日産セレナ アンシャンテ

社会保険庁の年金記録不備問題やコムスンの虚偽申請問題など、ここにきて日本の社会福祉制度に暗い影を落とす事件が相次いでいる。先日の「アンシャンテがやってきた」の紹介もあり、福祉車両について少し勉強してみようと思う。

福祉車両については、1990年前後から議論や開発が活発になってきた。その背景の一つが日本社会の高齢化である。65歳以上の人口に占める割合が14~21%の社会を一般に高齢社会、それ以下を高齢化社会、それ以上を超高齢社会と呼ぶ。日本は世界に類のない速さで94年に高齢社会、2007年に超高齢社会に突入する。2015年には27%と実に4人に1人以上が高齢者になると推定されている[1][2]。この高齢社会の進展とともに、行政や企業、マスコミが高齢者対応の必要性を声高に叫ぶようになった。自動車業界も例外ではなく、95年頃から先のアンシャンテを含む各種福祉車両が各社から商品化されるようになった[3]。

もう一つ障害者対応に関する重要な出来事が90年に起こる。米国における障害をもつアメリカ人法(Americans with Disabilities Act of 1990)、通称ADA法の制定である(施行は92年)。この法律は、アメリカに住む障害を持つ人たちに、社会に参加する権利を保障し、公共施設、商業施設、鉄道などの交通機関を障害の程度に関わらず利用できるよう整備することを義務づけている。また、障害を理由に雇用や教育を差別することも禁じている。移動の観点からいうと、アクセスビリティの法律による保障であって、何人も移動に際して不自由があってはならないということである。確かにアメリカに行くと、あらゆる公共施設の出入り口にはスロープが設定されていて、車椅子で無理なく移動できる。当然、車を使った移動欲求に対しても、車椅子を車載できない、自操で運転できない等といった阻害要因があってはいけない、改善せよということになる[4]。

アメリカのバリアフリーバス
アメリカのバリアフリーバス

この法律は、おそらく全世界に強烈なインパクトを与えたに違いない。建物やモビリティに関わる行政や企業、雇用形態を有するあらゆる事業主等々は、従来の考え方を一変する必要があったはずだ。設計思想の中に身障者にとっての壁を取り払うという意味でのバリアフリー、もしくは誰もが使いやすいという意味でのユニバーサルデザインという概念が導入されるようになり、最近ではこれらの言葉も日常的に使われるようになってきた。英国では1995年に「障害者差別(禁止)法(DDA)」が成立し、遅ればせながらわが国でも2000年11月「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」、通称「交通バリアフリー法」が施行され、昨年4月には「障害者自立支援法」も施行、ようやく法整備が途についたばかりである[5]。

社会的背景はこのくらいにして本題の福祉車両であるが、前述のように95年ころから商品化が進み、東京モーターショーや福祉機器展でも福祉車両展示はおなじみの光景となった。販売店では専用の展示エリアを設けたり、選任のアドバイザーを設けるところも出てきた。

福祉車両については、各社いろいろな呼び方をしているようだ。トヨタはウェルキャブ、日産はライフケアビークル(LV)、三菱はハーティラン等々。その種類は大きく3つに分けられる。一つは自操式、もう一つは介護式、そして公共交通である。自操式は身体の不自由な人でも自分で運転できるように車両の一部を改造し、各種の運転補助装置を取り付けた車だ。足や手だけで運転するものであるが、障害形態は千差万別なので、ほとんど一品一様のオーダーメードの世界だ。介護式は身体の不自由な人の介護や送迎に利用できる車で、介護される人の状態によって、1)回転シート(回転スライドシート)車、2)昇降シート車、3)車椅子移動車、4)ストレッチャー移動車に分類される。1)は助手席や後席が簡単な操作で外側に回転、または回転スライドして乗降をサポートするタイプ。2)は助手席や後席が簡単な操作で外側に回転した後、車椅子と同じくらいの低い位置まで下がるタイプ。3)は車椅子に座ったままスロープや昇降機を使って車内に乗り込むタイプ。4)は医療施設や介護福祉施設などの事業者が身体の不自由な人を寝たまま移送するためにストレッチャーをそのままの乗せられるタイプである[6][7]。先の「アンシャンテがやってきた」に登場するセレナは2)のタイプ。ちなみに日産では1)2)を総称してアンシャンテシリーズ、3)をチェアキャブシリーズと呼んでいる。3つ目の公共交通は、低床バスや福祉タクシーといったものを示す。

JOY-VAN
JOY-VAN

自操式では10年くらい前に話題となった車がある。97年に一台のアメリカ車が輸入された。名前は「JOY-VAN(ジョイバン)」。アメリカインディアナ州にあるアナフィールド(ahnafield)社が手がけたGM社シボレーアストロなどを改良した重度身障者用福祉車両である。この車の特徴は大きく二つあった。まず一つ目は、電動車椅子のまま運転席に乗り込めること。リフトによって乗降し、その上げ下ろしからスライドドアの開閉までリモコンの操作一つでOKである。

