ベントレー

Blower Bentley
出典:http://www.rigsofrods.com/attachment.php?attachmentid=446672&d=1386945306&thumb=1

『ベントレー』というとプレステージカーの極致、貴族や大金持ちのジェントルマンが後席にゆったりと乗るクルマのブランドというイメージがあった。ところがよく調べてみると、1920年代はベントレーといえばスポーツカーの代名詞といえるほど、レースで大活躍した黄金期であった。

ビンテージ・ベントレーで最も有名なのは、「じどうしゃ博物館」の表紙にも描かれ、ル・マン24時間耐久レースでも優勝した4 1/2リッター(4.5L)のスーパーチャージャー(※)仕様、通称「ブロワー・ベントレー(Blower Bentley)」と呼ばれたスーパースポーツ。「ブロワー(送風機)」と言われただけあって、スーパーチャージャーのけたたましい爆音で、その2トンもの頑丈な巨体を揺らしながら走る雄々しい姿は、今でも世界中のエンスーにとって垂涎の的になっているようだ。少なくとも絵本「ベントンのシート」の、走りは弱々しいが内装は上品なベントンとは全く異なる、むしろ粗野で下品(ベントレー・ファンには失礼か?でも[2]にはそう書いてある)ともいえるクルマ作りをしていたブランドであった。この初期のブランドイメージは、この会社を設立したW.O.ベントレー(Walter Owen Bentley、以下W.O.)の影響が大きかった。

W.O.Bentley
W.O.Bentley[3]

1910年代からW.Oは兄H.M.(Horace Millner Bentley)と数々の自動車会社の仕事に関わってきた。W.O.は、天才的なエンジニアにしてレーシングドライバー、実に気の短い経営者。一方、兄のH.M.は、おとなしいタイプの経営者であった。1912年に兄弟はフランスの3つの自動車製造会社、Buchet、La Lincorne、Doriot、Flandrin & Parant(DFP)の英国での販売権を得て事業を始める。DFPは当時レースカーを製造していた会社である。ベントレー兄弟はこの3つのブランドの中でも「速くて頑丈、スポーティで高品質」のDFPに経営資源を集中し、後のベントレーブランドの礎を築いたようである。W.O.はDFPのレース用マシンのエンジンのために、軽量のアルミ合金製ピストンを設計した。このことはエンジン要素部品に耐熱性で劣るアルミは使えないという当時の常識を覆すものであったが、レースでは連戦連勝という成果をもたらした。また第1次大戦中、イギリス海軍航空隊の大尉だったW.O.は、航空機エンジン用にアルミ製ピストンを設計し、非常に高い評価を受けた。

戦後W.O.は自動車設計に戻り、1919年ロンドンにBentley Motorsを設立。彼の要求に完全に応えられるようなクルマの製造を始める。つまり、街乗りでは信頼性が高く、頑丈で従順な一方、野獣のような加速とスピードを出せるストックカーのようなクルマを。ベントレーはレースに出場し勝ち始めた。そのレースでの勝利が宣伝となって、少しずつではあるが販売を伸ばしていった。当時はレースで勝つこと、つまり信頼性と速さをアピールできることが自動車の宣伝に最も効果的だったのである。

1924年ル・マン優勝車3LとClement、WO、Duff(左から)
1924年ル・マン優勝車3LとClement、WO、Duff(左から)[4]

1923年には白洲次郎も愛したベントレーの3Lが第1回ル・マン24時間耐久レースに出場し決勝に残って4位入賞となった。このレースでは最速ラップを叩き出した。そして1924年のル・マンでは、DuffとClementが運転するブリティッシュ・グリーンの3L(カーNo.8)で他の40台のマシンを押さえて初の栄冠を勝ち取っている。平均時速も当時の世界記録95mph(152km/h)を樹立[5]。ベントレーのレースでの成功はマスコミを興奮させ、この優勝で大騒ぎとなった。レースでフランス人やドイツ人、イタリア人が勝つことに我慢ならない英国の人たちはさぞかし溜飲を下げたに違いない。

しかしその頃ベントレーは非常に財政的に困難な状態であった。ベントレーは非常に高価であり、人々はベントレーを運転するのを嫌った。ベントレーを運転するのは驚いた荒馬を扱うくらい難しいという評判だったのだ。1926年にレーシングドライバーでもあり、ダイアモンド鉱山を相続して億万長者になったWoolf Barnatoがベントレーに出資、経営に携わることでその危機を乗り越えた。

