ぴかくん めをまわす

もうすぐ師走。朝も暗いうちから50km先の職場へ出勤するのが辛い季節となった。先日いつもより30分も遅く家を出てしまい(30分遅くなると、30分通勤時間が延びるのだ)、信号で止まらずに会社に行けたらいいのにと憂鬱な気持ちになった。会社まで一体何機の信号があるのだろう?数えてみた。結果は123機。うち赤信号で停止したのが33回。平均すると0.4km間隔で信号が設置されていて、赤信号に捕まる確率は24%。約4回に1回は信号停止しているという計算になる。渋滞もあるので必ずしも赤信号1回で交差点を通過できるとは限らない。渋滞が酷い場合は2回、3回と待たされてイライラが募ることになる。でも信号は悪くない。彼らは文句も言わず、世の交通安全・秩序を守るために日夜働いている。そんな信号機の一日を描いた絵本が「ぴかくん めをまわす」(松居直・作、長新太・絵、福音館書店<こどものとも>傑作集11)である。

ぴかくんめをまわす その1

朝の一番電車が動き始めると、黄信号を点滅させながら寝ていたぴかくんは目を覚ます。私の出勤時はさすがに黄信号は点滅していないが、街が動き始めると、ぴかくんも規則正しく信号を送り始める。ゼブラ模様のぴかくんが懐かしい。今の子供たちはこんな信号機見たことないだろうな。

あお・き・あか・あお・き・あか…。あかです。とまれ!

ラッシュアワーになるにつれ、ぴかくんの動きは慌ただしくなってきた。

ぴかくんめをまわす その3

あおーすすめ、きーまて!あっ、あぶない!きでとびだしてはいけない。

私は絵本のこの部分の表現が非常に興味深かった。僕らの子供の頃は、信号は『青(※1)進め、黄注意、赤止まれ』と教わった記憶がある。このような安全教育の背景があるのか、僕も含め世間のドライバーを見ていると、黄は“待て”よりも“進め(行っちまえ)”の方が感覚的には近い。以前、自動車の安全に関するフォーラムを聴きに行った時、モータージャーナリストの清水和夫氏が欧州では黄信号はフルブレーキだとおっしゃっていた。日本人の一般的な感覚とは異なるこの運転慣習が事実なのかどうかを、会社のフランス人マネージャーに聞いてみたことがある(もちろん日本語で)。彼曰く、他の欧州各国の事情がどうかはわからないが、少なくともフランスでは黄色で通過すると間違いなく警察に捕まるとのこと。そして彼の次の言葉が象徴的だった。黄信号は「アラート(alert)」なのだから止まるのは当然だと。注意に関する英語はいろいろある。caution、alert、attention、warning、noticeなど。意味の強さ順に並べるとalert>warning>caution>notice>attentionといった感じだろうか。alertには今まさに危険な状態だと知らせる「警報」の意味がある。目から鱗だった。黄信号はフルブレーキだという感覚はこの同僚の言葉で納得出来た。

(※1)日本では“青”信号というが、実際には緑に近い青。英語ではその色の通りa “green” lightと表現する。Goサインを出すという意味で“CEO got the green light to go ahead with our planning.(CEOは我々の企画を進めることを許可した。)”という使い方もある。高輝度青色LEDの発明で、最近の信号機はより青味が強くなった気もするが(法規上は国際基準を満たす緑の波長500nm前後[1])、国際的には緑が進めである。

