21世紀のナイト2000

Google自動運転カー

前回の続き)自動運転システムの概念は、1939-40年にニューヨークで開催された世界博で、GMがFuturamaという自動運転システムコンセプトを提唱したことが最初といわれる。’50年代には本格的に自動運転システムの研究が開始されるが、'60年代にかけて研究された自動運転システムは、主に道路に埋設した誘電ケーブルから発生する磁界を検出してコースずれを把握し、ステアリング制御を行うガイド式と呼ばれるものであった。このようなインフラに頼る初期のシステムに対して、周囲環境を認識して自律的に走行戦略を決めるという、まがりなりにも「知能」と呼べるものを備えた自動運転システムは’70年代、日本で研究された。旧通産省の機械技術研究所で開発された「知能自動車」は、マシンビジョン(カメラによる画像処理技術)を使って経路や障害物を検出し、後輪の回転差から自車位置や方位を推定するデッドレコニングと呼ばれる技術と精密な地図を用いて、目的地まで移動することができた[1]。

GMのFuturamaコンセプト
GMのFuturamaコンセプト[11]

’80年代になると、欧米でも盛んに自律式自動運転システムが研究されるようになる。特に米カーネギーメロン大学ロボティクス研究所で開発されたNavLabシリーズは有名(※)。障害物検出はレーザレンジファインダ、レーン検出はマシンビジョンで行われ、1995年にはピッツバーグからサンディアゴまでの約4,800kmをほぼ自動運転で走行したのだそうだ[1]。前出の「知能自動車」もそうであるが、自動運転カーは移動ロボット研究の延長線上で開発されることが多かった。これらの研究開発を支えたのは知能化の要となるコンピュータの発展である。コンピュータの小型化が進み、「パーソナルコンピュータ」の名称が一般化したのがこの時代。それなりの頭脳を車両に搭載することができるようになった。とはいってもまだ16bitCPU世代だから、現在主流の64bitと比較しても単純に「2の48乗」分の1の性能。とてもK.I.T.T.のような高度な人工知能をクルマに搭載することはできなかった。

知能自動車その1知能自動車その2
機械技術研究所の知能自動車(マシンビジョンと車載状態)[12]

(※)ここでも日本人が重要な役割を果たしている。開発プロジェクトリーダーは金出武雄教授。同大ロボティクス研究所所長も歴任したロボット工学の世界的権威。一度彼の講演会を聞きに行ったことがあるが、実にエキサイティングなレクチャーだった。

NavLab 金出武雄
(左)NavLab(右)金出武雄博士

'80年代半ばからは、「日本のロボットカーたち」で紹介したITSという概念に基づく自動運転カーの研究が世界各国で進むようになる。最新の情報通信技術を活用して、自動車単体だけでなく交通システムの体系の中で、自動車の知能化、自動化を実現しようとする試みだ。単独の自動走行というよりは、複数台を隊列走行させるような効率が重視された。通信や道路といったインフラが重要な役割を果たすので、国家プロジェクトとして研究される事例が多かったが[1]、21世紀に入ると再び、スタンドアロンの自律式自動運転カーが注目されるようになる。

ロボット・カーレース」の記事でも紹介したように、アメリカ国防総省主催のロボットカーレースでは、市街地を模擬したテストコースを無人運転カーが何台も完走しているし、驚くなかれ既に公道を普通に走っているロボカーも存在する。Googleは2010年から“自動運転カー“プロジェクトを開始し、トヨタ・プリウスベースの自動運転テストカーを使って、Google本社のあるカリフォルニア州内で市街地走行実験を繰り返している[2]。何故GMやフォードではなく、IT企業の雄Googleなのか。答えはストリートビューを含む、彼らの持つ膨大な地図情報データにある。自動運転で走行するにはカメラやレーザー、レーダーといったセンシング機能を使って自車の周囲情報を認識する”目“が必要なのと、GPSを使って自分が今どこにいるのか、自己位置を把握する”地図“が必要である(もちろん、それらの情報を基に自ら判断するロジック、アルゴリズムが最も重要であることはいうまでもない)。基本的なエレメントは、’70年代の「知能自動車」となんら変わりがない。ただ、各要素技術とその膨大な情報量には隔世の感がある。GPSには誤差やロストが生じるから、測定位置付近の道路形状や建物の配置などできるだけ正確な地図とその場所の画像があれば、”目“で認識した情報と照合させて補完することができる。自動運転に欠かせない地図情報において現在Google以上の情報を持つ企業はない。Googleが自動運転カー開発に着手した理由はここにある。

自動運転は膨大な地図情報が要
自動運転は膨大な地図情報が要[13]

自動運転カーのプロトタイプとはいえ、ちょいワルなトランザムではなく、優等生のプリウスというのはナイトライダー世代にとっては少し興醒めだが、いくら地図情報を大量に持っているといっても、自動車のシステムアーキテクチャにはメーカー独自のノウハウがあるはずだし、自動車開発では素人のGoogleが簡単に手を出せるものでもないだろう。テストカーのために単にトヨタ車を使ったわけではなく、自動車の先進技術では1、2位を争う世界のトヨタと、何らかの技術協力があることは容易に想像できる。恐らくトヨタもハイブリットだけでなく自動運転カーでも覇権を狙っているのかもしれない。



