栄光の自動車レース

昔図書館で見つけて、ずっと欲しかった古本を先日ヤフオクで落札した。探していた古書を期待値以上の程度が良い状態で、しかも予想外の値段で手に入れられると古書好きにはたまらない。「栄光の自動車レース」(ピーター・ヘルク・著、高橋直弘ほか・訳、朝日新聞社、原題は“Great Auto Races”)というその本は、原書の初版が1975年、翻訳本の本書でも1978年に発行されたもので、自動車画家として著名なピーター・ヘルクが、主にアメリカを舞台とした19世紀末から’60年代までのカー・レースやスピード記録への挑戦の数々を臨場感溢れる記述と描画で表現した大人のクルマ絵本だ。

それもそのはず、作者のピーター・ヘルク画伯は1893年ニューヨーク市生まれ。エピソードの大半は、彼自身が実際に見たレース、後に友達となったレーサーたちの物語なのだから。特に20世紀前半の自動車レースについての、これほど事実にもとづいた迫力ある歴史本はそうあるものではない。アメリカの自動車史を知る上でも資料として第一級品。

私が手に入れた「栄光の自動車レース」
私が手に入れた「栄光の自動車レース」

私が落札した朝日新聞社版は重量約3kg、サイズ31cm×35cmにして266ページ、30年前の出版当時で定価13000円もした巨大で分厚い豪華本。もちろん絶版本である。今どき100年以上前のこんな古色蒼然とした自動車レース話を好き好んで読む私のような輩はそうはいないと思うのだが、amazonでも中古本は15000円強、コレクター商品で諭吉さん2枚程度もする。出版数も限られ、恐らく市場にはそれほど出回っていないと思われる。しかし、函付で売上伝票がきれいに挟まれたままの完美品が、英世さんたった1枚で購入できた。それにしても電気自動車の時代に、電子書籍の時代にこの本だ。完全に時代を逆行している僕。でもこういう掘り出し物が見つかるから、金のない本好きには古書漁りがやめられないんだよなあ。この満足感はマニアにしかわかるまい。

1894年ヘインズの最初の自動車
1894年ヘインズの最初の自動車

さて中身の方であるが、まずアメリカ自動車史における最初のガソリン車製作者として、インディアナ州ココモのエルウッド・ヘインズ(Elwood Heines)が1894年7月4日の独立記念日のパレードで最初の試運転を行ったことについて言及している。正確にいえば、ヘインズが設計をし、1893年11月、ココモの機械製作会社の経営者であったエドガーとエルマーのアパーソン(Apperson)兄弟に製造を発注している。しかし、この“最初の”アメリカ人については諸説いろいろとあるようだ。一般的には1893年9月22日にチャールズとフランクのデュリア(Duryea)兄弟が製作して走らせた4輪車が最初とされているようだが[1]、とにかく“世界初“でなければ気に食わないアメリカ人にとって、既にドイツ人に先を越されている以上、誰が「最初のアメリカ人」なのかはたいした問題でないのかもしれない。

本書に従って仮に1894年がアメリカ初のガソリン自動車誕生の年とすれば、18日後の7月22日にパリ~ルーアン間126kmで世界初の自動車レースが行われた記念すべき年と同じということになる。このわずか1年後、1895年の感謝祭(11月28日)にアメリカ初の自動車レース、タイムズ-ヘラルド・レースがシカゴで開催された。参加車はガソリン車4台、電気車2台(自動車黎明期であったこの頃は、蒸気、電気、ガソリンなど現代に勝るとも劣らないほど多用な動力源の車が混在していた)の計6台。この中には、デュリア兄弟の弟フランクが運転する「最初の車」も含まれていた。結果は2台完走、フランクの優勝となった。

1915年雪辱を果たしたデパルマの『メルセデス』
1915年雪辱を果たしたデパルマの『メルセデス』

その他本書で紹介されているエピソードは、24時間耐久レースやストックカーレース、映画「グレートレース」がモチーフにしたと言われる1908年のニューヨーク~パリ間レース、インディ・レース、ヒルクライム、「世界一速い車」でも紹介したスピード記録への挑戦物語などなど実にバラエティに富んでいる。24時間耐久レースというと“ベントレー”も大活躍したル・マンの話かと思ってしまうが、その発端はアメリカに起源があることも本書を読んで初めて知った。

