SCHOOL BUS

先日「緊急提言:悲惨な死傷事故を究極ゼロにするには」で最近多発する学童の交通事故被害について話題にした。その後も子供が怪我を負ったり、犠牲になる自動車事故が跡を絶たない。京都亀岡の事故が起こった頃、自動車の技術ではなく、社会のシステムで子供たちを事故から守る方法はないのだろうか、そう考えていたときに思い浮かんだのが、スクールバスの活用だ。スクールバスといえば、“イエローバス”の愛称で親しまれているアメリカの黄色いバスがすぐにイメージされる。今回は、その黄色いスクールバスが主人公のタイトルもそのものスバリ“SCHOOL BUS”(Donald Crews・作、Greenwillow Books)を取り上げる。

子供たちの命が危ない!
子供たちの命が危ない![1]

一連の事故以降、各地の通学路における学童たちの危険な日常が連日ニュースで取り上げられている。スクールゾーンの通行禁止時間帯にも関わらず、悪びれることもなくルールを無視して通行するドライバーたち。子供たちの横すれすれに高速で通り抜ける理性なき大人たち。東日本大震災後、極限状態でもルールを守る日本人の行動が世界で賞賛されていたが、あれは何だったのか。「赤信号みんなで・・・」もまた日本人の特質。警察の対応も怠慢だと思うが、そういうモラルが改善されない以上、別の手段による対策も考えるべきだ。その一つが、幼稚園では当たり前に行われている、スクールバス送迎の利用拡大だ。コストデメリットの問題もあるのだろうけど、児童に対する交通事故のリスク、さらに通り魔殺人や誘拐といった凶悪犯罪のリスクも多い昨今の現状を考えると、少なくとも小学校でもスクールバスを制度的に導入することを真剣に考えるべきではないだろうか。

そんなことを考えていたら、教育評論家の尾木ママこと、尾木直樹氏が文科省の取り組みをテレビで紹介していた。文科省では児童生徒の安全・安心の観点から、スクールバスの活用に関する現状と今後の課題について調査検討している[2]。調査結果は「国内におけるスクールバス活用状況等調査報告」及び「諸外国におけるスクールバスの活用状況」の報告書に詳しい[3]。調査だけ行って、具体的なアクションプランになかなか結び付かないお役所仕事の典型といえばそれまでだが、少なくとも行政も問題意識は持っているようである。私も少し勉強になった。

日本において通学児童の安全対策がなかなか進まないのは、学校の安全に関する責任所在の在り方が大きいようだ。学校の「内」の安全については一応建前として学校や行政が責任を負うのに対し(大津市のいじめ問題では、明らかに責任を放棄しているけどね)、「外」の安全は保護者や地域、警察、道路管理者等の対応ということで責任の所在が曖昧になっている。一方、今回紹介するクルマ絵本がモデルの米国においては、学校や教育行政がスクールバスの運行によって通学路の安全を守ることが一般的となっている。欧州(フランスや英国)は日本型に近く、保護者の責任がより強いため自家用車での送迎が一般的のようだ[2]。

我が国では意外にも62.7%の自治体でスクールバスが導入されていた。路線バスをスクールバスとして活用しているケースが多いのであるが、それでもスクールバスを導入している自治体の82%が専用スクールバスを運行しているらしい。但し、導入している自治体のほとんどは山間部や降雪の多い府県で、交通事故のリスクが高い東京や神奈川など大都市圏での導入率は3割を下回る(ちなみに神奈川では専用スクールバスの運行なし)[2]。道理でここ横須賀近辺ではベース内の学校のためのそれこそイエローバス以外見かけないわけだ。

最初期のスクールバス
20世紀初期のスクールバス[7]

米国事情に話を戻すと、“イエローバス”のそもそもの導入目的は、遠距離通学の児童生徒に対する支援であった。児童生徒のために車両による通学支援が最初に導入されたのは明治維新翌年の1869年、馬車のワゴンに児童を乗せたのがはじまり。1915年(※1)に初めてのスクールバスが製造され、1939年に現在のようなスクールバスを黄色に塗装することが決定されている。これは周囲にバスの存在を知らしめる意味で非常に良い制度である。1950年代から、都市の郊外化が進むとともにニーズが高まったと[4]には報告されているが、事情はもう少し複雑のようである。[5]によればもともと人種によって通う学校が分かれていた米国では、郊外化が進むにつれ白人は郊外、黒人は都心部と人種による居住地の偏在がさらに強まり、これを解消するために70年代になると「人種統合バス通学」が導入される。人種の割合が一定になるように、白人生徒は都心部、黒人生徒は郊外へと遠距離通学を余儀なくされた。それを支援したのがスクールバスだった。90年代には“強制的な”バス通学は行われなくなり、現在は遠距離通学だけでなく、児童に対する犯罪や交通事故防止の観点からもバスが利用され、毎日50万台の“イエローバス”が2,625万人の児童(※2)を送迎している[4]。

