少年警官ジェイムズくん

女子バレーの3位決定戦をテレビで観戦中、韓国に一時リードを許していたときのこと。私と妻は「サッカーに次いでバレーも負けそうだね」とつぶやいた。それを聞いた愚息「最後まで諦めちゃダメなんだよ」と我々を一喝。子供に教えられたオリンピックの夏。オリンピックは終わっちまったが、しばらく余韻を楽しみながら本日もクルマの絵本、ロンドン特集第三弾として「少年警官ジェイムズくん」(P.クラーク・作、望月武人・訳、北田卓史・絵、旺文社ジュニア図書館)を紹介する。原題は1957年初版の“James the Policeman”(Pauline Clarke)、本書は1978年に翻訳された小学中級~上級向け児童書である。見開きのページでは、先のロンドン特集絵本でも登場した、クルマノエホンではお馴染みの北田画伯描くダブルデッカーとブラック・キャブが飛び込んできて、冒頭から英国の世界に引き込んでくれる。

少年警官ジェイムズくんその1

舞台はイギリスのとある町。主人公ジェイムズ少年は自動車が大好き。ミニカーをいっぱい持っていて、このおもちゃを使って、すごい交通渋滞を作るのが好きだった。自分が警察官になりきって、交通渋滞を整理したり、スピード違反を取り締まったり。だから、ジェイムズくんは警察官になってみたいといつも思っていた。ところで、英国でミニカーといえばマッチボックスが思い浮かぶ。初版が1957年ということは、ちょうどマッチボックスの人気がじわじわ広がってきた頃だ(「“MATCHBOX” COLLECTOR’S CATALOG U.S.A.EDITION 1969」参照)。作者も当時のブームを巧みに物語に取り込んだのかもしれない。ジェイムズくんは『りっぱな自動車修理工場もよく使いました』とあるが、彼が遊んでいたのは<こんな>ものだったのだろうか。

少年警官ジェイムズくんその2

ある日の学校の帰り道。ふざけ合って下校していた友だちのアンディとティムが大通りに飛び出して、ティムがオートバイとぶつかった。幸い大事故にはならなかったが、オートバイは転倒し、運転していた自動車修理工のガンブルさんもティムも軽い怪我をした。少し離れて歩いていたジェイムズは事故の一部始終を見ていた。私も3歳の頃、友だちと追いかけっこをしながら通りに飛び出したことがある。ふと右側を振り向くと1台のタクシーが近づいてくる。これにびっくりして転んだのか、足が絡まって転んだのか、急ブレーキで止まったタクシーの一歩手前で倒れた私は、アンダーフロアでちょっと指を切っただけで大事には至らなかった。スローモーションのように目の前に向かってくる白っぽい自動車の姿、ジェイムズくんの友だちのように大声で泣き続けた私をタクシーの運転手が抱きかかえていたことは今でも鮮明に覚えている。あそこで転ばなかったら、このブログもなかっただろうね。

その日の午後、ジェイムズの家に警察官がやってきた。すてきなヘルメットと体にぴったり合った制服と、ピカピカに光ったくつを彼はうっとり眺めていた。全ての“目撃者”だったジェイムズに事情聴取にやって来た巡査部長ポッターさん(いかにも英国)。ジェイムズくんは冷静に彼の質問に答えた。

少年警官ジェイムズくんその6
少年警察隊(「少年警官ジェイムズくん」より)

夏休みになって、ジェイムズはおもちゃ屋さんで警官のヘルメットを見つけた。どうしても欲しくなった彼は、家のお手伝いをして、おこずかいを貯めてこのヘルメットを手に入れた。青いテーブルクロスをマントにして、長靴を履いて、お母さんから警察手帳替わりに古い買い物手帳と白い手袋をもらって、すっかり警察官気分。事故のあった交差点で違反車がいないか見張ったり、ポッター部長の手ほどきを受けて、交通整理まで行った。小さい“新米巡査部長”の活躍を見つけたガンブルさんは、ジェイムズの陳述できちんと保険が下りたお礼に彼に銀色の笛や手錠のおもちゃをくれた。この笛を吹いて、やはり警官ヘルメットを買ってもらったアンディとティムの“巡査”たちを呼び出すことにした。

少年警官ジェイムズくんその3 少年警官ジェイムズくん
サクスフレイズ卿のロールスロイス。本書の挿絵はファントムⅥ('77)と思われるが、原著初版の頃('57)だとファントムⅣ('50)やシルバークラウド('55)などが走っていたはず(「少年警官ジェイムズくん」より)

そんな時、彼らの目の前を旧式のダークグリーンの超高級車が静かに通り過ぎる。サクスフレイズ卿のロールスロイスだ。「あの車は私が運転するはずだった。なのにこのあたりに住んでいない誰も知らないやつを運転手にするなんて。」とお抱え運転手になりたかったガンブルさんは小言を言った。この話を聞いた後、ジェイムズはサクスフレイズ卿の運転手の怪しい行動を目撃する。それから小さな警察官はたいへんな事件に巻き込まれることになるのだが・・・。