1929年ル・マン優勝車Speed Six
1929年ル・マン優勝車Speed Six[6]

以降のル・マンでの戦歴は以下のとおり[9][10]。1927年には多くの車を巻き込んだ大クラッシュ事故があったものの、BenjafieldとSummy Davisがドライバー、カーNo.3の3Lが優勝、翌1928年はベントレーの大株主BarnatoとRubinがドライバー、カーNo.4の4.5Lが優勝、続く1929年はBarnatoとBirkinがドライバー、カーNo.1のSpeed6(6.5L)が優勝、1930年にはBarnatoとKidstonが運転するカーNo.4のSpeed6が優勝、’27年からは4年連続、計5度の栄冠に輝いている(正確に言えば、オリジナルのベントレー社としてで、ベントレーブランドとしては、現在までに’03年の優勝も含めて6度優勝)。

これら優勝車のドライバーに名を連ねるDuff、Clement、Benjafield、Summy Davis、Barnato、Rubin、Kidstonら、ベントレーのファクトリーチームとしてル・マンに参戦したドライバーたちは、「ベントレー・ボーイズ」と呼ばれている。彼らの多くは大富豪の子孫であり、彼らの活躍は今や伝説となっている[4]。

1930 Bentley 8L
1930 Bentley 8L

この輝かしい栄光に影を落とさせたのは1929年のブラック・サーズデイ、世界大恐慌である。最後のル・マン優勝後まもなく、ベントレーはロールス-ロイス(「ロールス・ロイス シルバー・ドーン」参照、以下R-R)の対抗車として8Lモデルを投入する。この美しい高級車の高性能SOHC4バルブエンジンは最新のアメリカ車のほぼ2倍の大きさで、トップギアのまま10mphで市中を微速走行し、急坂を上がり、高速道路を100mph以上で巡航出来た。それはR-Rを遥かに上回る性能であった[11][12]。しかしベントレー社にはもはや経済的な体力はなく、1931年に独立会社としてのその短い歴史を閉じた。

R-R(左)とベントレー(右)のラジエーターグリル[10]
R-R(左)とベントレー(右)のラジエーターグリル[13]

同年、R-Rがベントレーの資産を買い取り、ベントレーの車を生産し始めた。最初の約20年間は“野獣”ベントレーの色を残していたものの、R-Rの車作りを反映して、豪華な車を製造していくうちに、次第にR-Rのコピーとなっていったのである。今日では獰猛な緑のクルマの記憶として、わずかにオリジナルのラジエーターグリルを残すだけで、ベントレーはR-Rの完璧な複製品となってしまった。つまり、ベントレーとR-Rを見分ける相違点はラジエーターグリルだけとなった。古典的なR-Rのそれが、ギリシャ神殿を思わせる三角屋根で、頂には翼を広げる“勝利の女神像”のオーナメントが飾られるのに対して(上図左)、ベントレーは三角屋根ではなく丸くラウンドシェイプ(上図右)になっている[13]。

芸術品!美しいスタイルのRタイプ・コンチネンタル
芸術品!美しいスタイルのRタイプ・コンチネンタル[14]

ベントレーは、第2次大戦後まもなくに製造されたMarkVIやRタイプで成功し[9]、総アルミ車体製のスポーツクーペ、Rタイプ・コンチネンタルという傑作も生み出したが、60年代以降はR-Rも含め、すっかり過去の遺物となってしまう。1971年には親会社のR-R社も倒産、国有化され、ベントレーを含む自動車部門は英国Vickers社に売却。1992年からはBMWとも提携した。1998年にはVickers社からVWに売却、BMWとのトラブルもあり、R-Rは2003年からBMWの傘下となったが、ベントレーは現在に至るまでVWグループのメーカーである。2002年にイギリス女王エリザベス2世即位50周年祝賀記念としてベントレー・ステートリムジンがイギリス自動車業界協会より進呈されたのは「ザ・ロイヤル・カー」でも紹介したとおり。また2003年には、アウディ・A8のコンポーネンツを共用したSpeed8がなんと73年ぶりにル・マンで総合優勝を果たしている。VWグループになってからは、W.O.時代のベントレー・スピリッツを取り戻しているのかもしれない。

そのW.O.はベントレーがR-Rに売却された後、1935年に英国ラゴンダ(Lagonda)に転籍。同年のル・マンでカーNo. 4のRapide M45が優勝しているが、1945年にラゴンダはアストン・マーチンの傘下(社名は“アストンマーチン・ラゴンダ”:「アストン・マーチンDBS」参照)となり、W.O.もアストン・マーチンの経営者から請われ移籍した。アストン・マーチンではDBシリーズの直列6気筒エンジンを設計し、1971年に亡くなっている。