1965年ユタ:動輪車では最高速の”ゴールデン・ロッド”号
1965年ユタ:動輪車では最高速の”ゴールデン・ロッド”号

耐久レースが頻繁に行われるようになったのは20世紀初頭のアメリカ。「耐久性」という性能が、自動車製作をする場合の常に目的であったからだ。当初は少数のメーカーや販売店が独自に行っていた「1000マイル(1609km)・エンジン・ノンストップ競走会」がその始まりだった。結果的に24時間を初めて走ったのは、1904年8月6日、ミシガン州グロスポイント(Grosse Pointe)のダートトラックで行われたパッカード社主催の競技会においてである。設計者兼ドライバーのチャールズ・シュミット(Charles Schmidt)は、4気筒の「モデルL」で820マイル(1319km)を24時間で走り、1000マイルを29時間53分35秒で完走した[2]。

世界初の24時間耐久レース優勝車『ポープ-トレド』
世界初の24時間耐久レース優勝車『ポープ-トレド』

世界最初の24時間耐久レースは、1905年7月3日、オハイオ州コロンブス(Columbus)のColumbus Driving Parkにある競馬用ダートトラックで行われたもので、ソウル(Soules)兄弟の「ポープ-トレド(Pope-Toledo)」が24時間で828.5マイル(1333km)を走って優勝[3]。この記録が正式に承認されて、その後の目標値にされた(ちなみに2010年ル・マン24時間耐久レースの優勝車は5410.71 km走っている[4])。以降フィラデルフィア、デトロイト、ニューヨークのブライトン・ビーチ耐久レースでの死闘が本書で熱く語られる。1911年のロスでのレースを最後に、ダートコースでの自動車“マラソン”はフェードアウト、1923年フランスのル・マンでの開催まで24時間耐久レースはその後行われなかった。ル・マンはショービジネスとして大きく成功し現在に至るが、その源流はアメリカでの耐久レースにあったのである。

1909年ブライトンの優勝車『シンプレックス』
1909年ブライトンの優勝車『シンプレックス』

19世紀末に生まれたピーター・ヘルク(Peter Helck)は、マンハッタンにあるArt Students Leagueで芸術を学ぶ。後に壁画家のFrank Brangwynに師事し英国でも学んでいる[5]。本書の冒頭でも証言しているように、彼は少年の頃、活躍しはじめた「自動車」の虜になった。毎年のようにオートショーに出かけ、小遣いのある限り、自動車レースを見物しに行っていた。美術学校ではごく普通の絵を描いていたそうだが、1913年にブルックリンのアニュアル・オート・ショーのポスターコンテストに入賞したことで彼の運命は決まる。1920年頃には「機械」に対して徹底的な研究を行い、ドローイングをマスターした。その結果、機械や自動車をモチーフとした画家として成功を収めていった。特に彼の少年時代のヒーローが活躍した初期の自動車レースに興味を持つようになり、その絵を描くことで大きな喜びを得るようになった。本書はそれら作品と知識の集大成ともいえる。ヘルクの特徴はそのすぐれた絵画技術のみならず、対象物に対する豊富な知識によって表現されるその躍動感から、「人間」画のNorman Rockwellに対して、「機械」画のヘルクとして定評がある。多くの賞も受賞し、彼の作品の多くは、ニューヨーク・メトロポリタン美術館をはじめ、各地の美術館や私的なコレクションに収蔵されており、アメリカのイラスト界において伝説的な存在となっている。1988年95歳で没。

Peter Helck2
Peter Helck

本書を手に入れて日も浅く、まだちょっとしか目を通せていない。まだまだ寒さも厳しい週末の夜は、部屋を暖かくして、テーブルの上にこの重い本を広げ、ウィスキーのグラス片手にじっくりとページをめくることにしよう(iPadやGARAPAGOSも使ってみてそれなりにスゴイとは思うけど、やっぱり酒を飲みながらのタブレット端末読書は味気ない)。読み応えのあるクルマの絵本になりそうだ。

[参考・引用]
[1]世界自動車図鑑 誕生から現在まで、アルバート・L・ルイスほか・著、徳大寺有恒・訳、草思社、p39-40、1980 
[2]1904 Packard Model L 1,000 mile car with driver Charles Schmidt & mechanic Edward F. Roberts、Packardinfo.com、
http://packardinfo.com/xoops/html/modules/myalbum/photo.php?lid=6585&cid=8
[3]"THE WORLD'S 1st 24-HOUR AUTOMOBILE RACE"、A.M.Knapp、1979、motorsport.com、
http://www.motorsport.com/news/article.asp?ID=179231&FS=HISTORY
[4]ル・マン24時間歴代勝者、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B324%E6%99%82%E9%96%93%E6%AD%B4%E4%BB%A3%E5%8B%9D%E8%80%85
[5]Peter Helck Home Page、
http://www.peterhelck.com/index.php
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