本書の黄信号表現は彼の言うニュアンスに近い。昔は日本も欧州と同じような黄色は待て・止まれの運転行動が主流だったのだろうか?もしそうだとすると、いつの頃から変化したのか?(※2)黄信号が“attention”ぐらいの意識であればまだ良いのだが、周りを見渡せば青→黄に変わっても何のためらいもなく通過をし、黄→赤になればアクセルを踏む確信犯のドライバーが多い。かくいう私も黄=止まれのつもりで運転を心がけてはいるが、ついついアクセルを緩めず進んでしまうこともある。このことをこのムッシュに話すと、それは日本とフランス(欧州)の交通環境の違いにもよるだろうという意見だった。前述のように日本の道路では非常に短い間隔で信号機が設置されている。このことによりもともと車速が制限されるので、黄はattentionくらいの気持ちになるのではないかと。欧州ではラウンドアバウト交差点が発達しているので信号も少なく、逆に信号がある箇所はスピードも出ている。だから黄信号で車速を落とすことを厳格に守らざるを得ないと言うのだ。なかなか興味深い分析だが、とは言っても、最近平気で信号無視する自転車をよく見かけるようになったので、青ですら安心はできない。青はあくまで「進むことができる」進行の許可だけの意味だから、信号の色に関わらず注意を怠ってはいけない。

(※2)[1]によれば『関西の一部地域では、昭和28年ごろから昭和45年までの間、青→黄へ変わる前に青信号を数秒間点滅させる整備を行っていたことがある。黄信号で安全に停止させ、赤信号無視を抑止する効果を狙ったものだが、交通量の増加に伴い、赤になる前に加速して通過しようとする車両が停止する車両に追突する事故が続発して問題となり、車両用信号機での青信号の点滅は全廃された。』黄信号で停止させようという試みはあったのだね。でも数分の電車の遅れにも苛立つ時間にせっかちな日本人の慣習に馴染めなかったということか。

さて、ぴかくんが一所懸命交通整理を続けているとそのうち、あお・き・あか・あお・き・あお?あか・き・あか?あお・き・き?あか・き・あお??信号が一度についたり消えたり、めちゃくちゃになって来た。あんまり忙しくて、ぴかくんが目を回したのだった。こうなると都会は大混乱である。大泥棒が400万ドルの金塊強奪計画を成功させるためにローバー・ミニで市中を逃げ回るという有名なクルマ映画「ミニミニ大作戦」(1969年・英国)でもこんな場面が登場する。交通管制システムのコンピューターをマヒさせ、都市交通の混乱に乗じて金塊をいただくというストーリーだ。

馬場のぼる版「ぴかくん めをまわす」
馬場のぼる版「ぴかくん めをまわす」

映画が製作された1969年には既に信号機はコンピューターで管理されていた訳だが、本書の初版年1966年当時の日本はどうだったのか?我が国で最初に広域信号制御が導入されたのは昭和41年、まさにこの‘66年4月に東京の銀座地区において、電子機器を使用した中央制御による面的な交通整理が試験的に実施されたとのこと[2]。ひょっとするとこのニュースがきっかけで本書が誕生したのかもしれないと調べてみると、実は本書長新太さん版はオリジナルではないことがわかった。「ぴかくん めをまわす」がこどものともシリーズから出版されたのは1960年、漫画家・馬場のぼるさんの筆によるものが最初だったのだ[3]。広域信号制御が導入される前は、どうやって信号機をコントロールしていたのだろうか?スムーズな交通流確保のために信号機を通信線で互いに関連付けて動作させる系統式制御はかなり古くから導入されているようだ。費用のかかる通信線利用から同一変電所管内の電気時計を使って同期運転させる方法は昭和10年から始まっている。現在は自動的に時間調整を行っているが、当初は運用の正確性を確保するため、毎週1回の時間点検が必要だったのだそうだ[4]。そういえば、本書ではおまわりさんが朝ぴかくんを起こしにやってくるのだが、この点検作業を表現していたのだろうか?

