じどうしゃ~昭和は遠くになりにけり

じどうしゃ(玉川こども・きょういく百科)

今から30年以上も昔、私が中・高生だった1970年代後半のお話。青木小夜子の『FMバラエティ』やタモリの『オールナイトニッポン』、野沢那智&白石冬美の『ナチチャコパック(パックインミュージック)』などを聴くのが楽しみだったラジオ少年が最初に買ってもらったラジカセがソニー製品(多分CF-1630)。実家のテレビもトリニトロン、‘79年のウォークマン登場でAV機器=ソニーブランドは確立された。同じ頃、地元福岡のスーパーは黒船ダイエーに駆逐され、郊外にはダイエーの大型商業施設が続々と誕生した。ついには獅子のいなくなった地に鷹の球団までをも誘致してくれて福岡はダイエーの城下町と化した。高校生の頃、いろいろ参考書に手を出したが、中でも気に入っていたのは『前田の物理』(前田和貞・著、代々木ライブラリー)。代々木ゼミナールの名物講師、前田和貞による独特な図解がとてもわかり易かった。本日のネタ本「じどうしゃ」(監修:小原哲郎、指導・文:五十嵐平達、名画監修:黒江光彦、絵:矢野富士嶺、中島秀一、青木昌三、畦地梅太郎、すずきまもる、玉川こども・きょういく百科)の初版が出版された頃(1979年)、アップル、コンビニ、東進世代の今の中高生には信じられないだろうが、ソニー、ダイエー、代ゼミブランドは光り輝いていたのだ。

旧ダイエーロゴマーク
旧ダイエーロゴマーク[1]:若人よ、昔はウルトラ警備隊のマーク(こっちも知らないか)みたいだったことを知るまい。これも2代目。私の記憶にあるのはこの2代目マークからである。

ソニーは2014年度上期決算で大幅な業績下方修正を行い、‘58年上場以来初の無配を決定[2]。業績不振の家電業界にあって独り回復の兆しが見えていない。代ゼミが全国の予備校7割を削減のニュース[3]は昔受験生だったオジサンには衝撃だった。駿台、河合、代ゼミはメジャー予備校の代名詞だったからね。少子化で予備校も厳しい業界だろうとは思っていたが、こちらも独り負けでこんなにも経営状態が酷かったとは…。そしてダイエーはイオンの完全子会社となり、屋号としての“ダイエー”は消える[4]。

じどうしゃ(玉川こども百科)その1
「車はべんり」(「じどうしゃ」より)

本書のこの挿絵のように今でこそ自動車で乗り付けるスーパーは当たり前の光景だが、私の子供の頃の日常の買い物といえば近所の商店街。コンビニなんてない時代、スーパーはあっても徒歩圏が常識だった。日本でもモータリゼーションが進み、アメリカンスタイルの広い駐車場を完備する大型商業施設(ショッピングセンター方式)をいち早く取り入れ、日本全国に普及させたのはダイエーだ[5]。市内の一等地には既にダイエーの大型店舗は存在していたが、郊外に大型スーパーが増え始めたのは70年代後半くらいからだったと思う。本書の初版は1979年だが、この挿絵を眺めているとふとあることに気付いた。クルマが全部ドアミラーなのである。国産車のミラーが米国の圧力による規制撤廃(1983)でそれまでのフェンダーミラーからドアミラーが一般的になるのが80年代後半くらいから[6]。‘79年だとまだ国産車はフェンダーミラーばかりのはず。よくよく本書を確認すると、私の所有するのは新装版3刷で1990年に発行されたものだと気づいた。

