天使の分け前

2週間くらい前にあるラジオ番組での映画紹介をたまたま車中で聴いた。英国のケン・ローチ監督による「天使の分け前(原題は“The Angel’s Share”)」という映画。無職でケンカ三昧に明け暮れる主人公の若者ロビーは、裁判で刑務所送りの代わりに社会奉仕活動を命じられる。そこで出会ったウィスキー愛好家で指導者のハリーにウィスキーについての指南を受ける。ウィスキーの奥深さを教わったロビーは、“テイスティング”の才能に目覚め始める。恋人との間に子供が生まれたロビーは、ウィスキーとの出会いで人生のやり直しを図ろうと考えるのだが…。「天使の分け前」とは、ウィスキーなどが樽の中で熟成されている間に年2%ほど蒸発して失われる分のことをいうのだそうだ。熟成期間が長いほど、この“分け前”が多くなって目減りするので高価となる。不勉強ながら巨匠ケン・ローチのことは全然知らなかったが、酒(スコッチ)の映画と聞いただけでなんだが無性に観たくなった。

劇場を調べてみると地元横須賀では上映されない。関東では銀座テアトルシネマで今月の26日までとなっていた。最近はほとんど映画館に足を運ぶ機会を失してしまったが、マイナーだが良質の作品を上映することで有名だったテアトルシネマも5月末で閉館、この映画がクロージング作品と告知されていた。ますますこれは行くしかないと連休前の先週に半休をとって、久々の銀座まで繰り出すことにした。

銀座テアトルシネマ クロージング作品 銀座テアトルシネマ

恥ずかしながら銀座テアトルシネマもこれがお初。最後の5月は過去に上映した選りすぐりの作品による≪さよなら興行≫が企画されている。28日には仏映画「あるいは裏切りという名の犬」が上映とある。これ、観たかったんだよなあ。18日は「永遠の美女カトリーヌ・ドヌーヴナイト」なるオールナイト上映で「昼顔」「ロシュフォールの恋人たち」「ロバと王女」の3本立て。これも観たいが家族持ちは無理。フランス映画は観られそうもないが、このイギリス映画の佳作のおかげで、久々の古き良き映画館を楽しんだ。3Dだの4Dだの何が良いのかわからぬが、「天使…」の中で描かれるスコットランドの素朴で美しい風景とも相まって、フィルム映画のアナログ感がなんとも心地よい。デジタル化の進歩で情報や刺激過多になればなるほど、観る者の想像力はどんどん削ぎ落とされていくように思えるのだが、時代の波には逆らえないということか。

映画のストーリーをここでは詳しく語らないが、辛うじてムショ送りを免れた新米父さんロビーは、天使の寝顔の息子の前で父親としての責任を自覚し始める。しかし、ケンカの相手は親の代からの因縁の関係。これからも争いは続くだろうとなかなか過去を断ち切れない。事実、ロビーらを付け回す彼らの仲間を再び傷付けそうになる。「あなたたちの子供どうしも憎しみ合うの?」という恋人の言葉が重くのしかかる。

真の主役は赤ん坊
真の主役は赤ん坊

その後、かつて傷害事件で傷付けた被害者とその家族との面談場面があるのだが、被害者は命こそ助かったものの網膜剥離などの重い後遺症が残った。息子の人生が狂わされたとロビーに罵声を浴びせる母親の前に、親になって初めて子を持つ親の気持ちを痛感し涙するロビー。二度と人を傷つけないと固く誓うのであった。私はこの映画のタイトルの「天使」は子供のことではないかと思うのだ。若い頃はやんちゃで角が立っていた人間も、親になって子供に愛情を注ぎ続けることで、徐々に丸くなり、子供に教えられ、また人としての深みも増していく。熟成されていくウィスキーの「天使の分け前」にかけたのだと。憎しみの連鎖すらも断ち切る力を持つのが子供の存在。真の主人公はロビーでもウィスキーでもなく、純粋無垢な天使のような赤ん坊、ロビーの息子だとこの時思った。

主人公とVWタイプⅡ
主人公とVWタイプⅡ

ところでこの記事を「クルマと映画」のカテゴリーに分類したのはなぜか。エンディングでロビーが手に入れた大金(理由はネタバレなので説明しないが)で購入した中古のVWタイプⅡ第2世代(T2)に乗って、職を得た蒸留所のある町に家族と向かうシーンがある。淡いグリーンのツートンのタイプⅡが、この映画の爽快さとこれからは堅実に生きようと決意した主人公を象徴しているように見えて、タイプⅡを効果的に扱った映画の一作品として紹介した訳。それにしてもスコットランド訛りの英語は、簡単な会話すら字幕を見ても全く聞き取れんかった。昔、米人の英語教師が『英国人の英語は理解不能』と言っていたことに納得。

ロンバルディ
自動車の古本屋「ロンバルディ」

映画を観終わった後、このまま横須賀に帰るのももったいないと、表参道まで足を伸ばす。以前から行ってみたかった珍しいクルマの古本屋「ロンバルディ」に立ち寄った。こじんまりした店内にクルマ関連の書籍・雑誌がぎっしり。クルマの絵本はなかったが児童書を何冊か確認する。ここでのご購入品は、「一台の車 トップイラストレーター7人のカーロマン」でも紹介したBOWこと池田和弘氏のエッセイとイラスト集「Drive my Car.」(ネコパブリッシング)と最近購入した裕次郎のDVD「栄光への5000キロ」の副読本として同題名の「栄光への5000キロ」(笠原剛三・著、三樹書房)を。そして一番の掘り出しものが“BP BOOK OF WORLD LAND SPEED RECORDS”(BP社・編、Piet Olyslager・絵、Herbert Jenkins)という1963年刊の英国古書。スピード記録を塗り変えた自動車の変遷をドライバーとともに挿絵入りで解説した私好みの本。イギリス映画を観た後ということもあり、このクルマノエホンに何かの縁を感じた。

酒とクルマと古本と
酒とクルマと古本と

さて、「天使の分け前」を観てスコッチを飲まないわけにはいかない。映画には登場しないが、好き嫌いのはっきりわかれるアイラ島産のシングルモルト、かのチャールズ皇太子御用達のLAPHROAIG(ラフロイグ)を久しぶりに開ける。口に注ぐと舌に感じるソルティーさ(海水の味)、その後鼻に抜けるスモーキーなフレーバー。私なんかは香りを堪能する前にすぐ飲んでしまうが、「WHISKY~C.W.ニコルのスコットランド紀行」によれば、ウィスキーのマスター・ブレンダーになる条件とは、「いい鼻」なのだという。ブレンダーはウィスキーをすすりもしなければ、口に含みもしない。ただ、背の高く、口の細い「利き酒グラス」(映画でも何度も出てきた)に入れたウィスキーの匂いを“嗅ぐ”だけだそうだ[1]。強烈なピートの匂いの中に仄かな磯の香りを楽しめるラフロイグ。10年ものではまだ“分け前”が少ないが、人によっては薬臭いと言われるこの「正露丸の酒」の味がクセになる。深夜記事を書きながら、クルマの古本をめくりながらグラスを手にチビチビと。ああ、至極の時間。

「天使の分け前」エンディング
エンディングのタイプⅡ

[参考・引用]
[1]WHISKY C.W.ニコルのスコットランド紀行、C.W.ニコル・著、森洋子・訳、徳間書店、1993

WHISKY―C.W.ニコルのスコットランド紀行WHISKY―C.W.ニコルのスコットランド紀行
(1993/10)
C.W. ニコル

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