少年は誰でも一度は“ケイサツ”に憧れるものだ。パトカーも大好きだしね。ジェイムズくんは警官“ごっこ”を体験することで、その仕事の大切さやきびしさも学ぶことになる。私は制服警官には憧れなかったが、「太陽にほえろ」のGパンや「刑事コロンボ」など私服刑事に夢中になった世代。大人なると違反キップを切られる度に(先日もやられたばかり)、「ポリ公め」とついつぶやいてしまう(失礼!違反した私が悪いんです)関わりたくない職業の筆頭となった。

昔のイギリス警官はこんな感じ ロンドンオリンピック会場の英国警官
(左)昔のイギリス警官はこんな感じ[4](右)ロンドンオリンピック会場の”Bobby”[7]

オリンピックを陰で支えていた多くの人たちの中でも、ロンドンの警官たちは重要な役割を担ったはずだ。ロンドンの警察のことを少し調べてみると、いろいろ知らなかったことがわかった。ロンドンには2つの警察組織が存在する。“シティ”の名称で金融街として有名なシティ・オブ・ロンドン(City of London)を管轄するロンドン市警察と、シティ・オブ・ロンドンを除く大ロンドン(Greater London)を管轄するロンドン警視庁、通称スコットランドヤード(Scotland yard)である[1][2]。大会期間中はロンドン外からも地方警察の応援があったと聞くが、ジェイムズくんが被っているちょっと形が特徴的な警官ヘルメットは、「ボビー・ヘルメット」と呼ばれる英国の警察官が被る帽子。ボビー(Bobby)とは英国の男性警官の通称らしい。材質はプラスチックで表面はフェルト地、中央の紋章の文字“EⅡR”はエリザベス女王Ⅱ世の意味で威厳がある[3]。さすがに現代の英国警官は外套(マント)は身に付けないだろうが、オシャレなヘルメットといい、お堅い警察官といえどもさすが英国、優雅で気品がある。イギリスの子供たちが憧れるのも無理はないだろう。

少年警官ジェイムズくんその5

物語の中では、青色で車体が低くて細長く、細いアンテナが揺れる英国のパトカーが登場する。1960年代初期までは、全ての警察車両は黒色(バイクと自転車、セダンタイプ)かダークブルー(バンタイプ)のいずれかだった[5]。したがって本書で登場するパトカーはバンタイプと思われる。北田氏の挿絵にもそのような警察車両が描かれているが、オリジナルは何がモデルだったかはわからない。

作者のポーリン・クラーク(Pauline Clarke)は、1921年イギリスのノッティンガムシャー生まれの英国人作家。オックスフォード大学サマービル校で修士号取得。大学卒業後は雑誌の編集に携わっていたが、1948年以降、子供のための物語を書き始めるようになった。彼女は幼年向け作品ではHelen Clareの名前で、本書を含む高学年向けの作品ではPauline Clarke、後年手掛ける大人向け書籍では、結婚後の名前Pauline Hunter Blairを使い分けている。1962年に『魔神と木の兵隊』(あかね書房)でイギリスの児童文学賞カーネギー賞を受賞。その他ルイス・キャロル・シェルフ賞やドイツの児童文学賞などを受賞している。ジェイムズくんシリーズも本書の他『ジェイムズくんとどろぼう(“James and the Robbers”)』(1959)、『ジェイムズくんと密輸業者(“James and the Smugglers”)』(1961)、『ジェイムズくんと黒いバン(“James and the Black Van”)』(1963)が出版されている[6]。

訳者の望月武人氏は、1937年山梨県生まれ。青山学院大学英文科で神宮輝夫氏の児童文学研究グループに入る。大学卒業後、小学校教師として児童と接触し、一方、日本子どもの本研究会に参加して児童文学を研究している。単行本としては本書が処女作である。

作画の北田卓史氏については「車のいろは空のいろ」「もりたろうさんのじどうしゃ」参照。

[参考・引用]
[1]ロンドン市警察、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3%E5%B8%82%E8%AD%A6%E5%AF%9F
[2]ロンドン警視庁、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3%E8%AD%A6%E8%A6%96%E5%BA%81
[3]イギリス警官ヘルメット(スコットランドヤード)、WOLF SCHANZE、
http://www.sun-inet.or.jp/~oginoart/wolf_schanze/images/hel_images/hel16.htm
[4]Dickens Constable、Constable、British policeman、Antique Costume & Prop Rental、
http://gallery.antiquecostumes.com/showsandexhibitions/Dickens/Costumes/Untitled-24-47
[5]Police, Fire Brigade and Ambulance Services、Goods & Not So Goods An overview of railway freight operations for modellers、
http://www.igg.org.uk/gansg/00-app1/pfa.htm
[6]Pauline Clark、Wikipedia、
http://en.wikipedia.org/wiki/Pauline_Clarke
[7]London prepares for the Games、Two police officers stand in front of an Olympics rings banner in London. AP
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