1号機関車

ロンドンオリンピックも中盤、ロンドンネタのクルマ絵本第2弾と行きたいところだが、なかなか金色メダルに届かず今ひとつ波に乗れない日本選手の成績に、少しフラストレーションも溜まっていることもあり、早くも絵本紹介はインターバル。先月横浜にオープンした原鉄道模型博物館へ先週の日曜日に出かけたので少し報告したい。

原鉄道模型博物館1
原鉄道模型博物館

この博物館、鉄道模型蒐集家として世界的に知られる原信太郎氏の世界一ともいわれる彼のコレクションの“一部”2500両を収蔵し、展示している。圧巻は世界最大級(約310m2)といわれる1番ゲージ(※)の室内ジオラマが設置されていること。鉄道(模型)ファンはもとより、鉄道にあまり興味のない我が家ですらジオラマ観たさに出かけるくらいだから、オープン以来大盛況らしい。

原鉄道模型博物館2
朝からすでに長打の列

開場時間は11:00から。夏休みだし、入場制限もするらしいとの事前情報を得ていたので、朝10:00前には博物館のある横浜三井ビルに到着。でも既に行列が出来ていた。大人1,000円、小人500円のチケットを購入して並んでいると、10時半頃には開場となり、第1陣として博物館へ入場することができた。

入り口付近の展示室には1番ゲージの車輌を中心に、原氏のコレクションが整然と展示されている。当然展示物には手を触れられないので、見えにくい箇所は拡大写真が一緒に表示されたり、展示ケースの床面を透明にし、客車の下から覗けるように工夫された明治末期の列車模型などもあった。オリエント急行の天井絵を見事に再現した車輌には思わず見とれてしまった。

彼のコレクションがすごいのは、メルクリンといったメーカー品よりもむしろ、自ら製作したり、特注されたものが多いこと。これらは神戸芦屋の自宅にある私設「シャングリ・ラ(Shangri-La)博物館」製のものである。第1展示室には、原氏が小学6年生の時に製作した「1号機関車」(冒頭の写真[1])が展示されていたが、とても小学生が製作した模型とは思えないほど完成度が高い。今でもちゃんと電気で走るのだそうだ。

「FS E626」模型
「FS E626」模型

他にも、ドイツの博物館が譲ってくれと懇願したというアンティーク鉄道玩具「ヴッパータールの懸垂電車模型」(戦前の玩具だが、恐ろしく程度の良い状態で保存されていた)や、特別展示としてイタリア国鉄の機関車「FS E626」展も行われていた。この「FS E626」模型は部品総数9000点、洋銀仕上げのまさに工芸品で、「シャングリ・ラ(SL)博物館」が“抱える“世界各国の職人7名くらいが7年もかけて製作したものらしい。ドアノブも動いて、ドアも開閉できる。回生ブレーキも搭載され、とにかく実物を完全に再現しているのだそうだ(溜息)[2]。

奥に進むとこの博物館の最大の見せ場、1番ゲージの室内ジオラマ「いちばんテツモパーク」が圧巻の姿で入場者を出迎える。実際と同じ架線から電気をとり、鉄のレールの上を鉄の車両が走行する。ヨーロッパの街並みを再現したこのジオラマには、クラシカルでおしゃれな欧州の電車や機関車、トラムなどの模型が走る。その壮観さ、緻密さにはただただ言葉を失うばかりだ。ここの博物館が良いところは、冒頭でも紹介したように入場制限をかけている点。上野のパンダのように二重三重に列をなして何も見えないということがなく、ちょっと見入っていればすぐに隣のスペースが空くので、展示室もジオラマも真近でゆっくりと観賞することができる。ホント、時が経つのを忘れるような極上のひとときを過ごせるのだ。このジオラマの中で私のお気に入りの場所をさっそく発見した(矢印)。一番奥まったところに最長の直線コースを眺められるポイントがある。身長約120cmの息子の視線の高さになるようにしゃがみ、遠くから近づいて来る車両を待ち受ける。「タタンタタン」と実車さながらにレールの継ぎ目を通過する際の走行音も非常にいい感じ。次回また来る機会があればこの場所に留まるに違いない。

博物館レイアウト
博物館レイアウト[1]:矢印の方向から見るのがお気に入りのポイント

ここを出て次の展示室に向かうと、そこはHOゲージで地元横浜の今昔を再現したジオラマになっていた。東海道線や根岸線の車両が周回する。やはりテツモパークと比べてしまうと、重厚感やリアリティはずいぶん劣ってしまう。HOゲージでもマニアにとっては十分垂涎の的なんだけどねえ。ここで最後となり、私と妻、愚息(娘は都合で不在)は約1時間半のミニチュアツアーに大満足であった。その後、横浜三井ビルの横にある日産本社ビルにしばし立ち寄る。日産も自動車模型博物館を設置してくれないかなあと思いながら、ギャラリーで息子と展示車両を見て回る。その間ママはギャラリー内にあるスタバでお茶をして、セレナのペパクラを貰って来た。そうそうセレナもハイブリットバージョンが出たばかり。やっぱり最後はしっかりクルマで締めて、これが当日の息子の戦利品となった(さすがに鉄道模型は手が出せません)。

さて、この博物館のコレクション主である原信太郎さん、御年93歳で今でもお元気な好々爺であるが、数々の伝説を持つお方である。1919年東京生まれ。幼稚舎から高校まで慶応義塾の筋金入りのおぼっちゃま。鉄道技術を学ぼうと東京工業大学機械科に進み、戦後コクヨに就職。自動化機械の開発に従事、同社専務取締役、生産関連会社社長を経て相談役で退職されている。在職時に発明した300を超える技術特許を個人で請願・維持した上で退職時に同社に寄贈。退職後同社の退職金を基金として、若手科学技術研究者の支援を目的とした(財)原総合知的通信システム基金を設立した[1]。