日産ブルーバード910型
日産ブルーバード910型:親父が買ったのはグレーの1600GFだったと思う

その郊外型スーパーに出かける足として不可欠な自家用車。中学の頃までは2代続けてトヨタ・カローラ。高校生の時に親父は日産・ブルーバードに買い替えた。510以来のブルーバードのヒット車となった910(1979)である。もちろんフェンダーミラー車だ。親父曰く「会社ではトヨタ車を使っていたがギアの入りは悪いしすぐ故障する。日産車はギアシフトもスムーズで耐久性にも優れていた。」と今では信じられない理由でそれ以来日産党となった。もはや死語となった“技術の日産”がまだエンジニアの琴線に触れていた時代のことである。結局この車はメーターを2巡して20万km以上活躍し、運転免許取り立ての私の練習車にもなったが、910に対する私の印象はあまり良くない。910にも採用されていた4気筒のZ型エンジンは、排ガス規制対応のデメリットを克服するために1気筒2プラグ(親父は何かとこの車はツインプラグだからと語っていた)という特徴的な構造だったが[7]、SSSターボならいざ知らず、NAはまあ走らない、回らないエンジンだった。高速登坂なんてアクセルベタ踏みでも全く加速しない。でも親父も気に入っていたシンプルなボクシースタイルが受けたのか、このクルマは良く売れた。



個人的に好きだったブルーバードは910の次の次のモデル、昭和の末期に登場したU12型(1987)。久しぶりに”技術の日産”の矜持を感じた一台だったね。大学の研究室でもこのU12に初採用された新四輪駆動システム「ATTESA」が話題になり、最近好調のマツダ・SKYACTIVにも似た記号性があった。自動車雑誌でビスカスカップリングなる用語を知ったのもこのATTESAからだ。このシステムの流れを汲むのが我が愛車エクストレイルにも搭載される「オールモード4×4-i」[8]。世の中もクルマも大きく様変わりしたが、当時のDNAはわずかながら生きている。

国内自動車販売台数と販売シェアの推移
国内自動車販売台数とトヨタ・日産・ホンダ販売シェアの推移(1969-2013)[9][10]

ここで本書の初版年、910が誕生した1979年頃の国内自動車市場はどうだったのか調べてみた。上図は1969年から2013年までの国内販売台数と3大メーカの販売シェアの推移を示したものである[9][10]。これを見て若い人は驚くかもしれないが、‘79年当時のトヨタと日産のシェアは約30%と25%でそれほど大差ない。60年代なんて首位の座を2社で争っていたのだからね[11]。ホンダに至っては5%、1割にも満たない。しかし日産はこの70年代後半を境に、80年代後半のバブル期に少し上向くものの、ルノー傘下となる1999年までほぼ一直線に下降を続け、21世紀になってホンダにもシェアで抜かれてしまう。日産車の代名詞でもあった青い鳥、ブルーバードの名称は、ブルバード・シルフィという車名に名残りをとどめていたが、2012年にその名前も完全に消えた[12]。2014年現在も国内の状況はほとんど変わらないが、日産で最も売れているクルマが実質三菱のOEM車である軽のデイズだということを考慮すれば、日産オリジナル車の販売低迷はもっと深刻だということだ。どうしてこんなことになっちまったんだろう。それはソニーやダイエー、代ゼミも同じである。世の栄枯盛衰は早い。競争の激しい業界でライフスタイルの多様な変化に順応しながら、トヨタのように40年以上も安定的に成長を続けることがいかにスゴイことかということでもある。

このグラフを見て改めてわかることは、本書新装版が出版された1990年をピークに国内の自動車販売台数そのものが右肩下がりだということ。2014年は消費税アップに伴う駆け込み需要の反動で3年ぶりに500万台を割り込むだろうという予測だ[13]。さらに消費税が10%にでもなればクルマ離れはさらに加速するだろう。安倍さんや産業界は東京五輪に向けてバブルよ再びと思っているのかもしれないが、日本の人口は減る一方だし、それに対する長期的な政策も見えないし、内需拡大の見通しは暗いと思う。凋落を続けた日産はグローバル市場では販売台数も伸ばし利益も上げているが、世界市場だってそのうち飽和する。成長=拡販というビジネスモデルを見直さないとソニー、ダイエー、代ゼミと同じような末路を辿るかもしれない。これはトヨタとて安泰とは言えない今の自動車業界が置かれた立場だ。自動化、電動化、ネットワーク化、好むと好まざるに関わらず自動車の素材は30年前と一変した。30年後(俺、生きてるかな?)、クルマといえばGoogleってことになっているかもしれない。昭和は遠くになりにけり、か。

玉川こども百科初版「自動車」
本書の源流、1952年発行の玉川こども百科初版「自動車」[14]
メルセデスのシルバーアローっぽい表紙が渋い!

