高齢化が進んでいることを考えれば、ここ10年以内に周囲の身近なお年寄りからいろいろな話を聞いておく方が良いだろう。

「航空朝日」その3
戦地で回収したと思われる敵戦闘機:意外とオープンに情報公開している印象(『航空朝日』1945年4号より)

[参考・引用]
[1]館長ノートvol.21 雑誌集めの苦労、館長ノート、大和ミュージアム、2010年6月9日、
http://www.yamato-museum.com/concept/note/2010/06/post.html
[2]今は第2次世界大戦の起点、「1937年」と類似 金融危機後、長期にわたって失望する世界、ロバート・J・シラー、東洋経済ONLINE、2014年10月4日、
http://toyokeizai.net/articles/-/48801
[3]月刊誌航空朝日、滑空史保存協会 滑翔の灯、
http://www.vsha.jp/page304.html
[4]第3回櫻井賞受賞作 半蔵門から四ツ谷が見えた -五月二十五日、麹町大空襲-、岡部憲和、板橋区ホームページ、2008年4月1日、
http://www.city.itabashi.tokyo.jp/c_kurashi/003/003578.html
[5]FJ-1(航空機)、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/FJ-1_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
[6]レーダーで戦争をしたのはドイツだ? 2、第1章 レーダーでやる戦争、F22への道、夕撃旅団-改、
http://majo44.sakura.ne.jp/planes/F22/F22zzr/12.html
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