ANDY WARHOL CARS

アンディ・ウォーホル遺作展 Cars

前回前々回のクルマの絵本のテーマ、ベンツとダイムラーの流れで、ダイムラー・ベンツのアート本を紹介しよう。「ANDY WARHOL CARS アンディ・ウォーホル遺作展 1989」(日向あき子監修・訳、読売新聞社)。20世紀に活躍したポップアートの旗手、アンディ・ウォーホルが死の直前まで取り組んでいた、「ダイムラー・ベンツ社の車をもとに100年におよぶ自動車の歴史を語ろうとする試み」の未完のプロジェクト図録。私的には大人のクルマノエホンの1冊として登録したい。

Andy Warhol
Andy Warhol

アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)は1928年、スロバキアの移民の家に生まれたアメリカの画家・版画家・芸術家。ロックバンドのプロデュースや映画制作なども手掛けたマルチ・アーティスト。カーネギー工科大学(現カーネギーメロン大学、彼は理系だったのか!)で広告芸術を学ぶ。大学卒業後は、ニューヨークに出て雑誌の広告やイラストで知られる。1952年、新聞広告美術の部門で「アート・ディレクターズ・クラブ賞」を受賞。60年代から派手な色彩で同じ図版を大量に生産できるシルクスクリーンの技法を用い、有名人のイメージや大衆商品、ドル紙幣など、アメリカ社会に流布する軽薄なシンボルを作品化した。彼の作品で最も有名な、そして彼をポップアートの寵児にした代表作が、あの『マリリン・モンロー』である。「全男性抹殺団」のメンバーの女性に狙撃され重傷を負うなどスキャンダラスな話題にも事欠かない人だった。1987年、58歳で死去[1]。



私も含めた多くの中年以上の諸氏にとっては恐らく、ウォーホルといえばTDKのビデオテープのCMで『アカ、ミドォリィ、アオゥ、グンジョウイロゥ…キデイィ(キレイ)』とたどたどしい日本語でしゃべっていたロマンスグレー(あれは銀色のカツラなのだそうだ)のけったいなおっさんの記憶だ。

アートの世界は門外漢だし、当時彼にかぶれていた訳でもないので、ウォーホルがどれだけすごいアーティストなのかというのは正直よくわからない。彼の作品は、その原画のモチーフがどこにでもあるような商品(コーラ瓶やスープ缶)や工業製品だったり、写真からとってきた人物の肖像だったりして基本転写(流用)の手法である。前述のマリリン・モンローも映画「ナイアガラ」から取ったスチール写真が原画である。僕が彼の作品を初めて見たとき(たぶん大学生の頃)の印象は、「コピーしてきた写真にテキトーに着色しただけやん。俺でも描けそう。」だった。ど素人の感想で誠に無礼千万なのだが、彼独特な色の感性はきらいではない。純粋に彼の作品の色彩は「キデイィ」だと思う。

「10 Marilyns」(1967)
「10 Marilyns」(1967)

彼の芸術はそのモチーフのわかりやすさから、50年代後半から登場した、現実社会の具象を排除し、自己の精神面を表現しようとする難解な抽象表現主義に対する反動、または欧米資本主義を中心としたブルジョア的芸術、すなわち学問的・階級的なエリートのための特権的芸術の破壊表現とかいわれる。彼はお高くとまっていた“芸術”を大衆文化に引き摺り下ろし、大衆のための“ポップアート”を開拓した[2][3]。「俺にも描ける」と思わせたのは、ある意味、彼の狙いどおりだったのかもしれない。彼は特にアメリカ的なモノを好んで題材に選んだ。しかし、そこには高度経済成長で繁栄する表の顔と、ケネディー暗殺や冷戦、犯罪社会といった裏の顔で捩れ曲がったアメリカ社会のもつ病巣、つまり大量消費、非人間性、陳腐さ、空虚さが表現されているとも言われる。もっとも「僕を知りたければ作品の表面だけを見てください。裏側には何もありません。」と語り、「芸術家の内面」をなくし表面的であろうと努めたウォーホルにとっては、このように彼の作品の内面を解釈しようとすること自体が無意味なのかもしれないが[1]。

