MAZDA CX-5

マツダの最新技術、『スカイアクティブ』搭載車の販売が好調のようである。’11年6月に新世代ガソリンエンジン「SKYACTIV-G」が初めて搭載されたデミオは、2011年新車販売台数(軽除く)でベスト10入り(7位) している[1]。またスカイアクティブ技術をエンジン、トランスミッション、ボディ、シャシーのすべてに採用したCX-5が2012年SUV販売台数でNo.1となった[2]。CX-5が2012年日本カー・オブ・ザ・イヤー(COTY)を受賞[3]したことも、販売を後押ししているのだろう。2001~2009年にSUV販売台数No.1だったエクストレイルユーザーとしては非常に気になる動向である(※1)。しかも、「クリーンディーゼル」の記事で期待を込めて紹介したエクストレイルのディーゼル版は国内におけるディーゼル人気の呼び水とはならなかったが(※2)、CX-5は「SKYACTIV-G」に対してクリーンディーゼル「SKYACTIV-D」仕様の比率が約8割に達する[2]など、ディーゼル車ブームに火を付けそうな勢いなのだ。そんな折、週刊文春新春特別号(1月17日号)の『「スカイアクティブ」でマツダを救った四人の技術者たち』という記事が目に留まった。ひょっとしたら大学の先輩のことかと思ったからだ。残念ながらここでは紹介されていなかったが、スカイアクティブ開発に深く関わったエンジニア(デミオのエンジン開発責任者の一人)、マツダ商品戦略本部長(前エンジン性能開発部長)、工藤秀俊氏がその人。このブログに立ち寄られて、スカイアクティブって何?という方もおられると思うので、今回はこのマツダの最新技術について少し勉強をしてみたい。

(※1)CX-5は2012年新車販売台数の総合24位で35,438台。SUV販売台数の第2位(総合25位)は日産ジュークでCX-5との差わずかに1,790台。ジュークはコンパクトカーの要素も強いので、ほぼ同じ車格の日産エクストレイルが第3位(総合28位)の28,325台とCX-5との差はかなり開いてしまった[1]。
(※2)最新のデータを見つけることはできなかったが、エクストレイルのディーゼル比率は3~4割といったところか[4]。CX-5の販売好調を受けてか、この1月に新グレード追加で価格を下げてきたが、もともと値段が高いことが最大のネック。私もそれで諦めた。

スカイアクティブ技術については工藤先輩から詳しくお伺いできればよいのだが(商品戦略本部長なので取材先としては申し分ない)、長年会っていない不出来の後輩の突撃取材に答えるほど暇な立場の方ではないので、既出の記事・文献等を参考にする。継ぎ接ぎ情報であることをお許しいただきたい。

近年、スバルといえば『アイサイト』、マツダといえば『スカイアクティブ』と謳われるように(正直“ZOOM -ZOOM”はよくわからん)、技術コンセプトが企業イメージとして浸透したことで、トヨタのように決してメジャープレイヤーとはいえなかった両社のCI(コーポレート・アイデンティティ)戦略は成功しているように思える。アイサイトは“ぶつからない”、スカイアクティブは“(ハイブリットに頼らない)高い燃費”といった機能・性能の分かりやすさも功を奏している。


巷で話題になっているスバル「アイサイト」のCM

スカイアクティブは必ずしも燃費向上のためだけの技術ではない。ガソリンエンジンの「SKYACTIV-G」や変速機「SKYACTIV-Drive」のほか、新世代ディーゼルエンジン「SKYACTIV-D」、大幅な軽量化と剛性向上を両立した車体「SKYACTIV-Body」、大幅な軽量化を図りながら、操縦安定性と乗り心地の高度にバランスさせた次世代シャシー「SKYACTIV-Chassis」といった要素技術から構成される。「2015年までに、ほとんどの車種の構成技術をまるごと一新する」という壮大なプロジェクトがスカイアクティブなのである[5]。けれども、この技術がこれまでの内燃機関の常識を打ち破ったことと、その結果として燃費性能に強烈なインパクトを与えたのは間違いなく、そのキーワードがエンジンの「圧縮比」である。

圧縮比と膨張比
圧縮比と膨張比の考え方[6]

このブログでも何回も登場した吸気→圧縮→爆発→排気の4サイクルのエンジンでは、新しいガス(空気と燃料の混合気)を吸い込んで爆発させ、燃えカスの古いガス(燃焼ガス)を排気し、その間に爆発力を馬力に変えてクルマを走らせる。「圧縮比」は吸い込まれた混合気がどれくらい圧縮されたかを示す数値で、工学的に言えばシリンダーの最大容積と最小容積の比率となる。シリンダーの最大容積とは、上図[6]のようにピストンがBDC(下死点)に来た時で、燃焼室の容積(紫の部分)とストローク容積(=排気量)を加えた容積(水色又はオレンジの部分)になる。最小容積はピストンがTDC(上死点)に来た時で、燃焼室の容積のみとなる[7][8]。

