Making a Car

Making a Car

前回のクルマの絵本「たんじょうじどうしゃ」は、ヘンリー・フォードによって生み出された「流れ作業」方式によるクルマの大量生産の最新の様子を描いたものだった。私のように普通のリーマンが買えるクルマはほとんどこの方式で作られたものである。一方、ロールス-ロイスやフェラーリなど資本主義ヒエラルキーの頂点に立つ人たちが乗るようなクルマは、その大半を熟練の職人たちによって一つ一つ手作業で少量生産される。場合によってはオーナーのオーダーに応える一点モノの仕様となる。今回紹介する絵本は、そのような少量生産の過程を描いた“Making a Car”(Althea・文、Tim Humkin・絵、Althea Book)。1974年初版のアストンマーチンV8がモデルとなった珍しい絵本である(私が所有するのは2005年の復刻版)。「アストンマーチンDBS」で、こんな大人のブランドが絵本の題材になることはほとんどないと申し上げたが、こんなストレートな絵本があったのである。さすがはエンスー大国GB。

「Making a Car」その1

クルマの製造工程の順番は、「たんじょうじどうしゃ」と大差はない。ただ、その方法はかなり異なる。もちろんエンジンなど一部の部品は自動化された機械で作られるが、手作業で加工される部品も数多くある。上の挿絵のように部品を万力で固定してやすり掛けをしたりする。まるで日曜大工のようだ。

「Making a Car」その2

まず平らな金属を切り、ボンネットやトランクなど車体部品の形状にプレス機で加工するのだが、「たんじょうじどうしゃ」の工場に比べれば、ずいぶん小ぶりのプレス機である。

「Making a Car」その3
車体とシャシーの取り付けは手溶接

それからシャシーが作られ、車体部品が溶接によってシャシーに取り付けられる。もちろん溶接ロボットなどはなく、全て手溶接である。私も手溶接を何度か経験したことがあるが、非常に熟練を要する技能である。ド素人がやると穴がボコボコ開いてしまうし、仮に溶接できたとしても十分な強度を得ることは難しい。

「Making a Car」その4
塗装も手作業!

次は塗装工程。まず錆止めのために特殊な艶消し塗料で下塗りされる。大量生産車と異なるのは、1台1台が手作業によるスプレー吹付だということ。その後車体は研磨され、本塗装が施される。最後にオーブンの中で焼き付けされ、塗料がきれいに固まる。実際には艶出しと耐久性を確保するために、何度も塗装と研磨が繰り返されているはずだ。[1]によれば最新のアストンマーチンDBS1台当たりの製造時間200時間のうち、塗装にかける時間は実に50時間なのだそうだ(1台生産するのに約30時間かけるトヨタよりも長い![2])。それだけ高級車にとって塗装は命だということ。

「Making a Car」その5
5340cc、水冷V型8気筒DOHCエンジン

それからタイヤが装着され、外装にランプやウィンドウ、内装に計器類やシフトノブが取り付けられる。最も重要である高性能のエンジン部品は、注意深く作られ組み立てられる。そしてシャシーにしっかりとボルト締めされる。

工場の別の場所では高級レザーがカットされ、シートを作るために縫製される。出来上がったシートは、清潔な手で車体内部に丁寧に取り付けられる。これまた産業用ロボットで取り付けなんてとんでもないことである。そしてついに車は完成する。

工場から出荷される前に、完成車は適切に作られているか入念に検査される。晴れて検査に合格した車両は、一部は新しいオーナーに直接工場から手渡され(たぶんオーダーメイドの車両)、他の車両はカーキャリアで(アストンマーチン・ラコンダ社の)販売店に運ばれる。こうしてお金持ちの方々にV8は所有されることになる。

Althea Braithwaite 恐竜Desmond
(左)Althea Braithwaite(右)恐竜Desmond

作者のAlthea(本名はAlthea Braithwaite)は1940年生まれの英国の絵本作家、ガラス工芸作家。彼女は‘60年代後半から絵本の作家活動を始め、ペーパーバックで絵本を出版する英国で最初の児童書出版会社を設立した。Dinosaur(恐竜)出版というその会社名は、彼女のシリーズ絵本のキャラクター“恐竜Desmond”から由来する。彼女はまた自然史や社会問題の専門家でもある。現在でもまだ絵本は書いているが、最近ではほとんどガラス工芸作家としての活動が中心である[3]。

