ちいさなねこ

先日、帰宅途中の国道上で子猫の飛出しに遭遇した。本日取り上げるクルマ絵本「ちいさなねこ」(石井桃子・文、横内襄・絵、福音館書店≪こどものとも≫傑作集)にも似たような場面がある。

ちいさなねこ その1
危ないっ!(「ちいさなねこ」より)

周囲のクルマも途切れた見通しの良い状況だったので、時速50-60kmは出ていたと思う。片道二車線の左車線を走行中に、子猫が左側歩道からひょいと飛び出して右側へ走り抜けようとするのが目に入った。右車線へ回避すり抜けの選択肢もあったが、そんな判断を下す余裕もなく急ブレーキ。タイヤがロックするほどの急制動ではなかったが、減速Gは0.4(0.4×9.8m/s2)以上は出てたかな。まあ一般のドライバーが日常経験する急制動の中ではちょっとドキッとするレベルではあった。

子猫ちゃんは無事だったが、ライトに照らされた姿はこちらを向いて完全に固まっていた。敏捷な猫でさえ、こういう場合は恐怖で身動きが出来ないのだね。心臓バクバクだったと思う。しばらくして我に返ったのか、クルマの横を通り抜けてどこかへ行ってしまった。不覚にも後方を確認する間もなく急制動操作を行ったので、もし後続車が追従していればオカマを掘られていたかもしれない。

最近流行りの自動(被害軽減)ブレーキシステムだったら、子猫は、そして私は無事だっただろうか。先日、国土交通省と自動車事故対策機構(NASVA)が国内26車種に対する自動ブレーキ機能の安全性評価(JNACP)結果を公表した。自動ブレーキ機能と車線逸脱警報機能の性能を採点し、合計点で総合評価されたものである(興味のある方はこちらを参照)。40点満点を獲得したのは、日産「スカイライン」、富士重「レヴォーグ/WRX」、トヨタ「レクサスLS」の3車種だけ[1]。


JNCAP自動ブレーキ性能結果:時速50km走行時でも停止できる最高評価のスバル・レヴォ―グ

CMでも盛んに宣伝している軽自動車は、時速25-30km以下の低速走行でもまともに止まれない散々な結果である。『アイサイトのスバル』とブランドイメージを確立した富士重3台はいずれもほぼ満点の高評価。アイサイト(ステレオカメラ)の信頼性の高さを証明した。日産のセンシングは高級車にミリ波レーダ(スカイライン)、大衆車に単眼カメラ(ノート)と使い分け、トヨタ(レクサス含む)はほぼミリ波の戦略(LSはミリ波+ステレオカメラ)を採っているようだが、まだ性能のバラツキがある。レーザーレーダを用いるホンダは軒並み低評価でセンシング技術の選択で明暗を分けた形だ[2]。(辛口評価はこちらを参照、トヨタに厳しい!)

試験結果データ


JNCAP自動ブレーキ性能結果:時速20km走行時でも停止できなかった最低評価のホンダ・ヴェゼル

ただ今回の評価は昼間の試験によるもので、ターゲットも先行車を想定した模擬車両。前述の私のように、子猫のような小さなもの、しかも移動速度が速い障害物でも捕捉は可能だったのか。少なくとも夜間であればカメラ認識は厳しいだろう。その物体がブレーキをかけるべき対象なのかを判定するにはカメラ画像が有効だと思うが、人間と同様夜間や悪天候など走行環境に性能が左右されやすい。環境依存度の低いミリ波レーダとカメラのフュージョンが今後の自動車センシングの主流になるだろう(事実散々な評価結果だったホンダは、ミリ波+単眼カメラの『ホンダセンシング』を新型レジェンドに採用することを発表している[3])。それでも小猫のような小動物を認識するのは難しいのかな。

仮に自動ブレーキがうまく作動したとしても、衝突直前の減速度は0.6G以上で急停止する[4]。一般のドライバーがとっさに急制動操作を行ったところで普通は0.4G程度でしか減速できない[5]。ブレーキは意外と力一杯踏めないもので、0.6G以上でフルブレーキングできるのはある程度訓練を受けたテストドライバーのスキルだということを考えれば、自動ブレーキが作動した先行車にノーマル車(自動ブレーキシステム非搭載車)が追従していれば、人間が機械エキスパートの減速度を超えて反応できるはずもなく追突する可能性が高いということだ。実際に自動ブレーキが作動したクルマに後続車が追突する事故が問題になり始めているという[6]。子猫は救えても、自分が鞭打ち症を被ることになる。