「緑色の惨事10回」(1963) 「Twelve Cars」(1962)
左:「緑色の惨事10回」(1963)、右:「Twelve Cars」(1962)


そんな銀色髪の不思議おっさんが、クルマをモチーフに描いたプロジェクトの展覧会用図録が本書である。彼がクルマを題材とするのは、これが初めてではない(※)。60年代のアメリカを象徴する光と陰。黄金期だったアメリカの自動車産業の闇の部分が自動車事故。「死と惨事」シリーズとして自動車事故の写真の転写を行ったのもこの頃である。事故の写真1枚であればリアリティを持って見られるが、これを大量に見せられるといつしか人間の感覚は麻痺し、現実から虚の世界へと導かれる。3.11後もあの津波や原発事故の映像をマスメディアは大量に流し続けた。インターネットの世界でも、畏怖の対象であるべきTSUNAMIの動画はいつでもどこでも手軽に見ることができてしまう。10年前の9.11のときもそうだったように大量に映像のシャワーを浴びせられた人は、時間の経過とともにあの天災や事件、事故が現実なのか非現実なのかわからなくなってしまう。ウォーホルは自動車事故現場の写真を大量にコピーすることでリアリティのない時代感をキャッチし警鐘を鳴らしていたのかもしれない[4]。

(※)補足:他にもキャデラックをモチーフとした”Twelve Cars“(1962)といった作品(右上図)もある。

さてウォーホルの自動車プロジェクトは、「じどうしゃのはつめい」で紹介したように1886年にカール・ベンツの「三輪車」特許が権利化された、いわゆる“自動車の発明年”から100周年にあたる1986年に、ダイムラー・ベンツ社(当時はまだ西独の会社)が依頼したものである。ウォーホルの発案により、ダイムラー・ベンツ社の自動車デザイン100年史ということで20車種をデザインすることが決まっていた。まずベンツの1号車(三輪車)を含む8車種が制作され、残りの12車種を選ぶための資料が1987年にウォーホルに手渡されるはずだった。しかしその資料が渡ることなく彼は同年この世を去った。8車種に関する12点の大きなドローイングと35点の絵を残して。これら42点の作品は、彼の没後CARSシリーズの遺作展として1988年に西独、アメリカで公開、翌89年に日本の6都市で公開された。そのときの遺作展図録である。

Daimler Motor Carriage Benz Patent Motorcar
左:Daimler Motor Carriage、右:Benz Patent Motorcar(「アンディ・ウォーホル遺作展 Cars」より)

彼が描いたダイムラー・ベンツ社の8車種は以下のとおりである。
1.ベンツの1号車パテント・モトールヴァーゲン(Benz Patent Motorcar、1886)
2.ダイムラーの1号車モトール・クッチェ(Daimler Motor Carriage、1886*)
3.ベンツ・マイロード・クーペ(Benz Milord Coupe、1901)
4.メルセデス400型ツーリングカー(Mercedes Model 400 Touring Car、1925)
5.メルセデス・ベンツW125グランプリ・カー(Mercedes Benz W125 Grand Prix Car、1937)
6.メルセデス・ベンツ300SLクーペ(Mercedes Benz 300SL Coupe、1954)
7.メルセデス・ベンツW196グランプリ・カー(Mercedes Benz W196R Grand Prix Car、1954)
本書の表紙を飾っている作品のモチーフ
8.メルセデス・ベンツC111型実験車(Mercedes Benz C111 Experimental Vehicle、1970)

Mercedes Benz C111 Experimental Vehicle
Mercedes Benz C111 Experimental Vehicle(「アンディ・ウォーホル遺作展 Cars」より)