この開発プロジェクトを主導しているのがスタンフォード大学。前出のロボットカーレースでも常連の名門校だが、『ナイトライダー』では人工知能K.I.T.T.の開発にもスタンフォードが関わっているという下りがある。現実の自動運転カー開発の動向を知っているとニヤリとするポイントで、さらに『ナイトライダー』を楽しむことができる。Googleプロトタイプ車の走行テストでは安全を期して、運転席には訓練を受けたドライバーを、助手席にはソフトウェア技術者を乗車させており、あらかじめドライバーが従来の方法で走行して状況を把握しているルートを走っている[2]。州によっても異なるが、日本とは違い自己責任に委ねるアメリカでは車両改造は基本的に自由である。エンジンを大排気量のものに載せ替えるも良し、ジョイスティックで操縦するクルマだって公道を走らせることができる(「福祉車両」参照)。現在、Googleカーの実験車は数十台。新たにSUVタイプのレクサス(RX450h)も追加されている(絶対にトヨタとの共同開発だ!)。先々月には、走行実験が累計で30万マイル(約48万km)を突破した。その間無事故。2011年8月に追突事故を起こしているが、これは人が運転中での事故[3]。人よりも機械による運転の方が安全であることがある意味証明された。

Googleカーは厳しい条件の下でテスト走行が行われてきた訳だが、これまで自動車はドライバーがハンドルやアクセルを操作するのが当たり前だと考えられてきたためにアメリカ国内では自動走行車を規制したり、許可の条件を定めたりする法律がなかった[4]。現実に複数の自動運転カーが公道を走り始めた以上、きちんと法整備を図る必要が出てきた。5月にはネバダ州がGoogleの自動運転カーに、2人以上の同乗を条件に公道で試運転できる免許(ナンバープレート)を発行すると発表した。∞記号の付いた赤ナンバー車が走っていたら、それはGoogleの自動運転カーである[5]。9月にはカリフォルニア州知事がテスト目的であれば公道での自動運転カーの走行を許可する法案に署名し、来年1月から免許保有者が自動運転カーで公道を走れるようになる。自動運転カーの合法化についてはフロリダ州でも同様な法案が成立している[6]。



米国以外でもBMWが高速道路での自動運転を実施している。動画を見るとアウトバーンを手離し走行しているので、ドイツ当局による公道実験の認可が下りているのだろう[7]。またボルボは、スペインの高速道路でボルボ車3台と1台のトラックから構成された隊列が、先導車の後ろを自動運転で追随する実験に成功した[8]。その他、主要なメーカーはほぼ間違いなく自動運転の研究を行っており、公道でテストできるフェーズに多くのメーカーが到達しているのだと思う。

東大の坂村健教授によれば「交通事故の9割は人間のミス。すべての車が自動運転になり、電子のスピードで連絡しながら走れば、交通事故が減るだけでない。車間距離が最短となるようブレーキタイミングを最適にできるので渋滞も減り、環境負荷も最低になる。Googleのビデオにもあるが、目の不自由な人でも車を使えるようになる[9]」 これら道路交通の安全と効率の両立が、Futuramaからスタートした自動運転カー開発の本質的な目的である。そのクルマの究極の夢に向けて、人間はいよいよ本格的な挑戦を始めた。

さて日本ではどうだろう?スバルのアイサイトのような自動ブレーキ装置のレベルでは既に商品化されているが、完全自動のクルマを公道で走らせるというのは、たとえテスト走行であっても、運転に介入できる実験員が同乗していたとしても、かなりハードルが高い。実証実験車であれば、国土交通省大臣認定を受けるという手はあるのだが、まあ認められても追従自動走行がいいところだろう。それでも認定条件は厳しいし、役所仕事なのでいろいろと手続きも面倒だと聞く。理由は何であれ、Googleのように一旦実験中に事故を起こせば、すぐに認可が取り消されるのは間違いない。厳格に安全管理された自動運転カーの公道走行の壁は厚く、一方で無免許運転のドライバーが運転技能を有するという理由で、危険運転の罪に問われないなんて、何ともおかしな国である。

日産EXA七変化
日産EXA七変化

昔日産にエクサというクルマがあった。2代目エクサは脱着式のリアハッチによりノッチバッククーペ形状にもキャノピー形状(ステーションワゴン形状)にも変えられるという可変式ボディが売りだったが、同一車種で複数の車体構造は認めないという法令の壁により、日本市場では可変式が認可されなかった。なかなかカッコいいクーペだったし、カタチを変えられるという斬新なコンセプト(使わないリアハッチはどこに保管するのかという問題は残る)に惹かれて、大学出たての頃、買いたいクルマの候補の一つだったが、肝心のカタチが変えられないということで購入を断念。もちろんアメリカではリアハッチのコンバートは何の問題もなく、米国出張の際にボディ形状の違うEXAが結構走っていたのを見て、物事に柔軟な米国を羨ましく思った記憶がある。もし、自由自在にカタチの変えられる自動車が発明されても、今の日本の法規では商品化できないのだ。