自動ブレーキはそのイメージばかりが先行している感があるが、今回のアセスメント結果を見ると自動化技術の機能も性能もまだまだ不完全だし、過信は禁物だということがよくわかった。今後我々の周囲には自動ブレーキ搭載車も混走するのだから、突然何の前触れもなく先行車が停止するかもしれないと想定しながら運転をする覚悟がいる。このクルマは自動ブレーキ付きですと、外からすぐにわかるようにしてもらいたいものである。当たり前のことだが、とにかく車間距離は十分にとることが肝要だ。

話がクルマノエホンから大きくずれてしまったが、この「ちいさなねこ」、クルマの絵本なの?と突っ込みもあるかもしれない。確かに子猫のちょっとした日常の冒険物語で自動車が主人公の絵本ではない。しかし、読者のレビューなどを読むと「自動車が今では見かけることが少ないタイプで、懐かしい感じ」といった周りの風景も含めてレトロ感に言及されている方が結構多い。初版は1963(昭和38)年で私が満1歳の頃の本だから、現代の親子が読むと古臭い印象を持たれるかも知れない。ただ子猫がクルマに轢かれそうになるシーンは、この絵本の主題である「外の世界にはいろいろな危険が潜む」ことを読み手(幼児)に示すキーとなる場面の一つだし、当時のクルマ文化を知る上でも貴重な絵本だと思うのだ。道路を行き来する自動車の量はまだ少なく描かれているが、交通事故発生件数が急激に増加するのがこの絵本の発行された昭和30年代後半頃からであり(「みちのはなし」参照)、そういう時代背景も読み取れる。

ちいさなねこ その2
オリジナル本(?)の挿絵[7]
ダットサン・ブルーバード310型
ダットサン・ブルーバード310型[8]

ところで本書に関するネットサーフィンをしていると、前述の重要なシーンには別の絵があることが判明した(上図)。私の所有する本(‘67年に再販されたこどものとも傑作集第72刷)に描かれたクルマはフロントが2代目シボレー・コルベットに似ているが(クーペでもないし、リアデザインは全く異なるが)、こちらの挿絵はさらに古風なダットサン・ブルーバード310のようにも見える。恐らくこちらが初版の挿絵で、再販でスポーツカータイプに差し替えられたのだろう(こちらも十分レトロ感はあるが)。以前、私が未就学児の頃に自動車に轢かれそうになったことがあると書いたが、脳裏に残っているその時の映像は、クルマのカタチも含めてまさにこの挿絵のような感じだった。その他のシーンにも古いマスタング風のクルマやテールフィンなど時代を感じさせる風景が登場する。是非初版本を探して別の挿絵も比べてみたいと思う。

ちいさなねこ その3
昭和感満載(「ちいさなねこ」より)

作画の横内襄は1934年、東京生まれ。少年時代を中国大陸で過ごした。主として風景を描くが非常に動物好きで、種々の動物を観察しその習性や表情を描くことにも興味を持っている。絵本に『じいちゃんとうま』(月間「こどものとも年中向き」通巻239号、福音館書店)、『ありのごちそう』、『あめんぼがとんだ』(以上、新日本出版社)、『タマコロガシものがたり』、『セミのうた・コオロギのうた』、『アリのくに・バッタのくに』、『カマキリとクモのふしぎ』(以上、小峰書店)などがある。一水会会員。東京在住[9]。彼の作品『ロボット自動車・サリイ』を探し続けているのだが、いまだ見つからず。

石井桃子2
石井桃子[11]

