ブリキの三太号

だるい、頭が重い、あちこちの筋肉が痛む。軽い熱中症ではないかと思わせる夏バテぎみの厳しい残暑。一方、そんな酷暑にも全く疲れ知らずの息子。「遊んで、遊んで」とうるさいので、ヤフオクで落札していたブリキの組立キットを作ってあげることにした。“ボンネットバス 懐かしの「代燃車」“というもので、私の勤務経路ではよく走っている神奈川中央交通(通称神奈中)で実際に使用していた代用燃料車のボンネットバスをブリキのおもちゃで再現したものである。

代用燃料車、すなわち薪や木炭を燃やしたときに発生するガスで走る自動車は、石油の不足した戦中の日本では軍用の燃料確保のため民間車両では珍しくなかった。戦後の1952年までその代燃式のバスを運行させていた神奈中は、創業60周年の1981年に薪を燃やして走行するボンネットバスを復元して公開運転したのである。このとき付けられた名前が「三太号」。復元の物語は「まきバス三太号」という絵本にもなっていて、この珍しい絵本は私も持っているので、別の機会に紹介したいと思う。

キットの箱1 キットの箱2
渋い箱入りキット

この三太号をモデルにしたブリキのおもちゃが、1998年の9月20日(バスの日なのだそうだ)に神奈中から販売された[1]。私がその存在を知ったときには既に完売。なぜ三太号が実車復元されて20年近くもたってからブリキ製三太号が企画されたのかは定かでないが、まきバスのみならず、そのミニチュア玩具も昔懐かしいブリキで再現するという粋な計らいであった。

鑑定書 神奈川中央交通路線図
(右)北原照久氏サイン入り鑑定書(左)神奈中のバス路線図も付属

このキットは、玩具コレクターで、横浜にあるブリキのおもちゃ博物館館長としても有名な北原照久氏監修・認定されたもので、彼のサイン入り鑑定書も付属する、限定発売20,000キットのうちの一つ。クラシカルな挿絵が描かれた渋い深緑の箱入りというのがまたいい。絵本「まきバス三太号」を入手したときから、貴重な資料としてこのキットも併せて手に入れたいと思っていたが、ネットオークションでもなかなか出てこない。たまに出品されても人気の商品なのか、価格が高騰して落札できなかった。手ごろな値段での入手を諦めていた先月、英世さん1枚で完品を入手することができたのである。実はチョロQバージョンを既に入手済みで、これで私の知る限りすべての三太号アイテム揃い踏みとなった。

三太号揃い踏み
三太号アイテム揃い踏み

コレクターだと作らずに箱ごと保存しておくのだろうけど、私は夏休みになったら息子に作ってやろうと思っていた。ブリキだと手を切りやすいし、小さい部品だと爪を折るにもかなり力がいるので、小学生の息子が作るには難がある。なので私が作っているところを彼に見せてあげることにした。私はリアルにブリキのおもちゃで遊んだ最後の世代。幼稚園に入る前のおもちゃといえば、ブリキ玩具やソフビの怪獣だった。ブリキのじどうしゃで遊んでいた記憶もある。でも自分でブリキのおもちゃを組み立てるのは初めての経験。プラモデルに比べれば部品の精度はかなりアバウト。爪折りが甘いと部品がカタカタ揺れるがそれもご愛嬌。昔の玩具はそんな感じだった。「ブリキというのはね、鉄の板に錫でめっきした・・・」と愚息には意味不明な話をし、手に傷を負いながら、小一時間で完成。息子にはシール貼りを手伝わせた。「横浜駅」行きとなった三太号。

ブリキの三太号サイドブリキの三太号フロントブリキの三太号リア
リアの出っ張りがまきガス発生装置(左、右)緑のナンバープレートも忠実に再現(中)
ブリキの三太号その4
フェンダーミラーやアポロ式方向指示器も再現、ミラーはちゃんと写るぞ

はずみ車で動く後輪の「ガーッ」という“轟“音がなんとも懐かしい。「パパが小さい頃はこんなおもちゃで遊んでいたんだよ」と説明すると、見たこともないものに出会ったように不思議そうに見つめていた。ゼンマイかモーターで動くと思っていた息子にはちょっと期待はずれだったようだが、昭和のおやじにとっては幼少時代に戻った暑い夏休みとなった。

[参考・引用]
[1]ブリキのおもちゃ三太号、神奈中バスいろいろ、1997-98年版、1998年11月25日、
http://kanachango.web.fc2.com/kc9897.htm
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