70年代~80年代にかけて製造された8車種についても題材にされる予定だったそうだが、結局彼によって描かれたのは8.のC111型のみ。しかも市販車でない実験試作車って・・・。彼が生きていたら一体どのモデルを描いていたのだろうか。それにしてもブルジョア的芸術を否定し、アメリカの大衆文化を好んでモチーフとしていたウォーホルが、よりによってそのブルジョアの象徴、ポップな印象とは最もかけ離れたダイムラー・ベンツ車を描くとは皮肉である。オファーした方もした方である。ひょっとしたら、これも人を食った彼なりの計算?と思ってしまう。でもこの批評こそが勝手な解釈であって、彼の中ではブルジョアジーもプロレタリアートも本当は関係ないのかもしれない。ただ仕事が来たから受けただけ、ギャランティーが良くてさ、と実はなーんにも考えていないのがウォーホルのリアリティか。数ある車種の中であえてクーペやレースカーを選んでいるように、純粋にそのフォルムの美しさを表現したかっただけなのか、今となっては彼がこのプロジェクトを引き受けた理由が謎である。

本書は展覧会の図録で古いものだが、検索すれば古本屋などで比較的容易に入手可能なようだ。古本でなくても画集“Andy Warhol Cars: Business Art”(Cantz)が出版されているので興味のある方はそちらを購入されてみるとよいだろう。

美術の基礎知識として学んだこと。彼の用いたシルクスクリーン技法とは版画、印刷技法の一種で、原画からポジフィルムを作って、あらかじめ溶剤を一様に塗布された目の粗い薄絹のスクリーンから、図柄のポジ部分を熱や薬液で溶して「孔」をつくる。これによってインクの通る部分と通らない部分が区分されるので、あとはそれを版として何度でも繰り返し印刷ができる。簡単に言ってしまえば、プリントごっこである[5][6]。とはいえ[7]を参考にしてもらえばわかるが、配色や色の調合は実に繊細、力の入れ具合でそのグラデーションは微妙に変化する。[7]はシルクスクリーン技法でクルマ(特に欧州の旧車)をモチーフとしたちょっと素敵な作品を描く松岡信男氏のサイトであるが、色の選定、印刷は作家ご本人ではなく専任の方が行っている。ウォーホル自身もニューヨークにファクトリーと呼ばれたスタジオを設け、そこにアート・ワーカーを雇って大量に印刷をしていたそうだ[1]。作品への色付けは専門の職人さんが行っていたということは、モチーフが流用の彼の作品の場合、ウォーホルの創造的価値って何なのだろう?またしても彼の評価がわからなくなった。

Mercedes Benz W196R Grand Prix Car
Mercedes Benz W196R Grand Prix Car(「アンディ・ウォーホル遺作展 Cars」より)

[参考・引用]
[1]アンディ・ウォーホル、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%9B%E3%83%AB
[2]ウォーホルから導くポップアート、アートの視点_アートから世界をみる、赤井太郎、2010年6月28日、
http://akaitaro.com/text/warhol.html
[3]「マリリン・モンロー」とアンディ・ウォーホル、坂田均、御池総合法律事務所、
http://www.oike-law.gr.jp/public/sun_09/sakata.pdf
[4]アンディ・ウォーホル、ヴァーチャル絵画館、
http://art.pro.tok2.com/W/Warhol/Warhhol.htm
[5]シルクスクリーン版画の制作技法(図解)、豆知識の応接室、インテリア版画館、
http://hangakan.jp/?mode=f2
[6]シルクスクリーン、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3
[7]職人だからできる「シルクスクリーン×グラデーション」、シルクスクリーン印刷、松岡信男イラストギャラリー、
http://www.matsuoka-gallery.jp/owner/silk-screen.php
[8]アンディ・ウォーホル『ぼくの哲学』、松岡正剛の千夜千冊、
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1122.html

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Andy Warhol、Renate Wiehager 他

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