圧縮比=最大容積/最小容積=(排気量+燃焼室容積)/燃焼室容積…(式1)

上図の場合、式1は10/1となるので圧縮比10ということになる。この圧縮比は高くなると、それだけ混合気が強く圧縮されるので温度が高くなり、燃焼室もコンパクトになるから、短い時間で混合気が燃え、燃焼圧力が高くなるのでトルクや出力といったエンジンのパワーが大きくなる。また爆発工程で膨張する体積も大きくなることから、排気温度も高くなりすぎず燃費も良くなる[8]。つまり理屈では高圧縮=高効率となり、これはガソリンエンジンでもディーゼルエンジンでも同じである。しかし実際のガソリンエンジンの場合、混合気の温度が高くなりすぎると、プラグの点火を待たず勝手に燃料が着火してしまう「ノッキング(異常燃焼)」が起こってトルクや燃費が落ちてしまう。

一方、ガソリンよりも多くの空気を吸って燃焼するディーゼルの場合、空気中の約8割を占めるN(窒素)が、O(酸素)と結びつくやっかいな環境汚染物質「NOx(窒素酸化物)」を削減する必要があるのだが、高圧縮(高温)下では、酸素と簡単に結びついてしまう特性をもっている。そこで多くのディーゼルは、ピストンがTDC(上死点)を過ぎていったん下降した(温度の下がった)状態から燃料を噴射する「遅延燃焼」を行っている。しかし、これではピストンのストロークの中で、爆発がピストンを押し下げる(膨張させる)“実際の仕事量”を十分に取れない[6]。上図でいえば、圧縮>膨張になるということだ。それでは逆に圧縮比を下げてやればよいのかというと、プラグ点火を使わずに燃料が自己着火するディーゼルでは、圧縮比を下げて燃焼温度を下げると着火が安定せず、こちらも「ノッキング」という問題が出てしまう[9]。

このような理由から、ガソリンエンジンの圧縮比は、一般に10~12(F1エンジンで12程度)、またディーゼルエンジンでは20前後というのが従来のエンジンの常識だった。しかしマツダはSKYACTIV-GとDでいずれも14という驚異的な圧縮比をプロトタイプではなく、商品として採用したのである。この技術が眉唾でない証拠に、1.3L直4デミオの燃費は25km/L(JC08モード)[10]でハイブリット並み(ホンダ・インサイトが27.2km/L[11])、2.2.L直4のCX-5クリーンディーゼルの燃費は、アイドルストップとの組み合わせだが18.6km/L(6速ATの2WD、JC08モード)[12]の低燃費を実現(4WDで18km/L)、もちろん動力性能も損なわずに。ちなみに2L直4の日産エクストレイル・クリーンディーゼルの場合、6速AT で13.8km/L、6速MTで14.2km/L(いずれもJC08モード)[13]。

では何故にこのような常識破りのガソリンの高圧縮化、ディーゼルの低圧縮化が可能だったのか?この背景には厳しい燃費規制に向かう世界的な潮流がある。現在世界で最も厳しいといわれる欧州規制(2012)では、EUで販売される新車のCO2排出量が130g/km以下(燃費換算でガソリン車17.7km/L、ディーゼル車20km/L以上に相当※3)とされていた。この規制をクリアできないと車1台ごとにペナルティ課税を受ける。さらに2015年には120g/kmに規制が強化され、2020年には規制値が95g/kmになると予想されている[14]。95g/km(ガソリン車で24.2km/L!)となるとこれはハイブリット車でないと実現不可能なレベルだ。現在ハイブリット技術を持たないマツダにとっては死活問題である。ところがマツダは、果敢にもハイブリットを使わない純粋に内燃機関だけでこの問題にチャレンジした。というか、内燃機関しか選択肢はなかった、追い詰められた結果ブレークスルーを成し遂げた。