さて、本題である本書の紹介をしよう。この本は子供向けの百科辞典である。百科辞典も昭和時代には一家にワンセットの必須アイテムだったが、今この手の情報はクラウド上にある。仮に所有していたとしてもディスク1枚に収まってしまう。本書のシリーズである「玉川こども・きょういく百科」の源流は1951(昭和26)年に玉川学園から発行された「玉川こども百科」。読者対象を幼稚園児から小学校低学年児に絞った百科辞典だった。第1巻が『汽車・電車』、引き続き『自動車』が発行され、1960(昭和35)年までに全100巻を刊行した。編纂の陣頭指揮にあたったのが、後の玉川学園総長、小原哲郎。本シリーズの評価は高く、第6回産経児童出版文化賞なども受賞し、「小学校低学年児に、深い知識を、分かりやすく」伝えるというコンセプトは1979(昭和54)年刊行の「玉川こども・きょういく百科(全31巻)」へと引き継がれていった[15]。

この辞典、小学校低学年児向けというには本格的すぎる内容。なぜならば、本書の指導及び執筆は、日本自動車殿堂入りも果たしているあの五十嵐平達さんだからだ。表紙をめくるといきなり静岡のベルナール・ビュッフェ美術館に所蔵される「ロールス・ロイス・シルバー・ドーン」の絵が登場する。

さらにページをめくると『生きる』の作者でもある詩人・谷川俊太郎さんの「このじどうしゃ」という詩が紹介される。谷川さんの作品には太田大八とのコンビで『うちのじどうしゃ』というクルマの絵本もあるが、彼の「GO」という詩には、“自動車はクライスラーそれともプジョーそれともクラウン ああ 何というスピード 自動車はジープ自動車はフォード自動車はモスコヴィッチ自動車はスコダ自動車はランプラー”という下りもあって[16]、けっこうクルマ好きの方なのかなあと思わせる。

じどうしゃ(玉川こども百科)その2
「家の車」(「じどうしゃ」より)

My Kangooその2 エクストレイルと記念撮影
愛車と記念撮影~クルマは家族の成長とともにある

「家の車」というエッセイには“新しい車が家についたとき、みんなそろって記念撮影をしました”とある。そう、新車が来る日って昔は一大イベントだった。小学生の頃、カローラが届く日に外でずーっと到着を待っていた。記念撮影するのも、クルマが家族の一員という感覚なんだよな。最近のクルマたちはどういう扱いをされているのだろう?

トヨタ「AXV-II」
「新しい乗用車」(「じどうしゃ」より)
トヨタ・セラ
トヨタ・セラ

「新しい乗用車」の挿絵はトヨタ「AXV-II」。これは1987年の東京モーターショーで出展された廉価版ガルウィング(ドアが上部にパカッと開くヤツ)の小型車コンセプト。‘90年に「セラ」という車名でほぼそのままの形で市販化された[17]。当時はガルウィングを採用した必然性が良くわからなかったが、まあ何でもありのバブルの時代、半分お遊びってところだろうか。その後の量販車に採用されることはなかったが、ガルウィングという言葉を世の中に知らしめた貢献はあったのかもしれない。

「ドライブイン」というお話もある。このドライブインという言葉、僕が子供時代、今はどこにでも存在する幹線道路沿いの駐車場付レストラン、あるいは高速道路のパーキングエリアとかサービスエリアのことを示した。しかし、ここで紹介されているのは、今で言うところのドライブスルーのことだ。マクドナルドなどファーストフードのドライブスルーが日本に誕生したのは70年代後半のことだったから[18]、本書‘90年出版の新装版は挿絵が変わっただけで、本文は初版’78年当時のままなのかもしれない。

じどうしゃ(玉川こども百科)その3
ダイムラーのモトール・クッチェも丁寧に描き込まれている(「じどうしゃ」より)