経済が低迷している日本でこそ、国は柔軟に規制緩和をし、新しい産業やシステム創出のための政策や仕掛けをどんどん打ち出していくべきなのに、いろいろなハードルがありすぎて、今までにない新しい挑戦をすることがなかなかできない。「電気自動車もNG?」(2012.9.12)でも取り上げたスマート家電の問題点も根本は同じ。また、前出の坂村教授が言うように異質なものに対する社会の不安も新しい技術を阻む要因の一つになっている[9]。このような背景があるから、日本では新しいベンチャーが育たないし、第2のホンダやソニーが生まれないのかもしれない。これらの課題が克服されなければ、日本の製造業は生産拠点だけでなく、研究開発の部分までもが国外へシフトするといった完全なる産業空洞化が進んでしまいそうだ。

ナイト2000の実現はいつ?
ナイト2000の実現はいつ?

自動運転システム開発の黎明期には日本人が多大な貢献をしたことは前述したとおりだが、現在の新しいステージでも日本の研究者・技術者の活躍を是非期待したい。ただ、自律式の完全自動運転技術は、数年先にはかなりのレベルまで進歩すると思うが、ナイト2000のK.I.T.T.のようにドライバーと自然なコミュニケーションができる人工知能の実現は[10]のような記事を読むと、まだまだハードルは高いようだ。人工知能との対話は“人間らしさ”とは何か?を考えさせてくれる。『ナイトライダー』、実は深~いドラマなのであった。

機械より人間らしくなれるか?: AIとの対話が、人間でいることの意味を教えてくれる機械より人間らしくなれるか?: AIとの対話が、人間でいることの意味を教えてくれる
(2012/05/24)
ブライアン クリスチャン

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[参考・引用]
[1]自動車プロジェクト開発工学-環境,ITS,運動性能,物流-、藤岡健彦・鎌田実・編、中村修一・津川定之・山本真規・武田信之・著、技報堂出版、2001
[2]Google、“自動運転カー”プロジェクトを発表――既に公道で試運転中、ITmediaニュース、2010年10月10日、
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1010/10/news002.html
[3]Google自動運転カー、48万キロを無事故で走破 レクサスのSUVも登場、ITmediaニュース、2012年8月8日、
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1208/08/news027.html
[4]<グーグル自動走行車(グーグル・カー)ネバダ州で免許取得、公道試験へ> 日本は開発しているのだろうか?、Hashigozakura、2012年5月9日、
http://hashigozakura.wordpress.com/2012/05/09/%ef%bc%9c%e3%82%b0%e3%83%bc%e3%82%b0%e3%83%ab%e8%87%aa%e5%8b%95%e8%b5%b0%e8%a1%8c%e8%bb%8a%e3%82%b0%e3%83%bc%e3%82%b0%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%ab%e3%83%bc%e3%83%8d%e3%83%90%e3%83%80%e5%b7%9e%e3%81%a7/
[5]Googleの自動運転カー、ネバダ州で免許取得、ITmediaニュース、2012年5月8日、
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1205/08/news037.html
[6]グーグルの自動運転カー カリフォルニア州でも公道走行が可能に、GreenPlus、2012年10月1日、
http://green-plus.co.jp/co2news/2012/10/post-615.html
[7]BMWのロボットカー、驚異の自動運転、Respose、2012年1月25日、
http://response.jp/article/2012/01/25/168916.html
[8]自動運転技術「SARTRE」のロードトレイン、公道にて初公開、ボルボホームページ、2012年5月29日、
http://www.volvocars.com/jp/top/about/news-events/pages/default.aspx?itemid=102
[9]坂村健の目:技術を阻む社会の皮肉、毎日新聞、2012年9月18日、
http://mainichi.jp/opinion/news/20120918ddm016070006000c.html
[10]会話ボットがチューリング・テストで競う「ローブナー賞」のチューリング年記念大会が開催(Significance Magazineから)、ワイリー・サイエンスカフェ、2012年5月18日、
http://www.wiley.co.jp/blog/pse/?p=8236
[11]写真で見る「自動運転車の歴史」:ギャラリー、TECHNOLOGY、Wired Japanese Edition、2012年2月9日、
http://wired.jp/2012/02/09/autonomous-vehicle-history/
[12]自動運転今昔物語-初期の自動運転システムで用いられた技術-、津川定之、自動車技術会ホームページ、
http://www.jsae.or.jp/~dat1/mr/motor15/mr200235.pdf
[13]“How Google’s Self-Driving Car Works”、The Computing Community Consortium blog、
http://www.cccblog.org/2011/10/18/how-googles-self-driving-car-works/
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[ 2012/10/08 15:44 ] cars/車のお勉強 | TB(0) | CM(0)

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