駒場でシュコダに出会う

今日はセンター試験が行われたのかもしれないが、昨日は仕事を午前で切り上げて東大駒場にお邪魔した。先端科学技術研究センターで開催された先端学際工学特別講義を聴講するためである。「バリアフリー」の観点で考える人間と社会というテーマで、障害学を専門とされている福島智教授がご講演された。彼は全盲ろう者として世界で初めて常勤の大学教官になられたことで有名である。私は彼のことをニュースか何かで見聞きしていて全盲の大学教授だと思っていた。耳も聞こえない方であることは当日の講演で初めて知った。

講義はごく自然に進められ、質問にも即答していただける。一体どうしてそれが可能なのか。ただ通常の風景と異なるのは、彼の両脇でコミュニケーションのサポートをする方が付き添っている点だ。

福島智
福島智教授

彼は私と同い年。病気により3歳で右目を失明し、9歳で完全に視力を失う。そして18歳のときに聴力をも失う。生まれたときからの全盲ろうではないため、映像も音も過去の記憶がある。それ故よどみなく会話が行える。但し、当然ながらご自身の発話は全く聞こえていない。彼曰く宇宙に漂っている感覚なのだそうだ。この想像を絶するコミュニケーションを可能にしているのが、彼の母親が考案したという指点字。触る指の組み合わせによって、点字のように表音文字へ変換する。我々の発話情報は、両脇の2人の女性が超速のブラインドタッチで翻訳してくれるから、衛星回線の中継のような時間遅れの全くない会話が実現できるのだ。機械化のアイデアもあるそうだが、マーケットが小さいため製品化・事業化は困難を極めているとのこと[1]。

講義の内容はここでは詳しく紹介しないが、懐かしい人の名前が出てきた。学生時代に読んだ『夜と霧』の作者ヴィクトール・E・フランクルである。彼はアウシュビッツから生きて帰還したオーストリアの精神科医。彼は著書『意味への意思』の中で次の図式を示した。
     「絶望」=「苦悩」-「意味」…(1)
苦悩と絶望は同じ概念ではない。苦悩から生きる意味を失ってしまえば残りは絶望しかないということを示している。

福島先生も光と音を失ってから絶望の淵で苦悩し生きる意味を考えていたとき、この本と出会い自分と同じような結論に到達していることを知る。しかし先生はさらに思考を進め、人が生きる意味を考えた。(1)式を書き換えると、
     「意味」=「苦悩」-「絶望」…(2)
マイナスの絶望とは何だろう?絶望の反対は希望なので(2)式は、
     「意味」=「苦悩」+「希望」…(3)
と置き換えられる。つまり生きる意味、あるいは今我々がここに存在する意味とは苦悩の中で希望を抱くこと。なるほどそうかと、理系の人間にも非常にわかりやすいロジック展開で納得。我々は希望や夢を持ちながら、もっともっと苦行を積み悩まなければならない。時代も状況も異なるが、本当の絶望を経験した二人の言葉は重い。それにしても私はお気楽に生きているなあ。

私はバリアフリーに関する技術的な最新動向を聴こうとやって来たのだったが、今回の特別講義は主に障害者の視点での「バリアフリー」や「障害」の最定義など、社会学的な内容であった。勿論社会に存在する様々なバリアを取り除く手段の一つとしてテクノロジーの重要性についても言及があり、同僚の先生は工学的アプローチで研究もされている。でもいい意味で裏切られ、非常に刺激的な講演であった。

河野書店
河野書店

何かすっきりした気持ちで大学を後にすると、せっかくの外出なので事前に情報を収集していた古本屋散策を始めることにした。まずは駒場東大駅前の「河野書店」へ。さすがは知の巨人、東大前の古本屋となると相当手ごわそうな難解古書が棚に並ぶ。洋書の数も半端ない。読書百遍、苦読も積めば人生の意味も理解できるということか。浅学菲才な吾輩が興味をそそる本との出会いは無さそうだな、そう思いながら書棚の横にディスプレイされた雑貨を何気なく見渡すと、片隅に表紙にクルマの絵が描かれた分厚い本があるではないか(冒頭写真)。手に取って見てみると、タイトル名からして意味不明な言語で書かれている。ページをめくると、味わい深いクルマの挿絵が次から次へと私の目を和ませてくれる。言葉の意味はわからないが、どうやら児童向けの自動車図鑑のようだ。(いいね、これ!)(売り物なのかな?)と確認すると値札がついている。結構いい値付けがされている。(欲しいなあ…)とイラストの作者名をよく見ると、そこにはFrantisek Skoda(フランチシェク・シュコダ)と記されている。チェコの絵本だったのだ(シュコダというチェコの自動車会社もありますが)。学習絵本のイラストを数多く手がけ、クルマ絵本も目に留まることが多いシュコダ本は、是非手に入れたいと思っていた。ここで逃すとなかなかお目にかかれないだろう。1966年刊のヴィンテージモノで200頁を超える内容充実度、人気の高いチェコ絵本が、この値段であれば決して高くはないと自分に言い聞かせ、これも何かの縁と“Motorové opojení”(SNDK)を帳場に差し出す。

