トンネルをほる

トンネルをほる

ちょっと古い話になるが、正月三が日明けの週末に横須賀文化会館で開催された「第23回横須賀市読書感想画展」を見に行った。小3の息子が入選したからだ。娘も数年前に入選したことがあり、我が家にとっては縁起の良い絵画展になっている。同展は毎年全国規模で開催される「読書感想画中央コンクール」の地区審査会で、これら各地区の入選作品の中から県代表が選ばれる。過去の優秀作品も展示されていたが、さすが全国レベルの作品となると、そのまま絵本や児童書の挿絵に使えるのではないかと思えるほどプロ顔負けの出来栄えである。息子の題材は「風のロンリー」(河相 美恵子・著、国土社)で当校3年生の課題図書であった。今回は、低学年の選定図書にもなっていた「トンネルをほる」(ライアン・アン・ハンター・文、エドワード・ミラー・絵、青山南・訳、ほるぷ出版、原題は“DIG A TUNNEL”)をクルマノエホンとして紹介する。

トンネル本は「21世紀のもぐら」でも以前に紹介した。この本は児童書というにはかなりマニアックなもので誰も興味を抱かないだろうと思って書いたのだが、「懐かしい」と何人かの方からコメントをいただき驚いている。一方、今回紹介する「トンネルをほる」は読書感想画コンクールの選定図書に選ばれるくらいだから、万人向けの非常にわかりやすい絵本だ。グラフィックデザイナーの作者らしく鮮やかな色使い。見ていて実に楽しい。しかし、その内容はなかなかどうして、トンネルマニアの心もくすぐる科学知識絵本となっている。

掴みには、まずモグラのトンネル堀りとアリの巣の絵が登場。動物がトンネルを掘るのを見て、これはいい!と人間も考えた。実際にトンネルを掘る技術の一つであるシールド工法は、フランス人技師マルク・ブリュネルが船の木に穴をあけるフナクイムシを見てアイデアを思いついたと言われている。

水路トンネル
水路トンネル(「トンネルをほる」より)

人間が最初に掘ったトンネルは水のため。つまり水路としてのトンネル。「21世紀のもぐら」で世界最古のトンネルは、紀元前17世紀頃の古代バビロニアで掘られた水底トンネルだと紹介したが、この通路トンネルの工法は、川を一時的に堰き止めて(迂回させて)川底を露出させ、ここに川を横切る四角形断面の溝を掘り、壁面及びアーチ形の天井部を煉瓦で十分に固めたうえで上部から土をかけて埋め戻し、そののちに再び川の流れを元に戻すというものだった。上部を開いて掘削することから「開削工法」といわれ、一般的な“掘る“トンネルとは言えない[1]。人間が“掘る”「山岳工法」のトンネルとしては、紀元前6世紀の古代ギリシャの時代、ヘロドトスの『歴史』にも登場する建築家エウパリノスがエーゲ海東南部に浮かぶサモス島に完成させた全長1km以上の『エウパリノス・水道トンネル』が、世界で最も古いトンネル(歩道も一緒に併設)の一つと言われている。トンネルは工期短縮のため南北両方から掘り進められた[2]。ちゃんとした測量技術もない時代、両側から掘って真ん中できちんと貫通したのは驚きである。本書の挿絵は水道トンネルとして描かれているが、登場する人々や建物はどうみてもイスラム系。古代ギリシャというよりは、古代バビロニアのトンネルっぽい。

エウパリノス・水道トンネル
エウパリノス・水道トンネル(Tunnel Of Eupalinos)[7]

息子と一緒に読んで父子が気に入った箇所は、「囚人たちも、ほりました。にげるために。銀行どろぼうも、ほりました。」の場面。そういえば私が小学生の時、映画の面白さ、醍醐味を教えてくれた「大脱走」という名作もありましたね。脱走には欠かせないトンネル。

鉱山にトンネルが必須なのは言うまでもあるまい。

チェサピーク・ベイ・ブリッジ・トンネル CBBT
左:CBBTの挿絵(「トンネルをほる」より)と右:実際のCBBT(人工島の間を海底トンネルで繋いで船が航行できるようにしている)[3][8]

続いてアメリカのチェサピーク・ベイ・ブリッジ・トンネル(Chesapeake Bay Bridge-Tunnel、CBBT)や英仏海峡トンネル、アルプス山脈を貫くモンブラン自動車トンネルといった有名どころがいずれも美しい挿絵で紹介される。CBBTはヴァージニア州のノーフォーク(Norfolk)と東海岸地方(East Shore)を結んで、橋とトンネルを組み合わせてチェサピーク湾を横断する全長17.6mile(28km)のハイウェイである。1964年に開通したアメリカ土木史の中でも特筆すべき事業の一つ。詳しくは[3]を参照されたい。実際の景色も壮大で美しい。1994年に開通した英仏海峡トンネルはその名のとおり、英国と仏国(欧州大陸)の間、ドーバー海峡下に建設された世界第2位の鉄道専用海底トンネル。全長50.2kmで、世界一はもちろん日本の青函トンネル(53.85km)だが(2013年1月現在)、海底部の長さは英仏海峡トンネルが世界一で37.9km[4]。川崎重工業も参加した難工事続きのドラマは[1]に詳しい。「21世紀のもぐら」でも紹介したように世界最長の自動車トンネルはノルウェーのラルダールトンネルだが、全長11.8kmのモンブラン自動車トンネルは’90年代以降の開通が多い長大自動車専用トンネルの中でも、唯一’60年代(’65)に開通した歴史あるトンネル。