ジョイスティックコントロール
JOY-VANのジョイスティックコントロール

もう一つの大きな特徴として、ジョイスティックコントロールカーという名の通り、電動車椅子を操作するのと同じようにスティック一本で運転できるのだ。スティック操作は、コンピューター制御されており、手前に引くとアクセル、前に倒してブレーキ、左右に倒すと左折、右折といったハンドル。ウィンカーやライト類、ワイパーなどは、六つのボタンで操作できる。また、障害の違いによって頭部や肘などで操作することも可能だ[8][9]。当時思ったのは、アイデアとしては考えられたが本当に作る会社があったことと、それが普通に公道を走っていることが驚きだった。

トヨタ エスティマ ウェルドライブシステム
トヨタ エスティマ ウェルドライブシステム

この車を輸入した渡辺啓二さん(自らも障害者)が代表を務めるNPO「ジョイプロジェクト」は、日本財団のサポートを受けて精力的な活動を行い、日本の厚い壁であった行政(構造は運輸省、運転は警察)の認可を得ることになった。これにより晴れて輸入と公道を走ることができ、プロジェクトは全国キャラバンを展開する。この活動は自動車会社も動かし、2002年にトヨタ自動車がこのジョイバンをエスティマ ウェルドライブという形で市販化するに至った。この辺の詳しい経緯は日本財団のホームページを参照されたい[10]。また、同じシステムを使ったダイムラー・クライスラー社ダッジ・グランドキャラバンでアメリカ1週を行った日本人のプロジェクトもあった。これについては「ジョイスティック車で大陸を駆ける」(貝谷嘉洋著、日本評論社)という本が上梓されているので、一度読んでみたいと思う。

これらの活動について思ったことは、新しい技術の導入に対するアメリカと日本の考え方の違いである。日本では、まず最初にその技術導入による危険性や不利益を考えて躊躇する。その結果普及が遅れる。一方アメリカはその技術導入によるメリットを第一に考えるので、社会の受容性、フレキシビリティが高くアクションも早い(そのリスクをカバーするためにPL法も整備されたのであろう)。ネガティブシンキングかポジティブシンキングの差である。環境問題では腰の重いアメリカであるが、CO2増大によるネガティブシナリオ(勿論待ったなしなのだが)ではなく、CO2削減によるポジティブシナリオ、例えばハイブリットや燃料電池の車を利用することによるメリット(単に燃費が良いのはガソリンが水代わりのアメリカ人にはメリットにならない)を何か訴求できれば、アメリカは素早く対応するのではないだろうか。日欧の知恵の出しどころである。

少し横道に逸れたが、福祉について子供と語りあうことは重要なことだ。あまり上段に構えることなく、例えば「アンシャンテがやってきた」のような絵本を通じて。社会における高齢者や障害者との共存は当たり前のことであること。そもそも障害者は特殊な存在ではないこと。私を含めた眼鏡をかけた人は視覚障害者であり、眼鏡という福祉機器がなければ、私もまともな生活ができない。妊婦も幼児も健常者のような移動・行動が出来ないこと考えれば障害者の一部である。このように考えると健常者は一握りしかいない、社会全体でみれば実はマイノリティであるということを。

[参考・引用]
[1]高齢化社会、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%BD%A2%E5%8C%96
[2]平成19年版高齢社会白書、内閣府、
http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2007/gaiyou/19indexg.html
[3]福祉車両開発現場から一般車に期待するところ、栗原ほか、pp49-54、自動車技術Vol.60、No.3、2006
[4]愛知県建築指導課ホームページ、人にやさしい街づくり情報ひろば、用語集、
http://www.pref.aichi.jp/kenchikushido/hiroba/vocabulary.html
[5]日本福祉のまちづくり学会、発行物、ニュースレターNo.8、交通バリアフリー法、
http://fukumachi.net/hakkou/news_letter/08.html#a1_2
[6]「もっと自由に移動したい」をかなえる福祉車両、泰松、pp42-48、自動車技術Vol.60、No.3、2006
[7]小さな車(軽自動車)への自操式福祉車両の取り組み、安良城、pp61-65、自動車技術Vol.60、No.3、2006
[8]夢の車が日本上陸スティック1本で自由自在、
http://www.fsinet.or.jp/~atom/news233.html
[9]JOY-VANってしってる?、
http://www.jade.dti.ne.jp/~enjoy/joyvan.html
[10]日本財団ホームページ、HOT Topics一覧、2002年、電動車いすのまま運転できる国産自動車、ついに発売!、
http://www.nippon-foundation.or.jp/vol/topics_dtl/2002519/20025191.html

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