じどうしゃ-字のない絵本-

じどうしゃ(寺島龍一・画)

前回紹介した「ブリスさん」の作者、J.R.R.トールキンととても関わりのある画家の描いたクルマの絵本を本日は紹介しよう。トールキンの代表作「ホビットの冒険」や「指輪物語」の挿絵でも有名な寺島龍一画伯の手になる「じどうしゃ」(寺島龍一・画、福音館書店)という文字のない絵本である。

「じどうしゃ」(その1)

表紙には青いダンプトラックが描かれている。本書が初版となった1966年(昭和41年)前後のダンプと思われるが、車種を特定することはできなかった。表紙をめくると、昭和の国民車スバル360が登場する。続いて、青いダンプトラックの前を走るスバル360と、その前に赤い3代目トヨタ・コロナが描かれる。ページを進めると、さらに前方に1台の青い小型トラックが。1963年にモデルチェンジした3代目トヨタ・ダイナRK170型である。その先を、これも車種はわからないが紫色のタンクローリーが走る。いつの間にかスバル360はコロナを追い抜く。どんどんページをめくると、「パトカーぱとくん」にも登場したトヨタ・クラウンS40型のパトカーが登場、車種はわからぬが消防ポンプ車もさらに先を進む。そして交差点を過ぎたところで、1台のバスがパトカーとポンプ車の間を走っている場面で絵本は終了する。文字はない。緻密に描かれたクルマの絵だけが坦々と続く、ただそれだけの絵本。

「じどうしゃ」(その2)

[1]によれば、「字のない絵本」は大きく2つに分類される。1つは季節の移り変わりといった<時間>を視覚するものと、お迎えやお使いといった<子供たちの生活行動>のパターンを絵で再現したものである。本書は前者の類型だと思われるが、その表現方法は独特である。一般的なクルマ絵本の描き方としては、主人公のクルマがA地点からB地点へ、B地点からC地点へ空間的に移動することで時間の変化を表現することが多い。しかし、本書では全ての登場するクルマが主人公であり、あたかもこれらのクルマたちと併走する別のもう1台の車の窓から眺めているような、そしてその視線は最後尾から徐々にクルマたちを追い抜いて、最後に先頭の消防ポンプ車と並ぶ、そんな時・空間的に連続した構図となっている。

読み手は次第にその法則性を理解し、前の場面で見たクルマたちは次の場面をめくると後退して、前を走っていた新たなクルマが登場すると“予測”できるようになるだろう。ところが最後の2場面で、そのルールは破られ、読み手は驚くのである。最後の場面ではそれまでいなかったバスが突然出現するのだから。そのヒントは前の場面の赤信号にある(バスの合流場面をあえて描かないところが読み手の想像力を掻き立てる)のだが、子供と一緒に読む場合は、どこからバスが出てきたのか物語を想像してみて親子の会話のきっかけにするとよいだろう。そもそもこの変化に読み手である幼児は気づくかどうか、なかなか注意深い観察眼が求められる絵本だ。

本書が出版されたのは1966年。それまでに児童文学を従属的に説明・図解する立場であった絵本の絵が、この頃から次第に絵自体によって主体的に物語る力を持ち始めた。このような“絵がものがたる”という機能を究極の形で追求していったのが、本書のような「字のない絵本」であり、本作はその先がけとなった一冊ともいえよう[1]。

寺島龍一
寺島龍一

作者の寺島龍一は、1918年東京生まれの洋画家、日本芸術院会員。1942年東京美術学校(現、東京芸術大学)卒業。1957年、光風会会員となり、同年日展特選に入選。1960年に渡欧し、約1年半後に帰国。1965年に光風会会員受賞。1979年まで筑波大学教授。1997年「アンダルシア讃」で恩賜賞・日本芸術院賞受賞。1998年芸術院会員。日展理事、顧問も歴任した。2001年没。その絵(特に人物画で知られた)はもちろんのこと、挿絵画家としての業績も大きく、サンケイ児童出版文化賞受賞の「なんきょくへいったしろ」「あふりかのたいこ」「そらのきゅうじょたい」(福音館書店「こどものとも」)や児童書の挿絵・表紙画でも知られ、冒頭でも紹介したようにトールキンの作品の挿画で名高い[2]。

「ホビットの冒険」より(寺島龍一・画)
岩波書店「ホビットの冒険」より(寺島龍一・画)

実際にトールキン自身が、寺島画伯の挿絵を気に入っていたというエピソードは[3]に詳しい。トールキンの手紙の中で、邦訳「ホビットの冒険」の挿絵に対して“in many ways astonishing(様々な意味で驚かせられる)”とか、スマウグ(「ホビットの冒険」に登場するドラゴン)の絵を気に入っていた様子などが書かれているし、寺島画伯は、トールキンからお礼の手紙が来て「訳は日本語が分からないから批評できないが、絵は“magnificent“と最高の賛辞をいただいた」と回想している。

寺島画伯がお気に入りだったトールキン教授。彼が大キライだった「じどうしゃ」の絵本をMr.テラシマが描いたことを知っていたのだろうか。

我が家にも「ホビットの冒険」(瀬田貞二・訳、岩波書店)はあるけれど(私はまだちゃんと読んでいない)、この挿絵あってこの本は成り立つと思えるほど、1枚1枚がすばらしい作品である。でも正直いうと、「ホビットの冒険」の挿画と実に丹念に写実的に描かれた「じどうしゃ」が同じ画家の作品とは思えないくらい、絵の印象が異なる。片や叙情詩ファンタジーの空想世界の絵、片や現実世界の象徴でもある自動車の絵と全く相容れないような対象であるが故に当然といえば当然ではあるが、この2つの世界観をみごとに描き分けているのはさすが名画伯。シンプルではあるが、クルマの絵本の名作といってもよい寺島版「じどうしゃ」である。

[参考・引用]
[1]現代絵本の可能性-字のない絵本をみる-、浅野十糸子、堺女子短期大学紀要、Vol.20、pp.254-270、1985
[2]寺島龍一、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BA%E5%B3%B6%E9%BE%8D%E4%B8%80
[3]The J.R.R.Tolkien Companion and Guide、なんにもない世界の足音、2006年11月24日、
http://d.hatena.ne.jp/sasqp/20061124/1164390825

じどうしゃ (福音館の幼児絵本)じどうしゃ (福音館の幼児絵本)
(1966/11/01)
寺島 龍一

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ホビットの冒険 改版ホビットの冒険 改版
(1983/09/30)
J.R.R.トールキン

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