ヘリテージ・カー・パレード in Yokohama

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天皇80歳の誕生日に横浜へ出かけた。同じく創立80周年を迎えた日産本社で記念イベント「ヘリテージ・カー・パレードin Yokohama」が開催されたからである。日産発祥の地、横浜の公道を日産80年の歴史を創った旧車が約80台ぞくぞく走るというのだから、見に行かない訳にはいかない。息子を連れ出し、寒風吹きすさぶ日産本社前の通りで約1時間のパレードを楽しんだ。息子も旧車の味をしめたようである(その後スロットカーにも目覚めちまって、昭和レトロな親を持つせいか偏った嗜好に…)。

スカイラインS54B 長谷見昌弘・星野一義トークショー
(左)スカイライン2000GT(S54B-Ⅱ型)、(右)ニッサンR380-Ⅱの前での長谷見昌弘・星野一義トークショー(いずれも日産本社ギャラリーにて)

パレードが始まるまでは、本社ギャラリーで時間をつぶした。展示されていたヘリテージ・カーを見たり、スカイライン、エクストレイルなどの新型車両に乗ってみたり、クイズラリーに挑戦してみたり。息子は子供向けのエコシミュレーターでも楽しんだ。特別イベントとして、かつて日産ワークスのドライバーだった長谷見昌弘と星野一義両氏のトークショーも開かれていたが、かなり日産ヨイショな内容。

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13:30からパレード出走。スタート地点の本社玄関前に行くと既に人だかりで前が見えない。少し通りを出て交差点の前で息子と待機する。超さぶっ。先頭車は出発したばかりでスタートは見逃したが、子供の頃や若かりし頃に見た、触った、乗った懐かしい旧車がぞくぞくとやって来る。全てオーナー車で、参加者ご自慢のクルマなのである。それにしても皆さん手入れが行き届いていて新車と見紛うほど。本当にクルマを愛しているんだなあと感心した。息子にとっても、最近の画一的なデザインと違ってそれぞれ個性的なスタイリングが新鮮に写ったようだ。二人で歓声を上げ、寒さも忘れてしまった。

パレード車は本社周辺を周回してスタート地点に戻ってくる。我々が待機していた交差点は、ちょうど往路復路の交差地点だったので、右から左からクルマがやって来てもう大変。信号待ちでスピードダウンするので、写真撮影にもバッチリなロケーション。

通りすがりのヘリテージカー
通りすがりのヘリテージカー

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やっぱりブルーバードは510
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プリンス・グロリアが、ゴーヨンビーが、初代シルビアが…
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"ダットさん”からのフェアレディ変遷

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公道でこんな光景はまず見られない

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歴代スカイライン
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学生時代、研究室での一番人気はU12型アテーサ・ブルーバードだった
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こんなクルマたちも
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パイクカーもいろいろ作っていたんだよねえ

HCP2013_#51 初代シルビア(中村史郎氏所有)
(左)20代の頃の憧れの一台、S13型”アートフォース”シルビア
(右)S13のモチーフにもなった初代シルビア(CSP311型)。この2台は日産デザインの至宝である。
写真は常務執行役員チーフクリエイティブオフィサー中村史郎氏所有の初代シルビアで、エクステリアデザインを担当した日産OBの木村一男氏も同乗されていた。

日産自動車の源流は明治時代に設立された快進社と戸畑鋳物㈱まで遡る[1]。その後は「ダットサンとフェアレディS310系」でも紹介したように吸収合併を繰り返し、80年前の1933年12月26日、横浜に設立された自動車製造㈱が日産自動車の正式なスタートとされる。自動車製造は日産の創業者、日産コンツェルン総帥の鮎川義介が経営する戸畑鋳物と日本産業の持ち株会社で、翌年6月に日産自動車㈱に改称した。戦後もプリンス自動車を吸収合併したり、1999年には経営破綻寸前でルノー傘下となった波乱万丈の歴史を辿った企業であることは周知のとおりである。

鮎川義介
日産創業者・鮎川義介

このように日産はM&Aを繰り返してきた企業で、日産自動車も鮎川率いる日産コンツェルンの一企業に過ぎなかったから、トヨタやホンダのように日産創業者のイメージは浮かばない。そもそも鮎川義介なんて知らない人の方が多いだろう。私は本籍地が山口県で、大学でも資源開発工学(鉱山工学)を専攻した一時は山師を目指した男なので、山口出身で帝国石油㈱や石油資源開発㈱の社長も歴任した彼のことは学生時代から知っていた。しかし、豊田喜一郎本田宗一郎のような強烈なカリスマ性はない、というか元来私利私欲のない人だったのだと思う。それが証拠に、彼の興した会社に「鮎川」の付く名前は一つもない。だから他社の創業者と比べて印象が薄いのかもしれない。

物の見方考へ方
鮎川著「物の見方考へ方」

彼について書かれた関連書籍もまた少なく(当然絵本や児童書もある訳がない)、著書もほとんど見つけることができない謎多き人物である。何年か前に私は彼の数少ない著作、「物の見方考へ方」(實業之日本社)という戦前の書籍を手に入れた。今でいうエッセイ集。まだ読了はしていないが、彼の「物の見方考へ方」を知ることができるとても興味深い本である。本書を読むと豊田喜一郎や本田宗一郎に負けず劣らず、深いフィロソフィーを持った方ではなかったかと思うのだ。是非、この日産創業者についてももう少し調べて、別の機会に紹介をしたい。

ダットサン14型ロードスター
ダットサン14型ロードスター(日産本社ギャラリーにて)

[参考・引用]
[1]日産自動車前史、会社概要、日産自動車ホームページ、
http://www.nissan-global.com/JP/COMPANY/PROFILE/HERITAGE/HISTORY/
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[ 2013/12/27 23:35 ] cars/車のお勉強 | TB(0) | CM(0)

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