Tim Hunkin
Tim Hunkin

作画のTim Hunkinは1950年生まれの英国のクリエーター。エンジニア、漫画家、作家、芸術家と多彩な顔を持つ。彼はエンジニアとしての教育を受けるが漫画家となり、Dinosaur出版のために数多くの挿絵を描いたり、“The Rudiments Of Wisdom”というオブザーバー紙(英国の新聞)向けの一コマ漫画を描いていた。テレビ業界でも活躍し、“Secret Life of Machines”という番組の制作に携わった。その後は美術館で展示物を創作したり、展示デザインやキュレーターとしても活動、最近では公共スペースで展示される主にアミューズメント系のエンジニアリングな作品を創作している(自動車関連ではこんな作品も)[4]。

「Making a Car」その6
古風な赤レンガ作りのNewport Pagnell工場(”Making a Car”より)

ここに描かれた工場はおそらく、アストン・マニアにとっての聖地「ニューポートパグネル(Newport Pagnell)」工場だと思われる。[5]によれば、ロンドン近郊バッキンガムシャー州にあるニューポートパグネルには、古風な赤レンガ作りで、とても有名自動車メーカーの工場とは想像もできないアストン・マーチンの元本社工場があった。もともとは、1820年創業の名門「ティックフォード(Tickford)」というアストンなどを手がけたコーチビルダーの工場であったが、1955年、当時のアストンのオーナー、ディビット・ブラウン(David Brown)が買収[8]。1958年のDB4から007で有名なDB5、DB6、そして本書のモデルV8など、歴史に名を残すすべてのアストン・モデルがこの工場で生産されることになる。しかし、2003年フォード傘下時代に量産車対応の近代的ラインを持つ「ゲイドン(Gaydon)」新工場を設立。2007年には、フォードは、経営権をデビッド・リチャーズ率いる「プロドライブ」とクウェートの投資会社に売却する(「アストンマーチンDBS」参照)。そして2007年7月、ニューポートパグネル工場での最後の生産車「ヴァンキッシュS」のファイナルモデルの完成とともに、この工場での全ての自動車生産を終了した。その後のアストンは、全てゲイドン新工場で“量産”されている。ただし、ニューポートパグネル工場は改装されて現在も存在し、「アストン・ワークスサービス」として、過去に生産された全てのアストン・モデルのレストア、修理を行っているのだそうだ[7]。

Aston Martin旧Newport Pagnell工場
モデルとなったAston Martin旧Newport Pagnell工場[6]

全てが機械化・自動化され、1分1秒も無駄にしない効率化された大工場での生産もそれはそれですごいことだと思うが、このようなハンドメイドの現場にはモノづくりの本質が詰まっているような気がする。工場の近代化も進み、本書が出版された時代のような手作り感のあるクルマ造りは影を潜めたかもしれないが、ロールス-ロイスも専用のレストア工場を持つと聞くし、ただ作ったら終わりというだけでなく、自分が作ったものを長い間大事に使ってもらいたいと思うのは作り手の誰もが思う気持ちではないだろうか。それを実践できるブランドは、エンジニアの端くれの小生にとってもやはり尊敬の対象だ。使い捨てされても、大量生産で安く作ることが消費者のためなのか、ハンドメイドの少量生産で、値段は高くても長く使ってもらうことが消費者にとって優しいのか。どちらと言われれば前者を生業にする企業に身を置く自分としては、ちょっと悩むテーマである。安いに越したことはないけれど、製造する側ももう少し作り手の魂が感じられるようなモノづくりをして、本当に所有する喜びが得られるようなモノを長く使わせるビジネスモデルがあってもよいと思う。消費する側も安いからテキトーに選ぶのではなく、良いものを長く使うように見識と意識を変える必要があるだろう。これはクルマだけの問題ではない。

[参考・引用]
[1]【アストンマーティン DBS ヴォランテ 新車試乗記】アストン生誕の地で夢のドライビング・ハイを味わう!、CORISM、2009年9月7日、
http://www.corism.com/review/astonmartin/70.html
[2]トヨタとクライスラーの自動車工場が最も効率的-ハーバーリポート、Bloomberg、2008年6月6日、
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-K20YAP0D9L5B01.html
[3]Althea Braithwaiteホームページ、
http://www.altheabraithwaite.net/
[4]Tim Hunkin、Wikipedia、
http://en.wikipedia.org/wiki/Tim_Hunkin
[5]聖地「ニューポートパグネル工場」生産のファイナル・モデル「ヴァンキッシュ・S」!、
http://homepage.mac.com/caesar5/caesar/OTHER/06ASVAN/06ASVAN.htm
[6]Aston Martin Factories and Facilities、ASTON MARTINS.com、
http://www.astonmartins.com/factory/index.html
[7]アストンマーティン・ワークスサービスの拡張・開発プランを開始、ASTON MARTINホームページ、2011年10月19日、
http://www.astonmartin-hakko.co.jp/tnews_11_10_19.php
[8]Tickford、Wikipedia、
http://en.wikipedia.org/wiki/Tickford
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