(※3)燃費(km/L)=A÷CO2排出量(kg/km)  A:ガソリン車=2.3、ディーゼル車=2.6で換算

SKYACTIV-Gと人見光夫
SKYACTIV-Gと人見光夫

スカイアクティブエンジンの開発総責任者、現在執行役員である人見光夫パワートレイン開発本部長(以下敬称略)によれば、「(ガソリンエンジンを)高圧縮化するとトルクが落ちる。じゃあ、圧縮比をどんどん上げたらトルクがゼロになるか。そんなことあるはずがない。どこかでトルクの低下は止まるんだろう。いっぺんに大きく圧縮比を上げて見たらどうか。」と開発陣にハッパをかけた[15]。渋々実験を行って確認したところ驚くべき結果が得られた。「高い圧力と温度のため、内燃機関内の燃料が分解され、異常燃焼(ノッキング)が発生しなかった。しかも、高圧のおかげで燃焼室中央部の温度が上がったため、燃焼速度も上がり、トルクも意外に落ちなかった。」という。「コロンブスの卵」である[16]。

遅延燃焼
遅延燃焼(上)とSKYACTIV-D燃焼(下)[12]

一方、「現状のディーゼルが何のために高圧縮比かといったら、冷間始動のため(注:自己着火のディーゼルでは、低温下では火が点きにくい。外気温以下で始動させるには高圧縮比にして機関内を高温化させる必要があった)。冷間時の始動が困るんじゃったら、暖めればええんだろうと。結局すぐに火が点いてしまうからNOxも煤も出る。すぐに火が点かなければいい。ならば、ちまちましないで14にせいと。」180cmの偉丈夫らしい人見の、なんとも豪快な発想だ。暖めればええんだろうと簡単にいうが、マツダの開発陣は燃焼を終わって吐き出される熱いガスを、次に空気を吸い込む瞬間にちょっと逆流させて、シリンダー内の空気の温度を高める“技”[17]で解決を図った。こうして生まれた「SKYACTIV-D」は、圧縮比を下げたことで前述した「遅延燃焼」を使わずにTDCで燃料を噴射することができ、TDCからBDCまでピストンの下がる距離をフルに使かって(つまり圧縮≒膨張)、“実際の仕事量”を高めることができた。その結果、高圧縮比のディーゼルよりも高効率になったし、現在のディーゼルエンジンでは常識である、NOxを排気ガス中から取り除くための「NOx還元触媒」や「尿素SCR」といった高価な「後処理装置」も不要となった[9]。圧縮比14もそうだが、NOx後処理がいらないディーゼルなんて、他社のディーゼル技術者にとっては「クリビツテンギョウ」な大事件だと思うが、このことはコストのみならず、燃費改善(軽量化※4)の面からも極めて有利に働く。これって、大型トラックやバスに適用できないのだろうか。

(※4)低圧縮比のおかげでPM(煤)の発生も抑えられたので、DPFと呼ばれるPM除去フィルターの小型・軽量化も可能になった[12]。

そして、人見は機能開発を徹底的にやった。「あらゆることを機能の系統図に書き出して、何のためにこれを使うんだと。何かを説明するときには必ず(系統図)を見せるようになりました。そうすると、エンジンだけでなく、パワートレーンやシャシー、ボディ、全てをやらなければいけんねと。そしてとにかく“崖“(機能限界)を見極めた[15]。」結果的に全ての車両技術を一から設計しなおした。これは部品要素別(エンジンとかシャシーとか)に設計分担がきちっと決まっているような大きな会社ではなかなかできない。あっち立てればこっち立たずと。で、各々の要素が中途半端に出来上がる。○○のためにエンジンはこうあるべき、車体はこうあるべき、足回りはこうあるべき。考えてみれば設計の基本なのだけれど。

日本COTY受賞のCX-5は2011年の東京モーターショーの時から気にはなっていた。デザインも憧れのBMW X5っぽくモダンでカッコよかったし(モデル名からしてX5を意識しているのではないかと思う)、特に「SKYACTIV-D」はエクストレイルのクリーンディーゼルも選択枝としてあった私にとっては興味津々。ディーラーで試乗してみようとも考えたが、自宅近所にマツダ系のディーラーがないのと、エクストレイルユーザーなので、間違いなくセールス攻勢に合うことを避けるため、その実力値はまだ未知数だ。[18]のエクストレイルとの比較インプレッションを読む限り、燃費&動力性能、特に燃費性能については、カタログ値でみればガソリン、ディーゼルともにCX-5の圧勝。一方、取り回しや悪路走破性、乗り心地については、エクストレイルの方に一日の長があると評価されている。確かにモーターショーで展示車に乗った限り、運転席周りの視界はBOXYなエクストレイルの方が圧倒的に優位で、事実エクストレイルはその大きさを感じさせないほど、前方視界も含め取り回し性はすこぶる良い。私はエクストレイルの走行安定性に好印象を持っているが、重心が低くワイドボディのCX-5の方がやはり有利のようだ。スカイアクティブ技術によって、設計の新しい点がやはりアドバンテージになっているようだ。