(※1)[7]によればWayne Works社で1914年に製造されたものが自動車の車台をベースに作られた初めてのスクールバスと報告されている。
(※2)利用者の対象は幼稚園児から12年生(日本でいう高校3年生)までと幅広い。

停車時に赤く点灯するランプ バスの前を確認するミラー 児童生徒が乗降車中であることを知らせる「STOP」サイン
(左)停車時に赤く点灯するランプ[9](中)バスの前を確認するミラー[10](右)児童生徒が乗降車中であることを知らせる「STOP」サイン[11]

上記のようなアメリカならではの背景はあるものの、米国の底力を痛感させられるのは、スクールバスの黄色塗装を決定した1939年に、この決定を下した「全国スクールバス会議」というものが初めて開催され現在に至っている点。この会議は、全米の教育及び交通担当者、警察、学校、バス事業者が一堂に会し、スクールバスの安全基準や運行規則を議論している。訴訟社会であるアメリカは、安全については極めてナーバスである。その基準や規則は多岐に亘り、車体の安全強度はもちろんのこと、運転手の訓練に係る規則や停車時に赤く点灯するランプ、子供が乗降中であることを周囲に知らせる「STOP」サインの義務付け等も決められている。当然シートベルトの搭載も義務付ける。治安の悪い地域では警察官が付き添い、テロ対策も着実に進む。このような対策が施されたスクールバスは、他の商業車両と比較して「最も安全な車両」と言われているらしい[4]。

スクールバスの運営資金はどうなっているかというと、経済的に困難な学区以外、基本的には連邦政府や州政府からの助成金は出ていないそうだ。スクールバスに係る経費は学区内の住民からの税収が充当されている[4]。増税、増税で2人の子持ち薄給リーマンには頭が痛いが、このような目的税であれば少しは納得がいく。消費税UPは社会保障のためと“どぜう”宰相はのたまうが、本当にそれらの目的に使われるのかどうかはなはだ疑問だ(国民のなんちゃら党のシンパではありませんよ)。増税法案が可決された途端、整備新幹線の新たな区間着工が認可されるし、税収は公共事業へのバラマキのための原資といった噂もまたぞろ出てきた。社会保障も高齢者だけでなく、これからの日本を担う子供たちのための支援も真剣に考えて欲しい。いろいろと負の歴史も抱えるが、スクールバス制度一つとっても、アメリカ人は持続可能な社会に必要な投資のツボをちゃんと押さえているなと思う。出生率も横ばい安定で、少子化が問題にならない理由がここにありそうだ。

SCHOOL BUSその1
平行投影で描かれたシンプルなイラスト("SCHOOL BUS"より)

“イエローバス”の基礎知識を学んだところで、本書を眺めてみよう。絵本はシンプルな挿絵と、短い文章で構成されている。アメリカ人にとっては非常に日常的な風景が描かれているのだろう。これらの挿絵は非常に特徴的で、アメリカの絵本にも関わらず西洋画の遠近法に代表される透視投影(平行線が消失点で交わる)の描き方ではなく、伝統的日本画(やまと絵)に代表される平行投影(平行線が交わらない)でほとんど描写されている。日本人の私にとっては何か懐かしい印象を持つのであるが、アメリカ人のような読者にとっては、浮世絵を見るような新鮮な感覚を覚えるのかもしれない。

SCHOOL BUSその2
"STOP"は子供がいますよサイン("SCHOOL BUS"より)

また、イエローバスといえば巨大でレトロなボンネットバスというイメージがあるが、ミニバンベース(日本の感覚でいう大型バン)の小型スクールバスも存在する。児童も少ない日本の狭いスクールゾーンを走らせるには、これくらいのサイズの方がジャストフィットかもしれない。停車時に点灯する赤ランプや乗降中を示す「STOP」サインもしっかり描かれている。

