本を読める自由

悲劇の少女アンネ

昨日の朝、ラジオを聞きながら運転していると、本に関する話題が2つ紹介されていた。

一つは漫画「はだしのゲン」のこと。東京都内で広島の原爆投下を扱った同書を教育現場から撤去しようと請願や陳情が相次いでいるという内容。理由は「旧日本軍の残虐行為を捏造(ねつぞう)している」「天皇に対する侮辱や国歌の否定が含まれる」ことを憂慮してのことらしい。都教育委員会は「幅広い知識を身に付けさせるため、さまざまな資料が必要」として、いずれの請願にも応じないことを決めている[1]。

1970年代前半、週刊少年ジャンプに連載されていた「はだしのゲン」は、私も小学生の頃リアルタイムに読んでいた。原爆の恐ろしさ、悲惨さは十二分に伝わったが、天皇に対する侮辱や国歌を否定する考えは特に生まれなかったぞ。南京虐殺を含む旧日本軍の行為についても、ある特定の情報だけを鵜呑みにするのではなく、常に客観性をもって本質を見極めることを心がける大人になったつもりだ。まずはデータを疑ってみる、あらゆる角度からデータを眺めるエンジニアリングを生業とする影響もあるだろうが、そもそもこういう歴史表現がされていた記憶もなく、とにかく原爆投下で犠牲になった人も生き延びた人も悲惨な描写が強烈に印象に残っている。

本書を読んだことで、もし子供が偏向した考えを持つようだったら、子供とのコミュニケーションの中で親が正せばよい。むろん自分で書物を選択し判断できる年頃にでもなれば、親は様々な考え方が存在することを助言はするが子供の受け止め方は尊重すべきだろう。こういうことにギャーギャーいう輩は子供を信用していないか、子供の教育に自信のない人なのだと思う。そういう人に限って、システム(体制)やルール(規範)で抑え込もうとする。教育とは相手との対話、決して一方通行の強制であってはならない。情報を権力で遮断し操作する教育を行えば、中共や朝鮮半島の反日教育となんら変わらない。大人の国家というものは、人様に迷惑をかけないのなら、あらゆる思想・意見を許容し、自由闊達に議論できる社会だ。

また「親や教員の指導がないまま、子どもに読ませるには毒が強すぎる」というが、情報が制限されたマインドコントロール下でもない限り、子供は大人が思う以上に免疫力を持つし、この情報化時代に閲覧制限をかけたところで、スマホでいくらでも検索はできる。騒ぎ立てることで、余計に興味を助長するということがわからんのかねえ、このアホな大人どもは。

もう一つは、同じ都内の図書館で「アンネの日記」や、その関連する書籍のページが破られる被害が相次いでいるという内容。日本図書館協会関係者によると、被害は二百冊を超えるとみられ、誰が何の目的で行っているかは、分からないという[2]。本好きな私としては、これは本当に許せん。フランシス・ベーコン曰く「知識は力なり」。いかなる理由であれ、知識、すなわち文明社会の力の源泉である書物への冒涜はテロ行為と受け止めた。犯人に厳罰を望む。

[参考・引用]
[1]はだしのゲン 都内で撤去請願 教委・議会に14件、東京新聞、2014年2月21日、
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014022190070518.html
[2]「アンネの日記」200冊超破られる 都内の複数図書館で、東京新聞、2014年2月21日、
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014022102000123.html

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[ 2014/02/22 01:16 ] bookshelves/本棚 | TB(0) | CM(0)

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