ぴかくんめをまわす その2
未来の予言書?(「ぴかくんめをまわす」より)

もちろん現代はさらに高度な情報通信システムを利用してリアルタイムな交通情報を元により的確な信号制御を行っている。それでもなお交通渋滞は解消されないのだから、今後はクルマ側の制御も必要となってくるだろう。自動運転やConnected Carの目的の一つはそこにある。情報化・自動化が進めば、時々刻々と変化する車速や加減速、位置データのように自動車から直接吸い上げた大量のプローブ情報がビッグデータとして蓄えられる。これら精度の高いデータを元に車両の経路を誘導したり、速度を抑制したりして交通の流れの最適化を図ることができるようになるだろう。ぴかくんのように信号機も知能化され、いずれ心(のようなもの)を持つようになるかもしれない。しかし、システムが高度に情報化、ネットワーク化されると別な問題も出てくる。今年になってセキュリティ専門企業が、世界で用いられている交通管制システムに使われている装置の脆弱性を発見したのだそうだ。意図的に装置の脆弱性を突いて攻撃を仕掛ければ、本書のように都市機能の大混乱が現実となる可能性がある[5]。松居さん、長さんのナンセンスな文体・画風でなんとも愉快な絵本になっているが、実は近代システムの脆さ・怖さを予兆した恐ろしい未来の予言書だったのかもしれない。

松居直
松居直[6]

作者の松居直さんは、1926年京都府生まれの児童文学者。同志社大学卒業後、1952年福音館書店の創業に参画し、編集部長、社長、会長を経て、1997年より相談役。1956年月刊物語絵本「こどものとも」を創刊し、編集長として赤羽末吉、長新太、堀内誠一、安野光雅、加古里子、中川李枝子ら多くの絵本作家を世に送り出す。本書の他、絵本『ももたろう』『だいくとおにろく』(福音館書店刊)など著書多数[6]。

長新太
長新太[8]

作画の長新太さんは、1927年東京生まれ。蒲田工業高校卒業。東京日日新聞の漫画コンクールでロングスカートを題材にした作品が一等入選したのを機に同社入社、漫画家としてデビュー。長新太というペンネームは当時の記者が付けたもの。本名の鈴木揫治が難しい字で苗字もありふれているので、ロングスカートの長、新人の新、図太く生きるように太となんともテキトーな由来。その後1955年に退社し、創作に専念。1958年、堀内誠一の勧めで、最初の絵本『がんばれ さるのさらんくん』を発表。1959年、『おしゃべりなたまごやき』で文藝春秋漫画賞、国際アンデルセン賞優良作品賞、1981年『キャベツくん』で絵本にっぽん大賞、1999年『ゴムあたまポンたろう』で日本絵本賞、2005年『ないた』で日本絵本大賞はじめ受賞多数。柔軟で斬新な発想の絵本を発表し続け、日本の絵本界にノンセンスの分野を切り開いた。2005年没[7][8]。

[参考・引用]
[1]信号機、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%A1%E5%8F%B7%E6%A9%9F
[2]我が国最初の広域信号制御、警察の歴史―信号の歴史、警視庁ホームページ、
http://www.npa.go.jp/kouhousi/police-50th/history/signaler/koikishingoseigyo.html
[3]ぴかくん めをまわす、こどものとも50周年記念ブログ、2005年7月22日、
http://fukuinkan.cocolog-nifty.com/kodomonotomo/2005/07/post_7e94.html
[4]我が国最初の時計利用による系統式信号機、警察の歴史―信号の歴史、警視庁ホームページ、
http://www.npa.go.jp/kouhousi/police-50th/history/signaler/keitoshiki.html
[5]「交通テロ」が現実に? 制御装置の脆弱性突く攻撃を実証、ITmediaエンタープライズ、
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1405/01/news028.html
[6]松居 直(まついただし)、絵本ナビ、
http://www.ehonnavi.net/author.asp?n=104
[7]長 新太(ちょうしんた)、〈企画展〉谷川俊太郎と絵本の仲間たち-堀内誠一・長新太・和田誠-、
http://www.chihiro.jp/tokyo/museum/schedule/2011/0131_0000.html
[8]絵本作家のアトリエ2、福音館母の友編集部、2013
[9]アップル、グーグルが自動車産業を乗っとる日、桃田健史、洋泉社、2014

ぴかくんめをまわす(こどものとも絵本)ぴかくんめをまわす(こどものとも絵本)
(1966/12/25)
松居 直

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