作者石井桃子はここで略歴を紹介するには憚れるくらい著名な児童文学者・翻訳家である。NHKの朝ドラ「花子とアン」で村岡花子が脚光を浴びたが、彼女と活動を共にしたこともあり、この人がいなかったら日本の「子どもの本」はどうなっていただろうと言われるほど、2008年に101歳で亡くなるまで日本の児童文学の発展に生涯を捧げた巨星。クルマの絵本ではこれまであまり縁がなかったが、私の大好きなバートン作『はたらきもののじょせつしゃけいてぃ』は石井の翻訳である。1907年埼玉県生まれ。1928年に日本女子大学校(現日本女子大学)英文学科卒業。その後文藝春秋社や新潮社に勤務し編集に携わる。1951年に『ノンちゃん雲に乗る』で文部大臣賞受賞。1953年児童文学に貢献したことにより菊池寛賞受賞。1984年、第1回子ども文庫功労賞(伊藤忠記念財団)を受賞。1993年、日本芸術院賞受賞。1995年、自伝的長篇小説『幻の朱い実』で読売文学賞受賞。2007年に朝日賞受賞。童話に『三月ひなのつき』『山のトムさん』福音館書店、絵本に『くいしんぼうのはなこさん』『ありこのおつかい』(以上福音館書店)、翻訳に『クマのプーさん』『たのしい川べ』(以上岩波書店)など多数。菊池寛、永井龍男、井伏鱒二、太宰治らとも交流があり、特に太宰は石井に好意を寄せていたという話もある。後年井伏に「私なら太宰を殺しませんよ」と豪語したと言う。日本近代文学界の裏側も知り尽くした人だった[10]。彼女の稀有な生涯については『ひみつの王国―評伝 石井桃子』 (尾崎真理子・著、新潮社)が今年上梓されており、是非手に取って読んでみたい興味深い女性である。

こちらは犬ですが…(スバル・インプレッサXV、ロシアのCM)


[2016.5.28追記]

馬燈書房でクルマノエホン2冊

昨日仕事の帰りに、古ツアさんの情報で知った古本屋に立ち寄った。黄金町にあった老舗「なぎさ書房」跡に新しい古書店が誕生していたからだ。そこで「ちいさなねこ」のオリジナルと面白そうなクルマの絵本2冊を購入。確かにダットサンとおぼしきクルマが描かれていた。リアのテールフィンを見せるもう一台のクルマは何だろう?旧版と新版の微妙な違いは、かつて三鷹にあった絵本・児童書の古本専門店「B/RABBITS」の店主が書かれたブログに詳しい。「馬燈書房」の若いスタッフさんたちに是非頑張ってもらいたい。

「ちいさなねこ」旧版から

[参考・引用]
[1]「スカイライン」「レヴォーグ/WRX」「LS」が最高得点、JNCAP自動ブレーキ結果、日経Automotive Technology、2014年10月24日、
http://techon.jp/article/NEWS/20141024/384770/?n_cid=nbptec_natml
[2]最新試験結果2014 active safety、予防安全性能資料ダウンロード、(独)自動車事故対策機構ホームページ、
http://www.nasva.go.jp/mamoru/download/active_safety_download.html
[3]先進の安全運転支援システム「Honda SENSING(ホンダ センシング)」を発表 ~年内発売の新型「LEGEND(レジェンド)」より搭載~、ホンダホームページ、2014年10月24日、
http://www.honda.co.jp/news/2014/4141024.html
[4]なぜ今「ぶつからない」クルマが増えているのか 衝突回避システムを知る(1)、日本経済新聞、2011年7月1日、
http://www.nikkei.com/news/print-article/?R_FLG=0&bf=0&ng=DGXNASFK27016_X20C11A6000000
[5]トヨタの先進安全技術 ハイテクか人間研究か、carview、2012年11月23日、
http://carview.yahoo.co.jp/article/testdrive/20121122-20200403-carview/
[6]相次ぐ車の自動ブレーキ機能起因事故で露呈した、普及へのハードル〜難しい運転手責任、Business Journal、2013年11月19日、
http://biz-journal.jp/2013/11/post_3376.html
[7]絵本 ちいさなねこ 福音館書店 3歳、r25のブログ、2014年1月8日、
http://ameblo.jp/tractionavant/entry-11745599002.html
[8]名車館 日本車編1960~1966、エリア47、
http://www.area47.co.jp/meishakan/japan/1960.html
[9]横内襄、おはなし絵本館、京都民報Web、
http://www.kyoto-minpo.net/ehon/2009/01/post_207.php
[10]石井桃子、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E4%BA%95%E6%A1%83%E5%AD%90
[11]【三省堂書店×WEBRONZA 神保町の匠】 『ひみつの王国――評伝 石井桃子』 (尾崎真理子 著)――「花子とアン」をしのぐ、エキサイティングな労作、野上暁、WEBRONZA、2014年7月31日、
http://astand.asahi.com/magazine/wrculture/special/2014072900015.html

ひみつの王国: 評伝 石井桃子ひみつの王国: 評伝 石井桃子
(2014/06/30)
尾崎 真理子

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