原信太郎と「FS E626」模型
原信太郎と「FS E626」模型[4]

それにしても、これだけのコレクション、しかも自作や特注ともなれば、下世話な話、一体どれくらいのお金がかかっているのだろう?いくら一流企業の重役まで務められた方だとはいえ、所詮サラリーマンの給料で楽しめる趣味道楽の範疇を超えている(どこかのクルマ会社の社長は10億ももらっているけどね)。

原氏の祖父は一代で財を成した地金商で、子供の頃から驚くほど裕福な生活を送っていた。東京・芝の生家が旧品川操車場や市電の車庫に近かったことで、物心つくと鉄道に魅せられていたのだそうだ[3]。どれだけお金に不自由しなかったかは、4歳の頃からおもちゃはツケで買ってもらっていたエピソードからもわかる。飲み屋のツケではない。その頃ねだって買ってもらったアメリカ・ライオネルの機関車模型が495円。当時の首相の給料が約450円だった時代だ[4]。現在の首相の月給が243万円なので[5]、その贅沢さがおわかりになろう。さすがに、ツケを支払っていた彼の祖母からは3か月も待たされたそうだ。とはいえ幼稚園のガキに今ならクルマ1台分のおもちゃを買ってあげるなんて・・・。

そのおばあちゃん、原氏が18歳の頃(昭和12年)には1,560円もしたダットサンも買ってあげている。当時自動車の車検費用は非常に高く、さすがの原氏も自分の小遣いだけでは車検代を捻出することはできなかった。そこで自動車整備工場の場所を借りて、自分で部品を買って修理していたそうだ。大学生の分際で恐ろしく貴重だったはずの自動車部品が買えることもすごいが、この頃のDIY精神が、鉄道模型を自作する技術の基礎になったのであろう。彼は整備工場で当時最新のフォードV8エンジンを見る機会があり、ダットサンのエンジンと比較することで日米の技術格差を思い知らされた。潤滑油の差も歴然としており、アメリカとの戦争には勝てないと確信したそうだ[4]。

時は流れて原氏80歳代後半の頃、息子さん(国連親善大使も務められた実業家、原丈人さん)とある機関車の写真を撮りに南アフリカへ出かけた時の話。唯一モノクロの写真しかなかった1928年頃の名機関車の模型を作るために、あらゆる角度からの実物写真が欲しかったのだ。南アの鉄道会社に問い合わせたが資料は残っていない。ただ、廃車が放置されている操車場がいくつかあるということではるばる南アまで飛んで行ったという訳。カメラにも造詣の深い原氏が周囲の怪しい雰囲気も顧みず写真を撮ろうとするが、ご存じのように彼の国は治安が非常に悪い。高価なカメラなんか公衆の面前にさらそうものなら、たちまち追剥に会い、命の危険すらある。挙句の果てに鉄道公安警察に捕まってしまった。南アでは鉄道が軍事機密だったのだ。息子さんの外交官証を見せて事情を説明すると、態度は一変。警護を4人付けましょうということになった。結局、政府の護衛付きでお目当ての機関車の見学もでき、車輌にも乗せてもらっていたくご満悦の旅となった[2]。さすが1番ゲージのコレクター王、なんとも“スケール”のデカイお話である。

これら伝説の数々は、ご子息と糸井重里さんの対談[2]やご本人のインタビュー[4]に詳しいが、天井知らずのお金持ちで自由人、道楽もここまで究めると逆に気持ちがいい。個人の趣味の世界は既に超越して、このような博物館の形で自分の財産を社会還元されたのだろう。彼の半生は「スーパー鉄道模型 わが生涯道楽」(講談社+α新書)という著作で読むこともできる。既に絶版だが、興味のある方は是非。

(※)鉄道模型の規格は主に縮尺(スケール)や軌間(=線路幅:ゲージ)で区別され、日本や欧州ではゲージが、米国ではスケールが重要視される。例えばNゲージの一般スケールは1/148だが、日本の新幹線は軌間が大きいので、ゲージで合わせようとすると縮尺は1/160となる。主な規格は大きい方から1番ゲージ(軌間45mm、縮尺1/30.5~1/32)、0番ゲージ(軌間32mm、縮尺1/43~1/48)、HOゲージ(軌間16.5mm、縮尺1/87.1)、Nゲージ(軌間9mm、縮尺1/148~1/160)、Zゲージ(軌間6.5mm、縮尺1/220)などがある[6]。



[参考・引用]
[1]原鉄道博物館ホームページ、
http://www.hara-mrm.com/index.html
[2]とんでもない鉄道模型の話とすごいテレビ電話の話。
http://www.1101.com/hara/first/index.html
[3]〈ひと〉10日開業する「原鉄道模型博物館」生みの親、朝日新聞、2012年7月10日、
http://www.asahi.com/news/intro/TKY201207090431.html
[4]「シャングリ・ラに住む自由人」原信太郎さん、いきいき大人見聞録、
http://www.slownet.ne.jp/sns/area/life/reading/interview/200601231648-1000000.html
[5]あらあら、菅さん以下の野田さん・・・首相の給料返上しない!?、日々是好日、江田けんじホームページ、2011年9月23日、
http://www.eda-k.net/column/everyday/2011/09/2011-09-23.html
[6]鉄道模型、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E9%81%93%E6%A8%A1%E5%9E%8B
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