シールド工法
シールド工法(「トンネルをほる」より)

新しい絵本だけあって、最新のトンネル工法技術であるシールドマシンの紹介は4ページ(見開き2枚)にわたって描かれる。

ニューヨークからロスまで汽車に乗ると、山の中を抜けるトンネルは65あるという。でも、我が横須賀のトンネルは120箇所以上もある。ワイルドだろ。

「21世紀のもぐら」で熱く語った「沈埋函」トンネルもちゃんと取り上げられている。抜かりはない。トンネル建設の4つの工法、「開削」「山岳」「シールド」「沈埋函」を全て勉強できたということで見事なトンネル絵本となっている。

こういう科学知識絵本が日本で生まれないことを残念に思う。日本は世界に誇れる技術と豊かな経験を持つトンネル王国なのにね。ただ、笹子トンネル事故のように技術への驕り、慢心があったことは歪めない。家電業界の不振、ボーイング787の事故も含め、今日本の技術への信頼が揺らいでいる。このままでは日本の科学技術がダメになるのではと危惧している。未来の優秀な科学者、技術者を育てるためにも、本書のような良質な科学知識絵本がもっと増えても良いのではないか。

Ryan Ann Hunter
Ryan Ann Hunter[5]

作者のライアン・アン・ハンター(Ryan Ann Hunter)は、パメラ・D・グリーンウッド(Pamela D. Greenwood)とエリザベス・G・マカラスター(Elizabeth G. Macalaster)、二人のペンネーム。本書のトンネル以外にも、橋、摩天楼、飛行機、ロボット、飛行の歴史、そして女性のスパイといったテーマで子供向けのノンフィクション絵本を共同で書いている。これらの本は、シカゴ公立図書館「ベスト オブ ベスト」、オッペンハイム・トイ・ポートフォリオ賞金賞、Parenting Magazine誌年間最優秀図書など数々の賞を受賞[5]。

Edward Miller
Edward Miller[6]

イラストのエドワード・ミラー(Edward Miller)は、ニューヨーク在住のイラストレーター、グラフィックデザイナー。科学知識絵本のイラストを多く手がけている。パーソンズ・スクール オブ デザイン(Parsons School of Design)卒業後、アートディレクターを経て現在に至る。翻訳書に『じゅうりょくってなぞだ!(Gravity Is a Mystery)』(光村教育図書)、『宇宙人っているの?(Is There Life in Outer Space?)』(小峰書店)などがある[6]。

訳者の青山南氏については「ラストリゾート」を参照。

第23回横須賀市感想画展
子供たちの創造力に圧倒(第23回横須賀市読書感想画展)

読書感想画展の話に戻るが、息子の描いた「風のロンリー」は児童書なので挿絵は少ないのだが、この絵本「トンネルをほる」に至っては全編ポップでカラフルなイラスト。挿絵を見てしまうと、そのイメージに引きずられるのではないかとも思ったが、子供たちの描く感想画はオリジナルに左右されず自由奔放。彼らの創造力に改めて驚いた。我が愚息の絵も、構図もなかなか面白かったし、中央に描かれた赤い鳥が印象的だった。親バカです。

息子の作品
息子の入選作

[参考・引用]
[1]プロジェクトX 挑戦者たち(11) 新たなる伝説、世界へ 巨大モグラ ドーバーを掘れ/地下一筋・男たちは国境を越えた、NHK「プロジェクトX」制作班・編、日本放送出版協会、2002年、
http://www.papy.co.jp/act/books/1-20000
[2]835 地中海古代都市の研究(131) : エウパリノスの水道トンネル(歴史・意匠)、吉武隆一、日本建築学会研究報告. 九州支部. 3, 計画系 (49), 597-600, 2010-03-01、(社)日本建築学会
[3]チェサピーク湾口横断道路、東海岸の海岸線を行く Traveling Coastal East Coast、
http://explorer.road.jp/us/special/chspk_bay/chspk_bay.html
[4]英仏海峡トンネル、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%B1%E4%BB%8F%E6%B5%B7%E5%B3%A1%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB
[5]Ryan Ann Hunter、Simon&Schuster、
http://authors.simonandschuster.com/Ryan-Ann-Hunter/16278622
[6]Edward Miller、JacketFlap
http://www.jacketflap.com/profile.asp?member=Edward
[7]Tunnel of Eupalinos、Wikipedia、
http://en.wikipedia.org/wiki/Eupalinian_aqueduct
[8]CBBTホームページ、
http://www.cbbt.com/index.html

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