その他、本ブログでも紹介した「T型フォード」や「ロールス・ロイス・シルバー・ゴースト」など自動車史に欠かせない名車についてもきちんと説明されている。さすが、五十嵐平達氏の構成は抜かりがない。また本書の所々に「母と子のへや」という補足解説のコーナーが設けられている。この本を子供に与えたり、読み聞かせしたりする親の予備知識として、子供たちに自動車の本質を理解させる上で、自動車の歴史やメカニズムなどのプロファイリングや、自動車の功罪など社会との関わりについて教育することの重要性を説いている。保護者の方はこの部分を読むだけでも勉強になるだろう。ただ“母と子”というのは時代を表している。子供の(知識)教育は母親の役目という前提の表現だからだ。今だったらクレームが付くだろう。逆にクルマのことだった“父と子”だろうと突っ込みを入れたくなるが、これもまた偏見だな。もちろん我が家ではクルマに関する教育は父親が担っている。70年代と違って自動車の技術も社会との関わりも非常に高度化・複雑化しているので、教える方の勉強も大変だけどね。

[おまけ]1979年にヒットした曲を調べてみるとシーナ&ザ・ロケッツの『ユー・メイ・ドリーム』があった。JALのCMにも使われた曲だ。鮎川誠は博多では神。彼の出身大学というだけで九大に憧れた。彼らと親交のあったYMOとこのシナロケは私の青春時代のバンド。




[参考・引用]
[1]福岡鷹,忘れない歴史、福岡ソフトバンクホークスを科学する、2005年12月18日、
http://sotokotos-monbasa.de-blog.jp/fukuoka_/2005/12/post_00ce.html
[2]ソニー、上場来初の無配に スマホ減損で今期最終赤字2300億円、日本経済新聞、2014年9月17日、
http://www.nikkei.com/markets/kigyo/gyoseki.aspx?g=DGXLASFL17H6Z_17092014000000
[3]校舎大幅削減の代々木ゼミナールから見える予備校業界の実情とは、小林拓、THE PAGE、2014年8月28日、
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140828-00000024-wordleaf-bus_all
[4]消える「ダイエー」、変容するイオンの統治、石川正樹、週刊東洋経済、2014年10月6日、
http://toyokeizai.net/articles/-/49675
[5]総合スーパー、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%8F%E5%90%88%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC
[6]ドアミラー、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%A9%E3%83%BC
[7]日産・Z型エンジン、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%94%A3%E3%83%BBZ%E5%9E%8B%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%B3
[8]新車試乗記 第481回 日産 エクストレイル 20X、MOTOR DAYS、
http://www.motordays.com/newcar/articles/x-trail__20x_nissan_imp_20071006/
[9]日本、メーカー別自動車販売台数推移(1969~2006年)、付録日本自動車産業統計・データ、FOURIN 日本自動車産業2007
[10]生産四輪車種別×メーカー、JAMAデータベース、
http://jamaserv.jama.or.jp/newdb/index.html
[11]1960年代半ばから80年における自動車メーカーのマーケティング・チャネル戦略の軌跡-トヨタによる複数マーケティング・チャネルの積極的展開を中心に-、石川和男、専修大学商学研究所報、第40巻、第2号、2009年、
http://www.senshu-u.ac.jp/~off1010/pdf
[12]日産から「ブルーバード」消える 1959年以来使用 新型「シルフィ」から名称外す、日本経済新聞、2012年12月5日、
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDD050KL_V01C12A2TJ2000/
[13]自工会、2014年度の自動車国内需要見通しを475万台 対前年度比84.4%と発表、Car Watch、2014年3月20日、
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20140320_640596.html
[14]五十嵐平達氏を偲んで~自動車カタログ棚から 010、ポルシェ356Aカレラ、2012年6月17日、
http://ameblo.jp/porsche356a911s/theme-10055361368.html
[15]玉川こども百科、玉川大学・玉川学園ホームページ、
http://www.tamagawa.jp/introduction/enkaku/history/detail_6824.html
[16]GO 谷川俊太郎、きまぐれびと、2013年8月31日、
http://kimagurebi.exblog.jp/20682749
[17]トヨタ・セラ、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A8%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%83%A9
[18]ドライブスルー、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%82%B9%E3%83%AB%E3%83%BC
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