Mark VI
R type Sallon
(上)Mark VI(下)R type Sallon

「ベントンのシート」のベントンは、少なくとも「ブロワー」のような“荒々しい”スポーツカーではなく、R-Rコピーの豪奢なベントレーがモデルだと思う。モデルは特定できないが、4ドアモデルから推測すると、第2次大戦後のMkVIかRタイプのサルーンといったところだろうか。しかしイラストのラジエーターグリルは、前述したような三角屋根でR-Rの特徴をもつ。まあそれでも、ベントンはベントレーだと思うようにしよう。実際のベントレーの歴史を紐解いてみても、R-Rに買収されてからは長くR-Rのコピーだと言われ、戦後の自動車産業のメインストリームからも取り残され、己のブランドの存在価値に迷い続けた。それが「ベントンのシート」のストーリーにダブって見えるのだ。現在のベントレーは、「あったかいシート」を見つけられたのであろうか。

ベントンはロールス-ロイス?
ベントンはロールス-ロイス?(「ベントンのシート」より)

(※)スーパーチャージャー[16]:
エンジンの過給機方式の一つ。過給機とは、エンジンに吸入する空気をあらかじめ圧縮しておき、その圧縮空気を強制的にエンジンに送り込むことで出力を上げる装置。代表的なものにターボチャージャーとスーパーチャージャー方式がある。ターボーチャージャー(排気タービン過給機)は、排気ガスのエネルギーを利用してタービンを高速回転させ、その回転力でコンプレッサーを駆動することにより圧縮空気をエンジン内に送り込む方式。一方、スーパーチャージャー(機械式過給機)は、クランクシャフトから得られる駆動力でコンプレッサーを駆動することにより圧縮空気をエンジン内に送り込む方式。スーパーチャージャーは構造は簡単であるが、圧縮機を駆動させるためにエンジンの出力の一部を使うため、燃費が悪くなる。


[参考・引用]
[1]http://www.rigsofrods.com/attachment.php?attachmentid=446672&d=1386945306&thumb=1
[2]Bentley、p114-119、GREAT CARS OF ALL TIME、I.Robbin、H.Mott、Grosset&Dunlap
[3]W.O.Bentley – The Founder of Bentley、Rolls Royce and Bentleys、
http://www.rolls-royceandbentley.co.uk/w-o-bentley-the-founder-of-bentley.html
[4]THE "BENTLEY BOYS"、maison branche for news and history of the Le Mans 24 hours、
http://www.maisonblanche.co.uk/bentley_boys.html
[5]History、Distinguished Heritage、ベントレー・ジャパン・ホームページ、
http://www.bentleymotors.jp/Corporate/display.aspx?id=41&c_id=110
[6]Bentley : Bentley and its Le Mans History、Automotive Intelligence、2002年6月13日、
http://www.autointell-news.com/european_companies/rolls-royce-bentley/bentley-leman/bentley-leman.htm
[7]ベントレー、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%BC
[8]Bentley、Wikipedia、
http://en.wikipedia.org/wiki/Bentley
[9]ルマン24時間耐久レースに関するデータベース、
http://www.mk-mame.co.jp/lm24db/lm24db2.php?view=40&kw=all
[10]ル・マン24時間歴代勝者、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B324%E6%99%82%E9%96%93%E6%AD%B4%E4%BB%A3%E5%8B%9D%E8%80%85
[11]1931年型 W.O.Bentley 8リットル(Thrupp & Maberly) Limousine、くるま道楽、
http://www.bbvideo.jp/kurumadoraku/1931bentley8l_thrupp_marbely_limo.html
[12]1931 Bentley 8 Litre Open Tourer by Harrison、
http://www.finecars.cc/en/detail/car/19025/index.html
[13]ロールス・ロイス 赤く輝く2重の“R”、p170、自動車の本、E.アンジェルッチ、A.ベルッチ共著、講談社
[14]Bentley continental r-type、MOTORSTOWN、
http://www.motorstown.com/52775-bentley-continental-r-type.html#
[15]Bentley R Type、
http://en.wikipedia.org/wiki/Bentley_R_Type
[16]ボッシュ自動車ハンドブック第2版、小口泰平監修、山海堂
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[ 2011/01/16 00:48 ] cars/車のお勉強 | TB(0) | CM(0)

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