モモンキがんばる

山中伸弥博士が日本人として25年ぶりにノーベル医学・生理学賞を受賞された。私の手帳の2007年11月21日付けメモには「山中伸弥。人の皮膚からあらゆる細胞を作り出せる万能細胞を生成する技術を確立。4つの遺伝子が分化多能性を与えると提唱したのも山中教授の成果。ワトソン&クリックによるDNAらせん構造の発見と遺伝子工学に匹敵する医学上の革新的発見と応用技術。ノーベル賞は間違いない。」と記してある。素人の私でもその成果の無限の可能性は理解できた。ノーベル賞学者というと東大や京大卒の挫折をしらない知のエリートという印象が強いが、山中先生は我々凡人と同じように挫折の連続で、若い頃はへたくそな整形外科医だったというエピソードを聞くと妙に親しみを覚えてしまう(とはいっても神戸大医学部卒の秀才なのだけれどね)。彼は私と同い年というのもなんとなくノーベル賞を身近に感じてしまった。ただ歳が同じだけなんだが、それにしても同じ時期に人生のスタートを切ってこうも違うもんかね。1962年生まれのスーパースターはあまり知らないが、彼は間違いなく同期のエース、いや世界のエースとなった(私の知る限り’62年生まれの理系のトップランナーはもう一人いる。カルテックの大栗博司博士。素粒子論で世界的に有名な天才。もちろん彼の業績は理解不能)。たくさんの失敗・挫折を経て、成功を勝ち取った山中博士の逸話を聞いて思い出した「モモンキがんばる」(岡田純也・文、高橋透・絵、ユッセの会・作、中央出版)という絵本を本日は紹介する。クルマの絵本というほどクルマが主人公ではないのだが、クルマ絵本では常連の私の好きな高橋透画伯の描くはたらく車が随所に登場する。

モモンキがんばる その1
失敗(「モモンキがんばる」より)

さるのモモンキに工事現場の仕事がやってきた。
「きみの一番得意な仕事は何かな?」と現場監督、くまのくまださん。
「なんでも得意です」と答えたモモンキに与えられたのは、ショベルドーザで砂利をトラックに積む仕事。
さっそくやってみるも、砂利はトラックの荷台の外に放り出されてしまう。
「すみません」と謝るモモンキ。

モモンキがんばる その2
また失敗(「モモンキがんばる」より)

次に与えられた仕事は砂利をトラックで道路工事中のもぐらのモックリさんのところへ運ぶこと。
モモンキが勢いよく砂利を道路に落とすと、そこにはモックリさんが。
砂利に埋もれてしまったモックリさんはカンカン。
何度も失敗を重ねるモモンキにくまださんもあきれ顔。
完全に落ち込んでしまったモモンキ。

モモンキがんばる その3
挫折(「モモンキがんばる」より)

彼のできる仕事は何かと考え込むくまださんにモモンキは、
「あの鉄塔のペンキ塗りをさせてください」と勇気を出してお願いする。
「むりむり、きっと失敗するさ」「だめだめ、また失敗するぞ」と現場の仲間たち。
それでもやらせてほしいと懇願するモモンキに、くまださんはやらせてみることにした。
スルスルと鉄塔に昇るモモンキだったが、足を滑らし「たすけてー」。
でも必死で手と足としっぽを動かし、落ちずに済んだ。
モモンキは諦めずに再び鉄塔に昇り始めた。
てっぺんに上がるとペンキを一生懸命きれいに塗り始めた。
塗り終わるまで、ずいぶん長くかかった。
頑張ったモモンキに、みんなは拍手を送った。
そして全員の協力で遊園地は完成した。
子供たちの笑い声が、遊園地いっぱいに広がった。

モモンキがんばる その4
ぶれないビジョン(「モモンキがんばる」より)

なかなか物事が思うようにならないモモンキが、諦めずに自ら適所を見つけるまでのこの短いストーリーを読むと、iPS細胞に至るまで迷い、失敗し、それでも闘い続けた「山中がんばる」人生と重なって見えた。ショベルドーザの運転は整形外科医の頃、トラックの運転は研究医になってから、鉄塔のペンキ塗りは無謀と思われたiPS細胞の研究か。

彼が最後まで研究のビジョンを見失わなかったのは、「多くの患者を救う」「患者の笑顔が見たい」という医者本来のあるべき姿を追い続けたからだろう。臨床医からスタートしたのは決して無駄ではなかった。拝金主義に走る医者が多い中、彼の仕事に対する純粋なモチベーションは、医者も含めた全ての仕事人が見習うべきである。

山中伸弥
夢に向かって”山中がんばる”[1]

とは言っても夢のゴールの実現には、まだまだお金も人財も、そして人々の理解も必要だ。山中先生の発見した未来のたねを生かすも殺すも国の施策や社会の受容性にかかっている。造船、鉄鋼、半導体・・・かつて日本のお家芸だった産業のたねは国家や企業の戦略なさゆえに、全て他の国に主導権を奪われてしまった。電池や再生可能エネルギーなど新しい環境技術のたねの将来も極めて怪しい。iPS細胞を核にした再生医療技術は21世紀の主要産業に間違いなく成長する。ニュースで木村太郎氏が言及していたように、国民一人ひとりのiPS細胞をストックして病気の予防や治療に役立てる、全く新しい医療システムを構築するくらいの思い切ったグランドデザイン、国民のコンセンサスが今必要なのだと思う。山中先生が恐らく皮肉を込めておっしゃった「国の支援のお陰、日本という国が受賞した賞」という言葉を政府や国民である我々はどう受け止めるか。先生が本当に欲しいのは文化勲章や賞賛の声ではなく国や社会の支援なのだ。山中さんのように大きな夢をもった人はまだこの日本にはたくさんおられる。彼らをドンと受け止めてくれるこの国のチカラが欲しい。

山中先生へのお祝いと彼の真の夢がかなうことを祈念して。

[参考・引用]
[1]再録・時代を駆ける:山中伸弥/1~8、毎日新聞jp、2012年10月8日、
http://mainichi.jp/select/news/20121008mog00m040029000c.html
[2]山中教授「まさに日本という国が受賞した賞」、読売新聞、2012年10月8日、
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20121008-OYT1T00647.htm
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