東京オートショー2012
開発者Talk Show エンジンはまだまだ進化できる@2012東京オートショー(中央:人見執行役員、右:工藤先輩)

さて、冒頭の工藤先輩。私が4年次のM2で、直接の卒論テーマに関わる先輩ではなかったが、実験は共通(火薬を使った爆轟衝撃波の可視化実験)だったので、当時はいろいろとお世話になった。マツダに就職後は横浜技術研究所で先進エンジンの研究をされていたと思う。私も同じ神奈川に就職したが、卒業後はお会いしていない。私の記憶が確かなら、ジューダス・プリースト (Judas Priest)好きのヘヴィメタ系で、いつも黒の革ジャン姿(こんなネタばらすと、怒られるかな)。見た目はそんな感じだが語り口はマイルドな方で、実験に数値計算にと、常にクールにこなされていた姿を思い出す。当時の研究室(流体エネルギー変換工学)のメンバーには、「エネルギー変革に挑戦する人々」でも紹介した風車レンズの開発者、大屋裕二九大応用力学研究所教授(現所長)も助手でおられたし、最近は各種メディアで彼らを含む懐かしい諸先輩・後輩各位の活躍が取り上げられる機会が増えた。

スカイアクティブの開発にも、様々なシミュレーション技術が活かされているという[15]。彼らが、各々の業界で大変良い仕事をしているのを見聞きする度に、あの頃苦労した実験やシミュレーション計算の経験が、新しいものづくりの基盤として確実に役立っているのだろうなと思う。ところで、全然異なる領域に飛び込んだ私はといえば…。

[参考・引用]
[1]新車乗用車販売台数ランキング、日本自動車販売協会連合会ホームページ、
http://www.jada.or.jp/contents/data/ranking/index.php
[2]マツダ CX-5、2012年SUV国内販売台数で1位を獲得、Response、2013年1月10日、
http://response.jp/article/2013/01/10/188499.html
[3]「マツダ CX-5」が「日本カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞、マツダHPニュースリリース、2012年11月29日、
http://www.mazda.co.jp/corporate/publicity/release/2012/201211/121129b.html
[4]「エクストレイル」の受注状況について
http://www.nissan-global.com/JP/NEWS/2010/_STORY/100820-02-j.html
[5]燃費だけにとどまらない「スカイアクティブ」のすごさ 構成技術を丸ごと一新、マツダの意気込み、鶴原吉郎、日経ビジネスオンライン、2011年11月14日、
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20111109/223750/
[6]ハイブリッドなしで燃費30km/L、マツダの次世代技術スカイアクティブとは【前編】、日経トレンディネット、2010年11月18日、
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20101117/1033662/?P=2&rt=nocnt
[7]徹底図解クルマのエンジン、浦栃重夫・著、杉山正樹・絵、p21-22、山海堂、1993
[8]エンジンはこうなっている、GP企画センター・編、さわたりしょうじ・絵、p76-77、グランプリ出版、1994
[9]【第7話】「スカイアクティブエンジンのまとめ」、清水和夫、carview.co.jp、2012年4月3日、
http://www.carview.co.jp/skyactiv/mazda_explanation_7/1249/1/
[10]MAZDA DEMIO、低燃費、マツダホームページ、
http://www.demio.mazda.co.jp/economy/
[11]JC08モード、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/JC08%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%89
[12]MAZDA CX-5、低燃費、マツダホームページ、
http://www.cx-5.mazda.co.jp/economy/
[13]諸元表、日産エクストレイル、日産自動車ホームページ、
http://www.nissan.co.jp/X-TRAIL/spec_specification.html
[14]Mazda SKY-D/SKYD、図解特集:ENGINE Part1 ニッポンのエンジン、MotorFan Illustrated Vol.48、p26-27、三栄社、2010
[15]スペシャルインタビュー スカイアクティブで、てっぺんをとる、人見光夫・畑村耕一、MotorFan illustrated「特集:21世紀のエンジン哲学」、Vol.51、p38-41、三栄書房、2010
[16]「スカイアクティブ」でマツダを救った四人の技術者たち、週刊文春、1月17日新春特別号、p150-153、文藝春秋
[17]マツダの次世代ディーゼルはこんなにエラい!常識破りの低圧縮比「14」はなぜ実現できたのか、両角岳彦、JBPRESS、2010年11月2日、
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4750
[18]クリーンディーゼル対決!マツダ CX-5 vs 日産 エクストレイル どっちが買い!?徹底比較、オートックワン、2012年9月5日、
http://autoc-one.jp/mazda/cx-5/newmodel-1169587/
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