SCHOOL BUSその3
生徒の帰りを待つスクールバスたち("SCHOOL BUS"より)

先日、東京浅草で観光バスの駐車場が不足、つまり観光客を待っている間のバスの待機場所が足りないという話題がニュースで取り上げられていたが、スクールバスも児童を学校に送り届けた後は、終業時までどこかで待機しなければならない。駐車スペースはいくらでもあるアメリカでは、この絵のようにたくさんのイエローバスが学校の敷地内で待機しているんだろうなあ。

SCHOOL BUSその4
人種のるつぼアメリカ("SCHOOL BUS"より)

「人種統合バス通学」は今はなくなったが、本書に描かれるバスを待つ子供たちの肌の色、髪の色は十人十色。This is America.普段着のアメリカが凝縮された一冊である。

Donald Crews
Donald Crews

作者のDonald Crews(ドナルド・クリューズ)は1938年生まれ。米国で最も権威のある児童書の賞として有名なコールデコット賞のオナー(次点)を2度受賞している米国の絵本作家、イラストレーター。彼の描く共通のテーマは現代のテクノロジー、特にのりものを題材にすることが多い。幼少の頃から絵の才能を認められ、1959年にニューヨークのクーパー・ユニオン先端科学芸術大学(The Cooper Union for the Advancement of Science and Art)を卒業。徴兵で陸軍に入隊しドイツへ派遣されるが、このフランクフルト駐留時代に彼の作品のアイデアの幾つかが生まれ、友人の助言で投稿した“Read: A to Z.”という絵本が1967年に出版される。それ以降、他の作品を幾つも創作し、1979年には「はしれ!かもつたちのぎょうれつ」(原題は“Freight Train”)でコールデコット賞オナーを受賞、名声を得る。’81年も“Truck”で同賞受賞。彼の代表作2冊は私も所有している。妻はグラフィックアーティストのアン・ジョナス(Ann Jonas)、娘のNina Crewsも児童書賞の受賞歴がある作家、イラストレーター。彼は現在、妻とともにニューヨーク州在住。ハドソン川とキャッツキル山地を見下ろせる古い農家を改築して住んでいる[6]。

We Read: A to ZWe Read: A to Z
(1984/08)
Donald Crews

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Freight Train Board Book (Caldecott Collection)Freight Train Board Book (Caldecott Collection)
(1996/09/20)
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TruckTruck
(1991/03/25)
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[参考・引用]
[1]「危険な通学路 ~子どもたちの命を守れ~」、UP!、名古屋テレビホームページ、2012年5月31日、
https://www.nagoyatv.com/up/special/backnumber.html?key=37aecd4eb261ef54c6a5986a73e460f5
[2]特集「児童生徒の安全・安心とスクールバス-活用の現状と今後の課題-」、自治体チャンネル+、平成20年8月号、2008、
http://www.mri.co.jp/NEWS/magazine/local/2008/__icsFiles/afieldfile/2008/10/21/20080801_cpd01.pdf
[3]学校安全<刊行物>、6A6B教師になりたいあなたを応援します、
http://blog.goo.ne.jp/edu_k/e/ba8966f89edc84c7616b3a9028fdc61d
[4]諸外国におけるスクールバスの活用状況、文部科学省、平成20年3月([2]にデータリンクあり)
[5]スクールバス、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%90%E3%82%B9
[6]Donald Crews、Wikipedia、
http://en.wikipedia.org/wiki/Donald_Crews
[7]Wayne Corporation、Wikipedia、
http://en.wikipedia.org/wiki/Wayne_Corporation
[8]School Bus History in Photos...、School Bus History、
http://www.schoolbusdriver.org/oldshots.html
[9]Sharing the Road Safely with School Buses and Children、
http://www.cityofeagan.com/live/(S(02n0oy55qrwrr0z23vnkwceu))/article.aspx?id=47222&AspxAutoDetectCookieSupport=1
[10]School Bus Safety Institute,Inc.、
http://www.sbsionline.org/
[11]School Bus Accidents in the News – Are Your Children Safe?、Your Education Dr.、
http://youreducationdoctor.wordpress.com/2012/03/14/school-bus-accidents-in-the-news-are-your-children-safe/
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