大倉山集合住宅 BOOK APART 入口
大倉山集合住宅、こんなお洒落な場所に古本屋はある

井の頭線から渋谷で東横線に乗り換えて南下。渋谷にも気になる古本屋があったのだが、今回はスルーした。横浜の大倉山駅で下車して南へ2、3分歩くと、閑静な住宅地の中に小洒落た白い集合住宅が現れる。そこは建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞を受賞された妹島和世さん設計の集合住宅『大倉山集合住宅』。この一番奥に次の目的地「BOOK APART」はある。

BOOK APART 内部

BOOK APART 内部2
BOOK APARTの内部はまるで画廊

看板はあるが、本当にここかと恐る恐る玄関を開けてみると、すぐそこに帳場があり店主が迎えてくれた。2階と3階に本が置いてあるとのこと。階段を上がると、古本屋のイメージを覆す開放的で明るい空間が。品ぞろえもオシャレである。2階は一般書と児童書、さらに3階はアート本が中心。3階の壁には素敵なクルマの版画が飾られていたので作者が気になった。西脇光重さんという版画家の作品らしい。店主はもともとトラック(80年代のシボレー・バン)に古本を載せて販売する移動古本屋「BOOK TRUCK」からスタートされ、昨年10月にこの固定式店舗もオープンさせた[2]。「BOOK TRUCK」も今はテンポラリーにイベント出店しているけれど、こちらも機会があれば是非覗いてみたいところ。横須賀にも来て欲しいね。ここでの収穫は児童書コーナーで見つけた『石油ってなに?』(教育社)。アイザック・アシモフ著の科学絵本で、地球物理学者、竹内均先生が監訳されたもの。ちょうど先生が雑誌Newtonを創刊された頃に出した本だろう。こういう本は資源開発工学出、採冶魂の血が騒ぐ。竹内氏が巻頭で述べているように挿絵もすばらしいが、石油と自動車の関わりについても記述がある。クルマノエホンの蔵書に加えられそうだ。

BOOK TRUCK
BOOK TRUCK[2]

当日最後の目的地は、そこから3駅目の白楽。古本屋ツアーガイド、小山力也氏も紹介するように、ここは古本屋密度の高い穴場なのである。さらに知る人ぞ知る庶民の味方、横浜・六角橋商店街の本拠地でもある。駅を下車して、小山氏お薦めコースを辿ってみた。商店街大通りを南下すると、まずは右手に「猫企画」、次に左手に白楽の主(ぬし)、「鐵塔書院」が現れる。鐵塔書院の本棚は天井高くそびえ、まさに鉄塔の如し。店内は清潔で明るく、書籍はパラフィン紙で丁寧に包まれ、店主の几帳面さを表わしている。しかし整然と棚に並べられた大量の書籍に圧倒され、本を探すのに疲れてしまった。

六角橋商店街
六角橋商店街

一旦鐵塔書院を出て、白楽のもう一つの雄、「高石書店」へと向かう。こちらは打って変わって雑然とした店内。所狭しと書籍が積み上げられた昔ながらの古本屋で、個人的にはこちらの方が落ち着いた。ここでは『ファラデーの生涯』(東京図書)を購入。

「小山書店」を経由して再び六角橋交差点に戻り、今度は商店街仲見世をぶらつく。鳥の唐揚げ屋さんで家族へのお土産を注文し、揚げ待ちの時間、再び鐵塔書院に戻って『われらがスカイラインGT』(講談社)を購入。久しぶりの古本屋はしごで収穫も上々。でも今回の掘り出し物は“Motorové opojení”だろう。家に帰って、チェコ語翻訳にかけると「モーター中毒」と出た。自動車中毒とか自動車狂と訳せばよいのだろうか。児童書にしてはなかなか斬新奇抜なタイトルだねえ。

今回の掘り出し物“Motorové opojení”
今回の掘り出し物“Motorové opojení”(自動車狂)

[参考・引用]
[1]福島智、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E6%99%BA
[2]“集合住宅”に初の固定店舗「BOOK APART」をオープン、OPENER、2013年11月12日、
http://openers.jp/interior_exterior/architecture/news_book_apart_40870.html
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